7.迂回
「オオォオォォォ!」
外の反乱軍による鬨の声はまだ続いている。
おそらくこれも威嚇のひとつなのだろう。早く王女を出せ、という。
「オイ、準備はまだか」
アルドがせかすと、ショーンが苦々しい顔で答えた。
「黙れ、こっちを見るな」
「ぶはっ! ぎゃははははは! サイコーにお似合いだぜ、おっさん!」
メイリのものだった長い金髪を頭にかぶったショーンは、趣味の悪い女装でしかなかった。
アルドから提供された王女らしいドレスも、それに拍車をかけている。
「すまん、ショーン……私よりお前の方が、姫様に扮しやすい体格なのだ」
「謝ることはない、エイダン。ともに死地へ向かうのだ。そこに違いなどなかろう」
「ぎゃはははは! しまらねーなオイ!」
三人の様子を、メイリは沈痛な面持ちで見つめていた。
人相を隠すため、ずきんのように被ったボロ布を、ぐっと深く下げる。
「エイダン……ショーン……その、なんと言ったら良いか……」
「涙は無用です。城を出たときから――いえ、姫様のお供を始めたときから、いつでも死ぬる覚悟はあります」
「どうかイルヴァーツをお救い下さい。首都で援軍を呼びかけるのは、姫様にしかできません」
「お別れ会の時間はねーぞ。攻められ始めてからじゃ遅いんだ。準備できたならとっとと行け」
さっきまで笑い転げていたくせに、アルドはそう言って切り上げさせた。
「ご武運を」
ふたりはそう言い残して、砦を出た。
メイリはただ、見送ることしかできなかった。
鬨の声がやむと、アルドが合図を出した。
「そら、今だ! 全員散れ!」
一斉に砦の各出口から飛び出した。
反乱軍は防御の姿勢を取るが、盗賊たちは攻撃せずに逃げ散っていく。
王女を確保するまで一人も通すなという命令だが、むだな戦闘を避けるための威圧作戦でもある。
目的の王女は投降してきた。この状況で盗賊たちと戦うべきかどうか。
兵士たちは独断で動けないため、指示があるまで盗賊たちを素通りさせるしかなかった。
* * *
走れ。走れ。何も考えずに。
足の感覚がなくなってきた。
肺が張り裂けそうだ。空気が足りない。
「は、はっ、はぁっ――」
「もっと速く走れ! コケんなよ!」
「んあっ!」
「言ったそばから!」
坂を駆け下りるふたり。
木の根につまずいて頭から飛んでいったメイリを、下にいたアルドがキャッチする。
「ったく、王族ってのは運動してねーのかよ」
「ふっ、ふぅ、んぐ、わた、わたくしは――」
「息を整えるヒマも、喋るヒマもねぇ。そろそろ気づいて追ってくるぞ」
アルドが言った通り、山の上、アジトの砦のほうでまた雄叫びが上がった。
ショーンたちが捕まり、下手な変装がばれたのだろう。
「とりあえず山を降りちまえば、俺たちゃ安全だ。下まで急ぐぞ」
走り出しながら、メイリは尋ねる。
「な、なぜ、なの、です、か?」
「お前、俺たちが走ってる方角がわかんねーのか?」
言われて太陽を探すが、見つからなかった。
日は、背後。山頂のほうから差していて、この斜面は日陰になっている。
「……あ、あれ? なんで、北に――」
北のイルヴァーツから逃げてきて、遥か南の連邦首都へ向かっているはずだった。
「相手はとーぜん、南方向を追ってくる。行き先がそっちだから、当たり前だな」
これだけ走っているのに、アルドは息ひとつ切らさずに喋る。
「まさか逃げ出したヤツが国内に戻るとは思わねーはず。遠回りになるが、安全策で一旦イルヴァーツに戻る。そっから西のミッドガルに迂回する」
「は、はい――きゃあ!」
そしてまた石につまずき、メイリは空中に投げ出される。
素早く下に回り込み、受け止めるアルド。
「だーっ! 面倒くせえ!」
「すみませ――ちょっと!? お、降ろしてください!」
「こっちのほうが速ぇ! 黙ってつかまってろ!」
アルドはメイリをかついだまま、勢いよく走り出した。
* * *
イルヴァーツ南西の街、ハレニラ。
隣国ミッドガルと繋がる街道からひとつ目にあるこの街は、多くの行商人が足を止める宿場町として栄えている。
そこに、ミッドガル方面から荷馬車に乗ってやってきた男女がいた。
「あり得ない! なんで関所を通れないの!?」
「姉さん、落ち着いて……ちゃんと説明されたでしょ。重罪人が逃げてるから、しばらく封鎖するんだって」
「犯罪者なんてそこらじゅうにいるじゃん! この荷物、すぐミッドガルに運ばなきゃいけないのに……!」
「とりあえず宿を取ろうよ。同じように足止めされてる人が多そうだし、急がないと埋まっちゃうよ」
「はあ……いっそのこと、密入国してやろうかな」
「それ見つかったら死罪。ミッドガルは軍事大国だから、密入国には厳しいよ」
ふたりは「ユイ」と「カイ」。
旅の行商をしている姉と弟だ。
常連になっている宿屋の前まで行くと、なにやら騒動が起きていた。
「金なら払うっつってんだろーが!」
「金の問題じゃないんだよ。うちは行商人が使う宿だから――」
「他はどこも埋まってんだよ! 空き部屋あるならケチケチしてんじゃねーハゲ!」
「ハ、ハゲ!? この野郎、髪のことを言いやがったな!」
宿の主人と旅装の男性が言い争っているのを見て、ユイが間に入る。
「ちょちょ、すとーっぷ。いったいどうしたの」
「ああ、ユイさん。いや、困ったもんでして――」
割って入られ、ガラの悪そうな黒髪の男は不服そうに言う。
「あ? 誰だお前ら」
「問う前に、自分が名乗るのが礼儀じゃないのかな」
カイがそう指摘すると、男は口をつぐんで後ろを向いた。
背に隠れて見えなかったが、その後ろにボロ布をまとった女性がひとりいたようだ。
それと何やら相談したあと、男は名乗った。
「俺はメルド。傭兵だ。こっちはアイリ。俺の奴隷」
「どっ……! 奴隷……です、わ」
アイリがしぶしぶといった様子で認めると、メルドという男はとても楽しそうに笑っていた。