番外編 ジュリアナ達のとある日の夜2
この回でジュリアナ編は終わりです。
翌朝、あたしは強烈な頭痛と共に目が覚めた。
昨日は炎酒なんて買ってきたからなあ。おかげで飲みすぎた。二日酔いがちょっとひどい気がする。チュンチュンとスーシアという鳥の声が聞こえた。もう、とっくに日は昇っているようだ。ズキズキと痛む頭を押さえながら起き上がろうとする。けどうまく体が動かせない。よく見ると腰に何かが巻きついていた。横には裸の男--クォーツがいる。あたしも自分の体を見下ろす。--素っ裸だ。
「……やっぱり。昨日はやっちまったか。クォーツに告白されたんだっけ」
そう呟くと胸元には青く光るペンダントが視界に入る。そうだ。昨夜に恋人になる証だとかでこれをもらったんだった。ようやく眠気が飛んで昨夜の事を段々と思い出してきた。酔っ払ってクォーツと一晩を過ごしてしまったのだ。「あー」と呻いていたらクォーツが身じろぎしてぱちっと目を覚ました。
「……おはよう。ジュリ」
「ああ。おはよう」
互いに挨拶し合うとあたしはベッドを出ようとした。けどぐいっと腕を引っ張られて。気がつけば、押し倒されている。
「クォーツ。どういうつもりだい?」
「……どういうつもりって。僕は本気だよ」
「確かに酔っ払ってやっちまったけど。クォーツ。昨夜の事は覚えてるのかい?」
「覚えているよ。僕は君やあいつ程には飲んでなかったから。クァックはそんなに度数は高くないんだ」
「そうだったのか。じゃあ、ほろ酔い気分っていったところだったんだね」
そう言うとクォーツは頷いた。
「君の言う通り。ジュリ。ケビンは放っといて。もうちょっと二人だけでいようよ」
クォーツは不意にあたしを毛布でくるんで抱きしめてきた。ちなみに二人とも素っ裸の状態だ。
「……クォーツ。せめて身支度はしよう。もう団長達も起きているはずだよ」
「わかってる。けどやっと君と想いを通じ合えたんだ。もう少しくらいはいいだろう」
クォーツはそう言ってあたしの頬にキスをした。こうしてしばらくはベッドの中でいちゃいちゃしていたのだった。
ようやく身支度をして部屋を出たらコンラッド団長が腕を組んで壁に凭れ掛かっていた。その表情は厳しいものだ。クォーツを睨んで団長は低い声で言った。
「……まだ、国の危機は続いてるのにな。よくもまあ、女を口説けたもんだ」
「……だ、団長。クォーツは悪くないです。うっかりしていたあたしが悪いんであって」
慌てて言ったが。団長は余計に顔をしかめる。その目はまだクォーツを睨んだままだ。
「女に庇われて情け無いと思わないのか。クォーツ、俺はあんたを信用していたんだがな」
「……団長は何を言いたいのかな。僕はジュリをずっと好きだったんだ。さすがにあのバカみたいにはやらないよ」
「……あのバカって。ケビンの事か?」
「そうだよ。団長だって婚約者がいるんだろう。放ったらかしにしていたら。バカに盗られちゃうかもね」
「なんだと。ケビンが俺の婚約者を盗るわけがないだろう!」
大きな声で団長は怒鳴りつけた。けどあたしはケビンの女癖の悪さを昔からよく知っている。なんせ、あたしの親友もあのアホに捨てられて泣かされた過去を持っているからだ。幸いにもあたしはケビンの毒牙に引っかからなかったが。相手がクォーツでよかったかもと内心で思った。
「……団長はあのバカの本性を知らないから言えるんだよ。ローズちゃんもジーク君が目を光らせているから大丈夫だけど。それでも団長の婚約者さんを見たら気が変わるかもしれないね」
「……ロアラに限ってそれはないと思うが」
「わからないよ。ロアラ様にその気がなくても。ケビンは力づくでいくかもしれない」
冷たく言うとクォーツはあたしの腕を引っ張って団長の横を通り過ぎた。気まずい中で一階に降りたのだった。
食堂に行くと既にジーク君とローズちゃんが二人で朝食を食べていた。あたしとクォーツが近づくとローズちゃんがにっこりと笑って挨拶してきた。
「……おはようございます。ジュリアナさん!」
「おはよう。遅くなって悪かったね」
「いえ。でもジュリアナさん。首元に痣がありますよ。虫にでも刺されたんですか?」
小声でローズちゃんが訊いてきた。ギクリとなる。まさか、首元のって。あたしはさあっと血の気が引くのを感じた。いわゆる昨夜の情事の名残なわけで……。すかさず、クォーツを睨んだ。彼は苦笑していた。
「……ごめんって。ちょっと昨夜の君が可愛いくて。ついね」
「……だからって痕をつけなくてもいいだろう!」
小声で言い合うとジーク君とローズちゃんが不思議そうに見ている。けどあたしはちょっと強引にローズちゃんの横に座った。そしたらローズちゃんは何を思ったのか不意に立ち上がった。
「……ご馳走様。ちょっと用事を思い出したから。先にお部屋に戻るね」
「ああ。気をつけなよ」
「はーい。じゃあね!」
元気よくローズちゃんは言うと小走りで部屋に行ってしまった。あたしはやってきた宿屋の女将さんに朝食で木苺のジャムのパムとジャガイモとタマネギのオムレツ、サラダ、野菜スープを頼んだ。クォーツは野菜スープとサラダ、小麦粉と水だけで作るナンを頼んでいた。3人でしばらく無言でいたのだった。
朝食を食べ終えるとあたしはローズちゃんが気になって部屋に行く。ノックすると返事があったので開けた。中に入るとローズちゃんが近寄ってくる。
「……ちょっと様子が気になって。それで来たんだけど」
「……そうだったんですか。あの。ジュリアナさん」
ローズちゃんはそう言うと真面目な表情で言ってきた。
「首元の痣が気になってたんですけど。それ、クォーツさんがつけたんですよね?」
「え。なんでわかったんだい?」
「なんでって。私もそんなに子供じゃないですよ。昨日にジュリアナさんがクォーツさんの部屋に入るのを見たんです。それでわかったんですけど」
「……そうだったんだね」
あたしが言うとローズちゃんは再びベッドへと向かう。ごそごそとカバンを漁ると中から一枚の布を取り出した。見るとそれはスカーフだった。綺麗な水色の花柄のものだ。
「……ジュリアナさん。それは意外と目立ちますから。これを巻いておいた方がいいと思います」
「……わざわざ悪いね。ありがとう」
あたしはローズちゃんからスカーフを受け取ると鏡台の前に行き、適当に巻いた。確かに痣を隠すにはちょうど良い。改めてローズちゃんに感謝したのだった。
その後、部屋を出るとクォーツがやってきた。ちょっとすまなそうにしている。
「……ジュリ。その。昨日はごめん」
「なんで謝るんだい?」
「なんでって。素面で言えばいいのに。お酒の力を借りるなんてさ。僕もまだまだだなと思ってね」
クォーツはそう言うと跪いた。あたしの手を取ると指先にキスをする。
「……ジュリアナ。改めて言うよ。僕と婚約してください」
「……わかった。こんなあたしで良かったら。お引き受けします」
あたしが了承するとクォーツは嬉しそうに笑った。本当に喜んでいるのがわかる。
「よかった。じゃあ、魔王を倒せたら即結婚だね」
「それはちょっと早過ぎだろう。そもそもクォーツはまだ神官じゃないか」
「……そうだったね。まあ、神官長に報告したら即還俗しろと怒られそうだけど」
確かにと思った。クォーツは立ち上がるとあたしを強く抱きしめてくる。胸元のペンダントが温かくてそれに驚きつつもクォーツの胸に身を委ねたのだった。




