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悪役令嬢はルート固定しました

セドリック派となっていた部分をシェーンブルン派に修正しました。

「礼なら、セバスとお前のメイドに言ってくれ」


オズワルドは、つまらなそうに言った。


セドリックはすでに自分に割り当てられた部屋に戻った。


この部屋には、オズワルドとセバス、そしてローラと私が残った。


「セバスがいなければこの部屋の防音魔術を抜けれなかっただろうし、何より異常に気づいて俺に知らせてきたのはお前のメイドだ」


「ローラが……」


「お嬢様が殿方と2人きりなんてシチュエーション、ありえませんから」


しれっと毒を吐くローラに、私が思わず微笑むと、彼女はぎょっとした顔になった。


「お嬢様、どこかぶつけましたか?洗脳魔術でも受けました?」


失礼なことを言いながら、ローラは私のおでこに触れて熱を診る。


「ううん。ありがとうローラ」


「私へのお礼は結構です。すべての功績はオズワルド様にあります」


ローラがそう言うと、オズワルドの後ろに控える初老の男セバスに目を配った。


「私に関しても同じであります。私共は主人の手足であります。手足を褒めるのではなく、全体を指揮する頭脳をお褒めくださいませ」


セバスも、優雅に一礼して私のお礼を固辞した。


「オズワルド様、この度は危ないところをお救いくださいまして、誠にありがとう存じます」


「……構わない」


オズワルドは頬を赤くして、そっぽを向いた。


「オズワルド様、照れてはいけません。ちゃんと向き合いなさい」


「て、照れてなどいない!」


「申し訳ありません、リーゼロッテ様。オズワルド様は照れ屋でございまして、なかなか想い人に素直になれないのでございます」


「や、やめろセバス!なぜそのことをわざわざ言うのだ!」


「あら、夜会ではいつも女性を伴われていましたので、てっきりそういったことには通じておられるものと思っておりましたわ」


顔を赤くするオズワルドがかわいくて、ついつい私もセバスの悪ノリに合わせる。


「本命ではないからにございます。適当に作ったと仰られる詩の技量の10分の1でも、本命への詩に傾けられればよろしいのですが、リーゼロッテ様に向けて作る詩などでは、あまりに拙い出来になってしまうんですよ」


「やめろ!口を閉じろセバス!」


「ならご自分のお言葉でお話ください。素直に。端的に申し上げるのです。芝居がかったものではなく、自尊心で塗り固めたものではなく、純粋な心を伝えるのです」


……さすがに鈍感な私でもわかる。


オズワルドは赤くなった頬を擦り、水面に口を出す魚のように、何度か口をぱくぱくと開け閉めした。


「まだ、契りの指輪も用意できていないし、その、なんだ、こういうふうに流れに任せてという形で申し訳なく思う……」


そう言ってオズワルドは立ち上がった。


「だが、もう我慢はできない。俺の嫁になれリーゼロッテ」


「ぼっちゃま」


「ぼっちゃまはやめろ……」


オズワルドは、セバスの指摘にもう諦め半分で言う。それ以上にセバスが諦め顔になってるけど。


もう、何を言っても無駄だと思ったのかな?


顔を片手で覆って、何やら諦めた様子で、私の前まで来た。思わず私は立ち上がる。


「リーゼロッテ。我が愛しの太陽。結婚してください」


オズワルドが、その場に跪いて、私を見上げた。サファイアみたいな目が、私を見ていた。


「はい……」


私の口が、そう動いた。


なんだか現実味がない。ふわふわして、足下から溶けてなくなっていくような感覚だ。


勝手に私の手が前に出る。


オズワルドがその手をとって、魔力で氷の指輪を作った。


「今は、これで許してくれるか?」


「はい……」


なんとも夢見心地に、私はオズワルドの求婚を受け入れていた。


2人が甘い空気に包まれているとき、セドリックはその端正な顔を歪ませて歩いていた。そこがカロン伯爵家の実家の廊下だろうが、彼にとっては関係なかった。もはや、彼に残された道は少ない。


「くそっ……!何としても……!何としてもマスケットを手に入れなければ……!」


セドリックがシェーンブルン公爵家を継げるとしたら、それは間違いなく長兄であるアーノルドが邪魔だ。


エルフ大陸を征服し続け、領土を拡張する兄を、翻意ありとして誅伐する。その筋書きは概ね出来上がっている。


七天騎士団の私物化。それを元フルール子爵の件を引き合いに出しつつ、責めれば一応の正当化は立つ。協力者もすでに何人かを見繕っている。伊達にシェーンブルン派なんてものを恥ずかしげもなく広げていたわけでもない。野心を漲らせている庶子は学園内にも履いて捨てるほどいる。その逆は遥かに上回るほどいるのだが。


だが、圧倒的に戦力が足りないのだ。エルフ大陸にあるのは軍の中でも精鋭たち。それを討てる戦力なんて、この国内には数えるほどしか残っていない。


それに、その戦力をかき集めて何とか勝ったとしても、国内外の治安維持に問題が出てくる。そうなると別な、例えばシェーンブルン公爵家の外戚関係である家々が、公爵領を預かる能力無しとみて、領地を切り崩しにかかるだろう。外面は良いものを貼り付けて、「その荷物は重いだろうから持ってあげるよ」とでも言うように。


そうなれば仮にアーノルドを斃してもセドリックは公爵にはなれない。皇帝領と隣接し、帝国宰相を何人も排出してきた栄えあるシェーンブルン公爵家。その燦然と輝く玉座を、あの汚らわしい農奴の血で曇らせるなどあってはならないことだ。


「これは、誅伐だ……!誅伐なんだ……!」


ああ、神よ!とセドリックは祈った。なぜあんな汚れた血に魅せられた愚兄が家督を継ぎ、清廉潔白で正義感と責任感に溢れた僕が次男という立場に押し込められなければならないのか……!


いくら憤ったところで、現実は変わらない。アーノルドは結果を出し、セドリックは結果どころかスタートラインにも並べていない。


この差を埋めるためには、まったくのド素人である農民たちを、あっという間にいくらか使える戦力に昇華させるというマスケット銃が必要不可欠だった。


マスケット銃を運用したランダルベルク辺境伯は、穏健派であるダルシアン公爵に連なる家柄だ。またそれに対抗したバーグ侯爵は、メギハード公爵に連なる家柄。


だが、メギハード公爵は開戦派ではあるものの、ここ2代の当主は殲滅卿ランダルベルク辺境伯の反動で武に偏りすぎ、文官の気風の強いシェーンブルン公爵家の家督争い程度には、到底力を貸してくれそうにはない。縁者に打診はしたものの、やはり武を示せない庶子など眼中にないといった雰囲気だった。


であれば、残る選択肢は、今ある手札を強化するしか無い。それを可能にするのが戦列歩兵であり、マスケット銃だ。


(こうなったら、バーグ侯爵が接触したという商会を片っ端から当たっていくしか……。しかしどうする?俺には公爵家お抱えの影の者たちに命令できる権限がない……。直接的に聞くのか?どうやって……?)


セドリックが、マスケットの情報を入手できたのは偶然だった。予め情報組織に網を張らせていたわけではない。セドリック自身が闇の世界に深く通じているわけでもない。


ただ、漫然と習慣的に開いた茶会で、ランダルベルク辺境伯領でのことを偶然耳にしたのだ。


エンデナ伯爵の三男坊であるアンダレス・フォード・ド・エンデナという男が、偶然手に入れた情報として自慢げに話してきたのだ。


ハリルという兄の婚約相手は、あのランダルベルク辺境伯の一人娘だ。そして一部の事情通の間でしか起きたことすら知られていないが、ランダルベルク辺境伯は隣領のバーグ侯爵家との領地境界線争いがあって戦死。そしてその長子であるレンタス・ロンド・ド・ランダルベルクが戦地襲爵した。


ここまでは武を張る領地間ではありふれた家督相続案件だ。しかし、ここに高等法院が待ったをかけた。訴えたのはなんとその婚約相手であるアリス・ロンド・ド・ランダルベルクであった。


彼女は数万に登る兵力を領地からかき集め、マスケット銃で一気呵成にバーグ侯爵軍を蹴散らした。兄レンタスがただ城に篭って震えているだけしかできなかったにも関わらず、だ。


その後、レンタスは戦の混乱に乗じて父カルコスを弑逆した罪に問われた。高等法院はアリスの訴えを受け、レンタスに死罪を言い渡し、レンタスは自害。そうしてアリス・ロンド・ランダルベルクは見事にランダルベルク辺境伯の座を手にした。


そこからアンダレスは、兄ハリルを婚約者にいい形で逃げられた情けない男だと陰口を叩くことに終わっていたので、本当に彼は関わっていなくてただ聞いただけだったのだろう。となるとアンダレスを利用しようにも価値がない。


現ランダルベルク辺境伯は、長子ではなく、しかも女性がその座を手にした。己が力と才覚でによって、勝ち取ったのだ。


セドリックは羨ましかった。それだけの才能と実力と、そしてそれを掴み取るだけの運を有していることが、どうしようもなく羨ましかった。


「星は我が頭上に輝きたり」


セドリックは呟いた。それは2匹の魚が巴になって星空を泳ぐシェーンブルン公爵家の紋章に書かれた家訓だ。星とは、運命の導きを表す。つまり、運命が味方しているという意味だ。


「馬鹿馬鹿しい……!」


セドリックは毒づいた。運命は自分で勝ち取るものだ。自分で切り拓くものだ。そうでなければ、セドリックはシェーンブルン公爵家の外戚であるアポロ侯爵の娘と結婚させられ、そしてある程度のものを与えられて余生を過ごすことになる。


そんな緩やかな死は嫌だった。そんな怠惰な生を選ぶくらいなら、苛烈な死を受け入れてやる!


そう息巻いても、結果はついてこない。次男である自分には、同じくして次男以下しか集まってこなかった。そう。怠惰な死を半ば受け入れた怠惰な連中しか、集まってこなかったのである。シェーンブルン派なんて言いながらも、その実情は放蕩息子の集まりだった。城下町のチンピラとつるみ、貴族の名を貸して商売をするような気概があるやつもいたが、少し前にデカイ組織に手を出したらしく、行方不明になった。


あとに残っているのは野心を漲らせながらも、どうしようもできずに燻っているやつと、本当にどうしようもないクズばかりだ。


セドリックは気づけば自分のあてがわれた客室に戻っていた。どのタイミングで戻ってきたのか、思い出せなかったが、これも普段の努力のなせる技の1つだった。頭と身体の動きを分け、考えを巡らせながらやらなければならないことを熟す術だ。


「くそっ……、どうすればいいんだ……」


ベッドに座り込んで、セドリックは呻いた。連れてきた小間使いが、どうしていいかわからずに部屋の隅でひっそりと佇んでいる。


オズワルドには勝てない。なんて言ってもオズワルドはアシェット公爵家の長子だ。元から運命が決まっている。望めば望んだだけのものが相違なく手に入る。


「はは、まさに『星は"彼の"頭上に輝きたり』だな」


自虐的に吐いた言葉は、存外にセドリック自身の心を抉った。


「どうしても、どうしても俺にはマスケット銃が、戦列歩兵が必要なんだ……!どうすればいい?マスケットの出処は高等法院も掴めなかった。まあ、あいつらのような穀潰しの集まりが有能かどうかは疑問が残るが……、しかし、それではランダルベルク辺境伯からの足取りが……」


「一定のパスワードを認証しました。メッセージを再生します」


セドリックは自分の耳を疑った。部屋の隅を見れば、小間使いが1人いるだけだ。この小間使いが喋ったのだろうか。


「……今喋ったのはお前か?」


セドリックは恐る恐る尋ねた。小間使いが許可なく喋り始めるなど、ありえないことだ。奴隷と違って最低限の人としての権利はあるものの、それでもシェーンブルンの青い血とは比べ物にならない。セドリックが望めば、殺して木の肥料にしてやることくらい何の労もない。


「セドリック様が力を望むのでしたら、我々の商会がお役に立てますでしょう。簡単な洗脳魔術の応用で、一方的な伝言となってしまうことをお許し下さい。また、貴方様の小間使いに貴方様と秘密裏に接触するためとはいえ、洗脳魔術をかけてしまったことを重ねてお詫び申し上げます」


「おい、待て、何を言っている……?」


「この小間使いの小娘が、我々の主催する商品展示会への割符となっております。セドリック様のお知恵が我らを見つけることができますよう、心からお待ちしております」


「……なるほど。予め顧客となりそうな者の手勢に、条件付きの洗脳魔術を仕掛けておく。そうすることでそちらの戦力は温存され、洗脳魔術が解除されたとしても損害はない、と」


さらに、条件付きとすることで証拠が残らない。洗脳魔術に対抗するのは、簡単な解呪魔術と精神分析魔術の2つだ。解呪魔術は、魂の情報を元に精神状態を正しい状態に戻すという高度ではあるが単純な方法。何よりこれが洗脳魔術に対する一般的な対抗方法で、初級魔術理論さえ理解していれば、自分でかけることができる簡単な魔術でもある。それが符呪された魔導具も、お守りレベルの小さなもので、平民にも使える代物だ。


対して精神分析魔術は、洗脳魔術に洗脳魔術をぶつけるがごとく、他人の精神状態を覗き見ることで異常の有無を発見する魔術だ。元々尋問用に作られた魔術で、人の思考や感情や記憶を見ることができることから、この魔術の使用も洗脳魔術と同じくらいの制限がかかっている。つまりこれを犯せば極刑になる。


洗脳魔術に対する防御は簡単だが、反撃手段が少ないのが現状だ。魔力痕は被術者の魔力と同化してしまい、事件が発覚する頃にはすでに変質してしまって役に立たない。露見した時点で被術者を殺害することで、変質化を最小限に抑えることで犯人逮捕までこぎつけた案件はあるものの、それができたのは宮中での出来事で、全て帝国宰相主導のもと行われた捜査だったからだ。


この小間使いを調査しようにも、公爵家の次男程度の権力ではこいつを殺害して魔力痕を辿ることは難しい。そもそも魔力痕を検出するためには高度な魔導技術が必要なのだ。セドリックは悲しいことにその才能が人並みにしかなかった。依頼をすれば、それだけ波風が立つ。洗脳魔術を受けた小間使いを他家に連れ込んだとなれば、面白くない噂が立つのは間違いない。


「しかしそれならどうやって辿る……?」


そうだ。この洗脳魔術を行使した連中は、処刑のリスクを負ってまでセドリックにコンタクトを取りたかった連中ということだ。そう考えれば、洗脳魔術がかかっていたことを知る者だけが――つまりセドリックが辿れるような痕跡を残しているはずだ。


「星は我が頭上に輝きたり、か」


セドリックは笑う気持ちになれなかった。その輝く星は、きっと凶兆を告げる星だ。しかし、その星に縋る他ないのも、また事実だった。

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