第1話 何故彼らは顔を赤くしていたのか
「何故、ここまでしてくださるのでしょう?」
噺家『お菓子屋十万石』さんの冠番組「お菓子屋芸能ステーション」は日々彩られる芸能界の話題に法律的に医学的に科学的に切り込もうというコンセプトの番組である。
毎回、著名な専門家と無責任な発言ができるタレント2人を呼んでコメントしていくのだが、そのタレント枠のレギュラーを頂いている。
私が出演するようになると毎回専門家の男性から丁寧な挨拶をされるのだ。イチユリストなのだと。応援していると。
初めは偶然だと思っていたのだけど、それが2回、3回と続くと、とても偶然とは思えず、さらに専門家の選定に『お菓子屋十万石』さんの意向が反映されていると聞いて、3回目の番組終了後、控え室にご挨拶にお伺いしたときに聞いてみたのである。
「もちろん、番組を面白くするためさ。実際に面白くなったみたいだね。あれって、どうやっているんだい?」
私が専門家の方々に質問したときの彼らの反応が面白いと評判なのである。
「イチユリストとお伺いして、毎回、女優『一条ゆり』が主演した5つの映画の中で一番好きなシーンを彼らの前で演じさせて頂いているのですよ。」
女優『一条ゆり』が映画の中で出演するシーンは意外と少ないから出来る技なのだが、5つの映画の全てのシーンを真似できるようになっている。
本人に聞いたところ、配給当時第1作目で絶大な支持と多くのファンに恵まれたのだが、バラエティー番組を苦手とした彼女は、映画のシーンの少なさとその他メディアの露出の少なさを利用して、ファンに対する『一条ゆり』欠乏症を引き起こすことで主演映画に対するリピーターとメディア化された映画の販売数を増加させていったのだということだった。
その意図は徹底しており、通常各種メディア製作時に特典につけられるはずのメイキング映像はビデオテープには付けられず、レーザーディスク、DVD、ブルーレイと回を追うごとに少しずつ増やされているらしい。
「それで?」
専門家たちの反応は毎回、判を押したように同じだった。真っ赤になって、そのシーンの何処が良かったかを語りだすのである。それを映画のシーンの笑顔で半分スルーしながら、聞いていたのだが、『一条ゆり』本人に欠乏症の話を聞いて納得したのだった。
「彼らに質問をするときにサービスのつもりで映画のシーンと同じ笑顔でお伺いするとあんな反応が返ってくるんですよ。」
「あれ面白いよね。皆、真っ赤になって一瞬ドモって。でも、皆さんプロだから、真っ赤になりながらもちゃんとした答えが返ってくる。」
「皆さん、気を悪くされてなかったですか? もしかして、恥をかかせてしまったのじゃないかと、番組終了後聞いているのですが、笑顔で私のファンになったと仰るばかりで・・・。」
「大丈夫じゃないかな。特に苦情も来てないみたいだし、それに口コミでこの番組に出たいというイチユリストの専門家が増えているようだよ。」
「そうですか。よかった。」
「ああ、質問の答えはね。娘の件のお礼とプロデューサー『一条ゆり』さんへの謝罪のつもりだったんだ。僕もこう見えて、女優『一条ゆり』のファンでね。」
「それなら何故、あんなことを・・・。」
「うん。あれは、あの番組のプロデューサーにハメられたんだよ。僕は君に対する質問のつもりだった。僕の持ち味は番組内で女の子に平然とエロトークを持ちかけるのが得意でね。それが結構受けていたんだ。」
「知ってます。いろんな反応が返ってきて面白いですよね。放送禁止寸前のトークに発展したりして。」
「それなのに他のスタッフは女優『一条ゆり』に焦点を当ててスタンバっていたらしいんだ。どうも、新人プロデューサーだったから、功を焦ったみたいだね。僕の権限で更迭してやったよ。」
「そうなんですか、プロデューサーにはそう申し伝えておきます。ところで『お菓子屋十万石』さんは『一条ゆり』さんの映画のどのシーンが好きですか?」
ふと思いつきで質問してみた。彼が本物のファンならば、スラスラと出てくるはずだからである。
「僕はねえ。第3作目『花ひらき白衣の花』の中盤に出てくる突然、ドアップの『一条ゆり』さんが一瞬出るシーン。」
「うわぁ。マニアックですねぇ。」
当時の二枚目俳優が演じる医者が不治の病に冒されながらも懸命に生き抜く話なのだが、挫けそうになったときに出てくる回想で『一条ゆり』演じる看護師役の彼女の笑顔で救われるという、お決まりのシーンに出てくる1カットである。
「君にできるかな?」
彼はこちらの意図を知ったうえで、挑戦してきたようである。
「もちろんですよ。女優『一条ゆり』のマネージャーはそこまで把握してます。」
問題の1カットは、あまりにも短すぎてコピーするのが困難だったのだが、『一条ゆり』のマネージャーがオリジナルマスターからおよそ10分に渡る編集前のそのシーンを探し出して見せてくれたのである。
それを女優『一条ゆり』と一緒に当時のことを思い出して貰いながらレクチャーをうけたという経緯があったのだ。
流石にその1カットだけコピーするのは難しいため、前後3秒ずつ合計7秒間をコピーしている。なので『お菓子屋十万石』さんには、スタートしてから3秒後に目を開いてもらう。
「うわぁ。凄いインパクトだ。映画をスクリーンで見ていた当時を思い出すよ。」
私が問題のシーンとそれに続くシーンを演じてみせたところ、イチユリストたちと同じように真っ赤になった『お菓子屋十万石』さんが熱く語りだした。