第2話 彼女を助けだしたのは誰だ
「知ってらしたのですね。」
黒塗りのハイヤーからひとりの女性が降りてくる。最近、良く見る女性のストーカーさんだ。私のストーカーは彼女を含めて数人居る。偶に週刊誌の記者が混じっているが眼光が鋭くストーカーとは区別がつく。今までのストーカーは男性ばかりで女性のストーカーは目立っていたのである。
常時2・3人のストーカー諸氏が居るので、その誰かが警察に通報してくれたのだと思ったのだが違うらしい。使えない奴らである。
私がストーカーを放置しているのは、週刊誌の記者を排除してくれるからなのだが、こんなに使えないのなら通報したほうがいいのかもしれない。
近くで見るとさらに美人だ。背筋がピンと伸びて何かしらの迫力さえ感じられる。私よりは年上みたいだが、和重のお父さんの秘書という年齢じゃない。しかも仲が良さそうだ。これはひょっとして。
「和重の婚約者さんですか?「ちょっと待て!」」
相手に質問を投げてしまってから、どうやって言えば綺麗に別れれるか伝わるかを考えるがうまく考えが纏まらない。裕也のときは、一方的な『別れてくださいね。』という言葉に頷くだけで済んだけど、こちらから言い出すことなんて想定していなかった。あれっ、今和重の声が重ならなかったか?
「ちょっと待てや。誰が俺の婚約者だ。いくら俺がバカでも、こんなにトウが経った筋肉バカはいら・・・痛い、痛いって叔母さん。」
目の前で和重よりも小さい美人が和重の耳を引っ張り上げている。叔母さん?
「誰が筋肉バカよ。それにオバさんと呼ぶな! カオリさんと呼びなさい。といつも言ってるでしょう。」
目の前の美人の優しそうだった顔が不機嫌そうな顔に豹変する。
「あー痛かった。全く乱暴なんだから。コレは母親の妹なんだよ。叔母さん以外になんて呼ぶというんだよ。」
和重が私の後ろに回りこみながら、口答えをしている。ある意味、とっても仲が良さそうだ。
「お姉さまでいいじゃない。なんなら、お嬢さまでもいいわよ。」
「ふざけんな。俺と同い年の癖に、お嬢さまは無いだろ。お嬢さまは。」
和重と同い年・・・ということは、私よりも10歳以上年上なんだ。
「年齢をバラすな! もう一度痛い目を見たいようだね。」
「あのう、カオリお姉さまとお呼びしてもよろしいですか?」
目の前で繰り広げられるドツキ漫才に辟易してきた私は慎重に言葉を選び声をかける。流石に10歳以上年上の女性をお嬢さまとは呼べない。お姉さまが限界だよね。
「うんいいわ。和重にしては、いい子を彼女にしたじゃない。」
そう言って、カオリお姉さまは豹変していた顔を元の優しい顔に戻す。恐いです。カオリお姉さま。
カオリお姉さまは、Ziphone傘下の警備保障会社に所属しているSPなのだそうである。最近のSPは依頼人を守るだけでなく会社のこともわかる人材にしようという方針に変わったとかで依頼料の安い和重の個人秘書兼SPの依頼を受けたそうである。
「志保。今、何かを言いかけただろ。」
拙い。別れ話を考えていたことに感づかれてしまったみたいだ。
「痛っつー。」
さきほどからヒリヒリと痛かった頬を押さえる。
「ああっ、ごめんなさい。・・・これを使って。」
カオリお姉さまが車のトランクから救急箱を取り出して冷却剤を渡してくれる。
「和重もこんなところで立ち話してないで、車の中で優しくしてあげなさい。この子は誘拐事件の被害者なのよ。」
「ご、ごめん。そうだった。」
そのまま車に乗り込みパトカーに先導されていくうちに和重の腕の中で眠ってしまった。
虎ノ門の警視庁に到着する。
昔、テレビドラマで見たときは、『大きなビル。』と思ったけど、こうして見ると小さい。虎ノ門ヒルズが近くにあるせいだろうか。
同じ通りの壁一面にアイドルの写真が飾られた五星レコードがあるビルから虎ノ門ヒルズの地下に降りていく道路をみてしまうと、なにか物凄くちゃちな感じがするのは気のせいだろうか?
*
「『西九条れいな』さん。ようこそ警視庁へ。この度は大変な目に遭われましたな。」
刑事部捜査1課の応接室で事情を聞かれていると好々爺とした男性が入ってきた。事情を聞いていた課長さんが直立不動の体勢を取ったところを見ると相当位が高い人物のようである。
「土方歳樹警視総監殿よ。」
同伴してくれていた。カオリお姉さまが教えてくれる。警視総監といえば警察官の階級でTOPに位置する人間である。だけど全然普通のオジサンだった。
「お手数をお掛けして申し訳ありません。」
私はとりあえず頭を下げておく。カオリお姉さまが携帯で通報した場所の基地局が東京都内だったというだけで、警視庁刑事局捜査1課から機動捜査隊、神奈川県警、静岡県警に渡った大捕り物に発展してしまったのである。
「お怪我が少なくてなによりでした。」
カオリお姉さまがくれた冷却剤で顔の腫れはほとんどひいているが少し赤くなっているのだろうか。それとも、もう機動捜査隊から報告が上がってきているのだろうか。
「警察官の方々が迅速に動いてくださったからです。本当にありがとうございました。」
まだ若干引き攣っている顔で微笑みかけた。




