第15話 彼女は何故その衣装を着たか
結局、和重の婚約者として結婚式に行くことになった。既に招待状の返信はしてしまったので、今でも交流のある『中田』さんが変更してくれるそうだ。
「和重。新郎の社長にあまり失礼なことを言わないでね。」
私は、結婚式に向かう『中田』さんが運転する車の中で和重に忠告する。
「おいおい。俺ってどんなキャラだよ。ちゃんとグループの総帥として行くんだから、そんなことしねえよ。しかし珍しいな。志保がそんなことを言うなんて。しかも、その男再婚なんだよな。妻子と別れる男は全部嫌いだと思っていたんだがな。」
「そこまで心狭くないわよ。私はあの男が嫌い。ただそれだけよ。」
「僕の聞きかじった話で申し訳ないんだけど、先輩は奥さんに浮気されたらしいんだ。先輩を悪く言わないでほしい。」
『中田』さんが運転しながら会話に入ってくる。私も初めに聞いたときに耳を疑ったもの、あんな優しい人を裏切るなんて許せない。
「おいおい。『中田』くんまで。どうなってんだ。なんか新手の宗教団体みたいだな。おーっと、悪い悪い。もう言わねえから、睨まないでくれよ。」
私が睨みつけるとあっさりと引き下がる。
「でもその女と別れて正解だったんだろうな。自分の会社は大きくなるわ。玉の輿に乗るわ。その女スゲー下げ「和重!」」
全く下品なんだから。最近、特に酷くなってきている気がする。表の仕事で自分を偽っている反動なのかもしれないから、あまり強くは言えないのよね。でも社長のことは別よ。
「でも裕也と同棲してなくて、あの社長の下であのまま数年働けば、楽々大学資金を貯められたんだろうな。って良く思うのよね。」
「後悔してるのか?」
「不思議とそうでも無いのよね。プロデューサーは凄く優しいお母さんみたいだし、『お菓子屋』さんは面白いお父さんで、あきえちゃんは可愛い妹。他人同士だけど家族みたいで、これはこれで良かったと思っているの。」
「すると、僕は『西九条』さんのお兄さん?」
ようやく帝都ホテルに到着する。『中田』さんは司会を担当するらしく。大きい荷物を持ち込んでいる。それをカートに乗せると車のキーをボーイに渡している。こういった姿は素敵なんだけどなぁ。
「うーん。からかいがいのある弟?」
なんとなく弟扱いしちゃうんだよね。
「やっぱりね。そうだと思ったよ。でも何で疑問形なの。」
『中田』さんはどちらかと言えば、嬉しそうに返してくる。なんでだろ、結構失礼なことを言っているよね。
「親子ほど年齢が離れているからって『オジさん』はイヤでしょ。でも兄って感じじゃないのよね。どちらかと言えば、社長が頼りになる兄って感じなの。」
『中田』さんは打ち合わせがあるとかで、そのまま式場の控え室に向かう。私たちは、レンタルの予約を入れてあった衣装室の前でプロデューサー、いや女優『一条ゆり』と出会った。彼女は衣装を持ち込むようでカートに大きなトランクが乗っている。
「こんにちわ。プロデューサーも鳳凰の間ですか?」
「そうね。貴女もお会いしたことがあるはずよ。ZiphoneのゴンCEOは、映画の大切なスポンサーなの。」
ユーモアに溢れて素敵なオジさまだった。しかも、映画を見たあとも私の演技に大げさに感動してみせたりせず、プロデューサーのことを賞賛しているところが良かった。素敵なイチユリストだ。
あの人が山田社長のお義父さまになるなんて、なんて素敵なのかしら。
*
女優『一条ゆり』が半ば強引に私を個室に連れ込む。衣装室の数少ない個室を1日借り切っているらしい。
「また地味なのを借りたのね。和重くんの婚約者役にしても地味すぎるわよ。私が見立ててあげましょうか?」
『西九条れいな』として動くなら、胸元が開いたドレスでも新婦よりも目立つ格好でも構わない。だけど今日は違う。
「やめてください!」
思いのほか大きな声が出てしまい自分でも驚く。
「どうしたの?」
「ごめんなさい。今日の新郎は私の後見人なんです。できるだけ大人しい格好にしたいの。」
「大切な人なのね。元々の貴女のイメージからすると『西九条れいな』は掛け離れているものね。そう。それならば、いいものがあるわよ。これなんかどう?」
彼女が自分の衣装ケースから1着のドレスを取り出す。流石は清純派女優、いろんな衣装を持ち込んでいるのね。確かにこのドレスなら汚い自分を覆い隠してくれそうだった。
式場の衣装室にあったドレスは極端に地味なのと極端に派手なのに別れていて丁度いいのが無かったの。
「これはね。私が映画のオーデションで着たドレスなの。これで第1作目の主演を勝ち取ったのよ。もう着る機会は無いんだけど、いつもお守り替わりに持ち歩いているの。」
「そ、そんな大切なもの着れません。」
「志保さんにとって、今が『ココ一番』なんでしょ。なら着るべきよ。」




