第16話 彼女は幾らお祝いを出すのか
「志保さん。久しぶり!」
披露宴会場の受付には、アルバイト仲間だった山崎さんと相馬さんが居た。当時、有限会社だった社長の会社は株式会社山田ホールディングスとなり、いくつかの子会社を持っているが、今でも主要な仕事は各種フランチャイジー経営らしい。
彼ら古株のアルバイトは会社を牽引する社員として活躍している。私もあのまま残っていたら、社長のすぐ近くで社員として働けたのだと思うと惜しいことをしたのかもしれない。
「山崎さん、相馬さん。ご無沙汰しております。」
彼女らには、アルバイト時代いろいろと教えてもらった。アルバイトとしての心構えからお客様への接し方までこういうったことを根気強く教えてくれる人が多かった。きっと社長の人柄によるものなのだろう。
「聞いたわよ。とうとう医大に入学したんだって。頑張ったわね。」
社長には大学入学の際の保証人とかをお願いしたから伝わっているみたい。山崎さんは、私の手を握り締めてぶんぶん振り回している。
「見たよ映画。映画館の大画面にいきなり知り合いが映っているんだ。びっくりしたよ。素敵な笑顔が出せるようになったんだね。」
知り合いに見られていたなんて恥ずかしい。でも、それ以上に彼の褒め言葉が自分の心の中にストンと入りこんだことに驚いた。やっぱり、ココが私のホームグランドなんだ。そう思うと寂しい気がした。
「えっ。何それ。聞いてないわ。」
「ほら、『あかねさす白い花』って映画のチケット。ゴンCEOが配っていただろ。あれの主演女優なんだって『西九条れいな』さんだよね。」
なるほど。スポンサーには映画の招待券のノルマがあるらしいからね。
「へえ。相馬くんにしては良く気付いたわね。」
「もうすぐそうやって馬鹿にする。彼女の母親と同期だったから、中学生くらいから知ってるんだよ。あの頃は可愛かった。今は綺麗だけどね。」
「へえ、相馬くんでも女性を褒められるんだ。」
「なんだよ。随分、突っかかってくるな。」
「聞いたわよ。私のこと化粧美人だって言ったんですって。どうせ、化粧しないと地味よね。分かっているわよ。」
「いや。あの・・・その。」
相変わらずイジられ役の相馬さんのアタフタぶりに思わず噴出してしまう。懐かしいな。
私と和重が記帳を済ませ、披露宴会場の中に入る。
「うわっ。広っ。」
披露宴会場はまるでマンモス小学校の講堂だ。奥には舞台があり、更に奥には雛段が設置されている。中央と左右には、ビッフェの料理が置かれるテーブルと調理器具が置いてあり、料理人が忙しそうに動いていた。
「山田社長の会社は随分アットホームな感じなのに、帝都ホテルの鳳凰の間を全部借り切るだなんて、なんか凄いギャップだな。」
招待客のテーブルは数え切れないくらい置いてあった。受付で自分の席聞いたときにも驚いたが実際に見るともっと驚いた。
「まあ新婦さんがZiphoneのゴンCEOのお嬢さんじゃあ。仕方が無いんでしょうけどね。本当は山田ホールディングスの従業員は2次会に回ってもらって、もっと小規模にしようとしていたみたい。だけど、どうしても従業員たちが披露宴でお祝いしたいとゴネたそうよ。だから、着席ビッフェにしたらしいわ。」
「スゲーな。そこまで従業員の意見が通るのかよ。」
「しかも聞いてよ。新婦側の招待客には内緒なんだけど、お祝い金は2万円以下と決められたらしいわ。」
「嘘だろ。帝都ホテルの着席ビッフェだけでも2万円は軽く越える。たとえ自分の会社の従業員でも相場は5万円以上だろ。しかも、芸能人が沢山居るんだろ。10万円、20万円払っても来たいという奴はごまんと居るだろうよ。」
*
「あら、『お菓子屋』さん、あきえちゃん。こんにちわ。」
同じテーブルには、『お菓子屋』さんと、あきえちゃんが座っていた。その横のネームが『中田雅美』となっているところをみると『中田』さんが画策したらしい。
「『れいな』お姉さま。こんにちわ。披露宴におよばれなんて初めてなんです。ちょっと緊張してます。」
「そうなの? でも大丈夫よ。今日の新郎は私の後見人なの。とっても優しい方だから安心してちょうだい。」
「披露宴よりも、このタイムスケジュールの余興に『佐藤ひかる』With Motyとあって、もう嬉しくって嬉しくって。」
そういえば、あきえちゃんってMotyの熱狂的ファンだっけ。現金ね。
「『中田』さんは何も言ってなかったのに・・・。」
車で送ってきてくれたのに何も言ってなかった。なんだか秘密の匂いがするわね。
「私も余興で歌を歌うよ。という話しか聞いてなかったんだ。来てみてよかった!」
あきえちゃんにだけコッソリなんだろうな。
「コイツが珍しくゴネて連れてけ連れてけってうるさかったんですよ。」
「もうバラさなくてもいいじゃない。お父さんの馬鹿!」
『お菓子屋』さんは、あきえちゃんに怒られて嬉しそうだ。
「僕も『西九条』さんにばかり頼ってないで積極的にふたりに会う機会を作ろうと思っていたので連れてきたんですけどね。」
「お父さん。ありがとう。」
あきえちゃんの蕩けるような笑顔にこちらまで嬉しくなってしまった。




