第4話 事件が起こったのは誰のせい
ここは帝都ホテルの喫茶ルーム。目の前には、色とりどりのケーキが並べられ、1杯いくらするか聞きたくもない高級そうな陶器のポットに淹れられた紅茶が置かれている。
目の前にはビシッとスーツを着込んだビジネスマンが座っている。
「お嬢さん。認天堂医大入学おめでとうございます。これはお父様からのお祝いの品です。」
「また、伸吾さんが選んだの?」
「ええまあ。」
「それならば、受け取るわ。」
下手に拒否してアパートに現金書留でも送ってきたら、返すのが面倒だものね。それに伸吾さんが選んだものなら、TPOを考えてくれるから、すぐにでも使えるものね。
これがあの男の趣味だったら、昔私が好きだった野球選手の個数限定ウオッチとかなんだもの。使えないし、あんな安アパートに飾っておく意味もない。
「やはり、お父様の援助は受けられませんか?」
私に嫌われていると自覚しているあの男は、代理人として、事あるごとに伸吾さんをたてて申し入れてくる。
あの男と母は別れている。あの男はアメリカで成功すると、それまで献身し続けた母をいともあっさりと捨てたのである。母はそれから次第に心を病み亡くなった。
あの男からお金を貰いたくなかったのだが、離婚の際に取り決められたので法律上仕方なく成人になるまで生活費を受け取っている。それも、もう終わりだ。これ以上、ビタ一文もあの男からはお金を受け取りたくは無い。
「ええ。もうこの6年間無事に医大に通えるだけのお金は貯めましたの。あの男には、そう報告しておいてください。」
「えっ。本当に!」
伸吾さんが驚いた顔を見せる。きっと、医大に入学したことでこの先の生活費や授業料など、なにかと入り用になるはずだと、幾らか言付かってきたのだろう。
私は預金通帳を見せる。大学生活や留学費用など全て払っても余りあるだけの金額が書き込まれている。まあ半分以上は彼の母親から貰った手切れ金だったが、全て私が稼いだお金だ。
「こんな金額をどうやって!」
思いもよらない金額を目にして伸吾さんが声を荒げる。この人がこんなにも声を荒げたのを聞いたのは、母が亡くなったあと、父の籍に入らないと断って以来だ。
伸吾さんには悪いが、言付かってきたお金は全て持ち帰って貰おう。それを聞いたあの男がどんな顔をするかと思うと楽しくなってくる。後で伸吾さんに聞いてみたい気がするが、流石にそれは出来ない。
「安心していいわよ。風俗とかじゃないから・・・あの男の世間体のキズになるようなことはしていないわ。」
彼専属の風俗嬢だったと言えなくもないが、そんなことを言い出したら、同棲カップルは皆そうだ。
トゥルル・トゥルル。そこに電話が掛かって来る。珍しい伸吾さんのスマートフォンだ。いつもは電源を切っているのに・・・まあ、彼は弁護士だから仕事が立て込んでいるのだろう。
「出てくださっても良いですよ。話は終わりましたよね。では、これで失礼します。」
丁度良いから話を切り上げる。相手は交渉のプロだ。どんなふうに言いくるめられて、援助を受けさせられるか分かったものではない。
ジリリリリン・ジリリリリン。私が席を立とうとすると、今度は私のスマートフォンに電話が掛かってきた。
うーん。せめてもうちょっとマシな着信音にしておくべきだった。帝都ホテルの喫茶ルームにその音が響き渡ってしまう。
着信相手をみると『一条ゆり』と出ている。彼の母親からだ。出ないわけにはいかない。私は慌てて伸吾さんが向かった方向に走り、追い越してテレフォンルームに飛び込む。
「はい。志保です。」
あのいつも冷静な母親が余程、慌てているらしい。話が前後してて解りづらい。
とにかく事件らしい。頭の中で整理を試みると、こうである。
大河ドラマの彼の出演分の撮影が今日終了したらしく。母親の友人たちとお疲れ様パーティーをしたそうだ。そういえば、そんなメッセージがスカイぺに流れていた。自慢げに並べ立てた女優さんたちの名前は殆ど知らなかったので笑ってしまったのだけど・・・。
そのとき、その中の女優さんを口説いたけど失敗した彼は、この帝都ホテルの向かいにある。東都ホテルに泊まったそうだ。そこに行く道で知り合った女性をホテルに引っ張り込み関係を持ったという。
だがその女性は合意していないと言い張っていたそうだ。つまり警察沙汰にしようということだった。そこですぐに母親に連絡を取り、示談で済ますことが出来たのだが、ホテルの廊下で騒いでいたところを週刊誌の記者に写真を取られ話を聞かれてしまったということだった。
「つまり、週刊誌の記者が前の恋人であった私に対して話をききたいと言ってくるかもしれないが何も喋るな。と、いうことですね。」
「そうよ。その通りよ。話が早くて助かるわ。できるわよね。こちらも貴女の情報は出ないようにするから、お願いよ。私を助けて。」
「担当の弁護士事務所はどこですか?」
私はひとつ閃き聞いてみる。
「あの人にお願いしてヒロ・シャニーズ事務所が動いてくれることになったわ。アソコなら大手週刊誌では記事にならないわ。弱小週刊誌だけよ。」
やはり、伸吾さんが所属する事務所だ。人権問題に強く、下手な記事を書けばすぐに訴訟問題に発展する。しかも、芸能人が絡む事件では全て無罪を勝ち取っているので、芸能人御用達と言われている。この隣のテレフォンルームでは詳細な内容が話し合われているかもしれない。それは拙い。
「あのう。弁護士さんには、私のことは・・・。」
「言ってないわ。出来る限り、誰も知らない方が良いでしょ。それとも、紹介したほうがいい?」
よかった。万が一、伸吾さんが担当弁護士だったら、すべてあの男に伝わってしまう。そうなれば、アメリカのあの男の家に拉致されてしまうかもしれない。それは絶対に避けなくては!
「いいえ、それは実際に記者が来てからでお願いします。」
およそ15万字余り、最終話を執筆中。
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