プロローグ
お読み頂きましてありがとうございます。
「和重って何者?」
私は疲れた表情で部屋に帰ってきた和重に聞いてみた。
「なんだ突然。」
「だって見たのよ。今日、七星映画の玄関前に到着したハイヤーに乗っていたよね。凄く偉そうな人たちがズラズラっと並んでいた。」
並みのハイヤーじゃなかった外国製の高級車で秘書が同乗していて、しかめっ面の和重が到着すると運転手がドアを開けにきて偉そうな人たちが一斉に頭を下げていた。
「あれを見たのか。」
「言ったよね。今日、七星映画で表彰されたんだよ。去年の年間興行収入TOPのお祝いで。賞金1000万円だって豪勢だよね。『一条ゆり』さまさまってところかな。」
「聞いてねえよ。それなら、表彰されているところを見たかったぞ。」
「あれっそうだっけ。・・・そうそう今日の朝突然連絡があったんだった。ゴメンね。それで・・・和重って何者?」
「やっぱり聞くのか。」
和重がため息をつく。あれで誤魔化しているつもりだったらしい。それとも私が空気を読めていないだけか。
「スターグループって知っているか?」
「一星テレビや三星新聞、五星レコード、七星映画、九星芸能と日本のメディア王と呼ばれているグループのことでしょ。」
「そのスターグループの総帥が俺の親父なんだ。その親父が今、死にそうでな。ひとり息子の俺はグループ各社の挨拶周りをしているところなんだ。」
「それで毎日ストレスを溜めているのね。ということは女優『一条ゆり』は?」
確か彼女はそのスターグループの御曹司と結婚しているはずである。
「籍の上では俺の従兄弟の嫁だな。ちなみに従兄弟には沢山の兄弟が居たから、彼女はグループの経営には関わっていない。関わらせて貰えないというのが正解だな。」
「そうなんだ。じゃあ昔俳優をやっていたというのは?」
「本当さ。だが親父が頑固者でな。グループの人間は使用人の真似をするな。って業界から締め出されたんだ。酷いだろ。」
「なのに今度はグループの経営者側に立つんだ。」
「痛いところをつくなお前。そうだよ。意地を張っても仕方が無いし、今の俺じゃ医者になったお前のヒモになるのがせいぜいだ。」
「私のため?」
「さあ、どうなんだろうな。」
「そこは私のためって言うところでしょ。」
「じゃあ、そういうことにしておいてやるよ。ところで遠藤先生とのデートは楽しかったか?」
実は喫茶店のストーカーうんぬんという話自体が和重のデマカセだったことが発覚して、疎遠にしていた遠藤先生との付き合いを復活しているのである。
そうは言っても会って話を聞くだけである。彼の医大生時代の話や医者になるためのアドバイスは、医大に友達の居ない私には凄く有用なことばかりだ。しかも、そのスマートなエスコートの仕方は是非とも和重に見習って貰いたいものだった。
「イヤな人ね。先生とはそんなんじゃ無いって何時も言ってるでしょ。いつも親身になって話を聞いてくれて安心できる存在なんだから・・・。」
「俺は先生にも欲望は存在すると思うぞ。」
「そもそも私は医者の卵で彼はベテラン医よ。つりあわないじゃない。和重が居なければ欲望の解消をしてあげるくらいは、やぶさかじゃないけどね。」
和重は再びため息をつく。
「何よ。」
「可哀想だと思ってな。」
「それは私が? 先生が? 和重じゃないよね。」
「何故、俺じゃ無いんだよ。こんなに頑張っているっていうのに『和重が居なければ』なんて言われて可哀想だろ。」
「冗談よ。もちろん、和重が一番よ。」
もう変なところで拗ねるんだから。でも和重とももう終わりかな。私が一番でも彼に取っては単なる押し掛け女房だもの。スターグループの経営者だなんて、先生以上に釣り合わない。
きっと彼の婚約者が現れて直談判し来るんだろう。そのときには、綺麗に別れてあげなきゃ。
*
遠藤先生からメールが入っていた。裕也の母親『一条ゆり』に裕也の病気のことを伝えたのでフォローして欲しいそうだ。私が一番最初に気付いたことも喋ったそうだ。
「何故、裕也の病気のことを言ってくれなかったのよ。」
あの時は考えに考えた結果、話さなかったのだ。もちろん損得勘定が無かったとは言わない。
「あの時点で私がそのことを伝えたとして、貴女は信じられました? 私が別れたく無いがための言い訳にしか思えなかったのでは無いでしょうか。しかも、当時の私は医大生でも無い只のフリーターだったのですよ。」
遠藤先生に説明して貰えばよかったのだろうか。無理だよね。知っている連絡先は病院だけだった。
「それはそうだけど。その時点でも欲望を抑えるために遠藤先生にお願いして女性ホルモンの投与を行っていたのでしょう? だったら、そのことだけでも伝えて欲しかった。・・・って無理ね。当時そんなことをしているとわかったら、貴女を詰っていたわ。」
「でしょうね。それで今後の彼がしたいことについて母親として了承したのですか?」
そういう選択を裕也がする可能性があることもわかっていた。
だがそれを母親に伝えてどうなるというのだろう。一笑に付されて終わりだ。そもそもの前提が裕也の病気のことを信じてもらわければいけないのである。机上の空論どころの話ではない。どうしようも無かったのだ。
「あの子も大人よ。嫌だなんて言っても仕方が無いでしょう。それに裕也を捨てた母親なのよ。どのツラ下げて止める権利があるというのよ! あんなに一生懸命にお願いされたら折れるしか無いじゃない!!」
「すみません。つらいことをお聞きして・・・。」
「いいのよ。あの子が生まれ変わって、また私の子供になってくれるというだけでも幸せだもの。それにしてもすっかり騙されたわ。あの子がもう退院して一人暮らしをしていて、水商売をしているなんて。」
「すみません。本人に止められたもので。『今母親に止められたら一生後悔する。』って。止められたって貫き通せばいいのに元に戻れなくなるまで待つなんて、ズルイですよね。」
「それにしてもあなた達ってソックリね。水商売のために『ヒゲ脱毛をした。』と言っていたけど、長期間病院にいて外に出ず、その後は夜の仕事をしてたからか色白になってたわ。あれで化粧をしたら、本当にソックリなんでしょうね。まあ、貴女が私の若い頃とソックリなんだから当然なんでしょうけど。兄妹でも通るわよ。」
「嫌。あんなのと兄妹なんて嫌です。絶対、迷惑かけられそうじゃないですか。兄妹なら離れられないし。」
「まあそう言わずにこれからも仲良くしてやって。お願いするわ。」




