4.真意
統一感のない高級品で溢れている広い部屋。
龍をかたどった柱時計がコーン、コーンと時をきざむ。柔らかすぎるソファが落ち着かない。
おそらくどれも強奪品なのだろう。
ふいにドアがノックされ、ひとりの男がトレーを持って入ってきた。
「『お姫様』、お食事でございますッスよ」
アルドの側近で、ヤークと呼ばれていた男だ。
「……エイダンとショーンには?」
「同じものが届いてるはずッス」
「……ありがとう、ございます」
色々と思うところはあるが、とりあえず受け取る。
毒が入っているわけでもないだろうし、お腹もすいていた。
「それじゃ、そろそろボス来ると思うんで、それまでに食べておくといいッス」
ヤークはニヤニヤ笑いながら、部屋を出る前に言い残した。
「ボスが来たら、『それどころ』じゃないと思うんで」
「……」
アルドの台詞が頭をよぎる。
「お前、俺の女になれ」
そんなことを言われたのは、箱入り娘のメイリは生まれて初めてだった。
無意識に顔がほてる。
ぶんぶんと首を振る。
「しっかりなさい、メイリ」
自分を叱咤する。
そうだ。あんな盗賊の言葉に振り回されてはいけない。
アルドは用心深い男だ。
目先の利益に飛びつかず、先のことまで深く読んでいる。
そうでなくては、あの歳で盗賊団の首領などつとまらないだろう。
「なにか、別な目的があるに違いありませんわ。わたくしと二人きりで話す場を作るために、こういう手段を取ったのかもしれませんね」
アルドの考えを探ろうと、メイリは数時間前のことを思い出した。
* * *
「お前、俺の女になれ」
「なっ、なにを馬鹿なこと――」
メイリより先に、従者のエイダンとショーンが激怒した。
「姫様、耳を貸す必要などありません!」
「うるせーな、今はこのお姫様と話してんだよ」
「下手に出ると思って、調子に乗るな!」
アルドはため息ひとつ、くるりと背を向けた。
「はいはい。んじゃ、いったん帰るぞ。売るにしろ囲うにしろ、一度アジトに戻る必要がある」
「了解ッス」
「どうせ素直についてこないだろうから、そいつらまとめて縛って引きずってこい」
「ふざけ――」
「抵抗したら殺す」
その脅しは、おそらく嘘じゃないと思える迫力があった。
「……くそっ!」
「エイダン、ショーン。仕方ありません。今は」
そしてメイリたちは大人しく捕まり、山の中にある盗賊団のねぐらへ連れて来られた。
到着するとエイダン・ショーンと引き離され、メイリだけがこのアルドの居室へ放り込まれたのだった。
「しばらくしたら戻る。それまでくつろいどけ。『俺の女』らしくな」
アルドはそう残してどこかへ行った。
部屋の外にはヤークが見張りに立っているので、逃げることはできない。
メイリは首をかしげて考える。
「……わかりませんわ。あの男、いったい何が目的なんでしょう。まさか本当にわたくしの体が目的なんてことは――」
部屋の中を見渡す。
壁には、水を浴びる裸婦の肖像画。
隅には、石で作られた裸の天使像が置いてある。
「……あるかもしれませんわね」
しかし、どちらにせよアルドが帰ってこなければ話が進まない。
見張りもいるし、エイダンとショーンを人質に取られたような形なので下手に動けない。
「腹が減ってはいくさはできぬ、と言いますし」
とりあえず、運ばれたご飯を食べることにした。
* * *
「お父様!」
「おお、どうしたメイリ」
「春ですわ。雪の下に、黄色いお花が咲いていましたの」
「プリムラか。小さくて美しい。メイリによく似ているな」
「まあ、嬉しいですわ。ありがとうございます、お父様――」
* * *
「……おとう……さま……」
「お? やっと起きたか、『お姫様』」
「はっ! わたくし、眠って……?」
起き上がろうとして、体が動かないことに気が付いた。
手足も胴体も、縄で縛られていた。
痛みはない。が、きつく固定されている。
「なっ!?」
「芋虫みてぇだな」
そう言って笑うアルドに怒鳴った。
「なんの真似ですか、これは! ほどきなさい!」
「うるせぇぞメス豚が 」
「ふぁ!?」
予想外の反撃に、思考が停止する。
「ぴぃぴぃわめき散らしやがって、何の役にも立たねえ癖にうっとーしい。羽虫以下の存在だな 」
「……!?」
なんだ。何が起きている。
どうしてこんな扱いを受けるのか、メイリには理解できなかった。
言葉が出ずに口をぱくぱくさせていると、メイリの様子を観察していたアルドが尋ねた。
「……どうだ、興奮するか?」
その言葉が一瞬理解できなかったが、すぐに叫んだ。
「すっ! するわけないでしょう!」
「ぎゃははは、そっかそっか。すまねえな」
アルドはすんなりと縄をほどき始めた。
「お前のこと何も知らねえからよ、もしかしたらこういうのが好きかもと思ってな」
「意味がわかりませんわ! いたぶられて喜ぶひとがいるものですか!」
「いやあ、それがたまにいるんだわ」
「エッ」
「首を絞めて欲しいとか、火であぶって欲しいとか」
メイリは目を丸くする。
世界は広い。世の中には知らないことがたくさんあるが、この話は知らないほうが良かった気がする。
「ゴホン。ふざけてないで、本題に入ってください」
「本題?」
「あなたの目的はいったい何なのですか。こんな回りくどいことをして、二人きりでしか話せないようなことなのでしょう?」
「はっ、ンなもんねぇよ。本題は『これ』だ」
アルドの右手が顔に近づいてきた。
とっさに目を閉じると、そのまま目隠しをされた。
大きな手だ。片手でメイリの額から両目、鼻のあたりまで悠々と覆っている。
普段から武器を握っているためか、少しごつごつしていて冷たい。
いや、自分の体温が高いのか?
「――!」
いきなりだった。
温かくて柔らかくて、少し濡れているものが唇に触れた。