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明滅  作者: 光枝ういろう
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天使

明滅

蜜江田初朗

 

【めいめつ 明滅】明りがついたり消えたりすること。「明滅するネオン」「明滅信号」

――現代国語例解辞典〔第四版〕



天使


 一片の白いフリージアの花びらと、あどけない笑顔が最期の視覚に残る、ゆらめく。


陽光にあふれている。光に満たされた場所は、既に最も遠い場処にある。救いが返されたのだ。そこには物語があり、始まりがあり、動きがある。知りえない場処。

 少女の笑顔はどこまでも開放的だった。生まれたての世界を全てにおいて肯定するかのような――最も彼女の様子をわずかながら窺うに、暗いものが全く見当たらないわけではなかった。例えば彼女は直前までどこかに収容されている気配があった。もしくは監禁。そこまでいかなくとも、例えば幼少のころから患っていた病気のため長い期間病院で療養していたというような、とにかくある一定の固定された場所から解放されたという自由な雰囲気、あのイメージが漂っていた。確かに彼女の手足はやせ細っていた。それは彼女あたりの年代の女性の平均と比べるとどう見てもやせ細っていた。それに彼女の肌は病的に白かった。彼女の身体をめぐっている赤々しい血筋までもが透けて見えそうだった。彼女は白いワンピースらしきものを着ており、腰には深緑色のベルトをきゅっと巻いていた。彼女は笑っていた。彼女は目を閉じ、閉じた眼の上には長いまつ毛がかぶさっていた。彼女は両腕をめいっぱいに上げていて、その両手は天まで届きそうだった。彼女が動くたびにワンピースの裾がふわりふわりと揺れ、その動きはさながら春の季節を自在に舞うモンシロチョウのようだった。

 中庭。何かの中庭なのだろう。彼女がいま居るのは、コンクリートの壁が四平に立ちはだかるその真ん中にいた。つやのある芝生が一面には敷き詰められていて、奥には丈夫な一本のカエデの樹が立っていた。カエデの樹の幹はゴツゴツとして力強く、反対に豊富な葉はどこからか流れてくるそよ風に気持ちよさそうに揺られていた。静寂。そこには気持ちの良い静寂というものが感じられた。つまり、太陽と緑の健やかな笑い、それ以外にはなにもない。透明な匂い。

 ふと、少女のまわりに、三、四人の白い人たちが現れた。白い人たち、そう形容する以外の記述はない、そんな人々。彼らはそのまつ毛の長い少女よりも二つぶんだけ背が高かった。おそらく彼らはみな祝福していた。何を? 解放を、すなわち、彼女の何かしらの束縛からの解放を、その自由の心の叫びを。自由とはいつも祝福されるものだ、それも最大限の敬意を伴いつつ。彼女もまた自由と幸せをまさに手に入れかけているのだ。白い人たちは彼女の面前に立った。みながにこやかだった。嘘偽りの黒い色彩は無い。そして何かの会話をしている――こちらからは聞きとれない、具体的に何を言っているのかは分からなかった。それでも彼らが微笑みに包まれた幸福の言葉を述べているのだろう、といった予測くらいはつく。自由と祝福の場処。

 カエデの樹の葉が幾度も風に揺れる。ささめく陽光。そして、白い人たちから、祝福の少女へ、ある一つの花が渡された。フリージアの花だ。その白いフリージアは、ぷっくりとした唇のようにつややかな花弁を持ち、とても可憐だった。花の周りの長い緑の葉は、花弁の純潔さと透明なコントラストを成していた。こうして白い花、フリージアの花が渡されたのだ。手渡された少女はすぐに喜んだ、それも最高の笑顔で。あぁ、何という美しい顔をしているのだろう! 今の彼女の心的な幸福の色合いは、誰にも把握することのできないほどの濃密さなのだ。もう嬉しくてたまらない、私はこれから希望を抱いて生きることができるのだから! と言わんばかりの笑みで合った。そしてそんな少女をとりかこむ白い人たちの視線も優しかった。この少女の華やかな場面を、その場にいる人みなで見守っているのだ。ややもすると、その白いフリージアを手にした少女は、手を空にあずけて上を向いて、ゆっくりと回り出した。楽しくて仕方がない、とでも言わんばかりに。彼女の長いワンピースの裾が、動きに合わせてひらひらと舞った。


 そんな瞬間、一つ一つが、だんだんと、崩れていく。

一片の白いフリージアの花びらと、あどけない笑顔が最期の視覚に残る、ゆらめく。



(続く)

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