第10話 その男は何がしたかったのか
『春のスター感謝大会』の瞬間最大視聴率は42.91%を記録し、平均視聴率も25%を越えた。
この種の番組対抗特番の平均視聴率が15%前後であることを考えると驚異的な数字である。
それも休憩時間以降、番組終了直前までずっと一星テレビの社長の醜態を放送し続けたかららしい。
特に中継サイドの愛人とスタジオサイドの社長の痴話喧嘩が勃発してから急上昇したようである。やはり、今回の企画は社長が主導して私に恥をかかせようと画策したみたいである。
*
番組が終わり『中田』さんと控え室に戻る。あんなことがあったせいか、ボディーガード然としてついてきている。はた目からみれば、カップルが寄り添って歩いているようにしか見えないでしょうけど。
そそくさと『中田』さんが荷物を纏める。
「そういえば、はい。スマートフォン。」
そういえば、預けっぱなしだった。四六時中スマートフォンをチェックしている医者が居たら、信用できないだろうと必要なとき以外は触らないようにしているのだ。
テレビ局のスタジオでは、本番前に預けるのが普通で、休憩時間になれば返してくれるが再開前に再び預けなければならないらしい。
私はいつも控え室に置いてくるのだが今日はうっかりスタジオに持ってきてしまったので、本番前に『中田』さんに預けたのだった。それを『中田』さんは自分の控え室に保管しておいてくれたようである。
パスワードは「urology」で、意味は「泌尿器科」である。和重が少し考えれば解ける程度にしてあるのがミソである。バッテリーの使用状況を確認しても、1度起動後1分くらいで電源が落とされており、『中田』さんの心の葛藤が見えるようで面白い。
「何が面白いんだい?」
「えっ、私。言葉に出していた?」
「そんなことは無いよ。君って、楽しいことがあると頬がピクピクっと動くんだよ。知ってた?」
私は首を振る。そんなことを言われたのは初めてだ。毎日顔を突き合わせている和重にも言われたことが無い。
「ほら、僕。最近、君にからかわれることが多いから、覚えちゃった。」
過去を振り返ってみると、会っているときに頻繁に、あきえちゃんのことでからかっているわ。
「ごめん・・なさい。」
どうしても『中田』さん相手には、あきえちゃんの話題が中心となってしまう。しかも反応が良かったりするもんだから、ついついやり過ぎてしまったようだ。ちょっとからかい過ぎだよね。年下の友人としてどうなんだよってレベルである。
「あっ、嫌じゃないんだ。というか、彼女の話題で盛り上がれる友人を持てて幸せだよ。」
「じゃあ、もっと頑張りますね。」
「・・・・・・酷いなあ。また、からかわれたよね。」
またしても、頬がピクピクしてしまったようである。困ったもんだ。
*
「えっ。何、これ?」
私の控え室の扉を開くと中は酷いものだった。まさにしっちゃかめっちゃか。ハンドバックの中身は、机に放り出されているし、引き出しや扉も開け放たれているし、ゴミ箱の中身まで散乱していた。
「待って入っちゃだめだ。空き巣だよ警察にきて貰おう。」
私が中に入ろうとすると『中田』さんが引き止める。
ケ・イ・サ・ツ。
ダメっ。今すぐ思い浮かぶのは一星テレビの社長か、あの監督の関係者だよね。
でも社長が万が一逮捕されるようなことになれば、何のために忙しい合間を縫ってドラマ出演やこの番組に出演したのか分からなくなってしまう。スターグループでも窮地に陥っている一星テレビを助けてやってほしいと和重にお願いされたからなのに。
「待って。和重に相談してみる。」
私は、スマートフォンから電話する。
「和重! 大変なの。お願いすぐに来て!!」
和重は意外にも5分ほどで到着する。
カオリお姉さまと白髪の背の高い男性も一緒である。
「カオリお姉さま!」
思わず抱きついてしまう。正直恐かったのだ。誘拐されたときは私ひとりが不幸になれば終わりだった。だか今回は違う。頑張っている和重を巻き込みたくはなかった。でも和重に頼るしか道は無いのである。
「貴方は、西海会長。」
『中田』さんは男性を知っているようである。会長ということはもしかして。
「貴女が『西九条れいな』さんかな。わしは、この一星テレビの会長をしておる西海だ。この度は婿が大変失礼なことを仕出かしてしまい大変申し訳ないことをした。この通りだ。」
会長さんが身体を半分に折り曲げて頭を下げている。どうやら今日の特番のことを知っているらしい。
「お義父さん!」
そこに現われたのは、一星テレビの社長だ。思わずカオリお姉さまの影に隠れる。
「これは。お前の仕業か! お前はこの控え室で何をした!」
「な、なんのことですか。お義父さん。」
「この期に及んで嘘までつくのか? テレビであれだけ醜態を見せれば十分に更迭理由になる。その後、わしの権限で調べ上げてもいいだぞ。だが、そのときはお前は犯罪者だ。一星テレビもお終いだ。分かっているのか?」
「なんのことでしょう。お義父さん。」
「そうか。折角『西九条れいな』さんが通報せずにこちらに話してくれたというのに無駄になるわけだな。」
社長が意外そうな顔でこちらを振り向く。よっぽどバカだと思われているらしい。
「スマンが和重くん、この場で婿を罷免してくれるかな。オーナー一族とわしの持っている株式、あわせれば100%だ。この場を臨時株式総会としようじゃないか。」
えっ。どういうこと?
「志保。親父が死んだ。今後の相談をしに来たところだったんだ。」
和重のお父様が亡くなったということは、和重が一星テレビのオーナー。もう終わりね。もっと和重の傍に居たかったのに。ずっと傍に居られると思ってたのに。
「臨時株式総会を開会する。異論のある株主は名乗りでよ。居ないようなので第1の議案、現社長更迭の件、賛成の方挙手を願います。」
和重と西海会長の手が挙がる。
「賛成多数により第1の議案が通りました。続いて第2の議案、現副社長を社長に昇格する件。」
控え室の前の廊下に西海会長の声だけが響き渡る。カオリお姉さまが教えてくれたところによると社長人事を同時に決めないと次の取締役会で副社長が権限を握るまでは現社長がその職を引き続き勤めるのだそうだ。
そしてその場で社長から全ての権限が剥奪された。
「『西九条』さん、スマンが警察に連絡してくれるか?」
「警視総監殿へ直接で構わないですか?」
あの監督のことで思い出したことがあれば直接連絡して欲しいと名刺を貰っている。あの方なら、この業界のことも詳しいだろうから、上手く扱ってくれるに違いない。
「なっ。ケイシソウカン。」
元社長が愕然とした表情になる。
なんだろう?
所轄とかだったら握りつぶせるとでも思っていたのだろうか。それとも警察内部に昵懇の間柄の人間が居るとか。
それなら、なおさら警視総監に直接話したほうがいいよね。
私がスマートフォンを取り出した。そのときだった元社長がいきなり飛び掛ってきた。咄嗟に自分の腕をクロスしてガードする。
「なんでお前が持っているんだ。くそっ。このスマートフォンさえ無ければ!」
元社長は私のスマートフォンを取り上げ、悪態を吐くとそのまま走り出していく。どうやら元社長が控え室で探していたのは、スマートフォンだったらしい。偶然、『中田』さんに預けていた所為で難をのがれたのだ。
「待て!!」
カオリお姉さまと少し遅れて和重が追いかけていった。




