第11話 彼女はその言葉を聞きたくない
結局、この一連の騒動は意外な結末を迎えることになった。監督がこれまで撮った映画の出演者が口々に監督の過去の暴力行為を告発しだしたからだ。
しかも、映画界が誇るベテラン俳優陣が揃いも揃って、彼の監督する作品には出演したくないと言い出したのだ。
僅かに過去の映画で主演した俳優や落ち目の俳優たちが出演して映画は作られたのだが、鳴かず飛ばずでヒットしなくなったことから、監督業を続けることさえできなくなった。
もちろん、『一条ゆり』に対する個人攻撃も行なわれたようだが、私が女優『ベティー』を庇ったことにつけ『ベティー』をイジメた監督に同国人の女性本人が味方するはずも無く。逆に自分のタレント人生に害が及ぶと考えたのだろう裕也が関係を強要したこと自体が無かったことにされた。
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「さあこれで、『ベティー』から脅迫を受ける可能性もなくなったことだし、私もクビにしてください。プロデューサーは喧嘩両成敗を行なったということで、どこからも批判を浴びなくて済むはずです。」
そうすれば、全てが綺麗に治まる。この映画がヒットしてもしなくても私には関わりがない。僅かに『お菓子屋』さんと『中田』さんとの関係だけは続けなくてはいけないだろうが、女優を続けていくよりは随分と楽になる。
「ちょっと待って! この映画はどうする気よ。貴女が居なければ無かった企画なのよ。」
慌てたようにプロデューサー『一条ゆり』が引きとめようとする。だがその辺りのことも考え済みである。
「『ベティー』を昇格させればいいじゃないですか。私は問題を起こした女優です。元々彼女は貴女のプロデュースにおいても、私の次に推していた女優でしょう。そのまま昇格してもなんら不思議じゃないはずです。少なくとも私が続投されるよりはね。」
「そうだ。この映画の監督はどうするのよ。貴女を撮りたいと仰っている監督さんが沢山居るのよ。」
私が起こした問題行動を英雄視する向きも確かにあるようだが、監督に歯向かうような新人女優を本当に撮りたいと思っている人間は、『お菓子屋』さんくらいだろう。
『お菓子屋』さんは『お菓子屋』さんで静観していて不気味だが、少なくとも私の学業の邪魔はしないだろう。あきえちゃんに嫌われたくなければ・・・。
「監督『一条ゆり』の誕生というのは如何でしょう? この映画に入っている助監督さんも監督経験者だと聞きました。彼の補助があれば簡単でしょう。それとも、あんな暴力監督ができたことを『一条ゆり』が出来ないと仰るつもりでしょうか?」
目の前で『一条ゆり』がため息をつく。今の彼女はプロデューサーだろうか、女優だろうか。まさか、裕也の母親ではあるまい。
「仕方が無いわね。」
ようやく諦めてくれたと思ったのだが、目の前に出てきたのは契約書だ。私と所属事務所との契約書である。そこには、契約に違反する行為があった場合、最大で5000万円を上限とする賠償を請求する。とあった。・・・まさか・・・。
「今回、貴女の行為で映画自体がポシャった場合、私はプロデューサーとして貴女の所属事務所に対して、損害賠償を請求することができるわ。この映画を撮るのに既に多額のお金が投入されているのは分かるわよね。」
「ちょっと待ってください。貴女は私と刺し違える気ですか? 私の手には貴女が書いた誓約書があるのですよ。」
「そうね。それくらい、私の初プロデュース作品は大事なのよ。分かってお願い。私は貴女で撮りたいの。」
次にため息をつく番なのは私のほうだった。あの誓約書が切り札にならないなんてことがあっていいのか。いや初めから切り札として使う気などさらさら無かったのだけど・・・見破られていたのだろうか。そうであれば、もうお手上げだ。
「分かりました。この映画だけですよ。」
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「私は、『この映画だけですよ。』と言いましたよね。何故、第2作目の話が来るんですか?」
私はプロデューサー『一条ゆり』に向かって噛み付く。これでは本当に留年してしまう。私の目標である医者になることが夢で終わってしまうとなれば、噛み付くのは当然だ。
「仕方が無いじゃない。第1作目があんなに大ヒットしてしまったんですもの。」
映画が10月に公開され、11月、12月と続いているしかも毎月公開する劇場が増え続けているのだ。
「せいぜい興行収入が15億円くらいだと思ったのに、まさか公開初月で歴代興行収入のTOP5と肩を並べる推移を見せるなんて有り得ないでしょう?」
「ちょっ。どこからくるのよ。その15億円という数字は・・・。」
「えっと、女優『一条ゆり』主演のブルーレイ販売額から試算した数値が20億円くらいという話だったのでそれの約半分が観に来てくれたとして10億円。私が起こした問題行動で5割り増しの動員があったとしての金額です。なかなかいいところだと思ったのですが、『お菓子屋』さんたちが煽ったせいでしょうか?」
「甘いわね。イチユリストは50代から60代で、今発言力が高い世代なのよ。その彼らが作品を観て感動すれば勝手に拡散してくれるわ。あの世代の口コミ力は凄いのよ。」
「感動ですか・・・。今までのイチユリストの傾向から見て、明らかなコピー作品を彼らが観て満足してくれてもそれは過去に観た『一条ゆり』の映画を感動したことであって、この映画を感動して貰えるとは全く思っていなかったので・・・。」
これまで会ったイチユリストは呆れるほど、女優『一条ゆり』の映画を観たときの感動を言葉にしていた。まあほとんどスルーしたけど・・・。
「貴女ねえ。いったいどういう演技をしていたのよ。」
「どういうって。女優『一条ゆり』が出演した映画のブルーレイから表情を写し取り、貴女から聞き出した当時に思い描いただろう情景や貴女が当時に感じたであろう思いで持って、写し取った貴女の表情に色を付けていっただけで、ほとんど貴女の劣化コピーと言ってもいい演技だと思ったのですけど・・・。」
プロデューサー『一条ゆり』はため息をつく。やっぱり、呆れ返ったのだろう。そんな表現の仕方をしている女優なんていないに違いない。だが彼女から返ってきた言葉は正反対のものだった。
「全く呆れ返るほど天才ね。」
「えっ。」
「まさか私が長年かけて生み出してきた女優の考え方や演技方法をそのまま成し遂げてしまう女優が現れるなんて・・・。」
「それって・・・。」
「ちょっと待ってね。説明してあげるから。まず、ブルーレイから私の表情を写し取ったと言ったわね。それができること自体がまず天才ね。毎年数多くの俳優が生まれて消えていく映画界においてそれが初めからできる俳優は年にひとりも居ないわ。」
「そうなんですか?」
「そうよ。私だって写し取ることが出来ると言っても芸能界に復帰してからベテラン俳優と言われるようになってからよ。」
「・・・・。」
「それに、今貴女が言った思い描いた情景や感じた思いは、本来私たち俳優が監督や演出家から聞き出してイメージを掴むのよ。それと同じ事を貴女は誰にも教えて貰わずにやってのけたというわけよ。これを天才と呼ばずしてどう呼ぶのか私は知らないわ。」




