一章4
ローズはその日の夜に母と話し合った。
当然ながら母にジークと一緒に旅に出る事を反対された。いくら「ジークに鍛えてもらった」と言っても半信半疑だ。母に「どうして王都に行かなくてはいけないの」と言われて答えられなかった。
仕方なく、ジークが王都の力試しに出たいと言っている事や自分も同行したいと申し出た事を説明する。そうしたら、母はローズに鬼の形相で詰め寄った。
もしや、王都に行きたいのは力試しだけではなく他に目的があるのかと。母に怒鳴りつけられてローズはさすがに焦る。そこを何と助けてくれたのは父の説得に訪れていたジークだった。意外にも彼はローズの父と話し合い、和解に成功していた。
ジークは自分が守る事とローズが危険な目に遭ったりしたら責任を取って結婚もやぶさかではないと言ってきた。母も最初は渋っていたが。ジークの真剣な表情と話しぶりに最後には折れてくれた。こうしてジークとローズは両親からの許可をもぎ取ったのだった。
「……ローズ。とりあえず、旅に必要な物のリストはちゃんと書いておいたか?」
「うん。紙に書いておいたよ。ふう、学校に通っておいて良かった」
ローズはそう言いながらしみじみとなる。ちなみにこのナスカ公国は庶民でも通うことのできる学校がちゃんとあった。国立で初等学校、中等学校、高等学校と三つあり優秀な生徒であれば、この上の大等学校に行けた。
ローズとジークも高等学校までは行っている。初等学校が6歳からの5年制で中等学校は2年制、高等学校も3年制となっていた。高等学校の卒業年齢が大体16歳だから庶民もよほど生活に困っていなければ通えた。
貴族の場合は私立学園が別にありそちらに通う。王族も同様だった。
初等学校から高等学校までの学費は優秀な生徒や裕福ではない家庭の生徒であれば、奨学金制度を受ける事ができる。ローズとジークも奨学金制度のお世話になっていた。
現在は両親と共に作物を売ってできたお金と街に働きに行って得られたお給金の一部を奨学金の返済にあてている。
「じゃあ、行くか」
ジークと共に歩いて街に向かう。村の北側の森を抜ければ、街があった。ゆっくりと歩く。
「うーん。今日もいい天気ね」
「だな。ローズ、足りない物は何があるんだ?」
「そうねえ。まず、保存食でしょ。それから火の魔石と水の魔石ね。外套の替えも足りないし。色々と買わなきゃいけないから。お金は貯めていた分を持ってきたの」
「そうか。だったら俺もいくらか出すよ」
「あの。気を使わなくてもいいわよ。足りなかったらその分は我慢するから」
ローズが言うとジークはため息をついた。
「……わかってねえなあ。俺が言いたいのは。足りない分くらいは出すと言ってるんだよ」
「あ。そうなの。ジークってば太っ腹ね」
「俺だってな。好きでもない奴にこんな事するかよ。ローズ、これから旅に出たら俺の事は旦那とでも言えばいい」
「……え。はああ?!」
「ローズ。声がでかい」
ローズは口を手で覆った。ジークは呆れたと言わんばかりに息をつく。
「ローズ。俺と旅していて人に聞かれたらどう答えるつもりだったんだ。まさか、幼なじみとでも言うつもりだったのか?」
「……そうとしか答えようがないじゃない」
「でも本当に幼なじみなんて答えてみろ。かえって怪しまれる」
ローズは成る程と頷いた。
「確かにその通りだね。わかった、ジークの事は旦那さんは抵抗があるけど。恋人だとは言うよ」
「ま、今はそれでもいい。頼むぜ、相棒」
ローズはくすりと笑いながらもう一度頷いた。ジークは彼女の頭を撫でた。のどかな時間がそこには流れていたのだった。