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ラバーズ・ロード  作者: 永春
第一章「出立」
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2.盗賊


 連邦領の北端、数々の異民族を従えるイルヴァーツ王国。

 その領土は連邦の支配下にある国の中でも二番目に広大だが、城は中央の首都寄り――つまり南側に位置している。


 城を抜け出してから最低限の休息だけで馬車を走らせると、次の日にはもうメイリたちは国境にさしかかっていた。


「すまんな、お前たち。国境を抜けたら、たんと休ませてやるからな」


 エイダンと交代して手綱を持ったショーンは、二頭の馬をねぎらうように撫でる。

 それを聞いていたメイリは、馬車の中でエイダンに話しかけた。


「……国境というのが、ひとつの関門なのですか? 首都までは、まだまだ距離がありますが」

「はい。わが連邦領内には、大小さまざまな自治区が存在します。大きなものは王国から、小さなものは伯爵領など」

「それぐらい、わたくしも知っていますわ」

「失礼しました。それで、国境についてですが……。各地区は独自に法をしき、軍隊を持っています。連邦という枠組みの中にあって、完全に独立した別国であるという実情です」

「はい」

「わがイルヴァーツで反乱が起きましたが、それは隣国に関係ない出来事です。もちろん中央から命令があれば軍を起こすでしょうが、自らに火の粉が降りかからない限り、無関心を貫きます」


 メイリは大きく頷く。


「なるほど。あくまで問題を自国内に押しとどめるため、追手は国境を越えてはこないと」

「姫様は理解がお早いですね」

「世間知らずと言って下さった方が救われますわ」

「……ご自分を責めないでください。今は、私たちにできる最善のことをしましょう」

「はい」


 * * *


「へっくしょん!」


 国境の峠にある小高い岩山の上で、ボロを着たひとりの男がくしゃみをした。


「うー、さみぃ。交代はまだかよ」


 そのとき男の耳に、わずかな地響きが届いた。

 馬蹄の響きだ。

 男は胸元から小さな望遠鏡を取り出して、音の方角をのぞく。


「……ボスに連絡だな」


 何かを見つけた男は身軽に岩山を降り、国境を縄張りとする盗賊団のアジトへと入っていった。

 部屋の中では賭博が行われており、下卑っぽい笑いと落胆の叫びで賑わっていた。


「ボス!」

「なんだヤーク」


 輪の中央で裸に近い格好の美女を抱きながら、絵札をごっそり手にしている若い男が応じた。


「黒塗りの馬車が一台、こっちにやってくるッスよ」

「へえ。護衛は?」

「見あたらないッス」

「じゃあ、大した人物じゃねぇな。襲ってもうまくねぇが、まぁいいか。暇つぶしだ」


 若い男が札を捨てて立ち上がると、周りの者も全員それにならった。

 場の中で最年少にも見えるこの男が、盗賊団の首領、アルドだった。

 アルドは不敵に笑い、手下に呼びかけた。


「野郎ども、遊びの時間だ」


 * * *


「くそ、あと一歩のところで……!」


 馬車を全速力で飛ばしながら、ショーンは悪態をついた。

 人の足とは思えない速度で追ってくる黒い影。その数は十か、二十か。

 疲れ切った馬ではとうてい振り切れないだろう。


「エイダン! 何か武器は?」

「私とショーンが帯剣しているものしか」

「なら、食料でも化粧道具でも構いません。窓から投げつけましょう」

「は……はい!」

「国境まであと少し。なんとか時間を稼げれば――きゃあ!」


 ガクンと馬車が激しく揺れた。

 追手が投げつけた武器が車輪に絡まったらしい。


 止まった馬車の周りがすき間なく囲まれたとき、メイリは覚悟を決めた。


 * * *


「おいなんだ、先客がいるじゃねーか」


 アルドたちが武器を取って向かうと、馬車はちょうど黒装束の集団に襲われているところだった。


「見かけねえ奴らだな」


 隣のヤークがそれに答える。


「異民族っぽいッスね」

「俺らの縄張りで獲物を横取りたぁ、いい度胸だ」

「やるんスか?」

「ライバルは皆殺しだ。獲物も刃向うようなら殺していい」

「了解ッス」

「おら行け! 馬は売るから傷つけんなよ!」


 アルドの合図で、盗賊たちは一斉に駆けだした。


 * * *


「うほおおおおおおい!」

「ひゃっはあああああ!」


 唐突に、どこからか現れた奇天烈な集団が、奇声を上げて突撃してきた。

 黒装束の追手よりもさらに多い数だ。

 誰も状況を飲みこめないなか、新手の集団と黒装束たちの乱戦となる。


「邪魔をするな!」


 剣戟の音が走る。

 黒装束の追手は武器を振り回して追い返そうとするが、だんだんと数の波に飲まれていく。


「ほらほら後ろ後ろ!」

「グッ……!」


 その集団の個々は決して剣の達人ではないが、数の利を活かして戦う方法を熟知していた。

 ひとり、ひとりと確実に倒していく。

 やがて、生きているのはその集団とメイリたちだけになった。


「た……助かったのでしょうか?」

「……いえ。身なりからして、彼らは――」


 すべて片付いたあと、馬車の前にふんぞり返った若い男が出てきて叫んだ。


「オォイ! 責任者出てこぉい!」

「ボス、それ言いたいだけッスよね」

「責任者出せコラァ!」


 外でわめきたてる盗賊たちを見て、エイダンは苦々しい表情で言った。


「……私が行きます。彼らは盗賊。追手を殲滅してくれたのは、縄張り意識からでしょう」

「そうなのですか……。でも、それは許しません」

「ひ、姫様!?」

「この場で一番強い権限を持っているのはわたくしです。盗賊とはいえ、助けられたのは事実。わたくしがお話します」

「お、お待ちくだ――」


 エイダンの制止を振り払い、戸を開けた。

 傾いた馬車から、悠然と地面に降り立つ。

 盗賊の首領を真っ直ぐに見据え、胸に手を当てて名乗った。


「わたくしがこの場の責任者。イルヴァーツ国主ヘルンが三女、メイリ・ヘルンですわ」



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