3.取引
「わたくしがこの場の責任者。イルヴァーツ国主ヘルンが三女、メイリ・ヘルンですわ」
凛と名乗った途端、空気が止まった。
メイリの威厳によるものかと思ったのもつかの間。
「……くっ」
「ぷくく……」
「ぶはっ!」
「ぎゃはははは!」
盗賊たちは大口を開けて笑い始めた。
なかでも一番笑っているのは、首領の男だ。
「――っはっは、ひー。いーねー、いいセンスだよキミ。俺はアルド、こいつらのボスだ」
これは良い反応を得られたのか、そうではないのか。
メイリには判別つかなかったが、とりあえず欲しかった反応じゃないことは確かだ。
「……何がおかしいのですか?」
「ぶはっ! やめろよ、そのネタひっぱんなって」
「今後の参考までに、ぜひ」
「は~? 天然ってやつか?」
アルドは目元の涙をぬぐうと、口元を緩ませたままメイリを指差した。
「わがイルヴァーツ王国のお姫様が、護衛もつけず、そんな娼婦みたいなカッコーして馬車に乗ってるわけねーだろって」
「しょっ……しょう、娼婦!?」
メイリは顔を赤くした。それが怒りか羞恥心かは、自分にもわからない。
改めて自分の格好を見る。
イルヴァーツ城内の温かい居室、柔らかいベッドで眠るための寝間着はとても薄く、肌が透けて見えた。
「――っ!」
慌てて胸元とヘソのあたりを、両腕で隠した。
「しかし見た目は最高だな。歳も若いし、さぞ高いんだろう。娼婦のくせに馬車で丁寧に運ばれるだけある」
「い、いい加減にしなさい! 無礼にもほどがあります!」
「なんだぁ、そこまでしつこいってことは、王女をカタることでこの場を切り抜けようとしてんのか?」
「嘘ではありません! わたくしは正真正銘の――」
「証拠は?」
言葉をさえぎられ、目をしばたたく。
「え?」
「だから、証拠だよ。王族なら、普通なんか証明できるもの持ち歩いてんだろ」
「…………」
メイリは小声でショーンに尋ねる。
「な、何か持っていますか……?」
「申し訳ございません、急いで出たもので……」
「ですよね……」
「ぎゃははは、やっぱ嘘じゃねーか。残念だったな、全員奴隷コースだ」
「違います! これには事情があるんです!」
メイリは慌てて否定する。
「お聞きなさい!」
ぴっと右手を前に出して注目を集め、これまでの顛末と、これからの展望を語った。
「イルヴァーツ城は先日、反乱軍に急襲されて落ちました。わたくしたちは命からがら脱出し、中央に援軍を求めに行くところなのです。わたくしの危機はイルヴァーツの危機。それを救って下さったアルド殿に深く感謝するとともに、救国の英雄として讃えます。無事に首都にたどり着き、イルヴァーツを救うことができたならば、望みの褒美を取らせましょう。信用できないならば、首都までついて来れば良いですわ」
「は? 嫌だけど。つか、なげーよ」
ガンとショックを受けるメイリを見て、ショーンが激怒した。
「貴様! 口下手で人見知りな姫様が一生懸命言葉を紡いだというのに、なんだその態度は!」
ただの追い打ちだった。
「ぎゃはは! フォローになってねーぞ」
「ショーン、いいのです、わたくしの伝え方が悪かったのです……」
「ばぁか、伝え方の問題じゃねーっての」
アルドは見下したようにため息をつく。
「王女である証拠がねー時点で論外だが、仮に王女だったとしてもリスク高すぎなんだよ」
「リ、リスク?」
「そうだ。王族がこんな盗賊との約束を律儀に守るとは思えねー。かと言って解放せずについてっても、俺らは首都に着いた途端に捕まって牢屋行きだろ」
「そ、そんなことしません!」
「初対面でそれを信じろって方がムリ」
「う……」
「なんか反論あるかオイ」
「…………」
メイリが黙り込んでしまったのを見て、アルドの手下たちが冗談交じりに非難した。
「あー、泣かせた」
「ボス、女の子泣かせたー」
「バカヤロ、いま真面目な話してんだよ」
「泣いてません」
メイリは涙を払うと、恥を忍んで盗賊に頭を下げた。
「では、教えてください。どうすれば良いですか?」
「あ?」
「わたくしは、ここで捕まるわけにはいきません。いそぎ首都に向かい、反乱の報を伝えねば。売られた後に隙をついて逃げ出すこともできますが、時間が惜しい」
「俺の知ったこっちゃねー」
「わたくしは何も知りません。あなたが望むものも、交渉の仕方も。だからお願いします。どうすれば解放して頂けるか、教えてください。覚悟はあります。何でもいたします」
必死に頼みこむと、アルドは腕を組んでしばらく考え込んだ。
(確かに、このガキが本当に王女だった場合、ただ奴隷屋に売るんじゃもったいねえ。それにこの見目だ。奴隷屋にボロ儲けさせるのもシャクだしな……何か策はないか。王族かどうか確かめつつ、安全に大きな利益を回収できる手段は……)
回転の速い頭に電気が走り、アルドはぽんと手を打った。
「――ああ、閃いた」
呟きに反応して、メイリは下げていた頭を起こした。そのあごを人差し指でくいっと上げて、軽く引き寄せながらアルドは下衆い笑みを浮かべた。
「お前、俺の女になれ」