沈下 (3)
今回は短いです
(承前)
やがて夢とうつつの区別も無くなり夜の公園の景色はその輪郭を取り戻し、それと同時に男の頭の中の写像も消え失せて、状態は回復した――男の意識が戻ったのだ。夏の夜といっても、うだるような暑さは残っていた。喉の渇きがあった……。此処へ座ってから何も口にしていなかったからだ。男は口内にひりつくような痛みを覚えた。唾を飲み込む。途端に男はつっかえを感じて、ほんの少しばかりむせた。喉の渇きなど男は幾度となく経験しており、しかしその極限はどれもすべて文字通り地獄だった。地獄や苦しみといったものは本来的に反復されるものであり、ましてや素通りなどすることができるわけがないのだった。喉の奥のある一点にひりつきが集中する。そこで男はようやくベンチから起き上がった。
公園には砂場、ブランコやすべり台といった遊具以外に、水飲み場が設置されてあった。男はのろのろと近づいていった……彼の足取りは重く、鉄のなまりでも負っているかのごとくだった。愚鈍。汚れたジーンズの片方は破けて、膝小僧が見えていた。彼はゆっくり水飲み場に近づいて行った。
息をあげてそこまで辿りつくと、彼はおもむろに蛇口をひねった。蛇口からは、夏の温度にやられた生ぬるい水が勢いよく出て、次第に常温の水がほどよく流れ出した。男は蛇口の近くに口元を近づけて、がぶりとかじりついた。彼の干からびた喉に、透明な水が注ぎ込まれる……その時渇きに渇いた喉の表面は活き返ってハリを戻し、水分は体内を通って彼の胃の奥の部分までずぶりずぶりと流れていった。男は活き返りを感じた。やがてあふれて流れる水の勢いのほうが優位になると、男の飲む速さはおいつかなくなって、おもむろにむせた。男は蛇口を止めて、体勢をなおした。水は今や彼の上着やジーンズにもかかっていた。それは気持ち良かった。水をそのまま浴びて気持ちいい季節なんて今以外にはありえないだろう。男は濡れた服をとくにどうとすることもなく、口を手でぬぐって、しばらくそこに立ちどまっていた。弱った男の身体は少しずつ活力を取り戻し、息は整い、したがって思考もだんだん明瞭になりつつあった。
(つづく)




