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ラバーズ・ロード  作者: 永春
第一章「出立」
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7.迂回


「オオォオォォォ!」


 外の反乱軍による鬨の声はまだ続いている。

 おそらくこれも威嚇のひとつなのだろう。早く王女を出せ、という。


「オイ、準備はまだか」


 アルドがせかすと、ショーンが苦々しい顔で答えた。


「黙れ、こっちを見るな」

「ぶはっ! ぎゃははははは! サイコーにお似合いだぜ、おっさん!」


 メイリのものだった長い金髪を頭にかぶったショーンは、趣味の悪い女装でしかなかった。

 アルドから提供された王女らしいドレスも、それに拍車をかけている。


「すまん、ショーン……私よりお前の方が、姫様に扮しやすい体格なのだ」

「謝ることはない、エイダン。ともに死地へ向かうのだ。そこに違いなどなかろう」

「ぎゃはははは! しまらねーなオイ!」


 三人の様子を、メイリは沈痛な面持ちで見つめていた。

 人相を隠すため、ずきんのように被ったボロ布を、ぐっと深く下げる。


「エイダン……ショーン……その、なんと言ったら良いか……」

「涙は無用です。城を出たときから――いえ、姫様のお供を始めたときから、いつでも死ぬる覚悟はあります」

「どうかイルヴァーツをお救い下さい。首都で援軍を呼びかけるのは、姫様にしかできません」


「お別れ会の時間はねーぞ。攻められ始めてからじゃ遅いんだ。準備できたならとっとと行け」


 さっきまで笑い転げていたくせに、アルドはそう言って切り上げさせた。


「ご武運を」


 ふたりはそう言い残して、砦を出た。

 メイリはただ、見送ることしかできなかった。


 鬨の声がやむと、アルドが合図を出した。


「そら、今だ! 全員散れ!」


 一斉に砦の各出口から飛び出した。

 反乱軍は防御の姿勢を取るが、盗賊たちは攻撃せずに逃げ散っていく。


 王女を確保するまで一人も通すなという命令だが、むだな戦闘を避けるための威圧作戦でもある。

 目的の王女は投降してきた。この状況で盗賊たちと戦うべきかどうか。

 兵士たちは独断で動けないため、指示があるまで盗賊たちを素通りさせるしかなかった。


 * * *


 走れ。走れ。何も考えずに。

 足の感覚がなくなってきた。

 肺が張り裂けそうだ。空気が足りない。


「は、はっ、はぁっ――」

「もっと速く走れ! コケんなよ!」

「んあっ!」

「言ったそばから!」


 坂を駆け下りるふたり。

 木の根につまずいて頭から飛んでいったメイリを、下にいたアルドがキャッチする。


「ったく、王族ってのは運動してねーのかよ」

「ふっ、ふぅ、んぐ、わた、わたくしは――」

「息を整えるヒマも、喋るヒマもねぇ。そろそろ気づいて追ってくるぞ」


 アルドが言った通り、山の上、アジトの砦のほうでまた雄叫びが上がった。

 ショーンたちが捕まり、下手な変装がばれたのだろう。


「とりあえず山を降りちまえば、俺たちゃ安全だ。下まで急ぐぞ」


 走り出しながら、メイリは尋ねる。


「な、なぜ、なの、です、か?」

「お前、俺たちが走ってる方角がわかんねーのか?」


 言われて太陽を探すが、見つからなかった。

 日は、背後。山頂のほうから差していて、この斜面は日陰になっている。


「……あ、あれ? なんで、北に――」


 北のイルヴァーツから逃げてきて、遥か南の連邦首都へ向かっているはずだった。


「相手はとーぜん、南方向を追ってくる。行き先がそっちだから、当たり前だな」


 これだけ走っているのに、アルドは息ひとつ切らさずに喋る。


「まさか逃げ出したヤツが国内に戻るとは思わねーはず。遠回りになるが、安全策で一旦イルヴァーツに戻る。そっから西のミッドガルに迂回する」

「は、はい――きゃあ!」


 そしてまた石につまずき、メイリは空中に投げ出される。

 素早く下に回り込み、受け止めるアルド。


「だーっ! 面倒くせえ!」

「すみませ――ちょっと!? お、降ろしてください!」

「こっちのほうが速ぇ! 黙ってつかまってろ!」


 アルドはメイリをかついだまま、勢いよく走り出した。


 * * *


 イルヴァーツ南西の街、ハレニラ。

 隣国ミッドガルと繋がる街道からひとつ目にあるこの街は、多くの行商人が足を止める宿場町として栄えている。

 そこに、ミッドガル方面から荷馬車に乗ってやってきた男女がいた。


「あり得ない! なんで関所を通れないの!?」

「姉さん、落ち着いて……ちゃんと説明されたでしょ。重罪人が逃げてるから、しばらく封鎖するんだって」

「犯罪者なんてそこらじゅうにいるじゃん! この荷物、すぐミッドガルに運ばなきゃいけないのに……!」

「とりあえず宿を取ろうよ。同じように足止めされてる人が多そうだし、急がないと埋まっちゃうよ」

「はあ……いっそのこと、密入国してやろうかな」

「それ見つかったら死罪。ミッドガルは軍事大国だから、密入国には厳しいよ」


 ふたりは「ユイ」と「カイ」。

 旅の行商をしている姉と弟だ。

 常連になっている宿屋の前まで行くと、なにやら騒動が起きていた。


「金なら払うっつってんだろーが!」

「金の問題じゃないんだよ。うちは行商人が使う宿だから――」

「他はどこも埋まってんだよ! 空き部屋あるならケチケチしてんじゃねーハゲ!」

「ハ、ハゲ!? この野郎、髪のことを言いやがったな!」


 宿の主人と旅装の男性が言い争っているのを見て、ユイが間に入る。


「ちょちょ、すとーっぷ。いったいどうしたの」

「ああ、ユイさん。いや、困ったもんでして――」


 割って入られ、ガラの悪そうな黒髪の男は不服そうに言う。


「あ? 誰だお前ら」

「問う前に、自分が名乗るのが礼儀じゃないのかな」


 カイがそう指摘すると、男は口をつぐんで後ろを向いた。

 背に隠れて見えなかったが、その後ろにボロ布をまとった女性がひとりいたようだ。

 それと何やら相談したあと、男は名乗った。


「俺はメルド。傭兵だ。こっちはアイリ。俺の奴隷」

「どっ……! 奴隷……です、わ」


 アイリがしぶしぶといった様子で認めると、メルドという男はとても楽しそうに笑っていた。



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