第18話 彼女はゆでだこになったのか
歌が終わり席に戻ると間近で見た余韻に浸る。素敵だった。新郎の社長にあんなに思われている新婦が羨ましい。
「そんなに良かったのか?」
気のせいか和重の口調に嫉妬が混じっている。拙い拙い、今は和重の婚約者としてやってきているんだった。
「嫉妬しているの?」
「ああ初めからな。あれは新婦のモノで決してお前のモノにはならないんだからな!」
本気で嫉妬しているようだ。新郎の社長に恋心を抱いていると思っているらしい。無い、無い。それは絶対に無い・・・。自分で否定すればすればするほど、新婦が羨ましいと思っている自分が居ることを発見する。
本気で拙い。人のモノを欲しがる子供じゃあるまいし、新郎に対する恋心を自覚してどうするんだ。
「うわっ。お前、ゆでだこみたいだぞ。随分、普段と態度が違うな。」
全身真っ赤になっているようだ。これでは否定のしようが無い。
「後で慰めてね。和重。」
これは、はしかのようなものだ。和重と身体が触れ合えば、きっと元に戻るはず。
『ここで新郎新婦共にお色直しのため、しばらく中座させて頂きます。』
ようやく、『中田』さんが司会に戻ったのか会場に声が響き渡る。舞台の上に目を向けると新郎新婦が仲良く東側の入口に向かっているところだった。
『それでは、いってらっしゃい。みなさま拍手でお見送りください。』
拍手に見送られて新郎新婦が出て行くと途端に明るくなる。このタイミングで料理を取りに行けばいいのだろう。
「さあ、メシを取りにいこうぜ。」
男が単純なのか、和重が単純なのか。さっきの一言で機嫌が治っている。今日は帰ったら、サービスしてあげなくっちゃね。
帝都ホテルのビッフェは豪華だった。目の前で料理人が仕上げをしてくれる料理には長蛇の列ができている。披露宴の定番とも言えるビーフステーキのトリフ添えもあったが、そんな高カロリーな料理よりも、好きなネタで握ってくれる寿司とかのほうが人気が高いみたい。
私は保温されている料理からアレもコレもといろんな種類の料理を幾種類も取っていく。
しかも事前に聞いていた通り、私も2万円しか包んでいないので高い料理には手が伸びにくいというのもあった。まあ、私が取らなかったからと言って帝都ホテルへの料金の支払いが変わるわけでも無いのだけどね。
それぞれが自分が食べる料理をテーブルに持ち込む。
和重なんか、貧乏人根性が染み付いているのか。何日分のカロリーなんだろうという高カロリーで単価の高そうな料理ばかりを狙って取ってきていた。
女性陣は私と同じように幾種類もの料理を少しずつ取ってきているし、お菓子屋さんはバランスの取れた高価な定食メニューのようになっている。普段から健康に気遣っているのだろう。
それらの食事をゆっくりと摂っているとボーイさんがやってきてお酒の注文を取っていく乾杯のシャンパンと定番の瓶ビールは置いてあったが、言えば何でも持ってきてくれるみたいである。
私は何種類かあったワインのうち1種類を注文すると、よく冷やされたワインがワインクーラーごと出てきた。ハウスワインじゃ無かったらしい。
丁度その時、中田さんが料理を持ってテーブルに現われた。
「中田さん、お疲れ様。物凄く素敵だった。」
あきえちゃんが声を掛けている。私は我慢我慢。
同じテーブルの人間は食事をしながら、聞き耳を立てている状態だ。
「いまのうちに、あきえちゃんにMotyのメンバーを紹介すればいいんじゃねぇ。」
和重ナイスアシスト!
ついでに私も連れて行ってもらおう。
「う、うん。頃合いを見てこっちのテーブルに連れてくるよ。」
今じゃダメらしい。『中田』さんは苦笑いしながら言葉を選んでいる。
「どうしたの? そんな困った顔をして。」
「『北村』が拗ねているんだ。今日の歌のプレゼントのことを奥さんの『佐藤ひかる』さんが伝えて無かったみたい。」
「奥さん取られて怒っているなんて、子供みたいなひとね。」
「ま、まあね。」
私がそう返すと『中田』さんが曖昧な答えを返してくる。
「だから彼女を引き離して連れて来ることが出来なさそうなんだ。でも余興第2弾として、新郎と『北村』のデュオが組まれているんだよ。そのあとなら機嫌が回復するだろうから、なんとかなりそう。」
ん。
社長と『北村』さんのデュオで機嫌が治るのか。そうか、前回の結婚式でも社長にベッタリだったわね彼。
「あ、ごめんなさい。逆なのね。新郎を奥さんに取られて拗ねているのね。本当に貴方たちって、社長にベッタリよね。今日は社長の結婚式なのよ。もうちょっと遠慮しなさいよ。」
「それって僕も入っているの?」
『中田』さんがおずおずと聞き返してくる。
「気付いてないの? 貴方あきえちゃんを見つける前まで視線は社長に釘付けだったじゃない。社長と絡むところでは相手するメンバーが皆、嬉しそうなんだもの。バレバレよ。」




