公爵家次男セドリックの憂鬱な日
その日、セドリックはいつものように悪友たちとブラブラと帝都の目抜き通りを歩くのではなく、確固たる目的を持って足を進めていた。どんよりとした空は今にも降り出しそうに不安で、それはまるでセドリックの心を映し出しているようだった。
敷き詰められた石畳が、カツカツと小気味良く音を返す。足取りは早く、鼓動の早さが滲み出ている。身につけているのは、下級貴族が着るような服に、安っぽい貴金属類のアクセサリーだ。これを身につけているだけで、厄介事の方が逃げてくれる。
小間使いの少女から聞いた話では、彼女は帝都の人材派遣を中心に動いている商会だった。土木、荷卸、建築、採掘、輸送などの作業員を斡旋する人材派遣系の商会は、帝都には100以上ある。
特に急な戦が起きたときなどは、兵站維持のための輸送作業、築城のための土木作業を斡旋し、海路を行く場合は船問屋への口利きも請け負う。その他、貴族向けの小間使いを斡旋する仕事もあり、これは大きな夜会などを開くときに人数を間に合わせる意味合いがあった。
先日、洗脳魔術から伝言を残した少女は、その関係の者だった。というのも、セドリックには専属の執事が1人いるだけだ。それも専属とは名ばかりで、いつも別の仕事に追われている。いつも自分にあてがわれるのはそういう斡旋所から回される者たちだった。
故に、セドリックには、リーゼロッテにとってのローラ、オズワルドにとってのセバス、フリードリヒにとってのエティルのような、専属の召使はいない。
また、家の騎士団は、アーノルドが率いてエルフ大陸に遠征中であるし、細かい命令権も持っていない。さらに言えば騎士連中は調査や密偵という細かい仕事には絶望的なまでに向いていない。そういった影の仕事を担う者たちはシェーンブルン公爵家にも存在するものの、その長が公爵家に仕えているのであって、セドリックには関わる権限はない。
使える手段といえば、セドリックが公爵の座につくことで得する連中……、つまり家中にもセドリック派がいたわけだが、こちらは少数で、かつ力も小さい。むしろ力が小さいからこそセドリック側についているとも言える。
なので、セドリックの持つカードで取れる手段は、小間使いの少女を斡旋した商会に行くことくらいだった。
少女を斡旋してきた商会は、女神の口づけ商会という名前だった。セドリックは少女に道案内させ、彼女の背を追う。
女神?とセドリックは心の中でせせら笑った。帝国で信仰されているのは男神ジェフヴァただ1柱だけだ。他の神の信仰は表向きは許されていない。つまり教会として建てられるのは正教会と西方守護教会の2種類だけとされている。でなきゃ正教会の異教審問官が出張ってきてそれはそれは酷いことになる。
といっても正教会は最近大規模な不祥事案件で各公爵からボコボコにされたばかりだ。少女売春や、違法薬物の密輸や、寄付金の横領や、税金逃れなどがあった。以前から鬱陶しい目の上のタンコブだった正教会は、これ幸いと戦費に苦しむ公爵家たちからカツアゲに遭ったわけだ。
教皇は速やかに行方不明になって、その数日後に帝国の情報組織である燭台騎士団が捕縛した。教皇は絞首刑になって、しばらくの間、帝都の噴水広場を訪れた者たちの目を楽しませた。
大司教たちの何人かは磔刑に処され、帝都の噴水広場の1週間限定モニュメントとなった。死体は焼かれ、灰は川に流された。
生き残ったのは金を持っていなかった関係者だけで、要するにほとんど全員が死んだということだった。
1番民衆に受けた処刑方法は、メギハード公爵考案の、彼らに穴を掘らせて1人づつ彼らの手で生き埋めにさせる方法だった。といっても柵で簡単に囲んだ中に集め、スコップを1人に1つ渡して「1人だけ罪を免除してやる。残りは殺してそなたらの手で埋めよ」と公爵が命じるだけだ。あとは察しの通り、彼らが醜く殺し合って、最後の1人になるまで民衆はそのショーを楽しんだ。生き残ったやつは、公爵自らの魔術で罪を清められて天界へと旅立ったらしい。
そこまで思い出して、そのショーが見れなかったセドリックは、ぜひとも兄とその想い人の農奴を殺し合わせてみたいと思った。兄の性格では自らの死を選ぶだろうから、汚らわしい農奴がきっと生き残る。なのでそのときはセドリック自身の手で農奴を天界へと導いてやるのも悪くない。天界でなら――地上と関係のないところでなら、いくらでも一緒になればいい。
「……こちらです」
そんな後ろ暗い想像をしているうちに、女神の口づけ商会に辿り着いた。小間使いの少女はビクビクした様子だ。そんな彼女を意識に入れず、セドリックは商会の外観を観察する。
木製の建物。建ってからそこそこの年月が経過している。ぽかんと開いた長方形の窓から見えるのは、店内の優雅な待合室だ。そこから見ただけでも、そこそこいい趣味をしているのがわかった。上級貴族向けの人材派遣商会だということも分析できる。
セドリックはそれだけ観察すると、ドアを開いて中に入った。ドアには鈴がついていて、チリンチリンと涼しい音を鳴らした。
中は、窓から見ていた待合室があった。ふかふかとした見た目の長椅子が数脚。それに対応した低いテーブル。昼にも関わらず、陽の届かないところには蝋燭が灯っていることから、相当の儲けがあることと、相当の高級店であることが読み取れる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
奥からすぐに男が出てきた。引き締まった身体に、造りのいい品のあるスーツを着ている。伯爵家の若き家令だと言われてもすんなりと納得しそうな雰囲気があった。
「メッセージを受け取った……と言えばわかるかな?」
「承知いたしました、シェーンブルン閣下」
正解だったようだ。とセドリックは微笑んだ。
正直、これしか方法がなかったと言える。セドリックの知恵が商会を見つけると言っていたものの、はっきり言って彼は拍子抜けだった。
「こちらへどうぞ」
スーツの男に導かれ、セドリックは奥へと進んだ。小間使いの少女がついてこようとしたので、セドリックはそこで待つように告げた。
そのまま奥の部屋へと通された。その部屋には長椅子と長テーブルが1組あるだけの質素な部屋だったが、やはり品のいいものだった。家具は高級品で揃えられているし、成金によくあるような意匠がごちゃごちゃとしている無秩序さがない。
部屋に入るとすぐにメイドが紅茶を通してきた。これも高級なものだ。美しいカーネリアンのような色合いは、エルフ大陸産のセカンドフラッシュか、オータムナルだろう。
まるで他の公爵家の歓待のようだった。煩わしい挨拶もないので、セドリックにはそれ以上に感じられた。
セドリックが紅茶に口をつけ、カップを置いてから、男は話し始めた。
「本日は当商会の商品説明会にお越しいただき、誠に有難う存じます。閣下のお望みのものは、こちらでも把握しております」
「うん。さっそくだけど見せてもらえるかな?」
「かしこまりました。例のものを」
男が声をかけると、部屋の外からメイドが長い木箱を持ってきた。メイドはその木箱を長テーブルに置くと、蓋を外して中の商品を見せた。
鉄の筒。それに木の持ち手のような、セドリックには一見してもわからない部分――ストック――がついている。しかしその木の部分は白く塗られていて、青や金の装飾がされている。実用的ではない。
「こちらは見せるためだけの、つまり観賞用でございます。ぜひ手にとって見てください。ああ、ご心配なさらず。このままではただの長い棒としてしか機能しませんので」
言われるがまま、セドリックは手にとってみた。ずしりと、重い。しかし、剣ほどではない。槍と比べれば格段に軽い。
「観賞用も作ることができるほど、こちらには余裕がある。そう思っていただけると幸いです。1ヶ月後の納品ですと、1000丁をご用意いたしましょう。半年のお時間をいただけますと、10000丁ほどをご用意できます」
「……ランダルベルク辺境伯はこれをいくつ買ったのだ?」
「誠に申し訳ございません。当商会では、他のお客様の情報は機密情報となっており、お教えするわけにはまいりません。これは貴方様を守るためでもございますので、ご容赦ください」
「なるほど。まあ、合理的だな」
セドリックとしても、知られたくない。特に兄アーノルドには。
「こちらのマスケット銃は、射程がおよそ50mから、良くて80mほどです」
「弓の半分ほどではないか」
案外、射程が短い。これでどうやって勝てというのだ。弓兵の数を揃えられては、こちらに勝ち目がないではないか。
「ご安心ください。すでにご存知かと思いますが、マスケット兵の強みは錬成期間の短さでございます。かなり長い槍衾とお考えください。また、相手の矢などは木の盾を持たせるだけでもかなり変わってきます。ご希望でしたらこちらで木の盾もご用意いたしますが、いかがいたしますか?」
畳み掛けるように男が矢継ぎ早に売り文句を並べる。仕草、言葉遣い、発音などは一流の家令を思わせるのに、その根っこは商人そのものだ。
「待て。待ってくれ。買いたい。買いたいのは山々なんだけど、いくつか問題があるんだ」
セドリックはいつも通りの人当たりのいい表情でにこやかに返す。
「まず、金が無い。こればっかりはどうしようもない。今用意できるのはエピクロス金貨で2000枚が限界だ。かなりヤバイ金に手を付けて、2000枚だ。そのマスケット銃はいったいいくらするんだ?」
「1丁につきエピクロス金貨15枚といったところでしょうか。最小取引単位は1000丁からとなっておりまして、その場合ですと15000枚。10000丁をお買上げいただきますと130000枚に勉強させていただいております。また、10000丁をお買上げいただきますと、火薬を1樽と弾丸2000発分をサービスさせていただいております。最もお得なのはエピクロス金貨にして30万枚からお買い求めいただける戦列歩兵スターターセットです。こちらは、マスケット銃20000丁と1会戦分に十分な火薬と弾丸をおつけしまして、さらにこちらから10名からなる教官団による2週間の練成サービスも行っております」
話にならない。セドリックではどうあっても届かない値段だ。エピクロス金貨2000枚という、貴族が贅を尽くした豪華な夜会を2、3回は開けるような額が、ただの子供のお小遣いにすぎないようなスケールだ。
「ふ、ふざけるな……!そんな額、払えるわけがない……!」
バカにされたとセドリックは感じた。金も払えないガキ。そう感じてしまったのだ。そしてそれが冷静な第三者からの評価であることも、同時に感じてしまった。
「……バーグ侯爵も、お支払になりましたよ。ランダルベルク辺境伯も、もちろん」
男の声は、冷たかった。
「閣下……、あなたは何か勘違いをなさっておられる。公爵の椅子はそのように安売りされているものですか?」
その言葉に、セドリックは息を呑んだ。
「シェーンブルン公爵家の家督は、エピクロス金貨2000枚で買えるお値段でしょうか?いえ、むしろお金で表そうとすることが不敬なほどに崇高な座にございます。それを、閣下は2000枚で、とおっしゃるのですか?」
「き、詭弁だ!」
「詭弁かもしれません。ですが、セドリック様の提示なされたご予算では、ご満足いただける品をご用意することができません」
「では、……では何を対価に差し出せばよいのだ!」
そうだ。こいつらはわざわざ自分に接触してきたのだから、必ずこちらの持っている何かを求めているはずだ。でなければ存在をひた隠しにしている彼らが、その危険を侵す意味がない。
「閣下、それを我々に聞くのは下策というものです」
呆れ、失望したように男は言う。
「ですが、まあ及第点としましょう」
その上からの言い方に、セドリックは苛立ちを隠せなかった。評価されるというのも、セドリックにとって久しいことだった。最後に何かを評価されたのはいつだったか。兄と比べられるということも、数えるほどしかなかった。結局のところ、セドリックは長男が駄目になったときの予備でしかなかった。
「セドリック様、我々は何も現金だけを取り扱っているわけではございません。所謂、投資というものです。貴方様の公爵という未来で、お買い求めいただけるのです」
「……つまり、何がほしいのだ」
「ふふふ、そのお話はゆっくりといたしましょう」




