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ラバーズ・ロード  作者: 永春
第一章「出立」
5/50

5.信用


「――!」


 「それ」が何だか、いくら世間知らずでも瞬時に理解できた。

 心臓がドクンと大きく跳ね、胸の奥から熱いものが全身をかけめぐった。


「――~~っ!!」


 言葉にならない声を上げて、おもいきりアルドを突き飛ばす。


「な、何をするんですか!!」


 唇にはまだ、さっきの感触が残っていた。

 赤面しながら、口を手の甲でぬぐう。


「いってぇな。そりゃこっちのセリフだ」

「い、いきなり、キ、く……口づけされて、驚かないわけがないでしょう!」

「いきなりじゃなきゃいいんだな。よし、じゃあ今からキスするから準備しろ」

「違いますわ! そういうことではありません! わ、わたくしの承諾なしにこんなこと――」

「承諾したじゃねーか」


 そんなことを言われ、ぽかんとする。

 心当たりは、ない。


「……え?」

「何でもする覚悟があんだろ。『俺の女』になれっつったはずだ」

「お、俺の女って、まさか本当にそういう……」

「逆に、それ以外の意味があるのか聞きてーよ」


 アルドはまた「ぎゃはは」と野卑に笑って、厚い上着を脱いだ。

 隆起した肩の筋肉と、ひじから手首へ走る幾筋もの血管が、鍛えられた体を表していた。


「何に追われてるのか知らねーが、危険の多い旅路なんだろ。俺の女になるなら、首都まで守ってやるぜ」


 喋りながら靴を脱ぎ、ベッドに上がる。

 カチャカチャとベルトを外し、腰についていた大振りのナイフを鞘ごと枕元に投げた。


「な、なぜ脱ぐのです」

「娼婦のくせにカマトトぶってんじゃねーよ」

「だから違うと、何度言えば」

「じゃあ、それを証明してもらおうか」


 ごろりとベッドに仰向けになると、隅から見下ろすメイリに言った。


「無理やりやるのは趣味じゃねえ。お前が上で好きに動け」

「う、動けって――」

「もちろん、服を脱いでな」

「……!」


 ようやく意図をつかみ、メイリは奥歯をギリっと噛みしめた。


「さ、最っ低……!」

「ぎゃはは、その通りだ。よくわかってんじゃねーか」

「あなたのことを、買い被っていましたわ」

「バカヤロ、これでも色々と考えてんだよ」

「色事を考えてるだけのようですわ」

「ぎゃはは! うまいこと言ってんじゃねーよ」


 アルドは笑い終えると、鋭い目つきで告げた。


「ある意味、お前を試してんだ。本当に何でもする覚悟があるのか。ともに首都へ向かえるほど信用に足るのか」

「……」

「別に俺としては、お前を奴隷に売るだけで終わらせてもいいんだぜ。選ぶのはお前だ」

「…………」


 メイリは考えこむ。

 こうしている間にも、刻一刻とイルヴァーツの状況は悪くなっているだろう。

 急がねば、援軍を呼べたとしても反乱軍から城を奪還するのが難しくなる。


 第三王女のメイリにでさえ、この追手の数だ。父や兄・姉の安否を思うと息が詰まる。

 自分がやらなくては。


 命を賭しても、という覚悟はあった。それが、こんな条件を突き付けられるなんて。

 しかも、この要求をのんだとしても、アルドが約束を守る保障はない。

 最悪な取引だ。


 それでも、メイリはうなずくほかなかった。


「オーケー。んじゃよろしく頼むよ」

「……ひとつだけ、お願いがあります」

「ん?」

「……目を」


 ふぅと、熱い息をひとつ吐く。


「目を、閉じていて頂けませんか」

「はっ。まあ、いいけど」


 服を脱ぐ手がぶるぶると震える。

 耳が熱い。心臓の音がうるさい。


(がまん。がまんですわ)


 露出した体を腕で隠しながらアルドのほうに向きなおる。

 アルドは仰向けで、眠りにつきそうなほど脱力した顔をしていた。


 その枕元には――ナイフが、無造作に。


(……!)


 迷った。

 天使と悪魔が、交互にささやく。


(何を迷うことがあるのです? いまここでアルドを殺せば、あなたは逃げられます。どんなことをしてでも首都へ向かい、援軍を呼び、お父様を助けるのでしょう?)


(エイダンとショーンはどうするのです? 見捨てて行けと? それに、アルドはきちんと選ばせてくれました。選んだのは自分でしょう)


(そもそも盗賊と同等に取引をする必要なんてありますの? 状況を見れば彼らは紛れもなく、敵ですわ)


(しかし、彼らがいなければ追手に捕まり、全てを失っていました。わたくしの貞操ひとつ差し出すだけで事が済むなら、エイダンたちやアルドにとっても良いことでしょう)


(アルドが約束を守る保障はあるのですか? この男は信用に値するのですか?)


 信用。

 逡巡するなかで、はっとした。

 アルドもその言葉を口にしていた。

 自分の言葉を信じてもらえないからこそ、こんな状況になっているのだ。


 いま、目の前の男は大の字に寝転がって目を閉じている。

 枕元にナイフを転がしながら。

 自分を信用してくれている、少なくとも「信用しようとしている」ことは間違いない。


 見知らぬ仲、異なる立場なら疑心暗鬼になるのは当たり前だ。

 信用してほしいなら、まず自分が相手を信じなくては。


 アルドはきっと、約束を守ってくれる。


「……アルド」

「あ?」

「あなたを、信じます」


 腹の上にまたがる。

 手をそえると割れた腹筋の感触が心地よく、なでまわしたい衝動に駆られた。


「……どうすれば良いのか、わかりませんわ。教えてください」

「おう。それじゃまず――」


 その先の言葉はなかった。

 慌ただしい音を立てながら、ヤークが部屋に飛び込んできたのだ。


「き、きゃあああ!」

「ボ、ボス! 緊急ッス!」


 アルドは殺気をふりまき、ヤークを睨みつけた。


「ヤーク……てめぇ、いまなぁ――」

「すんません! で、でも『それどころ』じゃないッス!」


 ヤークは必死に弁明しながら、窓の外を指差した。


「アジトが、黒装束の大軍に囲まれてるッス!!」



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