第3話 誰がこの少女を怒らせたのか
『カットー! お疲れ様でした。』
スタジオの2階にあるコントロールルームから声が掛かる。
「申し訳ありませんでした。」
今回の収録では、空気を読まない発言を繰り返して、『お菓子屋十万石』さんの信頼を損ねようとしたのだが、なんか違う意味で番組を無茶苦茶にしてしまった気がする。
同じ芸能事務所のタレントに迷惑をかけるほどの影響があったかもしれないと思い、彼の前に足早に移動すると頭を下げて謝った。
「今日は良かったよ。本当は謝るのは僕のほうなんだ。君がMotyのファンだと聞きかじった僕が、彼を呼んだんだよ。今まであまりにも完璧すぎたからさ。偶にはイジられ役もやってもらわないと視聴者が納得しないと思って仕組んだんだ。ごめんな。これじゃ娘に怒られるよ。」
そうか。この2人がイジり役として組めば、一方的にイジられるしかない。私が先に自滅しなかったら、番組内でイジられる予定だったんだね。
「そうだよ。先輩。僕はイジり役であってイジメ役じゃないんだから、もうちょっとで悪役にされるところだったじゃないか。」
「ちゃんとフォローしてやっただろ。後で娘に怒られるのは決定的だ。お前、なんとかしろ。」
「できるわけないだろ。できるのは僕も一緒に怒られることくらいだよ。」
「なんなら、私がお家にお伺いしましょうか? ちゃんと自滅したんだって言いますから。」
「あれって自滅なの? その後が完璧すぎて防御のために演技をしたのかと思ったんだけど。」
やっぱり俳優って職業は、そう思われるんだ。流石に好きなアイドルに言われると落ち込むな。
「そうやって『中田』がイジメるから、泣いちゃうんだろ。全く持ってなってないなー。相手によって、イジり方を変えろよ。といつも言ってるだろ。」
『お菓子屋』さんは、そう言いながら私を庇おうとしてくれる。
「また。そうやって僕を悪役にするー。全く誑しなんだからー。気をつけなよ、『お菓子屋』さんって狼の面を被った振りをしている狼だからさ。気軽に家に行くなんて言っちゃダメだ。パックリと食われちゃうよ。」
今度はおどけたふりして『中田』さんが笑わせてくれる。落ち込んだのが顔に出ていたらしい。
*
控え室に戻り、帰る支度をしていると、慌てた様子で『お菓子屋』さんと『中田』さんが訪ねてきた。
「娘が本気で怒っているみたいなんだ。お願いだ。一緒に来てくれないかな。」
『お菓子屋』さんが差し出したスマートフォンのメールには『お姉様をイジメるお父さんなんか嫌い。もう帰ってこないで!』と書いてあった。
「僕からもお願いします。僕からメールを送っても無視されるんだ。彼女がこんなに怒っているところなんてみたこともないんだ。」
そういえば、『中田』さんと『お菓子屋』さんは家族ぐるみの付き合いがあると聞いたことがある。一時期、『お菓子屋』さんの娘さんが『中田』さんの彼女と見られていた時期もあったらしい。まあ、相手が未成年で年の差が離れていたから、噂だけで終わってしまったが・・・。
「もしかして?」
私が『お菓子屋』さんに視線を移すと頷いている。どうやら、噂は本当らしい。『お菓子屋』さんが嫌われるのは、自業自得だから別にいい。だけど、これを切っ掛けに恋人同士を引き裂いてしまっては絶対にダメだ。
「分かりました。お伺いします。『中田』さんはここで待っていてください。これ以上、彼女を混乱させないためにも今直接、顔を見せないほうがいいと思います。」
*
「何をしているんだい?」
今、私は『お菓子屋』さんが運転する車で、彼のマンションへ向かっているところである。
「明日、大学で課外授業があるので、その予習を。すみません。こんなときに・・・。私に取っては医大での勉強も大事なんです。」
いくら空気が読めない振りで『お菓子屋』さんの信頼を失える状況だと言っても、流石にこの状況下で最優先ですとは言えない。
だが『お菓子屋』さんの娘さんの今の状況は全く分からないのだ。今から勝手な想像だけで頭でシミュレーションしても仕方がない。どの道、出たとこ勝負なら時間的余裕がある今は、勉強を優先したい。
「すまない。僕のせいで君の時間を取ってしまって・・・。もしかして、これ以上仕事が増えるとヤバいのか?」
「ええまあ、出来れば細く長くお付き合い頂けると有り難いですね。」
それで話が途切れたので予習に戻る。相手は呆れているかもしれないが、それで仕事が減ってしまうなら、そのほうが都合が良いから問題ない。
そのまま、予習を続けていると20分程で到着したようである。
分譲マンションの地下駐車場から最上階に上がる。最上階には2軒分の玄関があり、その奥に大きな扉があった。玄関のインターフォンの前に立ち、チャイムを鳴らす。
「あっ。お姉様。今行きます。」
カチャ。という音共に玄関のロックが外される。そのまま玄関を通り、扉のところに向かう。
「お父さんは待ってて! さあ、どうぞ。お姉様。」
「僕はここで待ってなきゃいけないのかい? せめて室内に入れておくれよ。」
「当然でしょ。ソコで待ってて!」
「別にお父さんを怒っているわけじゃないんでしょ。私は貴女の相談に乗りにきたの。だから、入れてあげて。」
「わかるの・・・?」
「こう見えても医者の卵なの。貴女の悩みの全てがわかるわけではないわ。でも、相談に乗ることはできると思うの。」
「お姉様がお医者さま?」
「うん。だから、貴女の部屋に案内してくれる?」
「うん。」