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第一章

 Q:現在位置が不明で目的地があるものの、たどり着く術を失った状態をなんと呼ぶか。

 A:迷子。

 Q:ではさらにそこに食料なし、場所は森。スマートホンも圏外が加わるとなんと呼ぶか。

 A:遭難。


 そう、水無瀬志波は遭難していた。


「……ここ、どこだ?」

 歩き続けること数時間。森を彷徨い続け、方角さえも見当もつかない。

 志波は方向音痴である。

 それも極度の方向音痴だ。他人からしたら冗談だろと疑われる状況でも平然と迷子になる自信がある。あまりにも無駄過ぎる自信だった。

「お腹すいたし……」

 ベネズエラを出発して、飛行機を乗り継ぎ。日本に到着したのが今朝の出来事。そこから新幹線で移動し、電車、バスと田舎道を突き進む。

 果てには船に揺られること数十分。

 長い旅路の終点は海に浮かぶ人工島、そこは三竿島と呼ばれていた。

 彼は三竿島にある教育機関、桜燐学園を目指していた。――いたのだが、彼の発揮する究極的な方向音痴が炸裂し、見事島の森で迷ってしまったのだ。

 飛行機から船までは奇跡的にそれほど迷子にはならず(やはり多少は迷った)ここまで来られたのだが、やはりというかなんというか最後まで無事にたどり着ければ方向音痴などという不本意な称号は自称しない。

 本人が如何に努力しようが、対策を講じようが呼吸するかの如く自然に迷子になるのが真の方向音痴なのだ。

 まったくなんの自慢にもならない。

「学園ってどこだよっ」

 右を見ても左を見ても緑一色だ。

 草木が生い茂り、見上げれば青い空が志波をあざ笑うかのように澄み渡っている。

「誰か助けてくれ……、マジで…………」

 救いを求めるが聞き届ける存在はいやしない。

「た……、助けてっ!」

 それどころか逆に助けを呼ぶ声が聞こえる始末である。

「――って、はい?」

 助けを呼ぶ声。それも結構切羽詰まった雰囲気の女の声だ。

 これは助かったと捉えるべきなのか、あるいは面倒事に巻き込まれると予感すべきか。

 悩みどころではあるが、なにはともあれ行動しなくては物事も前進しない。

 少なくとも、志波にはこのまま彷徨い続けて学園にたどり着く自信はない。つまり最初から選択肢などなかったのだ。

「さてと……、吉と出るか凶と出るか」

 そう呟きながら志波は声のした方向に歩いていく。

 すると木々生い茂る景色が一変し、少しだけ開けた空間に出た。

 整備されていない自然そのものである森ではなく、人の手が行き届いている管理された自然がそこにあった。

 美しい花々と鋪装された歩道。

 目の前にあるのは大きな噴水でそれを囲うように幾つかのベンチが点在している。おまけに端の方には自動販売機まで見えた。

 小規模な自然公園なのだろう。

 数時間ぶりにようやく人工的な景色に巡り会えて泣きそうだが、わりかしそれどころではなかった。

「やめてくださいっ」

 泣きそうな顔で助けを求める少女と。

「ちょっとついてこいって言ってるだけだろっ」

「逃げんなよっ」

 鬼のような形相でそれを追いかける男二人組。

 そんなものを見れば気も滅入るというものだ。見て見ぬふりする訳にもいかず、学園までの案内役も欲しいところだ。

 ここからならば普通はたどり着けるだろうが、残念ながら志波は普通ではない。異常と呼べるレベルの方向音痴なのだ。

「まぁ、ただ見ている訳にもいかないよな……」

 不本意ではあるが、走り出して女性と男子生徒二人組の間に入り込む。

「なんだお前はっ」

「いきなり出てくるなよ、危ないだろっ!」

「あのー、お尋ねしたいことがあるんですけど……」

 相手の言葉を受け取らずに一方的に自分の言葉を投げつける。

「学園長室ってどっちですか?」

「は?」

「いきなり出てきてなに言ってんだお前っ!」

 訳が分からず動揺する男子生徒二人を尻目に背後を気にする。この隙に逃げてくれれば御の字なのだが、どうやら足を止めて同じように動揺しているらしい。

 間抜けか。

「いやー、俺実は迷子で……、学園長室に行きたいんですけど、どう行けばいいか分からなくてー」

 なんとか背後の女子生徒に逃げるようジェスチャーを使って伝えたいが、目の前の男子生徒にバレないように伝えるには使えるのは手くらいに絞られる。

 しかしいくら手を使っても女子生徒は気付く気配がない。

「お前邪魔だ、どけっ、あとでいくらでも相手してやるから」

 動揺から回復した男の一人が声を荒げる。本来の目的である女生徒のことを思い出したのだ。

 こうなると厄介だ。

 なにせ志波は滅法喧嘩に弱い。相手に力尽くという手段を行使されたら何も出来ないまま倒される自信がある。

 嫌な自信だ。

 一応相手のことを観察しておく。

 一人は体格の良い長身で筋肉質の男だ。如何にも腕力に自信がありますという表情をしていて、あんなのに殴られれば一撃で気を失うこと間違いなしだ。

 が、スポーツ刈りの活発そうな雰囲気で、結構な男前だが厳つい表情と無駄に鋭い目つきが色々残念である。

 もう一人は前者に比べれば細い体格だ。けれど運動が出来ないという訳ではなく、引き締まったと称した方が相応しい。

 恐らく二人共戦闘系の科目を受講している。

 この揉め事が女子生徒に非があるのか、男子生徒達に非があるのかは不明だが。争いごとは極力避けたいのが本心だ。

「えーっと、何か揉め事? 良ければ話を聞くけど……」

「うるさい、部外者は引っ込んでろよっ」

 正論ではないのだが、否定し難い嫌な言葉を投げかけてくる。

 恐らく考えずに言っているのだろうが。何しろどう見ても頭に血が上っている。

「まぁまぁ落ち着いて……」

「どけぇっ!」

「――痛っ」

 腰に鈍痛を覚え、気付けば尻餅をついていた。突き飛ばされたらしい、いよいよ相手も腕節に訴えてきた。

 これは雲行きが怪しい。もう見なかった事にして逃げてしまおうか。そんな考えが頭を過ぎるが、それではあまりにも寝覚めが悪いだろう。

「仕方ない」

 小さく呟いた後。

 志波は勢いよく地面を蹴った。

 突然の事にその場の誰一人反応が出来ない。その中を駆け抜け、硬直している少女の手を取って走り出す。

「走ってっ」

「えっ……ええ、……えぇぇぇええぇっ?」

 混乱しながらも少女の足はしっかりと動いている。

 そのまま減速することなく森の中へと飛び込んだ。

 やっと抜けた遭難場所に自ら飛び込むとはあまりにも笑えない状況である。

「走りながらで悪いけど、どういう状況なのか教えてくれる?」

 手を引いて走る少女に向かって問いかけた。

「あの、……ですね。私偶然あの二人が校則違反していたのを見つけてしまって」

「あー、口封じで捕まりそうになったところを逃げてきたのか」

 面白くもない話だった。

 ついでにあまり見てなかった彼女の容姿も確認しておく。

 可憐な少女だった。

 整った顔つきは童顔でありながら異性にモテそうな程に可愛い。肌は白くきめ細かいし、綺麗な栗色の髪はよく手入れされている。

 髪型は艶のある長い髪を後頭部で纏めるという所謂ポニーテールというものだ。そして彼女の髪を纏めている桃色のシュシュには見覚えがある。

「そのシュシュは――、いやなんでもない。今はそれどころじゃないか」

 さて、このまま逃げ続けても事態は改善しないがどうするか。

「――っ」

 上下左右が複雑に捻じれ合うという奇妙な感覚の後、耳鳴りと共に地面に倒れた。全速力で走っている途中での転倒なので、地面を転がるように何度も体を打ち付ける。

 手を引いていた少女も同様だ。

「なんだ……、これ…………っ」

「どうして……、動かないの?」

 倒れたまま体を動かすことが出来ない。指一本さえも。

 間違いない何かの干渉を受けている。

 推測するまでもない、追いかけていた二人組のどちらかの能力だろう。

 能力まで使用するとは相手も手段を選んでいられないらしい。いったい彼女は何を見たと言うのだろうか、恐らく結構なものを見てしまったのだろう。

「ふぅー、……面倒を掛けさせるぜ」

「でもどうする。こいつら」

 完全に身柄を捉えたからだろう。ゆとりある足並みで二人組が近付いてくる。

 これは不味い。

 暴力に訴えて相手に恐怖を植え付ける等口封じの方法はいくらでも考えられる。が、一番驚異なのは精神や記憶等に干渉する能力者だった場合だ。

 こちらには抵抗する術がない。

 というかそもそもそんなこと抜きにしても単純に非常に危険な状況である。せめて彼女だけでも逃がしたいが、体を拘束されている方法が分からない以上助けることは出来そうにない。

 正直な話。

 現状詰んでいる。

「とりあえず意識は奪っとくか」

 終了のお知らせ。

 最悪でも死にはすまいと諦めかけたその時。


「何をしているのですか?」


 静まり返った空間に凛とした声が響き渡った。


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