第14話 こんな女のどこがいいのか
「志保。俺と結婚してくれ。」
「何よ和重。突然。それに『中田』さんも『お菓子屋』さんも居る前よ。」
ようやく自宅マンションに戻ってきている。番組が終了して3時間も経っているにも関わらず、『お菓子屋』さんが待っていてくれた。あきえちゃんは学校があるから寝ていたが。もちろん、テレビ局の中継車は居なくなっていた。
代わりに芸能事務所から抗議を受けたらしく管理人さんが待っていた。クビになるかもしれないと泣きつかれたが私はどうしてあげることもできないと告げると泣きながら帰っていった。彼女も被害者かもしれないが告訴されてもしかたがないことをした。ということをわかってほしい。
「皆の前で言わなければ本気だとわからないだろ志保は。どれだけはぐらかせば気が済むんだ?」
『中田』さんと『お菓子屋』さんは聞いてない振りをしてくれているが会話が途絶えている。
「別に、はぐらかしてないわよ。気のせいよ。」
「もうこれまでで6回もプロポーズしているのに、聞こえなかった振りをされたのが3回。冗談にされたのが2回。最後の1回はキスをされてベッドにもつれ込まれたんだぞ。浮気男の常套手段じゃないんだから、嫌なら嫌と言って欲しいんだが俺は。」
この男、意外と細かい。そんなこと、皆の前で言うこと無いでしょ。
「嫌じゃないから困ってるんでしょ。」
「嫌じゃないならどうして!」
「だって和重には、もっと素敵な良家の子女が現れるわよ。そのときに離婚されたくないの。」
「来ねえよそんなの。」
「嘘よ。カオリお姉さまは身上書が机の上で山になっているって言っていたもの。」
「アイツか。何をやってくれちゃてるんだ。お前以上の女は居ないんだ。結婚してくれ。もちろん、お前が医者になるまでは婚約で構わない。お前は俺のモノだと連中にわからせたいんだ。」
「なるほど。私は見合い話を持ってくる人たちの盾にする気なのね。」
「そんなこと言ってねえよ。何でわかってくれねえんだ。」
「婚約破棄でも痛いんだけど、まあいいわ。でも覚悟しておいてね。ここで、あきえちゃんと『中田』さんを逢わせることを止めるつもりは無いわよ。それに『中田』さんがヤバいみたいなの。」
昼間に『中田』さんと話したことを『お菓子屋』さんと和重に聞かせた。『中田』さんは真っ赤になって縮こまっている。
「ヤバいって・・・どれくらいヤバいんだよ。」
「裕也と同棲し始めたくらいかな。私が露出度の高い服ばっかり着ていったのも悪いのかもしれないけど、露骨に視線を感じるのよ。」
「裕也って・・・『一条裕也』のこと? 君って彼と同棲していたの?」
しまった。裕也のことを『お菓子屋』さんや『中田』さんには言ってなかったんだった。
「志保の前の彼氏が裕也だよ。まあ、大河ドラマ出演で母親に別れさせられたんだけどな。」
「和重が何でそんなことを知ってるんだい?」
「俺が裕也を志保に押し付けたからだよ。」
和重はあの出会いを掻い摘まんで『お菓子屋』さんと『中田』さんに教える。
「だから、志保は裕也の二の舞になることを恐れているんだろうよ。」
そこまでの心配はしていない。和重や『中田』さん、露出度の高い服を着ている際に感じるぶしつけな視線の主さえもあそこまで強くないもの。
「アレは特殊な例よ。でも限界を超えたら、アイドルとしてやっていけなくなると思うの。ファンにエロい視線を向けたら終わりでしょ。」
「ははは、それは無いって。」
経験があるのか『中田』さんはそう言いつつも目が泳いでいる。
「そうかなぁ? 私に対してもそんな視線を送っているつもりは無かったんでしょ。」
「うっ。それは。」
「マッミーお前。どうやって発散してきたんだ。今まで。」
今度は『お菓子屋』さんが質問する。あきえちゃんの父親としては聞きたかっただろうが、友人としては聞きづらかったであろうことよね。
「あきえちゃんに恋愛感情を持つまでは、普通に彼女が居たけど。それからはアレだよアレ。」
『中田』さんはこの期に及んで言葉にするのを嫌がる。まあ普通の男はナイーブだものね。傍に女性が居ればエロトークもできないのよね。
「ああごめんなさい。ここに居る女は単なる医者の卵だから・・・つまり自分で処理してるのね。」
代わりに言葉にしてあげる。
「う・・うん。」
「裕也の例で申し訳ないけど。女性を知る前だったら、それで満足できたでしょうけど、女性を知った後だと暫くすると余計に飢餓感があるらしいわよ。」
「そ・・・・・・・そうかもしれないな。」
和重は思いあたったのか肯定する。
「裕也で試したことがあるんだけど・・・私が後ろから抱き付いているだけで、随分違うみたいよ。」
「裕也でそんな実験をしたのかよ。酷えなおい。」
裕也は見られているだけでも違うと言っていたけど、流石にそこまでは言えない。
「ほんのちょっとのことなんだけど、随分違うのよね。まあ女性は特にそうなんだけどね。」
「やっぱり、出来ないよ。出来ない!」
『中田』さんが頑なに拒否する。ちょっと早急すぎたかな。元々、『お菓子屋』さんに話を通した上で、あきえちゃんの了承を得なきゃ実現できないことだったから。『中田』さんが居ないときに言えばよかったのか。いやいやいや、それは拙いよね。
「マッミー。良く考えておけ。逃げるんじゃねえぞ。僕も考えておくよ。ふたりだけの問題じゃない僕が決断すればいいだけの問題なんだからな。」
なるほど。あきえちゃんはもうすぐ16歳だものね。親の了承さえあれば結婚できる年齢なんだ。
*
翌朝、『お菓子屋』さんと、あきえちゃんが先に帰っていった。『中田』さんは学校までアッシーしてくれるらしい。今度はどんなスキンシップをしてあげようかしら。
「和重はそれでもまだ、私と結婚したいの?」
あんなことを言ったのにまだそう思っているのなら、かなり本気ってことよね。私だったらそんな女、嫌だわ。
「決まっている。お前と結婚するのは俺だ。」
そこそこ本気らしい。こんな女のどこがいいんだろ。
「まあいいわ。それでこんなに早急に決めなきゃいけなかったのは何か訳があるんでしょう?」
「バレてんのかよ。そうだよ。どうしてもパートナーを連れて行かなきゃいけない場面があるんだ。」
和重のお父様が亡くなったことと無縁とは思えないけど流石に葬式に出ろというのは勘弁してほしいな。
「へえ。どういう場面?」
「そうだな。ゴールデンウィーク前の土曜日なんだが、結婚式があるんだ。まだそこは気楽な場なんだが、練習にどうだ?」
「だめよ。私も結婚式があるの。大変お世話になった方で前のアパートの保証人やいろんな場面での後見人をお願いしている方なの。『中田』さんは知ってるよね。山田取無氏。前の結婚式に出ていたものね。」
「えええぇぇぇーーー。あの場に居たの? 早く言ってよ、もう。じゃ・・・じゃあ、あの場面を見ているんだよね。そのう・・・そのことは、あきえちゃんに黙ってて。ねえ、お願いだよ。」
「無理よ。もう遅いわ。あれはいいネタだったから、真っ先に教えてあげたもの。あれで彼女の怒りが収まったみたいなものだから、過去の自分を褒めてあげなさいね。あれが無かったらダメだったかもよ。」
「はあ・・・。だからか、時折僕を見て思い出し笑いをしているのは・・・。」
「そうなのか。じゃあ無理だな。こちらはZiphoneのゴンCEOの娘の結婚式で相手は一般人だから、招待客も業界人半分、一般人半分で練習には丁度いいと思ったんだがな。」
「ふふふ・・はっはっはははは。何言ってんの君たち。それ同じ結婚式だって。帝都ホテルの鳳凰の間だろ。僕も招待されているから、向こうで会えるね。」




