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私の彼氏は超肉食系  作者: 蜘條ユリイ
第1章 
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第11話 彼に憤怒の表情をさせたのは誰だ

「でも、あれで噺家の『お菓子屋十万石』さんには貸しを作れたみたいです。ほら娘さんからメールが来たそうで、ネットニュースでは私のことを好印象で話していたと談話が載っています。」


 私はスマートフォンのメールとニュースサイトを事務所の社長に開いてみせた。番組開始前の打ち合わせの際に司会者やアシスタントさんとはメールアドレスの交換をしている。社交辞令みたいなものだと思うけど・・・。


「君って意外としたたかね。本当に『ゆり』の若い頃とソックリ。」


 それはそれで嫌。それにしても、この社長は裏表が酷いな。私、やっていけるのかな。


 そんなにしたたかかな。そうでも無いと思うのだけど・・・。


 私は医者になるという自分の目標に向かって邁進しているだけなのに。まああのイケメンダメ男は拾うかどうか迷っているけどね。


 これ以上、問題を起こすのならば捨てるしかない。と、思っている。


 裕也の母親である『一条ゆり』みたいに1度の失敗でゴミのように扱うことができないだけである。


     *


 翌朝、『一条ゆり』と待ち合わせをして、裕也が入院している病院に向かった。入院は伸吾さんが付き添い、一般病棟の特別室に入ったようだ。


 特別室がある階のナースセンターに行き、病院の設備について話を伺った。私の母が入院していた頃と変わりはないようだ。


 精神科の先生が今後の治療方針について、話があるそうなので身内とは言えない私は遠慮する。まあ、以前のように欲望を抑えるために女性ホルモンの注射を定期的に行うことになるのだろう。ものの数分で終わる話だ。


 私は教えてもらった病室に向かう。おそらく、朝食のときに出された精神安定剤でうとうとしているところだろう。裕也は起こさずに病室で『一条ゆり』を待っていればいいか。


 病室のスライドドアを静かに開けるとスルリと入り込む。


「あれ、起きていたのね。調子はどう?」


 裕也が居ると思っていたベッドは空で奥に目を向けるとひとりがけのソファに腰掛けていた。明るい日差しが入ってきているので、表情は読み取れない。


 こんなところに隠れていなくてはいけないことに不貞腐れているのだろう。返事は無い。


「この病院の病棟はなかなかいいでしょう? 母が入院していたのよ。ここは。そこから、見える中庭では花が綺麗なのよ。特にあちら側の一角に桜が沢山植わっていて、それはもう綺麗・・・。」


 裕也がソファから立ち上がって近寄って来たので両手を広げて出迎えた・・・。


「な・・ん・・で・・・・っ。」


 裕也の両手が私の首に掛かっている。憤怒の表情で彼が私の首を絞め上げている。咄嗟に広げていた両腕でその手首に親指を突っ込み、僅かな気道を確保する。


「何で志保がテレビに出ているんだ。あの場所は僕のものだったはずなのに!」


 女性の腕ならば、そのまま捻れば腕を外せるはずなのだが、男性相手では気道を確保するのが精一杯だった。それも次第に狭まってきている気がする。


「この僕から奪ったな。母も仕事も生きがいさえも・・・・・・お前さえいなければ・・・。」


 何かを勘違いしている・・み・・た・・い・・・だ。次第に思考が止まり始めている。


「止めろ!」「ヤメテー!!」


 そのときだった。精神科の先生が大声を出して、裕也に飛び掛ったようで、私の首から裕也の手首が外れる。


 ヒューヒューヒュー・・げほっ、げほっ・・・げほげほげほ・・・ヒュー・・・ヒューヒューヒュー・・・フー・・・ゲホッ・・・。


 身体を折りたたみ咳き込むと次第に肺に空気が入り始め、さらに咳き込む、近くにあったベッドに身体を預け、それを繰り返していると次第に意識が戻ってくる。


 タイミング良く精神科の先生と『一条ゆり』が入ってきたようで、間一髪、命が助かったようだ。


 私はそのままベッドに仰向けになり呼吸を整える。まだクラクラする。元に戻るには当分時間がかかりそうなので視線だけを周囲に向ける。


 良く知っている精神科医の遠藤(えんどう)先生が裕也を取り押さえていた。母の主治医でもあり、裕也に女性ホルモンの処方をしてくれた先生だ。


「ねえ! 大丈夫?」


 母親の『一条ゆり』もショックだったろうに気丈にも私の心配をしてくれる。目の前で息子が殺人を犯そうとしたのだ。錯乱してもおかしくない状況だ。


「・・・だ・・ひ・・しょーふ・・れす。」


 まだ声帯が戻っていないようで掠れた声で答える。


「ちょっと、まってください・・・もう、少しで元に戻りますから・・・。」


 私は目の前で所在無げに揺れている彼女の手を引っ張り、握り締めて答える。


「うん。待ってるわ。」


     *


 裕也は、とりあえず猿轡を噛まし、拘束衣が被せられ、両手、両足を縛られて転がされている。


「私の責任だ。すまない。」


 私の話を聞いた遠藤先生が目の前で頭を下げている。


「そんなことありません。本当に助けて頂いてありがとうございました。」


「昨日の夜、この部屋で彼とカウンセリングを行なっていたときに・・・付けてあったテレビを見て、黙り込んでしまったときに気付くべきだった。」


 いくら精神科医と言えど、患者の心が読めるわけじゃない。しかも昨日入院したばかりなのだ。性格さえも碌に把握していなかったに違いない。その彼がいきなり凶行に及ぶなんて誰にも想像がつかないだろう。


 誰が気付けるかといえば、裕也が俳優という仕事に対して真摯に向かい合ってきたことを知っている私自身だったかもしれないが、まさかあの番組のしかも冒頭の一部だけを見ていたなんて考えられるはずもない。


 あの番組の全てを・・・欲望について問われ、女優『一条ゆり』の顔が硬直したシーンやその後の私がフォローしたシーンを見ていれば、考えは全く正反対になったに違いない。


「誠に・誠に・誠に申し訳ありません!」


 思わず目が点になる。今度は『一条ゆり』が土下座をして、床に頭を擦り付けているのである。


「私がイラナイことをしたばかりに大変な目に合わせてしまって。本当に申し訳ありませんでした。」


 私が芸能界デビューしたのが切っ掛けといえば切っ掛けか。でもこの母親がここまで下手に出てくるなんてどういうわけだ。


「では話も済んだことだし、警察を呼んでもらいますか・・・。」


 意外なところから、声がかかる。遠藤先生だ。


「えっ。」


「ダメよ。ダメ! お願いそれだけは勘弁して! 何でもしますから、お願い!」


 私が驚くと同時に『一条ゆり』がぺこぺこと再び土下座を繰り返す。


 なるほど。


 裕也が殺人未遂で逮捕されれば、以前、彼が女性に関係を強要したとき以上のバッシングが彼女に降りかかるだろう。いくら子供の犯罪と言っても殺人未遂では、あまりにも酌量の余地が無さ過ぎる。そうなれば彼女は芸能界から抹殺されることになるに違いない。

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「帰還勇者のための休日の過ごし方」志保が探偵物のヒロイン役です。よろしくお願いします。
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