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ラバーズ・ロード  作者: 永春
第二章「越境」
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8.一宿


「っしゃ~、やっとゆっくり寝れるぜ」


 伸びをしながら、アルドはベッドに倒れこんだ。


「やっぱ風呂とベッドがねえとな」


 寝転がったまま、上着と靴を脱ぎ捨てる。

 行儀の悪さよりも、彼が占領しているそのベッドがツインサイズで、この部屋にベッドがひとつしかないという事実が、メイリは気になって仕方ない。


「……意外ですわ」

「何が? あの行商人との取引にホイホイ応じたことか?」


 あの行商人とは、宿の前で出会ったユイとカイという姉弟だ。

 ふたりの口添えで部屋を借りる代わりに、アルドはいくつかの情報を提供する約束をした。


「いえ、ここまで宿にこだわったところです。盗賊であったならば、野宿など茶飯事なのでは?」


 アルドのアジトからここまでの道中は、追手を気にして基本的に野宿だった。

 初めは不慣れだったメイリも、星空の下で眠るのに慣れてきたところだ。今さら一泊や二泊、重なったところで大差はない。


「……まあな」


 まあな?

 質問の答えにはなっていない。

 別にベッドが好きな盗賊がいてもいいとは思うが、その受け答えには何か、はぐらかされたような印象を受けた。


「そんなことより、ちょっとこっちに来てみろ」

「?」


 手招きするアルドに、のこのこと近づく。

 ベッド際で腕をつかまれ、ぐいと強く引かれた。


「――きゃあ!」


 あっという間に場所が入れ替わり、アルドに押し倒される。


「せっかく宿をとれたんだから、あの日の続きでもしようぜ」

「つ、続き!?」


 その痴態を思い出し、カッと赤くなる。


「そ、それはその――ぴゃあ!」


 ぺろ、とアルドの舌が首筋を這う。

 くすぐったさとは少し違う、ぞくぞくした感覚が背筋を走った。


「い、いや!」


 ぺちん!

 思わず押しのけて、その頬に平手打ちをひとつお見舞いした。


「いってぇ」


 頬を押さえながら、アルドは不服そうな顔をする。


「オイ、あの日の覚悟はどこ行ったんだよ」

「か、覚悟はありますけども――覚悟と希望は違いますわ! もっとこう…… 準備とか、フンイキとか……」

「めんどくせーな」


 その一言はカンにさわった。

 メイリはふてくされたようにそっぽを向く。


「だったら、無理やりすればいいですわ! わたくしはどこにも逃げませんもの」


 コンコン。


「とかなんとか言って、本当は迫られるのを待ってるんだろ?」

「そっ、そんなことありません!」

「じゃあ自分から迫っていくほうが趣味なのか?」


 言われて想像してみる。


(わたくしが、アルドに迫る?)

(押し倒して、服を脱がせて――「じっとして。全部、わたくしに任せなさい」)


「はっ!? わ、わたくしは何を……!」


 正気に戻り、ボンと顔が蒸気するのを見てアルドは愉快そうに笑う。


「ぎゃははは、あんがい想像力たくましいんだな」


 コンコンコン。


「べ、別にアルドの腹筋なんて想像してませんわ!」

「……ほう」

「はうあ!?」

「一緒に風呂、入るか?」

「はははは入るわけないでしょう!」


 ガチャリ。


「お楽しみのところ、申し訳ないんだけど」


 そこで眉根を寄せたカイが、部屋に入ってきた。


「君たち何か、大事なことを忘れてないかい」

「ノックぐらいしろよ」

「したよ。何回も……」

「ぎゃはは、それはすまねえな」


 カイの後ろでは、ユイが口を尖らせている。


「いいなあ。カップルで旅、いいなあ」

「部屋を貸す条件として、情報をもらう約束だったろう」


 回りくどいのは嫌いらしい。

 カイは立ったまま本題に切り込んだ。


「なぜ、ミッドガルとの国境が封鎖されているのか? そして、その封鎖はいつ解除されるのか?」


 アルドはその様子を観察しながら質問で返す。


「関所で理由聞いてねーのか?」

「重罪人が逃げてると聞いたけど、信じてないよ。たかだか犯罪者ひとりのために、貿易の流通を完全にストップさせるなんてありえない。もしその話が事実なら、犯人は国家機密レベルの反逆者かな」


 カイの鋭い指摘に、メイリは思わず顔をひきつらせる。


「よし、じゃあこの『傭兵のメルド』と『奴隷のアイリ』が知っていることを教えてやろう。まぁ座れや」


 アルドは二人に椅子をすすめ、身分を隠しながらメイリから聞いていた事件の顛末を語った。


  * * *


「うっそ! つまり、そのお姫様が捕まらない限り、封鎖は解除されないってこと?」


 ユイが大げさにのけぞる。


「お前ら商人の圧力次第だろうけど、当面の間はそうだろうな」

「……困ったことになった」


 口元に手を当てて呟いたカイに、アルドが言う。


「そりゃ困るだろうけど、行商ならイルヴァーツ国内回ればいいだろ」

「……僕らは、行商人であると同時に『運び屋』でもある。というより、多くの行商人はそれを兼ねている」


 ユイがカイの言葉に続ける。


「ウチらはむしろ、そっちがメインの仕事なんだ。ある雇い主の荷物を各地に届けながら、ついでに行商をしてる感じ」

「お前ら、どうしてもすぐミッドガルに行かないといけないのか?」

「急ぎの荷物があるんだ。少なくとも、ひと月ふた月という期間で足踏みすることはできないよ」


 それを聞いてアルドは、悪そうな顔でニヤリと笑った。


「いいルートを教えてやろうか。もちろん有料だが」


 カイとユイは怪訝な顔をする。


「ルート? それは……」

「まさか、あんたたち」

「お察しの通り、密入国のルートだ。大丈夫、バレなきゃ問題ねえさ」


 アルドはメイリのほうを向き、口元に人差し指を当てて小声で言った。


「新しい演目は『かくれんぼ』――楽しもうぜ?」



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