8.一宿
「っしゃ~、やっとゆっくり寝れるぜ」
伸びをしながら、アルドはベッドに倒れこんだ。
「やっぱ風呂とベッドがねえとな」
寝転がったまま、上着と靴を脱ぎ捨てる。
行儀の悪さよりも、彼が占領しているそのベッドがツインサイズで、この部屋にベッドがひとつしかないという事実が、メイリは気になって仕方ない。
「……意外ですわ」
「何が? あの行商人との取引にホイホイ応じたことか?」
あの行商人とは、宿の前で出会ったユイとカイという姉弟だ。
ふたりの口添えで部屋を借りる代わりに、アルドはいくつかの情報を提供する約束をした。
「いえ、ここまで宿にこだわったところです。盗賊であったならば、野宿など茶飯事なのでは?」
アルドのアジトからここまでの道中は、追手を気にして基本的に野宿だった。
初めは不慣れだったメイリも、星空の下で眠るのに慣れてきたところだ。今さら一泊や二泊、重なったところで大差はない。
「……まあな」
まあな?
質問の答えにはなっていない。
別にベッドが好きな盗賊がいてもいいとは思うが、その受け答えには何か、はぐらかされたような印象を受けた。
「そんなことより、ちょっとこっちに来てみろ」
「?」
手招きするアルドに、のこのこと近づく。
ベッド際で腕をつかまれ、ぐいと強く引かれた。
「――きゃあ!」
あっという間に場所が入れ替わり、アルドに押し倒される。
「せっかく宿をとれたんだから、あの日の続きでもしようぜ」
「つ、続き!?」
その痴態を思い出し、カッと赤くなる。
「そ、それはその――ぴゃあ!」
ぺろ、とアルドの舌が首筋を這う。
くすぐったさとは少し違う、ぞくぞくした感覚が背筋を走った。
「い、いや!」
ぺちん!
思わず押しのけて、その頬に平手打ちをひとつお見舞いした。
「いってぇ」
頬を押さえながら、アルドは不服そうな顔をする。
「オイ、あの日の覚悟はどこ行ったんだよ」
「か、覚悟はありますけども――覚悟と希望は違いますわ! もっとこう…… 準備とか、フンイキとか……」
「めんどくせーな」
その一言はカンにさわった。
メイリはふてくされたようにそっぽを向く。
「だったら、無理やりすればいいですわ! わたくしはどこにも逃げませんもの」
コンコン。
「とかなんとか言って、本当は迫られるのを待ってるんだろ?」
「そっ、そんなことありません!」
「じゃあ自分から迫っていくほうが趣味なのか?」
言われて想像してみる。
(わたくしが、アルドに迫る?)
(押し倒して、服を脱がせて――「じっとして。全部、わたくしに任せなさい」)
「はっ!? わ、わたくしは何を……!」
正気に戻り、ボンと顔が蒸気するのを見てアルドは愉快そうに笑う。
「ぎゃははは、あんがい想像力たくましいんだな」
コンコンコン。
「べ、別にアルドの腹筋なんて想像してませんわ!」
「……ほう」
「はうあ!?」
「一緒に風呂、入るか?」
「はははは入るわけないでしょう!」
ガチャリ。
「お楽しみのところ、申し訳ないんだけど」
そこで眉根を寄せたカイが、部屋に入ってきた。
「君たち何か、大事なことを忘れてないかい」
「ノックぐらいしろよ」
「したよ。何回も……」
「ぎゃはは、それはすまねえな」
カイの後ろでは、ユイが口を尖らせている。
「いいなあ。カップルで旅、いいなあ」
「部屋を貸す条件として、情報をもらう約束だったろう」
回りくどいのは嫌いらしい。
カイは立ったまま本題に切り込んだ。
「なぜ、ミッドガルとの国境が封鎖されているのか? そして、その封鎖はいつ解除されるのか?」
アルドはその様子を観察しながら質問で返す。
「関所で理由聞いてねーのか?」
「重罪人が逃げてると聞いたけど、信じてないよ。たかだか犯罪者ひとりのために、貿易の流通を完全にストップさせるなんてありえない。もしその話が事実なら、犯人は国家機密レベルの反逆者かな」
カイの鋭い指摘に、メイリは思わず顔をひきつらせる。
「よし、じゃあこの『傭兵のメルド』と『奴隷のアイリ』が知っていることを教えてやろう。まぁ座れや」
アルドは二人に椅子をすすめ、身分を隠しながらメイリから聞いていた事件の顛末を語った。
* * *
「うっそ! つまり、そのお姫様が捕まらない限り、封鎖は解除されないってこと?」
ユイが大げさにのけぞる。
「お前ら商人の圧力次第だろうけど、当面の間はそうだろうな」
「……困ったことになった」
口元に手を当てて呟いたカイに、アルドが言う。
「そりゃ困るだろうけど、行商ならイルヴァーツ国内回ればいいだろ」
「……僕らは、行商人であると同時に『運び屋』でもある。というより、多くの行商人はそれを兼ねている」
ユイがカイの言葉に続ける。
「ウチらはむしろ、そっちがメインの仕事なんだ。ある雇い主の荷物を各地に届けながら、ついでに行商をしてる感じ」
「お前ら、どうしてもすぐミッドガルに行かないといけないのか?」
「急ぎの荷物があるんだ。少なくとも、ひと月ふた月という期間で足踏みすることはできないよ」
それを聞いてアルドは、悪そうな顔でニヤリと笑った。
「いいルートを教えてやろうか。もちろん有料だが」
カイとユイは怪訝な顔をする。
「ルート? それは……」
「まさか、あんたたち」
「お察しの通り、密入国のルートだ。大丈夫、バレなきゃ問題ねえさ」
アルドはメイリのほうを向き、口元に人差し指を当てて小声で言った。
「新しい演目は『かくれんぼ』――楽しもうぜ?」