第9話 彼の母親の罠に落ちてしまった
「それって、脅迫じゃ。」
思わず私は声の潜める。他人に聞かれていい話じゃない。
「完全に脅迫よ。『ベティー』も上手く立ち回ったものね。裕也が相手した女の子も何処かの芸能事務所に所属できれば、留学ビザが就労ビザに変わるわ。上手くいけば帰化して日本人になることも可能よ。それを斡旋した『ベティー』も女優として1段階上を目指せるというわけよ。」
彼女は初めこそ声を潜めたものの、怒りが爆発したのか、どんどんと饒舌になっていく。
「女優やタレントのプロデュースって何をするのですか?」
医者の卵として、これは全て喋って発散したほうがいいと考えた私は、質問を続ける。よく歌手のプロデュースとかの話を聞くが女優のプロデュースがよくわからない。
「何って、これまで培ったコネを使って仕事を斡旋したり、時には舞台や映画などを企画・立案するのよ。私にもスポンサーに成らせて欲しいという人たちが沢山居るのよ。そういう人たちのお金を使って仕事するわけよ。」
「大変ですね。」
よくわからないが相槌を打っておこう。
「大変なのよ。これで成功した友人も沢山知っているけど、女優としての仕事に専念したほうがどれだけ楽か・・・それを今度やらなきゃいけないのよ。格が上の仕事を『ベティー』のために持ってこなければいけないなんてバカバカしいわ。」
「頑張ってください。」
私はそう言うしかない。どう考えても私が手伝えることじゃない。
「何を他人事のように言っているのよ。貴女にも手伝ってもらいますからね。今日は、その話をしたかったのよ。」
私が手伝うことが決定事項のようだ。まあ彼女の秘密とか多く知っているし、共犯者は言いすぎでも一連托生だと思っているのだろう。
別に芸能界に興味が無いから、どうでもいいのだが・・・。
「伝言役とかでしょうか、まさかマネージャーとか言わないですよね。これから6年間は医大の勉強だけで精一杯ですよ。」
「大丈夫よ。月に数回、タレント活動をするだけだから。まだ基礎教育中だから実習とかは、そう無いでしょ。」
いきなり、爆弾発言をされてしまい何も喋れなくなってしまう。そういえば、喫茶店での彼の爆弾発言のあと上手く言葉が出なかったことを思い出す。やはり、親子だ。
「ちょっと、大丈夫?」
きっと顔が真っ青になっていたのだろう。焦った彼女が身を乗り出す。
私は何度も深呼吸を続け少しでも冷静さを取り戻そうとする。
「私がタレントですか?」
冷め切ったミルクティーを口に運び、ようやく言葉にできたのはこれだけである。文章にもなっていない。
「そうよ。いきなり私が彼女たちハーフのタレントや女優をプロデュースをすると言っても不自然でしょ。」
「まあ、裏の事情を知らない一般人からすると、そうですね。」
「そうなのよ。ほら、貴女と私って似ているじゃない。だから、私の後継者という位置付けで本格的なプロデュースをする。そのついでに友人である『ベティー』たちもプロデュースをする。これなら、納得できるじゃない。」
「私が貴女に似ているんですか?」
「そうよ。私の若いころにソックリ。貴女、私の映画とか見ていないでしょ。」
「はあ、すみません不勉強なもので・・・。」
ネットで彼女の映画の画像とか見たはずだが、碌に覚えていないのだ。私は彼女を怒らせないように下手に出る。
「そう言うと思って、上に部屋を取ってあるのよ。一度、キチンとメイクさせてくれない。きっと、私の言うことが納得できると思うから・・・。」
お願いと言いながら拒否権は無いらしい。私はそのまま拉致されてしまう。
何故この帝都ホテルに部屋が取ってあるのかと不思議に思ったが、彼女は初めからそう企画していたそうで、急遽集めたスタッフも部屋に向かっているそうだ。
つまり私は、敵の罠の渦中にわざわざ踏み入ってしまったというわけらしい。なんてことだ。
*
「ほら似ているでしょう?」
帝都ホテルのジュニアスイートに連れて来られた私は、部屋に運び込まれた大きなテレビを観ている。帝都ホテルの会議ルームの備品のようだ。シールが貼ってある。
そこには、彼女のデビュー作の映画が流され、マネージャらしき女性が彼女の出演部分を何度も繰り返すようにリモコンを操作している。どの時間帯に彼女の映像が流れるか完全に把握しているようだ。
「本当ですね。」
目の前の鏡には、眉が若干弄られ、化粧の仕方も映画の中の彼女に合わされている自分がいる。
確かに映画の中の彼女とソックリだ。姉妹と言われても頷けるほど似ている。
つまり、彼は私の中に母親の面影を追っていたのか?
マザコンだったとは最低よね。まあ既にこれ以上落ちようがない位置なのだけど。