閑話 バラエティー番組「今日もコイコイハナハナ」
『3・2・・・』
スタッフからスタートのカウントダウンが掛かる。
「お菓子屋十万石プレゼンツ。今日もコイコイハナハナ。」
そして、タイトルコール。
私たちが出演したのはバラエティー番組の1コーナーで恋バナをするコーナーのようである。
「司会の『お菓子屋十万石』と。」
言わずとしれた有名な噺家さんだ。冠タイトルの番組をいくつも持ち、良くも悪くもその発言がネットニュースでいつも取り上げられるような人物である。
「アシスタントの『大池早紀』です。」
「今日のゲストは清純派女優と言えばこの人『一条ゆり』さんと、今度、その『一条ゆり』さんがプロデュースするタレント『西九条れいな』さんです。」
なんと、芸名まで既に決められていた。『西九条れいな』が、そうである。『一条ゆり』と名前の雰囲気が同じなんだとか。どうやら、プロデューサー『一条ゆり』が決めたようだ。
スタジオはそんなに大きくない。むしろ狭いと言ってもいいくらい。そこにテレビカメラが2台とモニターが数台。背景はほぼほぼCG合成で立っている司会者とアシスタントの前に台本が置かれた台。私が座るイスよりも少し高い位置に彼の母親が座るイスが配置されているようだ。
初め司会者をアップで写していたテレビカメラが、少し引き気味に私と『一条ゆり』を写す。
モニターで自分の表情を確認する。上手く上品そうな笑顔が作れているようだ。
出演する前にプロデューサーに、将来清純派女優として売り出す私は上品に見えるように言われ、何通りかの上品に見える笑顔を鏡の前で作り出した。
もちろん、プロデューサーも『一条ゆり』スマイルを崩していない。
テーマが決められているようで、初めは初恋の話であった。
「『西九条れいな』さんは、医大生なんだって? まさか、勉強に明け暮れて初恋もまだということも無いよね。」
「もちろんです。」
「初恋はいつだったのかな?」
「そうですね。小学校1年生のとき、隣の席に座った男の子が私の父の子供のころの写真にソックリだったんです。」
「へえ。君はファザコンなんだ。今でもそう?」
「あんな汚いひと嫌いです。」
思わず本音を吐露してしまう。小さいころは父が好きだったが、今は大嫌いだ。
「そのセリフ傷つくなぁ。僕にも中学生の娘が居てね。偶に『お父さん汚い』とか言われてヘコむんだよね。」
「すみません。」
「いいよ。いいよ。汚い格好でうろついている僕が悪いんだもん。」
「へえ、どんな格好なんですか?」
「お気に入りのスウェットでね。昔の嫁がプレゼントしてくれたものなんだ。」
この噺家さんは、もう既に離婚したが女優の奥さんを貰っている。その離婚理由は不明だが、まことしやかにこの男の浮気だと言われている。だけどその子供が彼に引き取られているところをみると本当は違うのかもしれない。
「思い出の品なんですね。」
「そうなんだよ。それを娘がこの間、捨てようとしてね。ケンカになっちゃった。」
「思い出の品は大切に仕舞っておいて、娘さんに同じ商品を買って貰ったらどうですか? これは想像ですけど、娘さんはそのスウェットに嫉妬されていると思うんですよ。」
「そうかなぁ。そうだったら、いいなぁ。」
「お菓子屋さんのお嬢さん見てますか? お父さんはスウェットが欲しいそうですよ。貴女のお金で買うとどちらも幸せになれますよー。」
私はテレビカメラに向かって上品かつ満面の笑みを浮かべて手を振る。
「ありがとう。僕の気持ちを代弁してくれて!」
司会者の彼は、愛想笑いじゃない本当の笑顔を見せてくれる。
「あっ。しまった。コイバナコイバナ、君の恋バナ。流石に医者の卵だ、どんどん乗せられて喋ってしまった。それでその男の子とは、どうなったの?」
「淡い恋心で終わりましたよ。」
「えっ。キスもしなかったの?」
「もちろんですよ。奥手な女の子だったんですよ。」
「だったんだ。ということは、キスは経験済み?」
「もちろんですよ。」
いまどき20歳にもなって未経験なのを探すほうが大変だ。
「問題発言でました! 大丈夫ですか、後ろで君のプロデューサーが睨んでますよ。」
「えっ。」
私が振り向くよりも先に別のカメラが『一条ゆり』を捉える。一瞬の険しい顔の後、すぐに清純派女優の顔に戻る。それ逆効果ですよ『一条ゆり』さん。私が振り向いたときには相変わらずの笑顔だったが目は笑っていない。マジで怒っているようだ。
「君のプロデューサー『一条ゆり』さんは、キスもまだな女の子で売り出したのですよ。そうですよね。」
最後の言葉は、プロデューサーに向けられたようだ。
「ええ、あのときの私は初恋もまだだったの。キスなんて、映画の中が初めてだったのよ。軽く触れるようなキスシーンでいつまでも私の心に残り続けているわ。」
この回答はお決まりの文句であったようで、司会者の彼は一瞬呆れた顔をした。テレビカメラが向けられるとすぐに戻ったが・・・プロだ。
「ということは、プロデューサーさんも君を清純派女優として売り出す際にそう考えていたんじゃないかな。」
彼女が怒っているということは、当たりなのだろう。私が問題発言をしたのは事実なようだ。でも、いまどきそれは無いだろう。時代遅れもいいところだ。
「・・・いまどき、そんな女の子は居ないわ・・よね。」
彼の母親は間を置いて喋る。そのセリフは自分にも降りかかってくるのが分かったようでモニターに映るその顔から笑顔が崩れ始める。
「そうですよ! 少なくとも私はキス経験済みです。中学校のとき、同じクラスの女の子とですが・・・。」
少し声を張り上げ、カメラをこちらに向けさせる。
「女の子とですか?」
その意外な回答に司会者の彼も戸惑っているようだが、『一条ゆり』は私の意図を理解したのか。モニターの中の笑顔の仮面を固めた。とにかく、私が汚れ役を買ってでるしか収拾がつかない。
*
それから、延々と中学校のときにキスをした彼女について語ったところ、収録時間があと僅かになった。好きになった女の子とキスをしたのは事実なので、そのときの恋心を思い出して語っただけなのだが、思わず饒舌になってしまったようだ。
「では最後の質問です。『男性の欲望』についてどう思われますか?」
司会者の彼は最後に爆弾を投下する。カメラは『一条ゆり』の顔が凍りつくのを捉えている。この司会者もこの番組のプロデューサーも裕也がしたことを知っているのだ。
「医大生の私としては、我慢をさせてはいけないものだと認識しています。」
司会者もカメラマンも私が発言するとは思わなかったのだろう。慌ててカメラをこちらに向ける。
私は臨床例や統計データ、そして専門用語を乱発してその場を煙に巻く。裕也には悪いが行き着く先は我慢をさせた結果、精神的な病に陥る例が多いと締めくくった。
そこで丁度、生番組の収録が終わった。まあ大まかには間違っていないし、私見もあるが現在学会では、そういう論調に傾いているから問題が無いはずだ。
しかも、発言したのは医大生で医者じゃない。問題にもされないだろう。
控え室に戻ると『一条ゆり』は、私に抱きついてくる。
「貴女を選んで本当に良かった。助かったわ。あなたのデビューイメージなんかどうとでもなる。でも、私がコケたら皆コケてしまうものね。」