第一章Ⅳ
学園長は想像の斜め上どころか別次元を突っ走っていた。
逞しい上腕二頭筋。厚い胸板。その凝縮された筋肉は圧倒的な武士の覇気を身に纏い、完成された強さとして堂々たる出で立ちだ。
そのあまりの漢としての格の差にあるいは志波は恐れ慄いたかもしれない。
バニーガールのコスプレさえしていなければ。
バニーガールのコスプレさえしていなければっ。
我が目を疑う。
ご丁寧に頭にウサ耳のヘッドセットまで付けている。恐ろしい。
吐き気を催す程に気持ち悪い。
「死ねっ!」
「……開口一番死ね。等と、君は常識を知らないのかね?」
「せめて常識的な格好をしてから言えよ、そんな台詞はっ」
志波のつっこみに隣にいた天鳥と夕美が激しく同意する。
「人を見た目で判断することはあまりにも愚かな行為だと思わないのかね?」
「時と場所と場合を一切考慮しない浅慮な服装も愚かな行為じゃないんですかねぇ」
「君は思っていたよりも口が悪いね。水無瀬志波君」
「貴方がこんな変態だとは思いもしませんでしたよ。知っていれば来なかった」
保護者であり恩師でもある人の友人であるところの学園長は、文面では幾らかのやりとりがあったが実際にお目にかかるのはこれが初めてである。
初対面の印象は最悪だ。
少なくとも見た目には好意的に受け止められる部分が微塵もない。
「この格好には理由があってね」
「興味ありませんよ、それよりもどうして俺はここに呼ばれたんですか?」
少しは興味を持ってくれてもいいじゃないか。そんな事を愚痴りながら、学園長はゆっくりとした動作でウサ耳を取り外す。
そして背広を羽織った。
バニー服の上から。
意味がわからない。着替えるべきだ。
「親友が幾度も自慢していた優秀な少年だと認識している。一目見たいと思うのは不思議なことではないだろう?」
「なら目的は達成ですね。俺はこれで失礼しても構わないですか? 疲れていて、部屋で早く休みたいんです」
「すまないがもう少し時間をくれないか? 隣の彼女の話は君にも関係がある」
「「は?」」
発せられたのは志波と天鳥だった。
学園長は間違いなく天鳥を見て彼女と言った。妹の夕美ではなく。
今日出会ったばかりの志波と天鳥になんの関係があると言うのだろうか。そもそも、天鳥は自分の要件をまだ口にしていない。
学園長はまだ知り得ない筈なのである。
「何を驚いているのかね? ここは能力者の学園だ。多少の不可思議、現象。驚いていてはキリがないよ?」
「つまりは、学園長は能力者で、ご自身の能力を使用して私の要件を知ったのですか?」
「ご想像にお任せするよ」
なるほど。なかなかに油断ならない男のようである。見た目こそは変態以外の何者でもないが。
「天枷天鳥君。君は護浄会の入会試験に挑戦したいのだろう?」
「その通りです」
天鳥は一歩前に出る。
「私には護浄会に入る理由があります」
学園長はその姿を鋭い視線で見つめる。
要件を知った時のように、能力を使用してその言葉の真意を調べようとしているのだろうか。
「良いだろう。但し条件がある、護浄会の試験は隣にいる水無瀬志波君と一緒に受けなさい」
「……理由をお聞かせ願えますか?」
非常に不機嫌な声だった。不本意極まりない。そんなところだろう。
「ついでだよ、ついで。そもそも彼には試験を受けさせる気でいたからね」
「ちょっと待ってください。なんで俺がそんなこと――」
「君の目的と合致する。からだよ」
二の句が継げなくなる。
それを持ち出されは志波も大人しく従う他はない。
「護浄会は最も能力者と触れ合う機会の多い立場だ。恐らくこれからは教職員よりも多くなるだろう。それは君の目的に添うはずだ。理解したかね?」
理解はした。
少なくとも志波は。
しかし隣の彼女は違うだろう。
「理解出来ませんし、納得もいきません。何故私が彼と一緒に試験を受ける必要があるのですか、別に私一人でも構わないでしょう?」
「彼と一緒に居ることは君の目的とも合致する。詳しいことは言えないがね……、とにかく君の試験は彼と一緒でないと受け付けない。いいね?」
数秒の沈黙。
天鳥としては納得いかないであろうが、学園長を見る限り気が変わることはなさそうである。
そして自分の意見を簡単に曲げそうな人物とも思えない。
「分かりました。その条件で試験を受けます」
渋々といった様子で力なくそう言う。
「では明日の放課後、護浄会室に行きなさい。試験の詳しい話は会長に頼んでおくよ」
「はい」
振り返って学園長に背を向けた天鳥と目が合う。
不機嫌の絶頂。人って視線で人を殺せる可能性を秘めているな、と思わせる程の殺気がその目に込められていた。
「失礼しました」
天鳥が退室する。それに続いて、黙って成り行きを見ていた夕美も失礼しました。と言い残して部屋を出る。
志波もそれに習って踵を返すが――。
「水無瀬志波君」
呼び止められた。
「なにか?」
「……期待しているよ。君が革命者たる事を。ではまた」
「意味不明です。それでは、失礼しました」
本当に意味が分からない。
しかし。
志波の奥に向かって言われた言葉のような気がした。
何故か、そう感じたのだ。