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貴族令嬢のルート分岐点

セドリックから聞かされた話は、にわかに信じられないものだった。


自分の預かり知らないところで、すでにマスケット銃は量産体制が取られ、さらには戦列歩兵までもが戦場に出現している。


ということは火薬ももちろんとっくの昔に発明されているし、戦列歩兵という概念も浸透する程度にはすでに知られているということだ。


いる。私の中に一つの推測ができた。むしろ確信に近い。


転生者は私やサクラちゃん以外にもいる。


むしろ、先ほど挙げられたヴァーミリオン伯爵なんかは怪しい。というかほぼ間違いなく転生者だろう。


幼い頃から魔術に優れているというのは、ほとんどが強くてニューゲームの転生者の特徴だ。大方、乳児のころから意識があって、極々小さい頃から魔術に親しんだのだろう。


同じような理由で、死んだ元フルール子爵も、私は怪しいと踏んでいる。まあ死んでしまっては確かめようもないけど、今思えばフルール製武器と呼ばれるマスケット銃なんかは、明らかに転生者を指し示すものだ。


地球でも自然と開発されたものだし、そもそも概念的には大砲を小さくしたものなのだから、マスケット銃もこちらの世界の人間が思い付いても不思議ではない。転生者でなくとも、天才はこの世界にたくさん存在している。


そう思って無視していた事実が、私の目の前に現れ出た。


転生者は他にもいるのだ。


「さて、リゼは量産体制はとれないという。しかし事実として量産されたマスケット銃は大量に存在している。そして、我がシェーンブルン公爵家の情報網に引っ掛かった作成可能者は、リゼだけだ……」


セドリックは柔和に微笑んでいる。それは勝ち誇っている笑みだ。


このことを高等法院に知られれば、私は間違いなくフルール子爵との関係性を疑われる。大逆者との繋がりがまずいことは誰にだってわかる。


さらに言えば、フルール子爵はダルシアン公爵の派閥にいたのだ。ダルシアン公爵は穏健派であり、開戦派であるシェーンブルン公爵とは対立する立場にある。


ロミオとジュリエットではないが、対立派閥とむやみに仲良くするのは歓迎されることではない。派閥に勧誘して切り崩すのでも、貿易上仕方がなく手を組むのでもないかぎり。


今回の場合、そこらの小悪党が相手だと疑われているわけではない。


最新鋭の武器を密造し、反逆の準備を整え、七天騎士団であるエクスリーガ騎士団の私物化を目論んだ、悪の権化フルール子爵だ。


これが高等法院の最高裁判所にしょっぴかれて、尋問が始まれば、間違いなく私は有罪判決を受ける。


高等法院の最高裁判所には、潔白の誓いの魔法陣が組まれている。嘘がつけなくなる魔術効果を有した陣で、その祭壇に上がれば、意識が朦朧として聞かれたことに素直に答えてしまうという……。


そうなれば、私がマスケット銃と火薬の作り方を知っていること、私の魔力と魔術を使えば直ちに量産が可能なこと、そして私が戦列歩兵というマスケット銃の効果的な利用方法を知っていることが暴露される。


もちろん、待っているのは絞首台、もしくはギロチン台だ。


「それで、セドリック様は何をお望みで?」


なので、私は命乞いをするしかない。でも見窄らしくなく、貴族としての最低限の矜持を崩さないように、だ。


「マスケット銃と戦列歩兵という兵種について、リゼの出せるもの全てだ」


ぞっとした。


セドリックは間違いなく、戦列歩兵を実現化させようとしている。


「す、全てと仰られましても……」


「君の命と引き換えだよ。商人のいう、お買い得というやつだと思うけれど?」


「あ、……う……」


私は、何も言い返せなかった。


この腹黒王子に、完全に追い詰められた。


不用意に火薬を見せるんじゃなかった。思った反応が得られなかったからといって、ムキになってマスケット銃まで見せるんじゃなかった。


今更後悔しても遅い。私の脳裏には、工場労働者のように魔力が尽きるまで火薬を錬成し続け、目元に隈を作ってげっそりと痩せ細った未来の私が映し出されていた。


どうしよう。


この場で真実を知るセドリックを殺す?


……有り得ない。セドリックを殺せば、どちらにしても、私は殺人罪で殺される。


殺人罪であればいい。セドリックの密告によって罪に問われれば、私は間違いなく大逆罪……。


私の思考が、ぐるぐると同じところを回り続ける。


「面白そうな話をしてるじゃないか」


今度こそ、私の頭は真っ白になった。


声の先に無意識が目線を向ける。


青い目が、二つの光を放っていた。


「オズワルド……!」


セドリックの声が憎悪に染まる。


「出涸らしから実った果実は、随分と自己主張が強いようだなぁ、セドリック……」


オズワルドの真っ白な芸術品みたいな肌が真っ赤に裂けたように見えた。


……違う。


オズワルドは笑っていただけだ。


あまりに真っ赤な唇が、裂傷を想わせるほどに歪んだ笑みを浮かべていた。


何物をも引き摺り込んで呑み込む、蛇の口だ。


「全部話は聞かせてもらった。次があるなら、防音の魔術は、家主のものに重ねて自分の魔術も使ったほうがいいぞ」


「…………」


頭が追い付かない。何が起きてるの……?


「今日のお前……、いや、お前に限らず、みんな少し忘れっぽいようだな?そうだろ?セドリック」


「…………」


「明日になれば俺は今日ここで聞いたことを忘れてるだろうし、お前もリゼが火薬を作れることも、戦列歩兵を知っていることも忘れてるかもしれない」


オズワルドは静かに、蛇が獲物に近付くように、音もなくセドリックに近付く。


「だが、もし思い出せば……。そう、例えば俺は……、シェーンブルン家の長男であるアーノルドが懸想している七天騎士殿が農奴の生まれであることを思い出したり……」


オズワルドはセドリックの背後に回り込んだ。


セドリックは蛇に睨まれたカエルのように動けない。


「シェーンブルン公爵閣下が、叔父上殿に秘密の借金をしていることを思い出したり……」


ぽん、とセドリックの肩にオズワルドが片手を置く。


「もしかしたら、セドリックくんが下克上を企てていることを思い出したりするかもしれないなぁ?」


そして、残りの片手を肩に置いた。


「……そうだね。今日の僕たちは忘れっぽくなってるみたいだ。さっきまで何のことを話していたのか、ド忘れしてしまったよ」


セドリックは、いつもの余裕の笑みを浮かべていた。


「ああ、きっとあの肥溜めとかいう臭いだけで何の役にも立たないもののせいだ。臭いが鼻から入って、頭をダメにしたんだ」


「違いない。ああ、それに違いない」


セドリックとオズワルドは、いつもの双王子のように笑っていた。

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