閑話 バラエティー番組「お菓子屋芸能ステーション」
『3・2・・・』
スタッフからスタートのカウントダウンが掛かる。
「お菓子屋芸能ステーション!」
そして、タイトルコール。
「司会のお菓子屋十万石です。今日は元タレントの『沢田アキ子』東京都知事の一連の発言に対し、法律的医学的科学的側面で検証を行いたいと思っております。ゲストは地方公務員法がご専門の鈴ノ木一男氏と心理学がご専門の佐東徹氏、都心近辺の交通がご専門の山南安雄氏に来て頂いております。」
ここは某テレビ局の第19スタジオでここではドラマの撮影も行なえる広々としたスタジオである。その場所の中央に重厚感漂うセットがあり、各界の専門家の権威が重みを増している。
『お菓子屋十万石』さんにあったカメラが、各ゲストにターンされていくと神妙な面持ちのゲストは特に頭を下げるわけでもなく、堂々とカメラのほうを向いている。
「そして、レギュラーコメンテーターの『西九条れいな』さんとゲストコメンテーターの『中田雅美』さんです。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
私はカメラに向かって満面の笑顔で挨拶する。
「マッミーもよろしくね。」
彼はキタ・シャニーズ事務所所属だった元アイドルグループMotyのメンバーである。私は彼らがブレイクする前、中学生のときからのファンで思わず、目で追ってしまう。事前の打ち合わせの際にはいらっしゃらなかったから遅れてきたのだろう。
「先輩、よろしく。」
彼はグループではMC担当でグループ解散後も俳優、司会、タレントとして活躍されている。彼は『お菓子屋十万石』さんの師匠に当たる人に弟子入りしていて、先輩・後輩の仲であることは有名である。
「『西九条れいな』ちゃんもよろしくね。」
「はい。よろしくお願いします。」
「あれっ。なんか僕、れいなちゃんに嫌われているのかな?」
しまった! 笑顔を作り忘れて、無表情でガン見してしまったらしい。
「そんなこと無いです。」
慌てて笑顔を作りながら、言葉を返す。
笑顔の使い分けは訓練により同時に4つまでできるようになっているのだが、今日のゲストの3人用に作り上げた笑顔とカメラに向かっているときの笑顔以外はカメラを向けられないかぎり無表情になってしまう。
とにかく、カメラを向けられているときの笑顔を貼り付けることに成功したようである。
「大丈夫。僕も時折、そんな表情をされるから・・・。」
それ。全然大丈夫じゃないです。私は笑顔を貼り付けたまま固まってしまった。
「先輩は悪い男だから、嫌われるのは分かるけど。」
やばい。笑顔を貼り付けながら、涙が出てきそうになっている。必死に涙腺を止めるが、モニターで見ると眦に涙が溜まった状態になっていて、なんか訳分からない表情になっている。
流石にカメラが私の表情を追うことを躊躇い、『お菓子屋』さんをアップで捉える。とりあえず、一瞬だったから、視聴者にも分からなかっただろう。
「おいおい。これじゃ、僕が泣かしているみたいじゃないか。」
そう『お菓子屋』さんが叫んだところでCMに入った。助かった。
メイクさんが飛んできて、涙をパフで吸い取ると化粧を直してくれる。プロだ。鏡には何事もなかったかのような私の顔が映っていた。
「15秒前・・・・・・・3・2・・・。」
CMが終わり、何事もなかったかのように番組が進んでいく。今回の検証内容は、都知事が新潟県にある別荘への往復を都所有のハイヤーを運転手付きで私的に利用していた件と海外視察に行ったときに使ったファーストクラス代が問題となっていた。
ここはとんちんかんな質問をするほうが呆られやすいと思い、用意してある質問をぶつけてみた。
「アメリカで有名な映画俳優が州知事をされていたと思うんですけど、彼がもしSPも付けずに自分の別荘に往復したときに暴漢に襲われたら、問題となると思うのですが、日本では違うのですか?」
現在、この問題では世論は圧倒的に都知事が悪いことになっている。その都知事に味方するようなことを言えば、猛反発が返って来るだろう。隣の『中田』さんからも来るだろうけど、今度こそ笑顔で迎え撃とう。
いつものように質問相手の交通の専門家に向かって笑顔を作り微笑みかける。と、相手は真っ赤になる。ここまでは、想定通りだ。
「・・・・・。」
反応が返ってこない。いったいどういうことだろう?
目の前ではアシスタントディレクターが慌てた表情で何かを喋るように訴えかけている。
「うん。そうだね。」
放送事故寸前と思われるタイミングで返って来た答えは、肯定だった。しかも、『お菓子屋』さんが返事している。
「それは盲点だった。そういえば、そうだよね。知事といえば要人だ。その要人にSPが付けられるのは当然。まさか、新潟に行くのにSP付きで電車で移動するわけにも行かない。そんなことをすれば、数人のSPが必要だハイヤーを使うよりも沢山のお金が掛かってしまう。」
さらに私よりもずっと深い考えを提示して自分でうんうんと頷いている。
周囲のゲストも一斉にその意見に自分の専門分野の知識に照らし合わせて肯定していく。どういうわけだ。世論は違ったんじゃないの?
なんか私が凄いことを言ったかのようになっている。どうも失敗したらしい。
*
「次は『西九条れいな』さんから、先に聞いてみようか? とんでも無い回答導き出してくれるような気がするんだ。都知事が海外視察の際にファーストクラスを使ったり、高級ホテルに宿泊した件はどう思う?」
いきなり『お菓子屋』さんがいつもの手順をすっ飛ばして、私に質問してくる。この問題も世論では、庶民感情に合わないと批判が相次いでいる。
そんなスルーパスいらないです。それでも、私は必死になって考えてあった質問内容を言葉にしていく。もちろん、カメラに向ける笑顔も忘れずに・・・。
「例えばですけど、オリンピック誘致をする知事が、ビジネスクラスの飛行機を使ってやってきたり、ビジネスホテルに滞在していたとしたら、相手はどう思うでしょうか。そんなケチな相手にオリンピックを任せようと思うでしょうか?」
「・・・・・・・。」
また空白の時間が流れていく。肯定されてしまうのだろうか?
それともあまりにも空気が読めない質問をしてしまったので呆れているだろうか?