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第一章Ⅲ

 天鳥は志波と夕美を連れて歩く、目的地は勿論学園長室だ。

 元々天鳥は学園長に会う予定だった為、志波に頼まれなくとも学園長室には向かうつもりだった。故にこの二人を連れて行くのはもののついでである。

 校内を歩きながら志波の様子を伺う。

 掴み所がなく、本質を捉えさせない人物。それが天鳥の率直な志波に対する印象だった。

 軽く言葉を交わした程度の印象だが、人間観察には自信がある天鳥に特徴や性質を悟らせないのは普通の人物ではないことを意味している。

 彼の見た目はとても地味だ。

 短く切り揃えられた黒い髪。どこにでもいそうな平凡な顔つき。ただ身長は平均よりもかなり高い、190cm近くある。

「どうしてこの中途半端な時期に態々外国からこの学園に来たのですか?」

 探りを入れるように質問する。

 無条件に信用するにはあまりにもこの男は素性が不透明すぎた。

「きっかけは俺の事を預かってくれていた恩師が事故で亡くなったことかな。さてどうしようかと思っていた矢先に学園長に声を掛けられたんだ。うちの学園に来ないか? ってね、とくに行く場所もなかったからそれに従った感じかな」

「その、ごめんなさい……」

「いいよ。別に、もう終わった話だ。気にしてない」

 貧弱そうに見えながら如何なる状況にも動揺しない図太さも持ち合わせている。

 いや、図太いというよりは外的要因に左右されない精神と言ったほうが正しいのかもしれない。

「……? 俺、なんか変なこと言った?」

「どうしてですか?」

「いや、なんか難しい顔していたから」

 天鳥は常日頃から感情や思考を表情に出さないように心掛けている。それを感じ取るとは志波の観察眼は侮れないものがある。

「……難しい顔? 私には天枷先輩は普通に見えますけど」

 その証拠に妹の夕美は天鳥の変化に気付いてはいないようである。

 今度はさらに表情に気を付けて志波に質問を続けた。

「水無瀬さんは能力者なのですか?」

「一応そう。夕美は違うけど。あと、俺のことは志波でいいよ。リボンの色見る限り同学年だし」

 この学園の制服は女生徒がリボンの色、男子生徒がネクタイの色で判別することが可能だ。赤色は高等部一年生。青色は二年生。緑色は三年生と振り分けられている。

 ちなみに夕美が赤色。つまり一年生。天鳥が青色。二年生で、志波と同じである。

「なるほど……、では志波君と呼びましょう」

「俺は天鳥って呼んでいいか?」

「構いませんよ、それよりも何故学園長室に?」

「学園長本人に呼ばれているからだよ。俺だって呼ばれてなければ、さっさと寮に向かってベッドに倒れ込みたい」

 割と自堕落な願望を持っているらしい。いや、そういえば彼はベネズエラから遠路遥々やってきたと言っていた。長旅で疲れているのかもしれない。

「そう言えば天枷先輩も学園長に用があると言っていましたね、どういったご要件なのですか?」

「私は護浄会に入る為に学園長に用があるのです」

「護浄会……、ですか?」

 夕美は聞いたことがないという表情をしている。

 やはり知名度はまだ致命的に低いらしい。それはそうだろう。なにせまともな活動は未だ行われていないのだから。

 けれど今後この学園になくてはならない存在となる。

 そして天鳥の目的の為には絶対に通過しなくてはならない道だとも言えるだろう。

「護浄会ってなに?」

「……この学園が何を目的に建てられたかご存知ですか?」

 説明するには、まずそこを理解していなければならない。

「能力者の育成機関だとは聞いているけど」

「その通りです」

 この桜燐学園は人知を超えた超能力を持つ人間を育成し、その力を制御する術を学ぶ教育機関である。似たような設備は日本にも海外にも数多く存在するがこれほど巨大な物は他に類を見ない。

 なにせ人工島一つ全てが都市であり学園なのだ。

 中学校。高等学校。大学。研究施設までもが一体となった巨大な学園。それが日本の本島より太平洋に浮かぶ人工島、三竿島に建造された桜燐学園なのだ。

 そもそも能力者とは約二十年前から突如世界に現れ始めた存在だ。新人類や異人類などと当初は言われ、差別や迫害の対象であった。

 世界を大いに混乱させた能力者の登場は歴史の転換期となり、能力者の中でも真人類を名乗る者達と、能力者を人と認めない人類軍による大規模な戦争を経て、ようやく能力者は世界に受け入れられた。

 その結果、世界の常識は一変し。法律は変わり、能力者の在り方も大きく変化した。

 新しい時代に適応する能力者。それと能力者のいる世界で生きる一般人。両者を正しく導くための場所、それがこの学園なのだ。

「この学園には能力者が非常に多く、その為能力者であるが故の問題が多く生じます。そこに一般人が絡めば尚の事です。故に、それらの問題を未然に防ぎ、あるいは起きてしまったそれを仲裁し、解決する組織が必要になります。教員だけでは手が行き届きませんからね、それらの問題を解決するために作られた生徒による自衛組織。それが護浄会です」

 創立一ヶ月も立っていないので知名度は限りなく低い。未だ活動らしい活動はなく、人員を集めている段階らしいのだ。

 どうやら、目的が目的だけにその委員会に入るには高い能力が求められるようで、その選定に学園長自ら試験を行っていると聞く。

 天鳥はその試験を受けるつもりなのだ。

「天枷さんならきっと護浄会でも活躍出来ますよっ」

「そうでしょうか?」

「はい、だって私を助けてくれましたし」

「そう真っ直ぐと言われると照れますね」

 あまり褒められ慣れてはいないのだ。頬が赤くなっていないか心配である。

「それにしても広いな……」

 歩き飽きた。そのような雰囲気で志波は呟いた。

 その気持ちは分からないでもない。

 無駄に広い敷地は移動時間ばかり食う。一応路面バスや貸出自由の自転車等移動の工夫はされているが、それでもこの広さは不便極まりない。

 島の端の方にある公園からほぼ中央に位置する校舎に歩いて向かうだけでもかなりの労力を有するのだ。

「テニスコートやサッカー場、野球場、陸上競技場を幾つも見るんだが、なんでこんなに無駄に多いんだ?」

「中等部、高等部、大学別に分かれているのですよ。体育館も複数あります。プールは外にあるものが二つ。屋内が一つです」

 広い土地を必要とするそれらが複数並んでいるのだ、校内の広さも伺えるだろう。

「天枷先輩、実は私も初めて見たときは驚きました。……でも不思議ですね、慣れると全然気にならなくなるなんて」

「そう言えば夕美はいつからこの学園にいるんだ? 確か俺の知る限り女子高に通っていた筈だけど」

 志波がそう尋ねると夕美は苦笑するように応えた。

「実は私もつい一か月前に転入してきたの。だから兄さんと同じであまりこの学園には詳しくないんだ」

 確かにその頃に名簿に追加されたと天鳥も記憶している。それにしても面識のない兄弟が国境を越えて偶然同じ時期に同じ学校に転入とはどこか胡散臭さを感じる。

 誰かの意図というか、作為とも呼べるかも知れない。

「それにしても遠い。……いや、広めの敷地の学校四つくっつければ確かにこのくらい広いのかもしれないけどさ」

「それでも島から言えばほんの四分の一ですよ」

「はあっ!?」

 耳が痛い。

 無駄に声が大きいのだ。

「学園区と呼ばれるのは島の南に位置しています。船着場があるのもここですね。東には生活区、西には寮棟区、北には研究区がほぼ同じ敷地面積で存在するので単純計算で四分の一と分かります」

「…………いや、全寮制とは聞いていたけど。確かにこの学園の人間を寮に収容すればそれだけの敷地は必要だろうけど。色々規格外過ぎやしない?」

 相当驚いているらしい。

 天鳥にも覚えはある。しかし本当に人間とは不思議なもので、暫くするとそれが当たり前だと受け入れて普通になり、疑問も違和感も抱かなくなるのだ。

「君も一週間もすれば慣れますよ。……そろそろ校舎に到着しますよ、あれが学園長室のある第一校舎です」

 目の前にそびえ立つ、校舎と言うよりもビルと呼んだ方が正しいだろう建造物を指差す。

「第一ってことはこれが複数あるのか……、なんだか気が遠くなるなぁ」

「行きましょう」

 先陣を切ってビルに入る。

 天鳥はこれから難関と呼ばれる試験を受けなければならないのだ。

 緊張からか喉が渇く。失敗は許されない。

 彼女の目的の為には、護浄会に入るのは必要不可欠なことなのだ。


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