ジョン‐スチュワートと魔法の鍵 ~アドネル・Y・ニクド神話~
これは私の書いていた物語の外伝的物語であり、神話的要素を元にしています。
今までの私の作風と違い、重くなく気楽に読めるものになっています。
プロローグ
飛び級で大学を卒業した16歳の少年、ジョン‐スチュワートはマシュー‐ダグラス教授の研究室で助手をしていた。他に彼の助手はトーマス‐アラン23歳がいた。彼は秀才でマシューに気に入られているジョンをあまり良く思っていなかった。だから、彼は研究室に籠るタイプで、教授と探索にはあまり行かないパソコン作業専門になっていた。
マシューの専攻は考古学であり、エジプトでヒエログリフの石の欠片を発見したこともあった。その石版には見たことのない十字のマークが刻まれている。
全て同じ長さで、曲線でアートを思わせるものであった。
…ふと、幼い頃に離婚して別れた母よりもらったペンダントの裏を見た。ジョンのペンダントにも何故かその全く同じ十字が刻まれていた。
ただ、その石版の発見が彼らの運命を変えてしまうとは、この時、誰も思いもよらなかった。石版の欠片は砂嵐によって、砂の奥に眠っていたところを吹き上げられたようだった。
―――その内容があまりに信じられないものであるので、色々な論文を読み漁っていた。
ちなみに、それが見つかったのは死の谷でも遺跡の全く発見されていないサハラ砂漠の町からかなり離れた何もない場所であった。
その場所へ砂嵐に導かれて遭難して行った時、ジョンも同行していた。マシューには内緒にしていたが、そこで彼は古い黄銅の飾りの鮮やかな鍵を発見していた。
その場所にかつて町があったのかもしれないと、人手を借りてまだ安定していないエジプト政府から許可を得て捜索をしていた。そこで、砂をどのくらい掘っただろうか。あらゆる遺跡が発見された深さよりも比べものにならないくらい深い場所に岩の門が発見された。門に刻まれた象形文字は、ヒエログリフとは全然違う文字で読むことが出来なかった。
「教授、おそらく別の文明じゃないかな?時代的にラムセスⅠ世くらいだと思いますけど、この文字はどの文明の文字とも違うし、深さがこれだけ深いということは、下手したら、どこかの神話のモチーフの小説じゃないけど、地底帝国とかもっと古い文明とか」
「大発見なことは間違いないな。この門の写真をトムに送って解析してもらってくれ」
62歳というのに元気な教授は、そう言い残して手助けの人々が開ける門の中に1番に飛び込んで行った。
研究室のトーマスに新たな文字の解析を依頼してすぐ、マシューが大事にしまっている石版の欠片をテントのカバンから取り出して見た。そこで、彼が驚愕した理由が分かった。
『ガラテイヤは氷の大陸に沈む』
その後は欠けていて読めない。前に書かれている文字を読んだ。
『3人のマギと呼ばれる魔導師達、通称、東方3賢者はイサイヤの月に導かれ、ナツラットという村に辿り着く。マギ達は、1人は青年で黄金のメルキオール国王のシモン‐ケイン、もう1人は30代後半で大工マーゴイ‐コードレイの、最後に初老の医師フィリップ‐ブラウンであった。ティモフェイから脱走した奴隷達もカスパールと呼ばれる下弦の月に導かれて集まった。ナツラットのバルサザール城のエントランスにミリアムなる女性がヘキサゴンを床に描き、見慣れぬ文字を書いて黒き本を音読していた。すると、強力な光が床から発して角が3本のドラゴンと赤子が現れた。シモンはドラゴンに連れて行かれ、フィリップはガラテイヤに、マーゴイはコリンスという街に空間移動された。なお、10年後に国王を無くしたメルキオール王国は、隣国により攻められ滅亡した。
そのパピルスの魔道書を持ってミリアムは全員に微笑みを残し、城の奥に去って行った。奴隷達はドラゴンと子供を召喚した禍々しい床の文字と記号を消して、子供を連れてミリアムに付いて行った』
さらに欠けてていて、次にこう書いてあった。
『謎の美女、ミリアムは子供にレビ教の最高神アドネル・Y・ニクドから取って、アドバートと名付けた。アドバートの略名はアドであるからだ。彼はどこから召喚されたのか、人間なのかは不明だが、見た目や性質は人間の赤子そのものであった』
後は不明確で読めなかった。おそらく、教授はトーマスにPCのシステムで鮮明化を依頼して内容を知っているのだろうが、彼はけして石版の内容をジョンに伝えることはなかった。その理由は先入観を持たせない為か、内容がフィクションだからか、それとも、知ることが人に何か悪い影響を起こすからか。
全ての情報を手に入れて、まとめてから伝えるつもりかもしれないが、この調査の為に同行させているのだから、少しの知識でも伝えるべきだとジョンは不服に思っていた。
彼はトーマスからの回答のファイルを1時間後に端末に受け取った。それを開くとクイズのように不完全に解析された言葉であった。
『封印する、鬼と天の、界の外にある、出てきたもの。入ることを、出来ることは不能。バランスの天秤が傾く。運命は消える。2つの人が対峙する。多くの歪みの血が流れる』
全然、意味がバラバラの良く分からない言葉である。秀才のジョンはすぐに文章に独自を解明させた。鬼は悪魔。天は神。界の外は別世界、別次元。2つの人が対峙するは、この中にいる他次元の存在が2体いて、それらは対峙する立場であるということである。
多分、神の立場の存在と悪魔の立場の存在がいるということである。おそらく、ここを封印したのは、その神側の存在であり、悪魔達を封印していたのだろう。
入ることを、出来ることは不能という言葉の意味は、この封印を解くことは禁止で、中の者達が出てくることを避けろという意味だろう。
バランスの天秤が傾く。運命は消えるの意味は簡単とジョンは思った。前述のように封印の解呪が、運命の天秤のバランスが崩れて平和が消える。
多くの歪みの血が流れるは、2つの解釈が読み取れる。多くの理不尽な人の血が流れるということ。もう1つは、多くの悪魔の力や存在は外の世界に出現するという意味である。
すでに教授達は門を開けて入ってしまった。もし、石版やこの門の文字が本当であれば、石版の城はこの入口の奥であるだろう。そして、悪魔達は解き放たれてしまった。勿論、別次元のこの世界に反する存在を悪魔とジョンは読んでいる。
ここを封印した神側の存在に助けを求めるべきである。1時間たっても教授は帰ってこない。写真や調査をしているのだろうが、心配になりジョンも門の中に飛び込んだ。
1
そこで、まばゆい光が辺りを包んでジョンの体が宙を舞った。目の前は光しかない。眩しくて目を閉じてとにかく前に泳ぐように進んだ。
すると、すぐに岩のブロックで出来た城のエントランスにジョンは立っていた。無機質なその場所の横に真正面、右に通路があった。
真正面は教授達の足跡が積もった土埃に残っていたので、ジョンは右に向かって走って行った。すると、巨大なドームに出た。そこに一瞬、若い美人の女性が垣間見えたが、すぐに消えた。
その部屋は古い足跡が乱れた上に埃が積もった床であることから、石版の魔法陣の部屋であると推測した。ジョンがそこで石版のことが現実であると確信すると、あの石版を見て驚愕してジョン達にその内容を言わないのは、石版の内容が本当であると教授が知っていたからであると考えられた。
―――まさか、教授は悪魔を解き放つ目的でここに…。
ジョンはさらに、石版にあったミリアムや奴隷が子供を連れて行ったさらに奥の通路を進んだ。
そこで一人の青年が後ろからやってきて、彼の腕を掴んだ。
「それ以上、先に行くな」
振り向いて、その青年がこの城とは関係ないこの世界の普通の人間だと感じた。
「俺はアドネル・Y・ニクド側の封印に関わる存在の子孫で、アポリオの能力の持ち主だ。エマヌエーレを最高紳と崇めるマヌエル教の番人だ。…つまり、あの遺跡の封印を護る一族の末裔だが、失敗しそうだけどな。君はジョン‐スチュワートだろう。上界の運命を司る存在、メビウスに関わる存在の子孫のスチュワート家の分家だろう。まぁ、かなりアラン‐スチュワートから離れた一族だからな。上界とアドネル・Y・ニクドがいる世界、ジューダス-イスカリオットの13の使徒がいる世界である無界は並行次元だからな。その直下、空界は俺の世界だ。俺はマーカス‐シメオン」
「何故、色々知っているんだ?訳が分からないことまで」
そこで、彼は腕を組んで微笑む。
「この世界は目に見えない能力に対して不信で少ないからな。アポリオという力のおかげだ。俺は空界の存在の子孫で、守り人の子孫だぜ。語り告げられているんだ。一族が少ないから、見張りに若干スパンがあるから、守り人の俺が来る前に侵入を許してしまったが」
その言葉に横目でジョンが呟く。
「単に砂漠のど真ん中で誰も予想ついていない場所で深い場所だから、気を抜いていたんだろう」
すると、マーカスは咳払いをして、話を続けた。
「折角のこの世界の上の世界の上界も次元のドアが日本にしかないからな。魔法円でしか次元を超えた力は使えない。ここには、切れ目しかなくアベルが封印したからアラン‐スチュワートが関わったメビウスの少しの力しか出せなかったんだ。元々、上界の者は下界に直接に影響を与えることは限られた者しか禁忌とされているから、メビウスは不運な運命になったし。でも、訳の分からないことでなく、極普通のことなんだ。もっと、概念を広げて考えて言動をこれからしないと、命を落としたり極限の苦しむだけじゃ済まないぞ」
そう言い残して、彼を遠ざけてエントランスに戻った。そこで、何かを感じたのか顔をしかめて、ジョンの腕を引きながら奥の大きな通路に向かった。巨大な部屋に出て3方に分かれて通路があるが、中央に教授達の荷物が残っていて左の通路に向かった。
そこには、教授の手助けの者達がいて教授の存在がなかった。彼らは小さな部屋にある巨大なクリスタルのクラスターがところどころに存在し、その中で一番大きな結晶を削っていた。中には少年が腕足を延ばして
「馬鹿、お前ら止めろ。折角、自分と一緒にアベルが結界を張っているのに」
マーカスの言葉に彼らは教授に命令されたと答えた。もし、教授がこのバルサザール城の状況を知っているはずなのに、結界を外そうとした。まるで、悪魔を蘇らせる為のように。まさか、何も状況を知っていないのか。否、知っているから、すぐにこの城に足を踏み入れたのだし、石版を見て驚愕したはずだ。
「さては、石版にミリアムはアポリオで呪いをかけたな。最初にマシュー教授が石版を見つけた時に、ミリアムの呪いがかかったんだ。アベルの結界を解く行動を今、しているはずだ。もし、結界が解かれたらアベルがテモテの中に封印されている意味がないから、味方が1人でも多く必要だ。アベルをテモテから出して手助けしてもらおう。3人のマギを集めて、君が悪魔側と思っているだろうミリアム率いるカスパール軍を再封印か滅しないと、この世界は終わる」
そこで、ジョンはマシューを呪いから解き助け出さないといけないと確信した。
「その前にイブジェルの書をミリアムから奪わないと。色々なアポリオの術が記載されているいわゆる魔道書さ。ちなみに、マギは我々の味方で先にこちらに来ていたんだ。君が神側と思っているであろうメルキオールの先発隊だったんだ。無界の最強の魔術師だ。我々の居場所をこの次元、世界に拠点を作る為に王国を作りマギの1人であるシモンが国王になった。ミリアムがカスパダールを召喚して我々に対抗しようとして、バルサザール城を作って先発隊を呼んで本拠地にしたんだ。でも、マギ達のアポリオでカスパールの下弦の月を出された為に場所が分かって、マギの3人は負けたが、アベルが上手くカスパールの連中を全員封印出来たんだ。ただ、ドラゴンだけが不明だが」
幸いテモテが硬く少ししか削れない為に城の封印は解かれていなかった。マシューの手助けの人達とジョン達は元の部屋に戻り、次に左の通路を進んだ。そこには残りの手助けがいた。彼らはテモテの棺に包まれたミリアムが寝ている。彼女の寝室らしくベッドの上に棺があった。勿論、すぐに彼らが棺を削ることを止めさせて、合流して奥の部屋に向かった。そこにはマシュー教授がいた。
その眼の色でマーカスはすぐにミリアムの呪いにかかっていることが分かり、その裏にあるイブジェルの書を護るように立っていた。石の台座に置かれた緑のパピルスは禍々しい気を放っていた。
台座の奥の壁には、石版にあった十字が刻まれている。
「あれはエデンクロイツと言う無界の主の象徴だ」
マーカスがそう呟いた。
「悪魔が何故?」
「いや、アドネルも堕ちてはいない。その上に主は存在する。そして、その直下に四天王がいる。四天王が下の存在にアドネルとエヌマエーレ等の宗派の存在を作ってしまったんだ。それをの13悲劇と言われている」
ジョンは頭の中をフル回転させた。向こうに奴隷達と子供が封印されていることが理解出来た。奴隷達はカスパール達で敵対するメルキオール国に攻め込んだが、返り討ちになり囚人になったのだ。しかし、アポリオで脱走して彼らの根城であるバルサザール城に向かったのだ。
「教授の呪いは俺が解く。お前は手伝いと共に外に出るんだ」
ジョンは頷き、手伝い達と荷物を持って外に出てテントでマーカスとマシューを待った。
時があまり経たない内に、城の門はひとりでに閉じてしまった。そして、そのまま崩れてしまった。砂の中から出てきたマーカスはアベルの結晶を抱えて叫んだ。
「その手伝いと一緒に逃げろ!荷物なんかいい」
すぐにジープに乗り込んで、ジョン達は逃げ出した。その後に、ミリアムと思われる女性と奴隷達、否、カスパダール軍達、そして、彼らが担ぐテモテの結晶に入った子供が現れた。確かに、多勢に無勢。元メルキオール国だった場所をマーカスに聞きながら、こちらもメルキオールの軍勢を味方に付けることにした。
「一体、何があったんだ?」
運転しながらジョンが訊いた。後ろからは波動が放たれて、それを必死に避けながらハンドルを切る。
「あの魔道書は罠だったんだ。俺としたことが迂闊だった。あの城を代々守る種族の名折れだな。マシュー教授の呪いはアポリオを使えるように施されていたんだ。俺としたことが彼を止めようとした瞬間に意表を突かれて、波動を打たれてしまった。その隙に魔道書をマシューが取った瞬間、城が崩れたんだ。おそらく、ミリアムはアベルに封印される寸前に、魔道書に強大な呪いをかけたんだろう」
「城が崩れる呪いか。でも、アベルと子供だけは解けないな」
「2人とも強力すぎるアポリオを持っているんだ。おそらく、あの子供は魔王の憑代だろう」
「ミリアムはもしかしたら空界の上の存在かもな」
「それなら、精神体だから憑代が必要だ。それに召喚術に長けているし、アポリオもかなり使用出来る。無界の下界人だろう」
2人は1台のエジプト考古学の手伝いのジープを爆破されたが、逃げ切ることができた。
そして、夜にはオアシスに辿り着いた。
「マシュー教授が人質だな」
ジョンがそう言うと、マーカスが首を傾げる。
「あいつらに人質という概念があったかな。おそらく、八つ裂き或いはまた利用されるんじゃないか」
すると、ジョンはマーカスの首元を掴んだ。
「酷いことを簡単に言うな。ここはお前達の世界とは違うんだ」
マーカスは強い力でジョンを払って言う。
「このアフリカや中東が内戦だらけでも、その言葉を言い切れるのか」
そこで、マーカスはすぐに上を向いて黙った。
「…言い過ぎた。ちなみに、この先が古代メルキオール国だ。彼らはテモテに封印されていたから、長い年月を超えて生き返ったが、ここの住人はどうかな。滅びたことを考えると寿命で生きていない可能性もあるな。そもそも、あいつらは軍隊、こっちは偵察隊だ。アポリオが違い過ぎる。それに他国に滅ぼされたとしても、この世界の人間はアポリオが使えないのにだぞ」
「だから、マギやアベルのような強力な人達が来たのか」
「先発隊の後に奴らが来たことが分かったからな」
「これから、仲間集め…か」
「とにかく寝よう。明日は早いし、忙しくなる」
エジプト政府に発掘の手伝いを返して、ジョンとマーカスはアベルの封印されたテモテの結晶とともにジープを1台もらって、テントで寝ることにした。
ジョンは夢の中でアベルと対峙していた。彼はジョンのポケットを指さした。ゆっくりとポケットに手を差し入れると、あの遺跡から発見された鍵があった。
「それで俺を解放しろ。お前なら使える」
鍵を使える?これは別次元のもの。ただのドアを開ける道具ではないのだ。別の使い方があるのだ。
「お前は転生者だ。空界の上の次元の、つまり、空界の神々のいる世界の無界の存在の生まれ変わりだ。何故この世界に転生しているのかは不明だ。そして、ここの上の次元である上界の存在と同じく無界の存在も精神体だから、転生した魂とこの世界で生まれた魂と共存している」
「じゃあ、2重性格なのか?」
「まぁ、そう言える。彼のおかげでアポリオを使用出来るはずだ。本当は彼の精神が表に出たら、かなりのアポリオの能力を使うことが出来るはずだ。最も、下界と違う性質の高質なアポリオを使う。今のお前の人格では普通のアポリオしか使えないが、転生の人格になれば神の力だから、かなり強い能力が使える」
それでも、彼は自分に能力があるとは信じがたかった。夢の中で心身の修行をアベルに受けた。すると、1時間くらいでアポリオを使用出来るようになり、鍵を剣の形にすることが出来た。
そして、最後に2つ鍵が合わさっているガイウスの鍵を2つに分けると、もう1つを軽装鎧に変化して装着した。
「この鍵は2つの鍵の合わさったものだ。だから、2つの変形が出来るのだ」
そう言ってアベルは消えた。
ジョンは炎の鍵に風の鎧の武具、そして、大きなアポリオを出す方法を手に入れたのだ。
そこで目が覚めると、マーカスが何か構えていた。足元には魔法円が不器用に描かれている。手から光のバリアを出して炎の攻撃を防いでいる。
「やっと、起きたか」
彼はアベルのテモテを抱えて、マーカスの後ろに回る。そして、アポリオを出そうと集中した。夢でアベルの特訓を思い出して、感覚でアポリオを発した。すると、ジョンの手が熱くなり、光出した。
「お、お前、アポリオを使えるのか。何故、この世界の人間が…」
と同時にジョンは思い切り波動を放った。すると、赤い波動が放たれて、マーカスのバリアも突き通して攻撃相手に向かって飛んで行った。
そこには、カスパール達であった。彼らのほとんどが倒されて消えた。残った敵達は帰っていった。
2人は腰を抜かしたように、その場に座り込んでしまった。
ふと、ジョンは鍵をよく見ると、ラッパの彫刻にエデンクロイツが刻まれていた。
2
しばらく、沈黙の休憩が続いた。
ふと、思い出してジョンはポケットから石版の近くから発見した飾りのある鍵を取りだした。それを見るとマーカスは驚嘆の声を上げた。
「お前、それはガイウスの剣じゃないか」
ジョンは恐る恐る訊いた。
「石版の出てきた場所にあったんだ。これも呪いの道具か?」
すると、マーカスは首を横に振り、大げさなジェスチャーで言った。
「それは空界の聖武具で、アポリオを使うと元の姿に戻って、この世界の武器じゃ叶わない奴らと対抗出来る7つのバアルのラッパの1つさ」
「バアルのラッパ?」
「君の思うところの天使のラッパと思えばいい」
彼はさらに話を続ける。
「そういう空界の武器、道具は全部で7つあって、それぞれ空界にとっての…この世界で説明すると天使的な存在、ジューダス-イスカリオットの13の使徒の7柱が所有する彼らから生まれた武器だ。君の概念で言うとジューダス-イスカリオットは大天使でマギ等比べものにならない程の能力を持つ。使徒は天使、ラビ教の最高神のアドネル・Y・ニクドは差し詰め魔王だな」
そして、ジョンの持つ鍵の飾りを指さす。
「ここにラッパの飾りがあるだろう。他の6つの聖武具もラッパをモチーフにした何かがあるんだ。今のところ、俺の知識とジョンの力がこの世界の2つの救いだな」
そう言って、瞳を輝かせて鍵を見ていた。
「この世界の人間もアポリオを持っているんだ。ジョン、君がもしアポリオを使用出来れば、それを聖武具に変化させることが出来て我々と同じ能力を使うことが出来る」
「じゃあ、敵を倒す為にその次元の亀裂のある日本に向かうか。そうすれば、この鍵を変化させて能力を使えるかもしれない」
とにかく、彼はマーカスと日本に向かうことにした。トーマスに大体のことを説明したが、信用されなかった。
飛行場に着くと、ふと人影を感じて振り返るとジョンの瞳にあの城で見た女性が写った。マーカスが目を見開き呟く。
「ミシェル…」
「誰?」
すぐに、まるで煙のように消えてしまった。
「ウリエル。ウリエルが何者かは分からない。ただ、その存在があるとだけ一族に伝えられている。敵か味方さえも分からない」
そこで、倒したその後からカスパダール軍の兵が来た。咄嗟にジョンは鍵を握り絞めた。すると、剣の形になった。マーカスは感嘆の声を上げる。
「そんな、ここでアポリオを空界以外の人間が使えるなんて…」
自分の危機を回避する為にジョンは夢中でガイウスの剣をベルトに差し、鞘から剣を抜いて彼らから来る剣を薙ぎ払った。
「日本に行けば、次元の隙間からもっと力が出せるはずだ」
マーカスは隠れながら、戦うジョンを見守った。敵兵の剣は青く光る。ジョンの剣は赤く光る。そこで、微笑んだ。
「青は氷の属性、赤は炎の属性、属性的にはジョンの方が有利だ」
彼らの剣を全て折ってしまうと、逃げていった。
すぐに、ジョンは剣を振り上げて叫びながら振り下ろした。強烈な炎の刃が放たれて、逃げていく軍隊を一網打尽にした。
マーカスは無言のまま、彼を見ていた。
ジョンは溜息をつくと、剣をアベルのテモテに血近づいて剣先をそれに向けた。
「ジョン、何をするんだ」
マーカスが止めようとしたが、ジョンはアベルのテモテにガイウスの剣を刺した。すると、まるで氷のように簡単にテモテが割れてアベルは転げ出た。
と同時に強烈なアポリオが放出されて、彼は目を覚ました。
「おはよう、2人とも」
アベルがゆっくり起き上った。そして、ポケットからテモテで出来た球をつなげたリストバンドをジョンに渡して伸びをした。
「アベル、これは?」
「アポリオ封じだ。テモテで出来ているけど、相手のアポリオ攻撃を防げる。ただ、君のアポリオの攻撃も減少するし、もう1人の覚醒も封印するが、今の君ならあってもなくても同じだろう。今は小さなの矛より大きな楯だ。何しろ、2つの世界の最大の希望だからな」
鍵を仕舞うと、マーカスはアベルに今までの状況を手短に話した。
「で、かつての味方、一族はここにはいなかった。まあ、そのくらいは考慮に入れておくべきだろう」
そして、彼は地面に魔法陣のような図を描き始めた。指を弾くとそれは光始めてそこから、1人の少女が現れた。
「あら、アベルじゃない?私の眠りを起こしてどうなるか分かってのことでしょうね」
彼女はウリエルのミシェルだった。
「城で寝ぼけていただろう」
「私の勝手でしょ?で、何故、勝手に召喚しているの?」
「3400年ぶりの再会でそれはないだろう。あの連中が俺の犠牲を無駄にして復活したのだ」
そこで、彼女は鍵を出して彼に渡した。
「これが目的でしょ?」
「不老不死のウリエルでは、寝るしかない…か」
アベルの言葉にマーカスはジョンに耳打ちした。
「ウリエルというのは、無界の存在、死を司る者ヴォートに不老不死にされた存在だ」
そこで、横目で彼女は2人を見た。
「彼らは役に立つの?」
「1人は必要不可欠だ。それにあの3人も探し出す」
彼はそう言うと剣を鎧に変化させて装備すると、強力な力で2人を掴んで大きく飛んだ。
「マギを探す前に教授とカスパダールをどうにかしないと」
ジョンがそう言うと、マーカスが言った。
「教授は俺達の人質だから無事だ。奴らは魔王を召喚させようとするから、時間をかける。その間にマギを集めたらいい。私同様、覚醒後はアポリオを上手く使えないはずだ」
溜息をついて、ジョンは上のアベルに聞いた。
「マギの最初は誰を探すんだ?」
すると、彼は1言『シモン』と言った。
確か、石版にはドラゴンに連れ去られたマギである。ドラゴンの対決を考えて、ジョンは身震いをさせた。
「場所は分かるのですか?」
マーカスがアベルに聞く。彼は言った。
「まず、あの召喚された2体について説明する。ミリアムが召喚した赤子は無界の赤子で、魔王の憑代の為だ。ドラゴンは空界の存在で、この世界を破壊する為に召喚させたんだ。当時、この世界を破壊させる為には、4大文明のどれかに行っただろう。この近くはエジプト文明だ。だが、その文明が破壊されていないということはシモンが封印しているんだろう」
エジプトのスフィンクスの上に降りて、気配を感じていた。
「君の能力を知りたい。何か大きな存在が眠っていないか感じてくれないか?」
アベルに突然言われて、ジョンは渋々目を閉じて空間を把握しようとした。すると、ある程度の空間に生き物や物体の存在を感じることが出来た。透過空間把握能力である。ある場所地面の深くにそれを感じた。
「何故か、あの街の向こうの地面深くに眠っているよ。おそらく、ナイル川の氾濫で当時はあそこに河があり、その中に沈んだんだろう」
「何故だろう。マギを河に沈めても意味ないだろう」
マーカスの言葉にアベルが行った。
「シモンは金属の属性だ。巨大な存在だからこそ沈めたのだろう。しかし、ドラゴンは封印の為に私のように自分をも封印の中にいなければならなかったのだろう」
そこで、街の向こうに行くと、河のあった砂漠でジョンの様子が変わった。鍵が剣に変わり鎧に変化して纏うと、手を地に付けた。すると、光の模様が現れて、ドラゴンとマギの1人、シモンであった。
シモンはテモテに封印されていて、ドラゴンがそれを守るように立ちはだかった。
「魔法円を物理的に書かずに、サインを光で一瞬に表すとはマギ以上だ」
そして、3人は座り込んだ。
「今、封印を解けばドラゴンも解かれる。ゆっくりと考えよう」
アベルがそう言うと、ジョンが呟いた。
「腹減った」
「それなら…」
とアベルは地に指で を書いた。すると、そこに白いふわふわしたものが現れた。
「マナだ」
そう言うと、マーカスはすぐにそれを頬張り始めた。それを見て、ジョンも恐る恐るそれを口に入れると、すぐに勢いよく食べ始めた。
その光景を微笑んでアベルは見ていた。
「これは何なんだ?」
ジョンの質問に頬張りながらマーカスが答える。
「無界の存在が作り出す実存だ。本来は出来ないんだが、アベル、3人のマギは可能なんだ」
意味を理解しようとはしなかった。すでに次元の高い話なので、概念の範囲を超えている為に理解出来ないだろう。
突然、周りが暗くなり、巨大な岩の化け物が現れた。
「ミリアムが無界の存在を召喚したんだ。岩を憑代にして。あれは炎を司るレールの眷属だ。」
マーカスがそう言うと、アベルはミシェルからもらった鍵を槍に変えて回して構えた。そして、ジョンに向かって言った。
「俺があいつを倒す為の助っ人を召喚する。その時間を稼いでくれ」
そして、槍を地に魔法円を描き始めた。簡略化のそれでも少し時間がかかりそうだ。
ジョンはガイウスの鍵を出して剣にしようとしたが、いくらアポリオを注いでもテモテの封印のせいで力が出せずに剣にならなかった。
「この状態でどうやって今までの無界の存在と戦うんだ?」
ジョンはとにかく、岩の化け物に向かって走っていった。すると、岩の化け物は手を出した。
炎が放たれて彼は刹那、飛んで避けた。
「そうか、あいつらは魔法円なしで能力が出せるのか」
ジョンが呟くとマーカスが呆れたように言った。
「そもそも、俺達が魔法円で力を使うということは、無界の存在から力を召喚して使う行為だからな。その大元の無界の者は彼ら自身が力を持っているのだから、魔法円は無論、必要ない」
そう言って、簡単に魔法円を足で書き始めた。
「アベルの槍もバアルのラッパか?」
岩の体であり、炎の属性でありながら地の属性の体の為、上手く動けない敵、ロンドの炎を避けながら声をマーカスに投げる。
「そうだ、ロンギノスの鍵だ。それより、とにかく時間稼ぎをするぞ。倒すのはアベルがやってくれる。その時間稼ぎさえすればいい。攻撃はいらないんだ」
「攻撃したくても出来ないって言うの」
ジョンはすぐに高く飛んで炎を避けると、岩の悪魔から避けて砂山に乗った。そして、最大限にアポリオを高めた。鍵を2つに分けて鍵の1つを思い切り握り絞めた。
鍵は変化しない。
「アベル、この封印の解き方は?」
魔法円を描きながら言う。
「巨大なアポリオで破壊出来る」
「じゃあ、巨大なアポリオを発生させる為には?」
「ない訳ではないが、今は無理だ」
そこで、マーカスが近くに来て言う。
「アポリオを暴走させる指輪がある」
「それだ、ある場所は?」
マーカスは首を横に振る。
「聖法書に載っているが、生憎、パブロスバイブルはこの世界にはない」
そこで、鍵に思い切り力を込めた。すると、剣に変化した。
剣を構えて、叶わぬと分かりながらジョンは飛び出した。
岩のロンドが炎を放った。
剣は炎の属性、その炎を切った。その衝撃で100m吹き飛んだ。
その時に、ある声が聞こえた。
「大地に恵みを 地に光を。我と共に歩み 我と共に進め。我に立ち塞がるものを打ち砕き 今こそ目覚めよ。汝の名はガブリエル」
すると、アベルのいた方に巨大な光の柱が立ち上り、巨大な天使が現れた。持っている華のレイピアを振り下ろすと、光の刃が放たれた。
その刃はロンドの炎を消滅させて、憑代の岩を砕いて消滅させた。
2人がアランのところに行くと、天使は消えて巨大で複雑な魔法円は消滅した。
「お待たせ」
座って膝に肘を乗せて彼は笑顔で迎えた。
「ジェーダス-イスカリオットの1柱を呼び出すとは、流石、英雄、アベルだ」
マーカスの賛美に彼は無関心に空を見上げた。
「もう、俺のアポリオはガス欠だ」
溜息をついて、目の前のドラゴンと青年の封印の結晶を眺めた。
3
今、敵が来たら戦えるのは、マーカスだけである。しかも、魔法円を描く必要があり、彼の力もそんなに強力ではない。
ましては、シモンを助ける為には、ドラゴンを倒さねばならない。今出来ることはなく、万事休すであった。ここで、カスパダールが攻めてきたら終わりである。
まったりした空気の中、ふと、急に人の気配がした。ジョンは振り返る。マーカスは首を後ろに向ける。アベルは前を向いたままであった。
「パブロスの遺跡は四天王、ロトの血を引く一族が暮らしていたと言われている。その中の勇者だけが抜くことの出来る剣があると聞いている。聖武具の1つ、トビトの剣があるらしい」
「その剣ならドラゴンを倒せるということか。分かった」
そこに緋色と青の左右の瞳、白い髪の青年が現れた。
「アダム…?」
マーカスの言葉にアベルが振り返って、眼を皿のようにした。
アダムは指を差した。
「パブロスの遺跡がある。あそこに行くんだ。そうすれば、小僧は暴走をきっかけに強大な力を得るだろう」
そう言って、姿を消した。
「今のは?」
ジョンが訊く。マーカスは答えた。
「アダム。無界のアポリオの発見者の一族であり、魔法円による次元移行の計算式を解明した四天王の1柱。彼はソロモンのリンゴの破壊のその代償としてあの眼になり、ある呪いを受け継いだんだ。呪いとは明らかにされていないけど、その呪いの副作用でアポリオは主の比じゃない程の存在。彼1人で無界すら滅ぼせると言われているが、心のままに動くのでアスタロットを封じることも倒すこともせずにいる。イシュアの13悲劇の最大の1つだ」
それにアベルが付け加える。
「それにアベルが帰る時の魔法陣はアベルしか通れない魔法円なのに何故か向こうからアスタロットのアスモダイオスが来てしまった。この原因は不明で結果、アダムの責任になり呪いを受けたが、イシュアの13悲劇の1つだ」
2人は溜息をついてしばらく沈黙した。
その後、ガブリエルという天使を召喚した憑代の人型を持ったアベルは、それをジョンに渡した。
「それは向こうの世界の式神と言う道具で、東方のものだ。しかも、無現式と呼ばれる何度も使えるものだ」
ジョンは眉を細める。
「それは、パブロスに一人で行けと?」
「俺とマーカスは力にならない。まあ、そういうことだ」
修行であると考え、ジョンは頷くとアダムが指さした方に向かって歩き出した。
砂山をしばらく息を荒くして進むと次第に岩山が見え始めた。
「西遊記か、全く」
アベルのマナはかなりの力があり、水分と必要カロリー、栄養分が数日分続くくらいの不可思議な力があった。全然、空腹を感じず、汗をかいても水分を欲しなかった。
すぐに座り込んで、岩山の中を見渡した。入口のような場所はない。そこに銀色の髪をバンダナで、金色の目をサングラスで隠した大男がこの暑い中でコートを着て岩の上に立っていた。
「お前は去れ、ここは戦力にならない者が来るところではない」
バリトンの声がやっと耳に出来た。
「それでも、僕はここで手に入れないといけないものがある」
それを聞くと、彼は鍵を放った。それをやっと受け取ったジョンは再び見上げると、彼の姿はなかった。
その鍵にはラッパのマークはなかった。
「バアルのラッパじゃない?でも、普通の鍵じゃない。彼は一体…」
そこに気付くと足元に魔法円があった。そこに駆けて来る者がいて、魔法円に手を突いて叫んだ。
「シルバーブレッド!」
すると、光が発して銀の弾丸が現れた。
魔法円は消える。
ジョンは本能で危機を感じてすぐに岩山の柱の1つの裏に隠れた。銀の弾丸を持った少年は次に離れた場所に書かれた魔法円のところに行き、同じように手を突いて叫んだ。
「ハンドガン!」
すると、36口径の拳銃が現れた。それに銀の弾丸を込める。どうやら、彼は空界の存在であるが、力がない為に魔法円を分散して武具を召喚しているようだ。次の魔法円を探すと、ジョンは見つけた遠くの円に滑り込んでまた隠れた。滑り込んだ跡で魔法円は崩れた。
しかし、別の場所にある魔法円に走り、少年は同じように叫んだ。
「トリガー!」
ガチリと鈍い音がした。最後にジョンが消した魔法円のところに行き、少年が戸惑っている間に彼は近くにあった岩の穴に飛び込んだ。
すると、かなり深かった為に下の砂のクッションに少し埋まった。
彼が魔法円を描き直したらしく、頭上で叫ぶ声が聞こえた。
「ショット!」
すぐにジョンはガイウスの鍵に力を込める。何とか剣の形にしたそれを構えて、攻撃に備えた。光弾が放たれた。中に銀の弾丸が入っている。
「アポリオよ、力を貸せ」
ジョンが叫ぶと、彼が飛び込んだ岩の穴にある地面の所々にある光る結晶が輝き、剣に炎の力が宿った。それで弾丸を振り払った。弾いた弾丸は岩の壁にめり込んだ。
溜息をついて膝を付くと、剣を握りジョンはさらに奥に駆けて叫んだ。
「何故、攻撃をする?」
すると、少年は穴から見下ろして口を開いた。
「その武具のせいだ。空界の存在と言葉が通じるのに疑問は持たないのか?我々の言葉がこちらの世界のラテン語、英語、フランス語等、様々な言葉が混じっているのに疑問を持たないのか?何故、この世界のバイブルを想い起こさない?」
その言葉にジョンはハッとした。
バアルのラッパはジューダス-イスカリオットという空界の大天使の聖武具、天使のラッパである。しかも、7つある。そう、新約聖書の黙示録、最後の審判である。天使の7つのラッパが混乱を起こし、世界は終焉を迎える。
「このバアルのラッパが7つ集まると、何か最悪なことが起こるのか?」
「空界はこの世界の並行世界であるんだ。何等かの関係がある。7つのそれが力を発揮するとどうなるか想像つかない?」
そう言って、彼も穴に飛び込んだ。
「僕はクリス-エマニュエルだ」
「君はカスパダールか、メルキオールか?」
少年は首を横に振った。
「どちらでもない。エフライムだよ。どっちの守護神も神だ。お互いに変わることをお互いに堕転と言うし、悪魔と呼ぶ」
初めて聞いた集団の名に目を見張った。
「とにかく、僕は別に世界を滅亡させる気はない。ここにある指輪を取りに来ただけだ」
そこに彼は下に視線を落とした。
「鳩の羽根?まずい、一時休戦だよ」
そう言って、クリスはジョンの手を取って岩室の奥に駆けて行った。
小さな穴に隠れると、魔法円を描き始める。そこにジョンはアランからもらった式神を乗せた。
「敵が来るんだろう、ここに仲間を召喚しよう」
剣を握る。すると、周りの結晶が光り出した。アポリオが洞穴の周りの結晶で増幅されるのだ。ここに力を暴走させる指輪があるのが、ジョンには確信出来た。
すると、彼はこう囁いた。
「今は休戦しよう。貴方は奥の遺跡に行って」
しかし、明らかにクリスの反応は、今までにない強敵である。叶うはずもないし、時間稼ぎにもならないだろう。
ジョンはすぐに魔法円に手を突いた。すると、式神は眩く変化して1冊の本になった。それはパブロスバイブルであった。
クリスは驚く。
「僕が描いたのは、結界の魔法円なのに…」
「それは魔法円なしで僕がアポリオを使えるからさ。それに、周りの結晶のおかげで微力ながらアポリオを使えるから、この式神の能力で出せたんだ」
それを開き封印解呪の方法を探すが、読むことが出来なかった。クリスに読んでもらい、その間に剣を構えて敵を待った。
目の前に刹那、剣先が近づいた。それを寸でのところで払って、岩陰に隠れる。敵は一瞬にして近付き剣を振った。岩は真っ二つになると共に鳩の羽根が剣から散った。
「貴方は何者だ?」
軽装備の剣士は動きを止めて、微笑んだ。
「私を知らずに戦っているのか。…愚問だが答えよう」
彼は剣を納めた。
「我が名はアラム。主の右の座に着く太陽を司る者。無界の堕転者を倒しに来た」
「堕転というと、天使の堕転は悪魔…。この世界に悪魔が来ているということ?でも、クリスの話では、アドネルも一応、神に属する存在らしいし」
すると、彼、彼女。一応、男性のようなので彼としよう。彼は微笑んで首を横に振った。
「アドネル-Y-ニクドらもエマヌエーレらも関係ない。彼らも主の配下に過ぎん。私の今回の使命は、あるバアルのラッパの回収だ。セブンスクライムの7柱のアスタロットを呼び出し使役するものがある」
「じゃあ、何故、僕達を攻撃する?」
「エフライムという人間らはバアルのラッパを全て消滅させようとしている。私は堕転のアスタロットを封印する為には、セブンスクライムの7柱を封印する為に召喚出来るアスタロットの鍵が必要なんだ」
「僕はクリスとは関係ない。僕の持つのもガイウスだし、このバアルのラッパで狙われただけだ」
すると、彼は頷く。
「であれば、我と契約をしないか?お前も悪魔の敵であろう。目的は一緒だ」
確かにジョンの目の前にいるアラムの力であれば、別世界の窓である魔法円なしで力を借りることが出来、強力である。
「わかった、力を貸してくれ」
すると、彼に多くのオーラが流れ込んできた。
クリスを奥の凹みにやった。すると、そこに回転する隠し扉があり、彼はその奥に行ってしまった。
突然、空から巨大な剣を差した女性が現れた。剣を抜くと刃のないものであった。それを地に剣先を下ろすとかなり大きな音でめり込み、その重さを2人に感じさせた。
「私はエフライムのロザンナ。バアルのラッパを渡してもらおう」
しかし、彼は首を横に振った。
「今は敵と対峙する為に必要だ。それに、僕達はバアルのラッパを集める気はないし、7つが合わないようにする」
眉を細めた彼女は首を横に振った。
「否、偶然にも集まる可能性がある以上、消滅させる。あの鍵は互いに引き合う性質を持っているのだ」
そして、アラムに視線をやると、ロザンナが言った。
「彼の鍵を消滅させたら、7つは揃わないから我々は他のバアルのラッパを狙わない」
彼はその言葉に首を振った。
「すでに契約を結んだ。力を貸さないことは出来ん」
彼女は溜息をついて足を地に擦りつけると、剣を構えてジョンに向かって走り出した。
アラムの力を借りてガイウスの剣を構えると炎を放った。
簡単に避けて、ロザンナはあの重量の鉄の棒と言える剣を振り上げて瞬歩でジョンの目の前に駆けた。剣を合わせると、その重さだけでも負けると判断し、ジョンはつばぜり合いを避けて咄嗟に後ろに飛んだ。
その彼女の剣は空を切って地面を割る。その衝撃波がジョンを襲うが、アラムの能力を放った。彼のアポリオは周りの結晶だけで少ししか出ない。衝撃波を受け流す炎の壁を作ることは出来ずに洞窟の壁にしたたか背を打った。
指輪を探さないと命がないと、ジョンの本能が叫んだ。
「アラム、この遺跡のどこに指輪があるか分かるか?」
「俺は能力を貸すだけだ。それ以上は味方をする気はない。契約もそういうことになっている」
仕方なく、空間把握能力を発揮しようとするが、ロザンナが邪魔をする。剣がどんどんジョンを追い詰める。周りの遺跡の像は次々に崩れていく。
そこで、ロザンナを攻撃する弓矢が放たれた。上には、盗賊のような集団が囲んでいた。
「まさか、カスパダール?」
そこで、彼らは笑った。
「そんな連中と一緒にするな。我らは由緒ある一族。このパブロスを守護する為に存在している」
「君達も空界の世界から来た末裔か?」
すると、彼らのボスは鼻で笑った。
「リリンの一族だ。リリトの意志を継いで上界からこの世界を守る為にあるパブロスの遺跡を壊す者を排除する。例え、強力なエフライムの戦士でも許さん」
三つ巴になったジョンは、リリンの一族、エフライムの前でどうやって遺跡の中の指輪を探すか頭の中をフル回転させていた。
そこで、ロザンナとリリンの一族の若き族長、20代前半のダニエルが味方を手で制して1人降りてきた。
そこで、2人が戦っている隙に遺跡の奥に行くことをジョンは思いついた。
ダニエルはアラムに視線をやり、機関銃を打ち始めた。先に能力の源を絶つことで三つ巴の1つをなくすつもりであろう。しかし、彼は手を前に出し、光のバリアを出して全てを弾いた。
「私自身はダメージも死もないが、この世界に留まる為の憑代をやられては困るからな。また、次元を超えるにしても、憑代が必要だからな。リリンの子孫よ、何をしても無駄だ。私はアラム。ただの無界の存在ではない。無界に魂が囚われているリリンにお前らの仕業を話し、裁きを与えても良いのだぞ」
その言葉に畏怖を感じ、ダニエルは銃を捨てて歪曲した短剣を抜いた。
そのやりとりにロザンナが気を取られている隙にジョンは岩の壁にある小さな穴に飛び込んだ。すると、その下が回転の仕掛けがあり、下に落下していった。
砂の上に降りると、目の前にはテモテに封印された男性がレイピアを構えていた。アベルの面影を若干、感じて少し戸惑った。テモテで封印されているということは、アベルが封印した可能性がある。つまり、カスパダール勢か、『敵』である可能性が大きいのだ。
しかし、彼の手にあるのは、あの結晶で出来た指輪がはめてある。反対の手にはラピスラズリの鍵が握られていた。その掴んだ指からラッパの刻印が垣間見られる。バアルのラッパであろう。
目的を果たす為には、どちらにしても彼を解呪するしかない。ジョンはガイウスの剣を構えて、アラムの力を刃に溜めた。テモテに剣を振り下ろすと、光はテモテを破壊して封印されし人物は大きく息を吸って吐いた。
「お前は何者だ?ガイウスの剣を持つとは」
「僕はジョン、ジョン‐E‐スチュワート。復活したカスパダールを倒し、魔王の召喚を防ぐというトラブルに巻き込まれたこの世界の普通の大学生だ」
その言葉を聞いて、眼を瞑ると彼は大体を把握した。
「ここに上界のメビウスが次元の穴を開けた。我々の魔法円の次元移行を利用したんだ。そして、今度は自分だけでなくある上界の者を召喚する仕掛けを残して去った」
「だから、それを防ぐ為にここに来たけど、アベルに封印された…ということ?」
その言葉に苦虫を潰した表情を見せる。
「アベルを知っているのか?」
「カスパダールの封印をしたのがアベルだから。ミリアムの企てで彼らが復活した今、彼の力が必要だったんだ」
彼は溜息をついてレイピアを鞘に納めて鍵に戻した。その鍵もラッパの刻印がある。腰を下ろし、ジョンが悪者でないことを肌で感じると、沈黙をしばらくして破り口を開いた。
「おれはカイン、アベルの兄だ」
その言葉にジョンは驚愕して、腰を抜かした。
「まさか…、で、でも、何故、兄弟を」
「おそらく、君の想像通りだ。私は上界の者の力を借りようとした為に、リリトと対立した。メビウスの思惑に乗るのは癪だが、彼が召喚を用意した存在を味方にしようとして意見の対立をした。堕転を倒すには強大な力が必要だったのだ。リリトに味方したアベルは私を対決の末、封印したんだ」
そのリリトという存在は、ジョンはダニエルの言葉で聞いていた。リリンの末裔でリリトの意志を継いでいると。彼らは上界の者の召喚を防ぐという。その為にこの遺跡を守っていた。
リリトの子がリリンであるとしたら、リリトもリリンもかなり前の存在となる。リリトとアベルは味方であるようだが、どういう関係なのだろうか。
上界の存在がここに来ることは、あまり良くないと皆が言う。では、彼らはどうなのだろう。空界、無界の存在もこの世界に来ている。この世界に異次元の存在が干渉することが、世界のバランスを崩して危険だから防ぐべきなのか。すると、彼らは何故ここに?
彼らの世界の悪魔がここに来たので仕方なく来ているのか。
ジョンは色々と思考を巡らせた。少なくとも、アベルがここに来たがらなかった理由も、マーカスをここに来させたくなかった理由も分かった。
―――しかし。
「でも、貴方の持つ指輪を取りに僕をアベルがこの遺跡に来させたんだ」
その言葉にカインは手を顎に当てる。
「おそらく、上界の者の力も必要になったのだろう。と、いうより、この数年で上界の干渉が多量にあったようだ。1体が召喚されても今さら、ということらしい」
そして、感知をしながら首を振り、ある1点を見つめた。
「すでに召喚されようとしているな」
カインが奥の方に行く。ジョンも彼についていった。カインは振り返り、ジョンに言った。
「この我々の混乱に巻き込まれたのは、君には無界の存在が混じっているからだ。だから、君の中の無界の者の力で魔法円を一瞬にして出して次元の穴を開けることが出来るんだ」
その言葉で、確かに魔法円を使用しないアラムの力、ジョンが一瞬で光の魔法円を発生させたことを思い出した。
「転生者、か」
ジョンの呟きに彼は微笑み、アポリオを増幅させる結晶の指輪を渡した。
「この遺跡は上界の者、メビウスが作った異界への扉を発生させる巨大装置だ。アポリオを増幅させるこの結晶、ソロモンのリンゴを利用してな」
カインはこの遺跡について話を始めた。パブロスバイブルのアダムの福音第2章23節から載っている。
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そもそも、ソロモンのリンゴは1つの大きな結晶であり、無界の地の真理王ソロモンの知恵の結晶であった。それを四天王のロトが持って無界から空界に降りて(転生して)、この世界に移行して街を作った。そして、彼の一族は繁栄して街はパブロスと呼ばれた。ロトは憑代の人として絶命して無界に変えると、四天王の座に帰った。
ロトが帰ると王国は栄光を失っていった。残ったロト一族はパブロス王国の中で繁栄したが、ナイル川の位置が変わり地の恵みが少なくなる。
そこにアスタロットのドラゴン、アスモダイオスが国民は瞳の石化により次々にいなくなった。アスモダイオスが来たのは、ソロモンのリンゴをアダムが壊した為である。
アポリオを増幅させるソロモンのリンゴでアダムは、メルキオールの先発隊マギの次にこの下界に来ていた空界の存在リリトに召喚された。元々はカスパダール対抗の為に召喚されたのだ。アダムはリリトの意志を無視してロトの不始末の強大な無界の宝を回収をすることにした。ところが、リリトとアベル、カインのイザコザに巻き込まれたのだ。
アダムは四天王の1柱であり、同じ四天王のロトと対局の立場でありながら、ロトの失態の増幅をさせてしまった。ソロモンのリンゴを回収したアダムは無界に帰ろうとしたが、その際にソロモンのリンゴを使用した。それが最大の誤算になった。
元々、この世界を守る為に持ってきた知恵のリンゴは、皮肉にもアダムは自らが帰る為に空に一瞬に出した光の魔法円に次元の歪みを作った。
その扉からアダムが帰ろうとすると、逆に向こうから出てきたアスモダイオスが通った際にソロモンのリンゴが砕けて結晶が散った。
自分の仕出かしたことなので、その収拾の為にアダムがある女性を導く。彼女の名前はエステルと言った。彼は呪いを受けて下界で力が使えなくなっていたのだ。
彼女はパブロスの王女であった。そのエステルはソロモンのリンゴの欠片で召喚した聖武具、トビトの剣を渡され無界の勇士の力と地位を得た。
トビトの剣でアスモダイオスと大激戦の末、トビトの剣にはまっていた五芒星にラテン語の魔法円刻まれた円いペンダント、タリスマンを2つに割り、1方の裏を鏡にして驚異的な運動能力で倒すと、エステルは剣を岩に刺した。半分のペンダントはそのまま彼女が持ち去った。
そして、エステルはペンダントの裏にエデンクロイツを刻んだ。エデンクロイツはパブロス王国の国教のゼカリヤ教の象徴である。勝利、国の勝利の為に刻んだのだ。
つまり、ゼカリヤ教は他の無界の神の宗派と違い、最高神の主を崇める無界の最高位宗教である。
エステルはソロモンのリンゴの回収をアダムに諦めさせて、無界へ魔法円で帰した。
リリトがその時、エステルの背を押してアダムと一緒に無界の上に上った。
その後、エステルは空界の存在で無界に行ったことで無界の存在になり、ロトとアダムを助け、ロトの血を引くということやロト、アダムの失態の対処により、主の力により四天王の1柱になった。
カインは過去の話を終わらせると、指輪を右手の中指から外して放った。ジョンは落としかけながら受け取り、それをはめた。すると、体中に力、アポリオがあふれ出した。しかし、覚醒、狂戦士にはならなかった。
カインはラピスラズリのバアルのラッパ、ルツの鍵を剣にすると、反対の手に持っていた聖武具のレイピアを構えた。二刀流のようである。
そして、彼はジョンに言った。
「あのトビトの剣を抜いてみな」
彼に言われた通り、剣の柄を掴むとゆっくり抜いてみた。すると、簡単に抜くことが出来た。柄には小さな鏡がついていた。
「その鏡から、水鏡の剣とも言われている」
ジョンの意図を察してカインがそう言った。
「やはりな。お前、転生者だろう。しかも、序列第7位だったものだろう」
と言われても、前世の記憶を持つ者はこの世界にはほとんどいない。ジョンはポカンとしていた。
「おれの剣はエリフの剣。聖武具の効果は性質変化。ちなみにトビトの剣の聖武具効果は、強力な脚力だ」
カインはエリフの剣を消すと、ジョンもトビトの剣にアポリオを込めた。すると、自分の異次元のポケットのような場所に納めることが出来た。
「聖武具にはそれぞれ鞘がある。それは異次元にあり、持ち主に備わるんだ」
そのまま、遺跡の奥に行くと、祭壇があり多くの石像が建っていた。並べてあったであろう、木のベンチは朽ちている。その先にゼカリヤ教会の祭壇の上が見える。
そこに円い跡がついていた。かつて、小さな何かが崇められていたようである。
その時、祭壇の上からアラムが現れた。
「これは、序列第1位のアラム様じゃないですか」
カインがそう言うと彼はカインが寄り掛かる石柱を剣で切った。鳩の羽根がそこから散った。
「ソロモンのリンゴの半分を集めて圧縮して作ったソロモンの指輪を手にしているということは、我々並みの力を手にしている訳だな」
カインがアラムを見て訊いた。
「何故、アラム卿がここに?」
すると、鋭い異色の視線をカインに向けた。
「私を日本という場所で召喚した救世主と呼ばれる我神という下界の人間の仕事を助ける為にな。彼はアストラルコードという力で次元の穴をランダムに開けることが出来た。偶然、我を召喚したらしい。そこで、彼と契約しエステルと人間を殲滅しようとする上界の存在を上界に帰した」
その日本人が次元をランダムにしか開けられず、アラムとエステルを返すことが出来ず、
ここに留まったのだ。で、あれば憑代がない精神体のままである。しかし、エステルもアラムも憑代がある。その後、自ら何かに取り憑いたのだろう。
ジョンは混乱の中でクリスを思い出し、視線をカインにやった。
「僕のことはいい。上界の者が召喚されようとしているのはどこ?そこに知り合いがいてパブロスバイブルもある」
そこで、アラムが言った。
「契約しているから、私は手を貸さないとな」
カインも頷くと、指を祭壇の後ろを指さした。
祭壇の像の後ろを見ると隠し扉があった。アラムは姿を消す。カインを連れてジョンはその奥に足を進めた。
時は遡る。クリスはジョンから渡された太い本の解読を諦めて、奥の部屋に入った。遺跡の部屋であった。そこは長方形の何もない部屋である。ただ、奥に巨大なドラゴンの石像があった。
そこにゆっくと近付くと龍の像をゆっくりと触ってみた。
すると、上げていた右腕が下りて、口から泥水が勢い良く出始めた。
徐々に部屋に水が溜まっていく。そこで、腕を元に戻した。すると、水は止まった。これで溺れることはないとクリスは胸を撫で下ろすが、足元に目を奪われた。
水は床の砂を洗い落とし、刻まれていた溝を露わにした。そこには魔法円の溝があり、水がその溝に溜まって残った。
つまり、魔法円が自動的に作られたのだ。龍の像は自動魔法円作成装置だったのだ。
と同時にパブロスバイブルから声がした。召喚詠唱である。本に呪いが掛けられていたのだ。聖本から力が注がれ、魔法円は光出してそこから巨大な大鬼が現れた。
「上界の者?」
クリスはすぐに魔法円を描き始めるが、その前に彼は尻尾で打たれて壁に激突した。
「何故、この遺跡に化け物を召喚する仕掛けが…」
クリスは魔法円を描く暇がないので、手足が出せなかった。腹部を抑えてゆっくり立ち上がると、パブロスバイブルを脇に挟みながら逃げようとした。
すると、入口からロザンナとダニエルが現れた。
「クリス、まさか逃げる気じゃないわよね」
そう言って、ロザンナは巨大な刃のない剣を構えた。ダニエルも首を横に振って弓矢を構える。
「上界の者を召喚してしまうとは、リリンの一族としてなさけない」
そこで。ロザンナがクリスを庇うように立ち、駆け出して振り下ろされる大鬼の腕を払った。ところが強力な彼女の剣を受け止めた。そして、弾き飛ばされてロザンナは奥の龍の像を足場にして、蹴ってさらに追撃した。背後からの攻撃だが尻尾で弾かれて横の壁に激突して血を口から迸った。
ダニエルは弓を放ち詠唱した。すると、矢尻に書いてある魔法円が光り、大鬼にぶつかると爆発した。しかし、大鬼にとっては蚊に刺されたようなものであった。3人とも冷や汗を流した。
2人が駆けながら、傷付きつつ戦う。その間にクリスは魔法円を描いていた。クリスがやっと攻撃を始めたが、銀の無数の槍を放つが大鬼に両腕で全て弾かれた。
3人はもはや、なす術なく奥に固まった。
息を整えながら、クリスは前に出た。そして、エデンバイブルを開くと小さく詠唱する。すると、本が光り3人の前に光のバリアが張られた。大鬼は口から波動を放つ。それを防ぐ。しかし、クリスのアポリオは徐々に限界に近付き、バリアが押されていった。右からロザンナ、左からダニエルが飛び出してダニエルが胸に向けて矢を放った。
大鬼は波動を止めると胸に爆発が起きるのを見た。と同時にロザンナが岩の壁を蹴って剣を振るった。
しかし、腕で振り払った。壁に叩き付けられてしまった。
バリアがなくなったクリスはパブロスバイブルを閉じて疲れの為に膝をついた。
大鬼の力に叶わず、絶望しそうになっていたクリスに何かが投げられた。振り返ると龍の像の後ろに隠し扉があり、ジョンとカインが見下ろしていた。
「それは銀髪で金色の瞳の大男からもらったものだ」
ジョンの言葉にパブロスバイブルを見るとクリスは同じ鍵を見つけた。上界の重力を司る存在のオーバーコードという武器らしいことが分かった。パブロスバイブルは無界のことだけでなく上界のことも記載されていた。
しかし、それを使うにはアストラルコードが必要らしいがアポリオしか使えない。クリスは鍵をジョンに返して、それについてパブロスバイブルに書いてあることを言った。
「じゃあ、あの人は日本の上界に関係する人だったんだ。ここに来るなとは、この化け物のことを知っていたんだ」
それを聞くと、カインが言った。
「かつて、知らない知識を知ることの出来る能力を持つ一族がいると聞いたことがある。ナイル文書にも記載があった」
ナイル文書。古い時代の書記であり、パブロスバイブルの内容の欠片が記載されていた。しかし、ある宗派の存在が持っていってしまって、行方不明である。
ナイル川下流で発見されたのは、何世紀も前の話である。
ジョンはオーバーコードをポケットにしまい、ガイウスの鍵を握って大鬼に向かった。
ソロモンの指輪に力を込めるとアポリオが体に漲り始めた。鍵は2つに分かれ1つが剣になり、もう1つは剣の柄にぶら下がった。鎧を出すアポリオを節約する為、ジョンは剣しか使っていなかった。
剣を構えて駆け出すと、大鬼に飛び掛かる。しかし、腕で受け止められ、弾き返された。地を50mは弾かれた。靴が焼ける匂いがした。
「元の力を指輪で取り戻したけど、それでも勝てないのか」
ジョンは悔しそうに左手の拳を握りしめた。
ガイウスの剣は炎に包まれた。
「ファイアソード状態でどうだ」
炎の剣が振り下ろされるが、大鬼はそれをも受け止める。と同時に剣のない右手で空中に光の魔法円を発生させた。
「出でよ、超波動」
凄まじいエネルギー波が放たれて、大鬼は弾き飛ばされた。しかし、50m地を滑って踏み留まった。
大鬼は咆哮を上げて、口から光弾を放った。流石にまずいと思い、半分の鍵を鎧にして纏った。
アポリオを思い切り剣に込めた。エネルギー波の方向を変えるので精一杯であった。それは後ろの彼らの横を通って、後ろの隠し扉の右上に大きな穴を開けた。すると、そこから、ソロモンのリンゴの欠片で出来た念珠が零れ落ちた。
無意識にダニエルがスライディングしてそれを拾うと、ジョンに向かって投げた。と同時に大鬼はそれを見てダニエルに目から光線を放った。ダニエルは腹にそれを受けて大量の血を流して倒れた。
信じられないような瞳でそれを眺めたジョンは、彼から受け取った念珠を左手にした。さらにアポリオが大量に流れ込んだ。
「おい、化け物。人間を何だと思っているんだ!」
ジョンは憤怒に心が支配された。
左手を振り下ろすと力を込めた。すると、ダニエルがくれたソロモンの数珠が光り始めて彼に強烈なオーラが発生した。
精霊の力が集まっていく。
と同時に仮面が突然発生し、ジョンの顔を隠した。
カインが焦って駆け出した。
「まずい、覚醒し暴走し出した。ペルソナが表に出たから、ペルソナの仮面が発生したんだ」
カインはラピスラズリのバアルのラッパ、ルツの剣と聖武具エリフの剣を構えてジョンの元に駆けだした。
「ジョン、奴を消滅させてはいけない。上界の者はここと次元が違う。時間をも超越した存在なんだ。彼の存在の消滅は下界の過去か未来に影響を与えることになる」
しかし、ジョンにはカインの声は聞こえていなかった。
「我はダヴィド。ペライシテ群により封印されたサウル様の第1の子弟である」
すると、カインが呟いた。
「サミュエル族で約束の地カナンの神か」
カインがダヴィドのペルソナにより暴走した状態のジョンに向かって、本気で二刀流で飛び掛かるが、アポリオの気当てだけで弾き飛ばされた。
「たかが、空界の人間ごときに我に刃を触れさせると思い上がるな!」
ダヴィドは剣を振るった。カインは両剣を構えたが、後ろの壁に激突して息を詰まらせて血を吐いた。
ダニエルを魔法円でヒールのアポリオで回復させているクリスは、心配そうにこの光景を眺めていた。ロザンナは剣を構えているが、体が動かなかった。
すると、クリスのエデンバイブルが光出し、中から巨大な剣士が現れた。精神体なことから、無界の存在であろう。彼はロザンナの体を借りて、彼女は彼の憑代となった。
「ダヴィド。何故、下界に転生をした?有能な無界の存在で四天王候補でもあったというのに」
「ロトか。久しいな。上界の者も転生者は多い。無界も同様。我はもっと、強力な者と剣を交えたいだけだ。無界には我に敵う者はいない」
「確かに。主でさえ、貴公には敵わぬだろう。しかし、その性質から上の地位に上がれんのだ」
ロトは大鬼をあっさり右手を向けて光を放ち、上界に帰した。振り返りそれを見ると、ダヴィドは目を細めてロザンナに取り憑くロトに言う。
「この遺跡の過去の原因を作ったお前に言われとうないな」
そして、上を見て囁く。
「地位などに興味はない」
すると、面目なさそうに視線を逸らせる。
「仲間を捨て石化させてしまう失敗さえしているだろう」
その言葉に鋭い視線を向ける。
「あれは、事故だろう」
2柱の会話の間にクリスは何とかダニエルを回復させた。カインも自分を回復させると、立ち上がった。
ダヴィドの話は遠い昔のことであった。
空界の地に無界の存在ではそうすることもできない大きな争いが起きた。本来は無界の者は空界に大きな影響を与えてはいけないのだが、アドネルは無界の存在、ペライシテ群をその人間の大戦の終結の為に差し向けるが、無界の介入に反対したサミュエル族はサウルが率いて降りると彼らに対抗した。ペライシテは巨大戦士ゴライアスを差し向ける。ゴライアスは強力な力に石化の力を持っていた。
彼を封印する為にサウルが第一に立ち向かったが、待ち構えたペライシテの7大賢者により封印されてしまう。ロトは弟弟子のホサイヤと共に逃げ出すが、ゴライアスはサウルの声を出した。ロトは無界への時空移行に入ったが、族長の声にホサイヤは思わず振り向き、巨人兵士の石化能力により石と化してしまった。
他の強力なペライシテの軍勢を相手にしていたダヴィドは、その状況に気付き相手を殲滅すると戻った。ゴライアスの石化の目の光線を避けてあっさり倒すと、7賢人を相手に戦いを始める。
4賢人を消滅させると、3賢人は狂戦士と化したダヴィドに敵わぬと残党とともにペライシテ群を率いて無界に逃げた。
石化したホサイヤを戻そうとダヴィドはヒールのアポリオを使ったが、その呪いを解呪出来なかった。
そのまま、石を担いで彼は無界に戻った。
「ロト、お前ならホサイヤを助けられたはずだ。今では四天王と言われているが」
「無理だ。貴公だからゴライアスを簡単に倒せたが、当時の私には敵わない。近くには
サウル様を封印した7賢者までいたんだ。私に何が出来た?2柱ともやられるより、1柱だけでも助かる方がマシではないか」
すると、ダヴィドは鼻で笑った。
「お前は柱数で計るのか。プライドも何もないのだな」
そこで、ロトの姿は消えた。クリスのアポリオが切れたのだ。エデンバイエルは閉じられた。ジョンはダヴィドのペルソナが消えて、ジョンは意識を失って倒れた。
カインはすぐにジョンを抱えると、靴を聖武具の能力を使いバネの性質に変化させて高く飛んだ。そのまま、遺跡から出て行った。
リリンの子孫やエフライムという厄介な存在から距離を取って、岩影でジョンを寝かせると魔法円を描いてヒーリングを行った。
なかなか、意識を戻さないジョンにカインは焦りを感じる。
ふと、戦慄を感じてルツの鍵を剣にして構えた。レリーフが刻まれた岩の柱が立ち並ぶ周りに、気配、殺気を感じていた。
「こんな時にカスパダール共か?」
独り言を呟き、気配が複数であることに疑問を持った。
彼らにしては強力な力を感じる。おそらく、無界の存在に関係した存在であろう。
そこに剣を構えた少女が岩の柱から飛び降りてきた。
カインはそれを受けると、彼女が人間であり、この世界、つまり、下界の人間であることに驚嘆した。
彼女はすでにことが終わり、剣を鍵に戻して無言で握手を求めた。その反対の手には鈴のついたバアルのラッパの鍵が摘ままれていた。
5
一方、ジョンがパブロスの遺跡に向かった頃、アベルはマーカスに言った。
「イブジェルの書に対抗するには、リリトの福音が載っているグリモワールの魔道書が必要だ。毒をもって毒を制すってところだな」
その言葉にマーカスはぞっとした。一族の言い伝えでは、グリモワールの魔道書はアスタロットの王が作ったと言われ、それらを崇める者達の経典とも言われている。悪魔信仰のそれは、通常の人間にはかなり危険なものであった。
「下手すれば、命を落とすかもしれないぞ」
しかし、アベルは本気のようであった。
「それはこの世界に召喚するには、俺達の力でも不可能だ。遺跡で力を付けたジョンなら、上手くいくはずだ」
突然、アダムが姿を現す。アベルは即座に立ち上がり、鍵を槍に変化させて構えた。
「アダム、何故」
しかし、彼は何も言わずに手をシモンとドラゴンの封じられたテモテに向けられた。
戦慄を感じてマーカスは即座に魔法円を描いて、思い切りアポリオを注ぎ込んだ。すると、光のバリアが現れて彼らと後ろのテモテを守った。
「無駄だ。アダムは四天王、序列第4位だ」
そのアベルの声も空しく、アダムの手から強烈なアポリオの塊が放たれてしまった。光のバリアは粉々になり、アベルはマーカスを抱えて飛び岩陰に入った。
テモテが崩れてドラゴンとシモンが息を吹き返した。
「さあ、人間よ。最後の晩餐を楽しむがいい」
そう言い残して、彼は再び姿を消した。
刹那、マーカスは思った。何故、今になってアダムはシモンのテモテを崩したのか。最初は元ナイル川であった地の底であり、テモテの力で見つけられなかったと仮定する。
でも、ジョンが見つけてそれを露わにしたが、一瞬、見に来てすぐに姿を消した。そして、ジョンを遺跡に導き、彼が遺跡に向かったのを見計らったかのようにテモテを崩した。
まるで、ジョンに畏怖を感じているようであった。転生者であるからだろうか。転生前はアダム以上の存在だったのだろうか。
ジョンがいれば、何とかなるのではないか。
———マーカスは1人でジョンをパブロスの遺跡に行かせたことを後悔した。
シモンはすぐに寝ぼけたドラゴンから距離を取り、アベルの傍に跳んだ。
マーカスはドラゴンの頭上に鍵が刺さっているのに気づく。それがバアルのラッパだろうが聖武具だろうが関係ない。武器になるならと、魔法円を描いて叫んだ。
「ライトウィング」
すると、彼の背に光の翼が現れた。空を飛び、ドラゴンの爪の攻撃をギリギリで避けて角を掴んだ。一周すると、頭上に魔法円を描いた。ドラゴンは炎のブレスを吐いたが、それがマーカスに届くことはなかった。
「ライトバースト」
頭上の光の魔法円から凄まじい光のエネルギーがドラゴンに降り注いだ。
その時、彼はさらにアポリオを高めて加速して服の裾を焦がして、アベルが飛び出した。
ドラゴンは頭を払ってマーカスを振り落した。それをアベルが受け止めて、すぐに岩陰に逃げた。
「今の俺達には、何をやっても敵わない。ジョンを待つしかないんだ」
しかし、その暇はないらしい。ドラゴンはアベル達に迫った。そして、尻尾を振った。その時、空から下りて巨大な鞭を受け止める者がいた。
「誰だ?」
その尻尾を手に当てて、波動で飛ばした。ドラゴンは10m弾かれた。
「僕は我神棗。仲間と中国の幻の街、号雪で修行した。上界に関わる、救世主という存在だ」
日本人で英語が苦手らしくかたことな英語で答えた。
すると、アベルが首を傾げた。
「我神?すると、無界のアラムと契約を結んだ日本人か?」
彼は溜息をついた。
「アラムとは無界の存在だろう。おそらく、そんなに生きていない。僕や初代我神のSNOECODEの血を引く日本人の祖先だろう」
「初代?」
シモンが疑問の声を思わす出した。
「彼は号雪でアラン-スチュワート達と共に上界の運命を司る者の1柱、メビウスのローマ帝国の石版の力と彼らの力を融合させた能力を得たんだ。今はアランは上界の存在となって2回、救世主達に次元追放されているがどうなっているか不明です」
「流石、中世の昔を知っていますね」
「次元移行については、こちらの危機もあるので見張っていたのです。魔法円の力はマギなので、人より強いし国王をしていたので」
次にアベルが彼に質問を投げ掛けた。
「アストラルコードを使える強力な戦士で下位次元の中で一番上界に近い力のある存在だろう」
彼はアベルの話を聞き取れなかったようだ。照れもしないが、2人に声を掛ける。
「僕はドラゴンの王、エイシェントドラゴンの竜王ノガードを知っている。それに比べたら、これは下位のドラゴンだ。言葉の知恵もないし。能力があるなら、これに手こずるな」
そして、彼は手を出した。
「誰かジンから鍵を預かってないか?」
しかし、3人は首を横に振る。
「遺跡で大男がいただろう」
すると、アベルが口を開いた。
「遺跡に行ったのは、ジョンというもう1人だ。まだ、帰ってきていない」
次にシモンが話す。
「ジンとは陣竜胆か?予知能力や知らないこと知る、ヴィジョンと呼ばれる能力を持っている存在」
ヴィジョンの言葉でシモンの話を推測して頷いた。
「身体能力も高く、異質の人間だ。上界の存在の力、CODEも使える」
そこで、アベルがまた首を傾げる。
「何故、アストラルコードを使える?棗達は日本でないと能力を使えないはず」
「修行で日本の雰囲気を、遠隔で受け取ることを出来る。ランダムの次元開けの能力の応用だ。でも、その分、力も使う。通常の戦いは出来ない」
会話の途中でドラゴンが炎を上げた。棗は高く飛んで波動を放つ。それは炎を弾かれて顔にかかり咆哮した。
「何故、次元の力を使わない?簡単にドラゴンを倒せるだろう」
ところが、彼は首を横に振った。
「次元の力は新に日本の雰囲気を持ってくるのに使用している。それだけで、次元の力は使えない」
そして、振り返って3人に言った。
「あれはリトルレッドドラゴン。曲がりなりにもドラゴン種。リザード種のドラゴンと名前のついているものと違う。倒してはいけない。封印か次元追放だけだ」
その言葉を聞いて、マーカスはアベルに視線をやる。
「つまり、ドラゴンは次元の高い化け物。実体を持って次元を渡れるだけあるが、時間軸は有効だ」
「理屈は良いから、結論は?」
「この世界では、ドラゴンを倒す神話や物語が多いが、本当に倒すと彼らは蘇る。上界や無界の上位次元の存在が死なないのと同様に、あの化け物も不老不死に近い」
マーカスは頭が混乱している。
「…近い?倒せるんだよな」
「だが、ゾンビとして蘇る。さらに強力になってな。それを万が一倒してしまうと、ドラゴンゾンビの呪いで不老不死でドラゴンの能力を得てしまう」
それを聞いて彼は不思議に思った。
「強力な能力を持っていいじゃないか」
「不老不死が如何に苦痛か分からない人間は多い。ドラゴンは様々な次元に行けて存在するが、無界でも上界、虚界でもその他の高次元、元にいたドラゴンの世界でも実体を持って行ける特殊な種族。手を出しても、何が起こるか分からない。正直、あいつの方がドラゴンの知識は上だ。かなりの次元を渡っているようだし」
それを聞いてマーカスは溜息をつく。
「それじゃあ、彼でもジョンが帰ってきても、あいつを倒せないんじゃ意味がない」
シモンがそこで、我神に視線をやった。
「彼がいる」
マーカスは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「何故、俺達空界の人間より、力が全力発揮出来ない彼らの方が強力なんだ!」
「それはここが彼の世界だからだ」
その答えに対して、マーカスは首を項垂れた。
「何故、ミリアムは無界の存在、アドネルをこの世界で召喚する必要があったんだ」
「それは上界の存在が無界よりも下の次元に接触し過ぎているからです」
シモンの答えは全てを意味していた。上界の存在が下界に多く接触すれば、次元の壁が緩む。ここの方が無界の存在を呼び出しやすい。
…しかし。
我神がシモンに言った。
「君は強力な武器を持っているだろう。一緒に戦え」
彼は翡翠の鍵をポケットから取りだした。勿論、ラッパが刻まれている。それを握ると槍と戦斧の混じったようなハルバートに変化した。
「まさか、ドラゴンと戦いたくないから、戦力がない振りをしていたのか?」
マーカスの避難にアベルは手で制した。シモンはそれを握って立ち上がると、ドラゴンに向かって駆け出した。
シモンが隣に来ると、ドラゴンを前に棗が囁いた。
「直に鍵が来る。それはオーバーコード、上界の武具。次元に穴を開ける能力を持っている。それまで、時間稼ぎだ。何時間かかるか分からない。しかし、封印後の目覚ましには丁度良い」
彼はかたことを微笑み、無言で頷いた。端整な表情を真顔にしてシモンはハルバートにアポリオを込めた。
棗は武器がないので、波動のみで戦う。しかし、ダメージを与えるのには十分だった。シモンは炎を避けながらバアルのラッパを刺す。しかし、ドラゴンの強固な皮膚には傷1つつけることが出来なかった。
ドラゴンの皮膚はアポリオの能力をも防ぐ力があるようだ。流石に、シモンも体力を失いつつあった。封印から抜けたばかりのシモンには、酷な戦いであった。羽根を持って飛ばないようにしていた棗の前で、シモンは膝を付いた。そこにブレスが放たれようとした。
「クレセントライト」
気付くとマーカスが巨大で複雑な魔法円を描き、精一杯のアポリオを注いでいた。それだけの時間は棗達が稼いでくれていたのだ。
大きな光のカッターが発生して、ドラゴンの首に傷を与えた。
「ダメだ、殺してはいけない」
叫ぶ棗に対してマーカスが言う。
「しかし、今、シモン、マギを失う訳にいかない」
シモンのハルバートを奪うように取ると、マーカスはアポリオを最大限に注いでその首の傷に刺した。
緑の液体が辺りに飛び散り、今までの棗の波動で体力や皮膚が弱っていたドラゴンは、そのまま、力尽いた。倒れて、肉が解け始める。棗はすかさず距離を取る。
「ゾンビになったドラゴンは3倍の力になる」
棗の言葉に3人は驚愕したが、棗はすぐにマーカスに駆け寄った。すでにハルバートがその姿を保てずに鍵に戻っていた。
「無理したな。全てのアポリオを使うと死ぬぞ」
「じゃあ、俺は生きているから、まだアポリオがある訳だ」
「最後まで攻撃に使おうというのか?無茶するな」
棗はマーカスとシモンを抱えて、アベルのいる場所に放った。そして、ドラゴンゾンビに向かって構える。
この万事休すの状況に鍵が飛んできて、それを棗は受け取って横を一瞥した。砂漠からジョンとカイン、少女がやってきた。
6
カインはアベルに睨むと、アベルは視線を逸らした。
棗がすぐに力を加えるとそれは楯になった。今更、オーバーコードが手に入っても、アストラルコードが残っていないと意味がない。もう1度、ドラゴンがブレスを吐く。その楯で防ぐと、次元の穴をあけようと次元の楯にアストラルコードに力を注いだ。
すると、アラムが翡翠の鍵、マラキの鍵を拾ってシモンに渡した。そして、棗の隣に来た。
「契約は継承される。つまり、我神、子孫であってもお前に力を貸す」
そう言うと、剣をドラゴンゾンビに振るう。しかし、鳩の羽根が散るがドラゴンゾンビに傷1つ付かなかった。
「まさか…。ミリアムがドラゴンを召喚した理由はシモンの命ではない。この世界にある伏魔殿、アスタロットの何柱かを封印した遺跡を解放する為だったのか」
アラムの言葉の意味が分からなかった。
何故、下界にアスタロットの伏魔殿が存在するのか。何故、ミリアムがそれを解放する必要があるのか。
少女がマーカス達に言った。
「私はマギ、マーゴイの子孫、アンナ-テレジア」
コリンズ街に飛ばされたマギのマーゴイはそこで人生の終焉を迎えて、マギが子孫の彼女にバアルのラッパ、金の鈴が付くバアルのラッパ、ハガイの鍵とマギを受け継いでいた。彼の直系の子孫なのだ。
その涼やかな音色を鳴らす鍵を鍵爪に変化させた。それを両手に構えると、ドラゴンゾンビの振るわれた腕を躱しながら引っ掻いた。しかし、アポリオが通じないようでアンナは飛ばされて、カインに受け止められた。
ジョンは棗に視線を向ける。
「その鍵をくれた人は?」
「ジンについては、シモンに訊いてくれ」
そんな暇はない。残った力を絞り出して楯に力を込めて、次元追放の光を溜め始めた。だが、その前に危機感を感じたのか、ドラゴンゾンビは敗れた翼を羽ばたかせてマーカスを咥えると逃げるように飛び立ってしまった。
予想外の出来事に全員は何も出来なかった。誤算は棗のところにジョン達が来るのが遅かったことである。
ジンの予知は間違っていない。ジョンが鍵を棗に渡す、という事象は事実である。すでに日本の気を次元移行で飛ばすことでかなりの力を使った棗は、リタイヤした。
「後は君達の戦いだ。任せる」
そして、我神はジンの予知が想像と違ったことを心に潜めて去って行った。
ジョンはトビトの剣を時空から取り出した。しかし、見つけた頃の面影はなく、棒に閉じた鍔のような形になっていた。
「その剣はトビトの剣か?遺跡のソロモンのリンゴの欠片によって剣の形を保っていた。ソロモンの指輪やパブロスのリンゴの念珠でも、足りないんだろう」
ジョンはアポリオをトビトの柄にアポリオを込めた。ソロモンのリンゴの道具が輝き始める。それを振り下ろすと閉じていた鍔が開き、刃があるところに電撃が走っていた。それをさらにアポリオを込めて振ると電撃が根本から漆黒の刃が発生した。
「アポリオの剣か。遺跡の中の金属の刃はどうして…」
そこで、カインが言った。
「その剣を元の姿にするには、大きな遺跡の力が必要なんだ。あそこには次元のひずみがある。上界の存在、メビウスによって作られた…」
すぐにマーカスを助けようと、トビトの剣を地面に刺すと思い切りアポリオを込めた。すると、ジョンは長く伸びた刃によって、ドラゴンゾンビの後をすぐに追いトビトの剣の能力、脚力強化でトビトの剣の柄を蹴ると尻尾に捕まった。
光の魔法円を発生させて炎を発した。ドラゴンゾンビは進むのを止めて尻尾を振ってジョンを振り落そうとした。右腕で必死にしがみ付きながら、ポケットから鍵をだしてガイウスの剣にした。それを骨と腐った肉に絡ませて固定すると、態勢を整えて敗れた羽根に魔法円を出して強力な光弾を放った。羽根の幕は完全に消し飛び、骨も欠けて落下し始めた。
マーカスは後ろのジョンに気を取られている間に、噛まれている自分の胸から血を指に付けてドラゴンゾンビの首に魔法円を描き始めた。
複雑なものを描き終えてアポリオを最大限に込めた。すると、大爆発をして首の骨が折れてドラゴンゾンビの体がバラバラになった。
「まさか、魔法円を間違えたな?」
ガイウスの鍵をしまうと、脚力で落下する骨を蹴りながら前に行く。マーカスを受けるとすぐに後ろに飛んだ。トビトの剣の柄に何とか届いて掴まると刃を戻してカイン達の元に戻った。
マーカスは落ち込んでいた。魔法円を間違えたことで大爆発を起こす程の力を出すことが出来た。しかし、ドラゴンゾンビを倒してしまったので、呪いを受けてしまったのだ。
「とにかく、残りのマギを探そう」
ジョンがそう言うが、彼は砂から腰を上げなかった。日が落ちてアベルがマナを出して、水分と食料を取るとゆっくりと安んだ。
シモンは魔法円を描くと、岩のテントが発生した。その中で全員が過ごした。
知恵と最大のアポリオ使いカイン、封印の天才のアポリオ使いアベル、戦士マギの戦士王シモン、受け継いだマギの武道家アンナ、ドラゴンの力を得たマーカス、そして、無界の力を持つ最大の戦力の勇士ジョンが揃ったのだ。
翌朝、6人はガラテイヤの最後のマギ、フィリップを探す為に当時のガラテイヤの街があった場所に向かった。エジプトまで来ると、レストランで思い切り食事を胃の中に詰め込んだ。全員、空腹で仕方がなかったのだ。ワインを飲み干し一息つくと、まず、彼もすでに寿命が尽きてマギを子孫に受け継いでいるという考えをカインが告げた。
コリンスでは子孫が受け継がれて、遺跡の場所を言い伝えられていたからアンナは彼らと合流出来た。
まあ、日本の大学教授が新しい遺跡の大発見というニュースがなければ、来ることは不可能であっただろう。
コリンスの街のようにガラテイヤの街が残っていればいいが、滅していたらお仕舞である。場所はトルコの中心にあるようだ。過去の街の歴史を調べたジョンが、得意の考古学を駆使して図書館で調べた結果である。
問題は空界のメンバーはパスポートを持っていない。
「別に問題はない。空間移動すればいい」
アンナがそう言うと、魔法円を描き始めた。彼女は強力な力を持っているようだ。しかし、空界の人間はアポリオと魔法円で時空移動出来る。それでこの世界に来ているので、空間移動は出来なくはないのだ。
最後に詠唱を始めると魔法円は光り始める。光の柱が発して、その中に平気でアベル、カイン、アンナが入って行く。マーカスはジョンを導いて入り、シモンが最後に入った。
意識が虚ろになり、まるで、寝ていた後に起きた感じの感覚でジョンは意識を取り戻した。何をしていたかを必死で思い出すと、全員が丘の上の教会に向かっていた。すぐに駆け寄っていくと、教会には神父が祈りを捧げていた。
「済みません、お話を聞いてもいいでしょうか」
マーカスが声を掛ける。彼は地に付いていた膝の埃を拭って立ち上がった。
「教会は誰もを歓迎しています。何でしょうか」
神父が振り返ると、並ぶ長椅子に座るようにジェスチャーをした。ジョン達は座るとマーカスは初老の長身痩躯に口を開いた。
「ここはかつてガラテイヤと呼ばれていた地ですね」
すると、顎に手を当てて彼は答えた。
「確かに、そういう文献はあります。小さな街でそう呼ばれていたそうです」
そこで、前方の壁にあるご聖体の光を眺めながら、ジョンが口を開いた。
「そこにいた村人の子孫達は、今はどこに」
すると、彼は長い沈黙を保ち、やがて前にある十字架に視線を向けた。
「君達はカトリックですか」
そこで、ジョンだけが肯定の言葉を言うと、神父は微笑んだ。
「その様子では、この地域のミサに出たことはありませんよね。ここでは、ご聖体がマナなのですよ。それが何を意味するかは分かりますね」
そこで、眼を見開いてジョンは立ち上がった。神父はジョンに近づき、聖油を額に塗油した。
「貴方は大きな運命をイエス-キリストに授かったようですね」
「神父様がマギ、キリスト教の東方三賢者ではなく、空界の強力なアポリオを持つマギなのですね」
しかし、彼は首を横に振った。
「確かに我々はかつてマギと呼ばれたフィリップ枢機卿の子孫です。今はその隠されたマギなる地位はスザンナ-ベルという少女が継いでいます」
そこで、前に乗り出してアベルが声を上げる。
「彼女は今、どこにいるのですか」
すると、神父は指を東に向けて言った。
「ウェストジョージ修道院です」
すぐに礼を言うと彼らは修道院に向かった。そこは崖に囲まれた陸の孤島であった。
たった1本の吊り橋を渡り、中央にある建物に向かった。それは森の中にあった。
修道院に着くと、ジョンはシルバーのクロスの下がるローズクォーツのロザリオを購入した。
「このロザリオを作った修道女に会いたいのですが」
しかし、マザーは首を横に振った。
「それは出来ません。彼女達は世間と絶っています」
それでもジョンは引き下がらなかった。
「2人のマギが来ているんです」
そこで、彼女は溜息をついて頷いた。
「とうとう、最後の審判の時が来ましたか」
ジョンは表情を緩ませて首を横に振った。
「いえ、最後の晩餐の時が来たのです。使徒がこれで集まります」
ステンドグラスの窓を見て、独り言のように呟く。
「これも預言者様の言う通りですね」
そして、スザンナを呼んできた。彼女は細身で背の低い少女で、小さい、というのが全員の第一印象であった。
彼女は東洋系の顔をしていたので、マーカスが訊いた。
「スザンナ、もしかしたら、中国系かい」
すると、ポケットから鍵を2つ取り出した。1つはメタモルフォーゼス製のラッパのマークが刻まれている。もう1つは一見は普通の鍵に見える。
「あ、棗が持っていたものに似ている。オーバーコードか」
アベルがそう言った。
「つまり、日本人とのハーフってことだな」
マーカスの言葉にジョンがスザンナを見て言った。
「トルコ人じゃないのか」
「はい、日本人とアメリカ人のハーフで、インド南部の教会に来ました。そこで、偶然に出会った司教様のお知り合いの預言者様からこの修道院の話を聞きました」
日本人の血を引いているから、SNOWCODEの血を受け継いでいる可能性も大いにあった。
しかし、多くのSNOWCODEの血を継いでいないとアストラルコードは使えない。救世主ところか夢の力に打ち勝つ者としても成り立たない。日本人でさえ、初代我神の血を多く継いでいないとSNOWCODEの血がない為にアストラルコードが使用出来ない。さらにハーフであれば、必然的にアストラルコードは使えない。
オーバーコードを使うことは出来ないはずである。それを悟ったスザンナは天使のように微笑んだ。
「大丈夫、父は中国系アメリカ人で号雪出身なんです」
号雪。幻の街である。桃源郷であり、中国の最西のシルクロードの遥か北部にあると言われる場所である。そこの住民は不思議な能力を持っていると言われている。その血と上界の存在、メビウスの授けた石版の力が合わさることでSNOWCODEが偶然、生まれたのだ。我神のような存在が号雪にいてもおかしくない。
「これで、役者が揃った。ミリアムの魔王召喚阻止に行こう」
魔王と言っても、堕転者と違う無界のアドネル-Y-ニクドである。この世界に来たからと言って、無暗に悪さをするとは考えにくいが彼、彼女の性質上人間に危害を与える恐れがある。
阻止することに越したことはないのだ。
近くのホテルにチェックインすると、事を明日にして全員は休むことにした。窓のビートは切れて隙間風が入ってきている。とても居心地のいい場所ではないようだ。カインはマーカスとシモンと同じ部屋で、マーカスが簡易ベッドを使用していた。アベル、ジョンの2人部屋である。アンナ、スザンナが同室なのは言うまでもない。
スザンナがロビーにある公衆電話で誰かと話をしていた。その様子をアンナがソファで眺めている。
電話が終わると、振り返って彼女の手を振る彼女に会釈をした。少し離れたところに腰を下ろすと、無言で俯いた。
「彼氏にお別れでも言っていたの?」
彼女は首を横に振って小さな声を出した。
「双子の妹に電話をしていたのです。彼女は携帯電話を持っているから」
「あら、そう。修道女に恋人がいる訳ないわね」
足を組んでアンナは天井を見た。
「で?」
「彼女はドイツに住んでいるの。でも、こちらに来るそうです」
「何故、彼女を呼んだの。…野暮ね。本物のマギを呼び寄せたのね」
そう、彼女はすでに気付いていた。中国系アメリカ人と日本人のハーフがマギの一族の子孫でないことは容易に推測がついた。双子の妹もおそらくマギではない。すると、彼女が連れてくるドイツ人がマギの後継者なのだろう。かつて、ユダヤ人は流浪の民になり、ヨーロッパの北に行ったのだ。あり得る話だ。そのマギの後継者がスザンナの妹の旦那だとしたら、呼び出した理由も分かる。
「他の人達も気付いているんじゃない?貴女からアポリオを感じないから」
「ソフィア」
「え?」
「妹の名です。ソフィア-アブラハム。そして、彼女の夫がモーゼス-アブラハムです」
「今日中に来られるのね」
「ええ、預言者である私がすでにマギが集まると知っているからです」
アンナが彼女の肩を掴んだ。
「神父の言っていた預言者ね」
「ええ、私は預言を根拠のない確信と呼んでいます」
無界の存在から知らない事実を知るアポリオを彼女が持っているのだ。その事実を預言と呼んでいるのだ。無意識なので、スザンナは知らないのだ。キリスト教と混じって『預言』という言葉を使っているのだ。
ジョンが下りてきて、彼女達を横目にトビトの剣を取り出すとアポリオを注いだ。セフィロトの木が剣に映し出された。
さらに、剣を振って刃を出すと普通の形にして振った。そこに魔法円が現れた。そこにアポリオを注ぐと光の柱が発生して2人の人影が現れた。
スザンナとアンナが振り返り驚愕の表情を見せた。
「モーゼス、ソフィア…」
ジョンは2人に自己紹介をして握手した。
「何故、私達を召喚出来たのでしょうか?」
ソフィアが訊くと彼は頭の中を整理ながら答えた。
「頭の中に女性の声が聞こえて、この剣にアポリオを注いで魔法円を発生させるとマギを召喚出来ると言われたので」
そこで、スザンナが声を上げた。
「預言です。無界の存在の声ですよ、ジョンさん。しかも、貴方に力を貸す個人的な言葉を与えるということは、近しい存在ですね」
そこで、ジョンは転生者であることを話した。
「序列が10位以内のダヴィドだったのですね。恐れ入ります」
彼女やソフィアやモーゼスが1歩下がり頭を下げた。
「止めて下さい。僕は今はただの大学生です」
そして、モーゼスがバアルのラッパ、金で出来ているシラの鍵を見せた。それは杖に変化した。
「クリスの言った通りになっている。バアルのラッパが6つも揃ってしまった」
そこで、ソフィアが言う。
「彼女と双子だから、私も預言を聞くことが出来るの。私はバアルのラッパを7つ全て集めることでアスタロットの封印されているこの世界の伏魔殿を解放されると聞きました」
ジョンはぞっとした。
「まさか、その場所は日本にあるのでは?」
「そこまでは…」
そして、思い出したように付け加える。
「でも、2年後に集まると聞いたから、最後のオニキスのバーソロミューの鍵はこの戦いでは私達の前には現れないと思います」
ジョンは胸を撫で下ろして、ミリアムの企みを阻んでマシュー博士を救出出来るだろう。
これまで、役者を揃えるのにかなりの時間を使用してしまった。魔王召喚がされるのも時間の問題だろう。
今日、1日の穏やかな日を休んで次の日の戦いに向けることにした。
自分の部屋で休んでいる人に残りの味方が揃ったことを告げて、ジョンは自分の部屋でベッドに寝そべった。
すると、カインが入ってきた。
「ジョン、不安はないか」
彼は首を傾げた。
「でも、やらなければいけないから」
「強いな。パブロスの腕輪を預けてくれないか」
そう、二度と暴走してペルソナを出さない為だと察して、ジョンは腕から外してカインに渡した。
「もし、暴走しそうになったら、トビトの剣を使うんだ」
それが何を意味しているのか分からなかった。でも、頷いた。頭の中の声、おそらく、トビトの剣の元の持ち主、エステルの声だろう。しかし、彼女の声は聞き覚えがあった。
それが疑問であったが、今は考えることを止めた。
「トビトの剣はただの聖武具じゃない。きっと、ジョンの為になる。肌身離すな」
そう言って、彼は去っていった。
7
大鬼の封印が解け、上界に行ってしまったことで遺跡を守護する任務を失ったリリンの一族は、それぞれの場所に離散していった。ダニエルは1人、ソロモンのリンゴの欠片を集めていた。これはアポリオを増加させる力がある。放っておいては悪意のある者に使用されたら危険だということもあった。
そして、全てを集めると魔法円を描いて、その上に全てを置いた。詠唱をすると魔法円から業火の炎が発して数々の欠片は1つの塊になった。それを次に別の魔法円で短剣の形にした。ロトを引く一族の族長である彼は、伊達にアポリオの使い手ではなかった。それは小さなものなので、持っていた麻紐で縛ってネックレスにしてつけた。
一族の役目の終焉の記念として。
そして、増加したアポリオで遺跡を後にすると、バアルのラッパを狙うロザンナ達を追った。彼女の一向はすでにジョン達の後を追っていた。
隠れ村に戻り旅支度を済ませると、ラクダに乗って砂漠の中に入っていった。
砂の海原は果てしなかった。大量に持ってきた水の減りも早い。干し肉もゆっくり齧りながら、次の命を繋ぎ止める地を探した。
すると、凶悪なアポリオを感じて彼はその方向に向かった。そこでは、ミリアムが赤子に儀式を施していた。周りには仲間が囲んでいる。見張りには気づかれていない。弓矢を取ると、赤子の下の巨大な魔法円が描かれている方に向けた。
だが、赤子には罪はない。ミリアムに矢先の方向を変えた。しかし、その弓を押さえる者がいた。ロザンナであった。エフライムのクリスとロザンナはジョンの行方を見失い、ミリアムのいるところにいれば彼らが必ず来るはずだと行く先を変更したのだ。
「今、彼女に気付かれたら殺されるわ。弓矢で倒せる程、レビ教の魔女を倒せる訳はない。あのアベルがテモテを使い相打ちで封印するのが精一杯だったのだから」
「じゃあ、手をこまねいて待っているのですか」
クリスの意見に彼女は睨んだ。首をすくめて口を閉ざすと、クリスはミリアムの力が回復することを歯ぎしりして歯がゆい気持ちを抑えた。
2日間、様子を見ていたが、特に動きはなかった。
ロザンナはクリスにパブロスバイブルを使うように言った。
「どうやって」
「赤子を奪うのだ。相応しい憑代さえなければ、魔王を呼び出すことは不可能だ。後はジョン達が何とかしてくれるだろう。あやつは転生者。ミリアムを倒せるだろう」
パブロスバイブルのアバドンの福音、第5章26節を開いて読んだ。すると、本が光出し、黒曜石の剣が現れた。それは宙で止まったので、クリスは柄を握った。
すると、その剣は黒曜石の表面が砕けて、中にあった日本刀に変化した。ベルトに差して抜くと、禍々しい雰囲気が漂った。すぐにカスパダールの軍勢がその空気に気付いてやって来た。
その剣を振るうと、彼らは後ずさった。
「ただの剣じゃないぞ」
カスパダールの剣士達が剣を抜いて襲ってきた。ロザンナが巨大な剣を抜いてクリスの隣に構えた。
「その剣は能力が備わっている。使えないか」
クリスは表情で困惑を示して剣にアポリオを注いだ。
すると、剣から角を2本生やした漆黒の存在が現れた。優男であるが髭を生やし、スーツを着ている。ステッキをついている彼はクリスに深く頭を下げて言った。
「我は怠惰を司るベルフェゴルです。ご主人の仰せのままに」
そこで、彼を使徒として使役することにした。
「あの目の前の軍勢を倒してくれ」
「了承しました」
すぐにベルフェゴルはステッキを目の前の軍勢に向けると、大きな煙を出した。その煙はやがて化け物の姿になり、それは睨んだ。その瞳から邪視の能力を出して、見たものは全員胸を押さえて苦しみ出して、そのまま倒れて動かなくなった。
「…もういい。去れ」
「お安い御用。また、御用の際はお呼び下さい」
紳士の如く振る舞い、彼は姿を消した。
「この剣は危険だ」
剣をパブロスバイブルにしまうと、クリスは二度と使わないようにすることにした。
ミリアムと残りのカスパダール軍勢は帰ってこない仲間が気になり、大勢の軍勢がやって来た。
「あれは7つの大罪の1柱だ。バアルのラッパ、最悪のバーソロミューの鍵だったんだ。もう1度出して破壊すべきだ」
ロザンナに言われたが、彼は恐ろしくてそれを拒んだ。
「2度と出さなければ7つの鍵は集まらない。このまま出さなければいい」
「そうはいかない。無界にあることが分かった以上、誰かが召喚するかもしれない」
渋々、彼はもう1度アバドンの福音、第5章26節を開いて読んだ。
しかし、剣が現れなかった。
「何故…」
「ほら見ろ。今の剣の気で存在に気付いた者が、この短時間に無界に戻ったバーソロミューの鍵が召喚されたんだ」
「そんなこと言われても…」
その2人の間にダニエルが入った。
「喧嘩している場合じゃない」
やってくる敵に備えると、目の前に人影が現れた。アラムである。先ほどのアラムの目的の鍵の雰囲気を感じてきたのだ。
「今まであったバアルのラッパはどうした?」
しかし、クリス達は首を横に振った。後ろから来るカスパダール軍が来ると、アラムが鋭い瞳で剣を抜いた。
「邪魔をするな」
彼はすぐに剣を振るう。鳩の羽根が剣を振るう度に散った。カスパダール勢は一瞬にして彼の剣の錆となった。
クリスは畏怖を感じて、先ほどのことを話した。
「無界からたった今、取られたのだな」
そう言うと、アラムは無界に戻った。
3人はその場に座り込んだ。
その後、カスパダールの軍勢が来ることはなかった。
あれだけの人数がやられる訳がないと奢っているのだろう。
数日が過ぎる。もう1度、赤子奪還作戦を実行することにした。
ロザンナはクリスのパブロスバイブルが危険と判断し、彼を残して1人で高台から下りて行った。下にある彼らの陣地に入る。岩に開けられた穴にミリアムがいる。その前に魔法円があり、赤子が寝かせられている。その周りにカスパダール軍勢がいるので、迂闊に近付けない。
残っている者はアポリオが強力で勝てる自信はなかった。
女性ということは関係ない。怪力を活かして突き進んだ。アポリオを使う者達が地面に魔法円を描き、自然の力の攻撃の嵐でロザンナは窮地に落とされた。
そこに1人の男性が空から下りてきた。誰も見たことのない人物である。
「誰だ、黒曜石の封印を解いて悪魔の剣を使った奴は」
しかし、誰も唖然として声を出す者がいなかった。
彼は日本刀を抜くと、カルパダールに向かって駆け出した。彼らは剣や魔法円の攻撃をするが、軽く避けて剣を振るう。強力なアポリオの軍勢を倒しながら、儀式の場所まですぐに近付く。
ところが、そこにミリアムが立ち塞がった。
「しまった、間に合わなかったか…」
ロザンナは膝をついた。そう、ミリアムは力を完全に取り戻したのだ。
「何を勘違いしているのか分からんが、ここはお前のいる場所ではない」
彼女は手を前に出す。波動が放たれた。
「魔法円なしの力?」
ロザンナは冷や汗を流す。しかし、その日本刀を構える日本人は波動を剣で受け流して、地面を蹴った。
「大撃斬!」
踏み込んだ地面に小さなクレーターが出来た。そのまま、恐ろしい力で剣が振り下ろされた。ミリアムは咄嗟に剣を発生させて受けるが、その剣を折られてミリアムの右肩に剣先が掠った。たった薄皮1枚の斬撃で彼女は後ろの岩壁まで飛ばされて激突した。
おそらく、アポリオのバリアを張っていたはず。それでも、ここまでの力を持つ男性にロザンナは剣を構えて立ち上がって期待した。赤子を奪う隙を伺う。
ミリアムは憤怒の表情で中指、人差し指を立てて思い切りアポリオを放った。彼は咄嗟に凄まじい高さを跳んで見えない空気のナイフを避けた。
呪術を使いそのナイフを、刀を1振りして全て跳ね返す。ミリアムは両腕で体を庇うが、腕が傷だらけになった。
「我に匹敵するその力、何者」
「お前こそ、魔法円を使用せずにアポリオを使用出来るということは、無界の能力を使えると言う訳だ」
ミリアムはその言葉を聞いて、ペルソナの仮面を顔に現した。
「我は転生者、ビレス。右の中指の銀の指輪がその印である」
そして、さらに続ける。
「ソロモンの72柱の1柱である。無礼者、礼をわきまえろ」
その言葉で彼が言った。
「アスタロットか。道理で過去にメルキオールが倒せなかった訳だ」
構わず、剣を構えると次にミリアムが言った。
「そのアスタロットであり、ソロモンの72柱の1柱である我を手玉に取るとは、お主、何者だ」
彼は微笑んだ。
「ソロモンの72柱等、自慢にならないぜ。それにアスタロットごときに、俺に傷1つ付けられないさ」
彼は日本刀を構え直して、改めて言った。
「名乗られたのなら、こちらも礼儀だな。俺は神覇矢見 斬月。しがない日本人の旅行者だ」
その言葉からは強さの秘密は証明されなかった。
彼は剣を構えて叫んだ。
「回転撃」
凄まじい早さで後ろに回転して、その遠心力で剣の威力をさらに回した。ミリアムは咄嗟に後ろに飛んだが、胸を斜めに切られた。
「ただの旅行者じゃないようね」
彼女は焦りながら、高く飛んだ。と同時に斬月は魔法円を後ろにして儀式を防いだ。彼女は強力な光弾を放った。
大きなエネルギーの塊を彼は居合で切ると、その先に彼女の姿はなかった。後ろに空を蹴って瞬時に赤子の傍にいた。手を突いて詠唱を始めたので、斬月は片膝をつきながらさらに剣を並行に振る。
「瞬光閃」
ところが、大勢のカスパダール戦士がこぞって受け止めた。しかし、全員は吹き飛ばされた。ミリアムは早口で詠唱を進める。
「瞬歩穿」
彼は今いた場所から刹那、ミリアムの真横に突きをしていた。ミリアムは地についていない左手で闇のバリアを張るが、それを突き抜けて刀は彼女の横腹を貫いた。
口から血を流すが微笑む。
すでに遅かった。彼女の詠唱は早過ぎたのだ。魔法円に詠唱短縮の彼女なりの改良の文字を加えていたのだ。
赤子が徐々に巨大化して悪魔と化した。
「我が名はアドネル-Y-ニクドである。控えよ」
しかし、斬月は立ち上がり刀を構える。そして、眼を瞑って叫んだ。
「影縫い」
大いなる者の影は人間の刀によって地に刺されて動きを封じられた。
「お前は何者だ」
しかし、彼は微笑み言った。
「たかが、無界の存在で俺に敵うと思ったか」
ロザンナは彼がアドネルを封じるのを守るようにカスパダール兵を独り相手にしていた。クリスとダニエルはすぐに加戦する。
この戦いは3日続いた。肉体的に披露は全員ピークになっていた。1人と1柱を除いて。
やっと、ジョン達がやってきた。しかし、アドネルがすでに召喚されていることに気付くと息を飲んだ。
全員、武器を出してアドネルに向かって立ち向かった。
ジョン達はバアルのラッパと聖武具を出して、それを振るった。アドネルは苦しみ出して腕を振り上げた。と同時に斬月は影から少し弾かれた。
「影縫いを外すとは、流石無界の存在」
そして、刀を跳んで回転しながら叫ぶ。
「旋風刀」
アドネルは右腕を落としてさっと後ろに下がった。ジョン達はその強さに驚愕の表情を見せた。
「何故、技を出すときに名を叫ぶ?」
ジョンの質問にマーカスが答えた。
「あれは略式詠唱だ。詠唱を最短にして技名だけにしたものだ」
「でも、アポリオを感じない」
次にカインが答える。
「彼が使っている力がアポリオではないからだ。つまり、無界でも上界でもない力を使っている。詠唱をしているから、上の世界の存在の能力を使っているはずだが」
「少なくとも、俺達が束になっても敵わない奴だ」
アベルがそう言って、様子を見た。
その言葉の終了後、斬月の叫びが聞こえた。
「大撃斬」
また、踏み込んだ場所が凹んだ。そして、強烈な斬撃が振り下ろされる。アドネルが跳んで避けるとさらに大撃斬をして降りてきたアドネルの蹴りを避けて、目の前の崖に足を蹴った。
「回転撃」
崖を蹴って瞬時に後転して剣を振るった。アドネルはその刹那の攻撃を左手で払う。地に着地して屈んだまま、斬月は左足を駒の軸にして駒のように回転して剣を振るった。
「弧斬撃」
再びアドネルが跳ぶ。それを狙っていたように微笑み口を開いた。
「零蛟龍」
思い切り斬月が跳んだ。まるで、ドラゴンが飛び立つように彼は空中のアドネルに回転しながら突きをした。アドネルの右足に穴が空いた。さらに頭部に来ると斜めに振り下ろした。
咄嗟に左腕で庇うとそれは切り落とされた。しかし、さらに右から左に同じ強さで振り斬られた。
アドネルの頭部はころっと落ちて胴が無残に落ちた。
着地して後ろに飛ぶと斬月が言う。
「零蛟龍は変式の技だ。今までの技が1度の攻撃だから油断しただろう」
アドネルは煙と共に消えて赤子になった。精神体となったアドネルは脇を刺されて絶命しているミリアムに取り憑いた。
「ゾンビになっても、まだ未練があるのか。腐ったプライドとは怖いねえ」
赤子はアポリオがかなり強力だから、憑代にされた。すぐに駆け出したジョンは赤子を掴んでそのまま抜けて魔法円を出して放り込んだ。
そして、トビトの剣を剣の形にして構えた。
「君達に任せるとするか」
斬月は日本刀を振って鞘に納めるとそのまま、崖の上に跳んで姿を消した。
結局、彼が何者かは不明である。
マギ達は残りのカスパダールを相手にしている。双子の預言者は上で見守っている。カインとアベルはジョンとアドネルを囲んだ。マーカスは呪いを使って皮膚をドラゴンのように固くして、強力な力で強大な岩をミリアムに投げた。
しかし、それを波動で粉々にしてミリアムは口から炎を放った。
「火炎弾」
マーカスは右手を前に出すと、炎の玉を連発した。
「竜気砲」
両手を包むようにして、手から勢いよく飛んだ。ドラゴンの力を最小限にある程度の大きな力を放てる技である。
爆破したが、ミリアムのゾンビは無傷だった。
「龍撃波」
ドラゴンの力を最大限に放つ技を放つ。しかし、その攻撃でさえ敵は右手で払ってしまった。強力なドラゴンゾンビの呪いを持ったマーカスにしても、ミリアムには赤子のようなものであった。
そこで、カインが叫んだ。
「おーい、日本人。そこにいるんだろう。俺達は以前、ミリアム達でさえ封印するのがやっとだった。ドラゴンゾンビの呪いでさえ無効だ。お前の力が必要だ」
すると、彼が顔を見せた。
斬月は首から掛けているペンタグラムを掴んだ。すると、日本刀が現れる。それを掴んで差すと刀を抜いて飛び降りた。
「やれやれ、空界の人間は無力だな。もっと、高次元の力を引き出せるようにならんとな」
そう言ってウィンクをすると、真顔になって刀をミリアムに向けた。
「人間ごときに負ける訳にいかん」
「だったら、後で無界で泣くんだな」
彼は次の瞬間、姿を消した。
「空転刃」
その声でミリアムは見上げると回転しながら剣を振るう斬月がいた。
波動を放つが、それを避けて不規則な軌道で降りてきてミリアムは胴に大きなダメージを受けた。
着地の瞬間、また彼は姿を消した。
「空転刃」
彼女は上を見るが、背後から回転して刀を振るわれる。
背中を切られ、地に伏せた。
「これは後詠唱という技だ。高等技術だから、見たことないだろう」
斬月は倒れたミリアムの遺体から離れたアドネルにヘキサグラムを向ける。すると、強力な力で吸引されてミリアムはその中に吸い込まれて消えた。
「アドネルは…」
ジョンの質問にカインが言った。
「無界の入口を開いて、エマヌエーレによって引き込まれたようだ」
彼はその通りというように頷いて言った。
「結局、無界の存在の無手際は彼らに尻拭いさせるのが一番」
「僕達も無界への次元を開けられるが、あのような使い方は出来ない。どうやって」
アベルが訊くと斬月は溜息をついた。
「精神体となった高次元の存在は元の世界に引き寄せられる性質を持っている。無界の対立している存在の前に出せば、さらにその存在の力も借りて簡単にもどせるだろう。頭を使おうぜ」
しかし、カインは座って首を横に振った。
「俺達は特定の無界の存在の場所しか次元を開けられない。特に高位のエマヌエーレのところに次元を開ける力はない」
そこにマーカスが口を挟む。
「例え、魔法円を完成させても、次元を開けるアポリオがない。さらに開けられたとしても、操作することができない」
斬月は刀を納めて座った。視線を戦場に向けると、マギ達はカスパダールをすでに制圧していた。
「俺が強い訳じゃない。君達の高次元の能力の修行不足だとしか言えない」
「魔法円なしで高次元の力を使える奴に言われたくない」
「確かカインの言う通りだが、魔法円なしで戦える奴もいるだろう」
斬月は視線をジョンに向ける。ジョンは無力だったことに視線を落とした。
「まあ、結果的に良かったから、それでいいじゃん」
カインとアベルは頷いて空界への次元を開いてジョンとマーカス、ダグラスと双子、エフライムを残して去って行った。バアルのラッパはジョンが預かった。
エフライムとジョンはバアルのラッパを巡って対峙した。ダグラス、マーカスは一族の役目が終わり、次の自分の身の振りを考えて去って行った。双子の預言者はジョン達を見守る。
「じゃあ、後の問題は自分達で解決しろよ」
斬月は何事もなかったように去って行った。
そこで、クリスはロザンナとジョンの中に割って入る。
「最後の鍵は僕がパブロスバイブルで消したでしょ。もう、いいじゃないか」
「しかし、6つが揃っている限り…」
「じゃあ、最後の1つの方を見つけて破壊すればいい。僕はジョンと対立したくないよ。それに勝てないでしょ」
クリスの意見にロザンナは剣を納めて唸った。
「預言者の預言では2年後までは揃わないんだったな。それまでに最後の鍵を見つけるか。行くぞ、クリス」
彼女達は去って行った。
ポツンと残されたジョンは双子を残して敵の基地の中を探ってマシュー博士を探した。すぐに見つかった。イブジェルの書と共に博士と大学に戻ることになった。双子の預言者は日本に行くと言って、トルコの街で別れた。
これで、長かった無界、空界との戦い神話は終焉を告げた。
8
東京都のある街、都会のビル街のパラペットを凄まじいスピードで駆ける者がいた。ジョンである。日本に来てから修行をしてかなりの能力を使えるようになった。アポリオも強力になっている。
すぐにあるアパートのベランダに降りると、マシュー教授が言った。
「まるで、忍者だな。その内、忍術も使えるようになるかもしれん」
と手を組み人差し指を立てた。
「馬鹿言わないで下さいよ。それにその印、手印と忍術は無関係です。忍者の忍術は技、体力、道具で行われているし、当時の科学の利用が不思議な力に見えたんです。印は元々ヒンズー教から仏教に来た時に引き継がれたもので、忍者は仏教を深く信仰していたからと言われています。仏教において、否、ヒンズー教もそうだけど、印、真言・陀羅尼、三輪廻、ヒンズーの印、マントラ、サンサーラで仏教の神と対話するんです。印で神とつながり、真言で神と対話し、三輪廻は集中するという意味です。仏像、大仏、神の像の手は全て手印ですよ。彼らは皆、忍術を使うのでしょうか?」
ジョンは印について説明が始まった。
教授は彼の演説が終わるまで、頬杖をついてベランダから町並みを眺める。
ジョンいわく、手印には多くの意味があり、種類があると言う。
施無畏印は手を上げて手の平を前に向けた印相。漢字の示す意味通り「恐れなくてよい」と相手を励ます意味。
与願印は手を下げて手の平を前に向けた印相。座像の場合などでは手の平を上に向ける場合もあるが、その場合も指先側を下げるように傾けて相手に手の平が見えるようにする。相手に何かを与える仕草を模したもの。
施無畏与願印は右手を施無畏印にし、左手を与願印にした印。坐像の場合は左手の平を上に向け、膝上に乗せる。これは信者の願いを叶えようというサインである。施無畏与願印は、如来像の示す印相として一般的なものの1つだ。薬壺を持っているもののなくなった形だ。
転法輪印は釈迦如来の印相の1つで、両手を胸の高さまで上げ、親指と他の指の先を合わせて輪を作る。手振りで相手に何かを説明している仕草を模したもので「説法印」とも言う。「転法輪」(法輪を転ずる)とは、「真理を説く」ことの比喩だ。
定印は坐像で、両手の手のひらを上にして腹前(膝上)で上下に重ね合わせた形である。これは仏が思惟(瞑想)に入っていることを指す印相である。
釈迦如来、大日如来(胎蔵界)の定印は左手の上に右手を重ね、両手の親指の先を合わせて他の指は伸ばす。これを法界定印といい、座禅の時結ぶ事でなじみ深い印相である。阿弥陀如来の定印は密教では法界定印とされるが、浄土教などでの場合は同じように両手を重ねて親指と人差し指(または中指、薬指)で輪を作るものもある。
触地印は降魔印ともいう。座像で、手の平を下に伏せて指先で地面に触れる。
ちなみに、忍者がよくやるのが智拳印で左手は人差し指を伸ばし、中指、薬指、小指は親指を握る。右手は左手人指し指を握り、右親指の先と左人指し指の先を合わせる。
「人差し指を立てる剣印や刀印が一番、忍者が使われるが、主に日暮れに仏教の神に向かい印を結ぶのであって、忍法とは全然関係ないです」
流石に、マシュー教授も手の平を彼に向けて話を止めた。
「分かった」
彼は自分のいかないことの説明には、深い知識で説明攻めにするところがあった。彼は半分以上聞き流して、言わすだけ言わせておいた。そして、この日本に来た目的を果たすべく、ある人物に会いにいくことにした。
新宿のとあるビルの地下深くに大きな施設があった。そのビルに向かって望まれざる少年、マティア-ラスールは入口で立ち止まる。そこには、黒服にサングラスの大柄の男性が2人立ちはだかっていた。
彼は何もないように彼らに近づくと、彼らはすぐに手を伸ばしそれを阻もうとした。と同時に彼はまるで綿で出来た人形のように、軽く腕を掴んで両手で2人をそれぞれ上空に投げ飛ばした。彼らはそのまま地面に落ちて気を失った。
そのまま、中に入っていくと、警報が鳴った。警備員が大量に奥からやってくるが、マティアは手を前に出して波動を放った。
彼らは思い切り吹き飛ばされていった。そして、エレベーターホールの前に止まって、ドアをこじ開ける。箱は遥か上に上がっている。そのまま、彼は果てしない四角い穴に飛び込んだ。ゆっくりと落下していき、彼は地下施設まで下りて行った。
最下層のドアの前に着くと、宙に浮いたままドアをこじ開けて通路に出た。さらに進むと、奥にホールが出た。何故か、防犯カメラや赤外線レーダーに引っ掛からない。ホールの中で研究室のような部屋のドアに視線をやる。
「あそこか…」
微笑むとその中に入る。研究室の中の人間に波動で壁に打ち付けて気絶させる。中央の装置のドアに穴を開けると中に飛び込んだ。
マティアは500kmを一瞬にして降りた。そして、ゆっくりと着地すると、漆黒の場所に出た。歩いていくと真紅の明かりの場所に出る。十字架に貼り付けになった女性を発見すると、ゆっくりと彼女の前に行く。
「やっと会えた、マリア」
彼はそう言うと微笑んだ。しかし、すぐに表情を曇らせる。
「マリア?マダガンのマリア。何故、眼を覚まさない」
マティアは彼女を十字架から外して背負った。エレベーターから大勢の黒ずくめの人々が銃を向けた。
「おいおい、ここは日本だぜ。ジャポンマフィアは礼儀もないのか」
そこで、瞬歩でエレベーターに乗り込むと、彼らを残して扉を閉じて上に上がった。屋上に上がると猛スピードで駆けて屋上のフェンスの上に飛び乗り、空に向かって飛んだ。
彼は下の大通りに落ちていくが、ビルの外壁を駆けて蹴った。向かいの建物に跳んで開いている窓に入った。そこは倉庫であり、彼女を寝かせて精神封印を解こうとした。
そこで、目の前に青年が現れた。
「上界のデスの味方の我らから女神を奪うとはどう言う了見だ?」
その言葉に彼にマティアは首を傾げた。
「上界の者に空界の存在は干渉出来ないはずだぞ」
「だが、そうはいかない。先に干渉してきたのはそっちだからな」
彼はトカレフを向ける。しかし、マティアは波動を放って銃を弾いた。そこで、デスが現れて大鎌を彼に向けた。
「これ以上、大いなる戦いに空界の存在が手を出すな」
そこに日本刀を持った男性が天井から下りてきて、デスに対峙した。
「お前が噂の斬月か。我にはその人間が必要だ」
「だが、アポリオの電池は上界に利用させられないなあ」
彼はすぐに瞬歩でデスの首元に刃先を向けた。デスはすぐにこう言った。
「彼とその者は解放しろ」
青年は一礼して去った。デスは苦虫を潰すように姿を消した。流石の上界の存在でも彼に敵わないと一瞬の行動で悟ったのだ。
マティアは礼を言うと魔法円を描いて、彼女と共に空界に帰った。
斬月は何故、デスが彼女を利用しようとしたのか、どうやってここに召喚したのか調査する為に、空間移動をした。
「閃光波」
すると、ある山の中の神社に舞い降りた。横に流れる川には灯篭流しがされている。
少し先には洋館があり、ポインテッドアーチの窓があり、鎧戸が閉められている。
そこからアポリオを感じる。斬月は駆けて行き、洋館の入口まで行った。中から女性が現れた。
「どなたでしょう」
「ここからアポリオを感じたもので。あの祭りと関係しているのかな」
「私はハンナ-バーク。この屋敷の主人です。祭りには参加していません」
そこに後ろからリトルドラゴンの亜種が現れた。彼はすぐに刀を振るおうとすると、屋根からジョンが現れてそれを手で制した。
「キーホルダー、どういう気だ」
ジョンはその呼び名を嫌っていたが、あえて無視して言った。
「ドラゴンを倒すことは自分を不幸にする」
「呪いのことか。殺しはしない、ただ、向こうに帰すだけだ」
その時、洋館の入口が閉まる鈍い音がした。
「どうする?」
斬月の言葉に彼は答えずに魔法円を空中に発生させた。それを放つと魔法円はドラゴンにぶつかり飲み込んで消えた。
そして、振り返り何もなかったように言った。
「これで問題解決だろう」
「いいや、彼女を逃がした」
「僕も教授も用事がある。勿論、彼女に会いに行くよ」
ゆっくりと車が到着して、マシュー教授が現れた。
3人の日本人と一緒である。近くの大学の女性達である。
天真流華、牡羊直美、二古絵里といった。
彼女達は教授と共にジョンに合流する。
マシュー教授はアポイントの約束を取っていたので、インターホンで屋敷の主を呼び出した。中から現れたのは先ほどの女性であった。
「ハンナ女史、お久しい」
「ミスター マシュー。良くお越し下さいました。どうぞ、中へ」
彼らは中に入る。しかし、エントランスのテラコッタのタイルの床に魔法円が描かれていることに気付き、ジョンはマシュー教授達をホールの端に押して守るように立った。
斬月はすぐに叫ぶ。
「爆円突き」
一回転して地面に刀を刺した。
タイルの床は爆発して魔法円は崩壊した。
「あら、計算して5時間もかけたのに」
ハンナはそう言って、アポリオの資料をマシュー教授に渡した。
「教授から色々資料を頂いて、大体の魔法円の定理が分かりました。妙な者が出てきましたが」
そこで、ジョンが無界、空界の話をして、もう魔法円を描くのを止めるように言った。
「でも、その話だとアポリオという力が使えないと魔法円は機能しないはずでしょ。死神や龍が現れました。どういうことでしょう」
「貴方がアポリオを使えるんです。詠唱なしだと魔法円にすでに込めたか、アポリオが強力かどれかだ」
「でも、私は空界の人間ではないですよ。アポリオが使えるというのはないでしょう」
「いえ、かつて空界の人間がこの世界に来て、その子孫が少なからず残っています。その末裔なんですよ。実際、貴方からアポリオを感じます」
彼女は少し考えて言った。
「ええ、注意しますわ」
彼女は某有名な大学準教授で、考古学の権威である。そこでマシューは空界の遺跡の解析を依頼していたのだ。
彼女がたまたまメルキオールの子孫であったのだ。アポリオを使用出来ないと考え、魔法円を計算して描いてみたのだ。
一応、彼女の家に結界を張った。
彼らは斬月と別れてこの屋敷を後にした。
エピローグ
何か月か経った頃。流華達の大学に留学したジョンは、帰郷した我神棗のアパートにルームシェアすることになった。彼とは偶然、再開して彼がいるこの地に留学を決めたのだ。
しかし、棗は仲間と長く留守にすることになった。何でも、救世主達が集まってある陸の孤島という集落に行くということであった。上界絡みらしい。
そこで、独り暮らしが始まってしまった。
日本の中枢、東京に伏魔殿があると考えたのだ。しかし、ジョンにはそれを見つけることが出来なかった。そこにマーカスも留学してきた。彼もジョンと同様に伏魔殿が気になったのだ。
彼はホームステイでジョンとは離れた場所に住むことになった。
ある時、ドイツ語の講義を取り、そこにマーカスと講義を受けていると1人の男性が近づいてきた。
「君はアポリオ使いだね?僕はSNOWCODEの血を継ぐ者」
そう言って、鍵を見せる。上界の力が使えるオーバーコードである。ジョンの隣に座ると、抗議する教授の声をBGMに耳打ちした。
「次元の歪みのある場所を知っているんだ。ある小さな神社だ」
その言葉に2人は彼を見た。
「僕は神崎護」
その神社が伏魔殿であると思ったジョン達は護の案内でその社に向かった。すると、そこに封印の気配を感じた。そして、それを守るように守り人が空間から現れた。上界の最下層の存在なのかもしれない。自動召喚が仕込まれていたのか、元々そういう能力を持っていた人間なのかは不明だ。
彼は言った。
「鍵を持っているだろう、渡してもらおうか」
そこで、ジョンとマーカス、護は顔を見せ合い地に放った。彼はそれを拾い、数を数えた。しかし、平然としているジョン達に憮然として、守り人は空中から剣を出して彼らに駆け寄った。と同時に彼のポケットにある護の鍵が剣になった。それに太ももを切られ、唖然としている隙にジョンはポケットから鍵を取り出し剣にして構えて駆け出した。
「何故?」
守り人の答えをジョンは囁いた。
「オーバーコードは所有しているだけで使用できる。手から放してもね。友人の受け売りだけどな。そして、僕のガイウスの鍵は2つで1つ。お前に渡したのは片割れだ」
護のオーバーコードの剣はポケットを破り、鍵が全て落ちた。それをマーカスは拾って鍵を持ち主にそれぞれ返した。
「君は何なんだい?」
ジョンの質問に守り人は答えず、剣を受け流して下がって距離を取った。剣術はジョンはまだまだであるが、それでもミリアム達と戦うことで多少は腕を上げていた。
右手を前に向けると魔法円を発生させた。ジョンに剣を向けるとそれを受け止めようとしていた。
ジョンは大きな氷を発した。すると、剣で受けた守り人は氷を一瞬で粉々にしてしまった。
そして、ジョンと守り人は互いに剣を振り下ろしたその時、斬月が空から現れた。
「龍瞬断」
両者の剣を弾き、脇差を左手で抜き両者の剣を受ける構えをした。表情は平然としていて息1つ切れていない。
「まあまあ、別に封印されているんだからいいじゃない」
「でも、ミリアムの時のように解呪されたら?」
「じゃあ、ここを壊して伏魔殿のアスタロットを全部倒すことが正解なのかい?」
ジョンは頷くと、彼は鼻で笑った。
「じゃあ、この中のこと、知っているのかい。方角の4王もいるんだけど、勝てる自信があるなんて君はどこまで傲慢なんだい?」
方角の王。北王、ジニマル。西王、ガープ。南王、コルソン。東王、アマイモン。アスタロットの中でもかなりの実力の持ち主で、主が直々に戦ったのだが封印が精一杯であった。つまり、無界の最大の力を持っている者でさえ、封印が最大限だったのに解放することは危険である。
その話を聞いて、ジョンは剣を納めた。
「じゃあ、ここが解放されたら無界の存在が責任を持つということでいいのですね」
そのジョンの言葉に斬月は笑顔で剣を納めた。
「伝えよう」
その時、ジョンの前でマーカスはドラゴンの皮膚で守り人の剣を受けた。
「こっちは許してくれないみたいだぞ」
守り人は彼らの存在を脅威に判断したのだ。
命を懸けて2人がかりなら何とかなるとジョン達と構えた。と同時に守り人は急に倒れて腐食し始めた。
眼を円くしていると斬月が切な気に守り人の亡骸を見下ろしながら言った。
「上界のパンドラの箱が閉じられたか…」
あの守り人はある村の村民で死人だったそうだ。しかし、上界から盗まれた箱の力で仮初の命を得たのだ。
それがある者達によって再び閉じられて上界の元に行ったのだ。その話は割愛する。再び、彼は眠りについたのだ。しかし、何故、彼が伏魔殿である神社を守っていたのだろうか。疑問が残った。
「じゃあな」
斬月は去って行った。
守り人の亡骸の傍に石の欠片が落ちていた。それを不思議に思い摘まむとポケットに忍ばせた。
「帰るぞ」
ジョンを担いで、マーカスはドラゴンの強力で地を蹴り空高く去った。
これでしばらくはあの神社に近づくことは出来ないだろう。
帰るとパソコンを立ち上げたジョンは、メールを見て驚愕した。
クリスからパブロスバイブルが消えたというものと、ダニエルから集めたソロモンのリンゴの欠片が紛失したというものであった。それが何を意味しているのか、ジョンには痛い程よく分かっていた。戦慄の中で彼は未来を案じた。
了
読んで頂き、ありがとうございます。
今までの私の小説のテーマと若干ずれた、神話的な物語になっています。
しかし、世界は同世界であり、同じ時間で同じ登場人物もいます。
これからも、私の作品をたくさん読んで吸収して頂くと幸いです。
私がかつて出版した小説を既に読まれた方もいらっしゃるかもしれませんが、今回は読みやすかったと思います。
応援をよろしくお願いします。