プロローグ
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
少々妄想が膨らんだので小説にしてみました。後悔?・・・するかも(笑)
彼との出会いは最悪だった。
出会いは私が働いていた喫茶店の常連客だった彼。
ワイルド系のイケメンで日替わりどころか朝・昼・晩で連れて来る女性が変わる。
そんな彼だから、一方的に振られる場面に何度も遭遇。朝に彼の頬についた手形が消える夜には別の女性と現れる。二股、三股なんて生易しいものじゃなく、平行して付き合っている女性が幾人も居るのだろう。
普通なら営業妨害もいいところなのだが、彼の母親がこの喫茶店の出資者のひとりらしい。いつも店長に頭を下げていくだけだった。
そんな彼が私の彼になったのは、いつものごとく振られているシーンのことだった。その日は10人以上の女性が彼に詰め寄っていた。
注文もせずに詰め寄る彼女たちに店長から無情な命令が下された。彼女たちに注文を聞きに行けというのだ。
「ご注文は何でしょう?」「ご注文をお願いします。」
男性を取り囲んでいる女性たちの周囲から大声を張り上げるが彼女たちの耳に届かない。
仕方が無いので、男性と彼女たちの間に割り込み、大声で繰り返す。
それまで男性に向いていた非難の矛先がこちらに向いてくる。だがこちらも商売だ。注文しない客は客じゃない。
「無銭飲食なんですね! 警察を呼びます!!」
厳密には無銭飲食では無いが・・・私がスマートフォンで110番に掛ける振りをすると、女性たちは一瞬信じられないという顔をするが、慌てて口々に『ブレンド』と注文する。流石に警察を呼ばれて事情聴取を受ける気はないようだ。
「ご注文を繰り返させていただきます。ブレンドコーヒーを12ですね。他にご注文はよろしいでしょうか?」
私はお約束通りのセリフを返す。
「早く行ってよ。コーヒーを持ってきたら、もう寄ってこないで。静かにするから、これ以上迷惑をかけない。約束する。」
ひとりの女性が、イライラした様子で、でも冷静になろうと努めている様子だった。
私がマニュアル通りに頭を下げて店長のところまで帰ってきた。
「店長! ブレンド12です。」
厨房からコーヒーの良い香りが漂ってくる。店長の人格は最悪だけど、店長の淹れるコーヒーは大好きなのだ。
「志保ちゃん。ブレンド12できたよ。できれば、座らせてきてくれるかな。」
出来上がったコーヒーを前に店長が無茶を言い出す。たしかに多くの女性が立ち上がって一人の男性に詰め寄っている姿は営業妨害の何者でもない。
私はため息をつくと、ブレンドを4つ持ち、歩いていく。
「すみませんが、他のお客様の邪魔となりますので、お話し合いは座ってお願いします。」
私は先ほど冷静になろうとしていた女性に声を掛ける。
女性たちの視線が一斉にこちらを向いたがそのまま、1分ほど睨みあっていると諦めたのか男性を奥の角の席に押し込み、周囲の女性たちが座っていく。
「君! 僕、クリームソーダね。」
渦中の男性が女性たちの視線を自分のほうに向ける。どうやら、余裕の様子だ。私が知らないだけで何度もこれくらいの修羅場を潜っているようだ。
しかし、女性たちの視線に晒されながら、12個のブレンドを持ってくるだけでも大仕事なのに、一番奥に座った男性にクリームソーダを持ってこなくてはならないらしい。
ブレンドを全て配り終わる。
「志保ちゃん。クリームソーダできたよ。できれば、早く追い出してね。割り増し料金だすからさ。」
店長がまた無茶を言い出す。
「プラス3万。」
時給プラス割り増し料金じゃ割りに合わない。せめて1万円と思ったが吹っ掛けて3万円と言ってみる。
「それくらいなら大丈夫だ。頑張ってこい。」
出資者の母親が払うらしい。もっと吹っ掛ければよかった。
「お待たせいたしました。クリームソーダです。」
男性の前にクリームソーダを置き、ストローと柄の長いスプーンを添える。
「いったい。ここに居る誰を選ぶつもりなの。はっきり言ってよ。」
私はこの場に居ない人間として扱われているようだ。存在を無視されて少しムカついたが、そこは客商売グッと抑える。しかし、話し合いは佳境に進んでいるようだ。この分なら何もせずに、女性たちは出て行くだろう。
何もせずに丸々3万円儲けられそうだ。そう、ほそく笑んでいると飛んでも無い言葉が男性の口から、発せられた。
「彼女一人に絞る。これから、口説くから邪魔しないでくれ。」
男性は私のほうを指さして、そう言い放った。
あとで店長に聞いたところ、過去にこの店のウエイトレスをスケープゴートにしたことがあるらしい。どうりで時給が良い割りにウエイトレスが居つかないわけだ。