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貴族令嬢の戦列歩兵構想

リーゼロッテ視点

「はあ……」


「どうした?」


思わず溜息が漏れる。その溜息を気にかけてか、オズワルドが私の顔を覗き込む。


「な、何でもありません!」


恥ずかしくて、思わず大きな声が出る。あの日以来、オズワルドの顔をまともに見ることができなくなっている。


我ながら何とも言えない。どんだけ男性耐性低いんだか。


精神年齢は少なくとも50近いはずなんだけど、何がどうしてこうもドキドキしてしまうんだろう。


「というか、何ですのこの臭いは……」


エリザお姉様が鼻を摘んでいる。仮にも公爵家の令嬢とは思えない醜態だ。


ほらほら、側近の方々も「おいおい……」って顔をしてますよ。まあその側近も顔を顰めてますけど。


セドリックはハンカチを鼻と口元に当てている。


対してオズワルドは何ともないようだった。鼻詰まってるのかな……。


臭気が辺りに立ち込めている。これでも臭気の原因は扉の向こうだというのだから、これからこれを開けなければならないと思うと辟易する。


「開けて」


私、エリザベータ様、オズワルド様、セドリック様は、側近たちを引き連れて、私の父が治めるカロン伯爵領を訪れていた。それとサクラちゃんも来ている。


それぞれがそれぞれの思惑を携えているのだが、まあ、それは貴族であれば当然の嗜みだ。サクラちゃんの場合は商人だけど。


私の言葉に、私のメイドであるローラが木の扉を開ける。口元は布で覆い尽くしているけれど、それって意味あるのかしら……。


開けられた扉から、さらなる臭気が吹き出すように私たちを襲う。さすがに耐えられないので風を操って臭いを吹き散らす。


最初からそれをやれよ!という目線がたくさん私の後頭部に突き刺さるのは気にしない。だってありのままを見たいって言ったのはみなさんですもの。


「こ、この臭気が目的のものなのか?」


「確かにこんなものを撒き散らされては戦どころではなくなるが……」


セドリックとオズワルドが困惑しながら言う。こんなものを戦場に撒き散らされたらたまったもんじゃないのはたしかだけど。


「いえ。私が求めているのはこんなものではありません」


「…………」


私の言葉を聞いた全員がげんなりした顔をした。たぶんこれより臭いものを想像したのかもしれないけど。


「では、これを汲み上げてください」


私は村人に指示をして、木のバケツで臭気の元を汲ませる。さすがに村人も嫌々やっている感を隠そうともしない。村人にとっては、伯爵家の娘も公爵家の跡取りも同じ貴族にしか見えないのよね……。


汲み出された臭気の元を、高貴な貴族様たちが覗き込む。


「これは……」


「おいおい……」


口々にがっかり感を出すのはやめてもらえませんか。そうですよ。それはあんたらもケツから捻り出してるものですよ。


「こちらが火薬の原料となる糞尿です」


「お、おじょ、……リーゼロッテ様!」


さすがに下品すぎてローラが咎める。でもなんて言ったらいいのよ。ご不浄?


「ではサクラさん」


「はい」


サクラちゃんも元は異世界人だ。火薬の基本的な知識は把握している。前世の内容についてはお互いにノータッチだけど、あの平和な前世で火薬の作り方を知ってた前世ってどうなの?おぼろげにしか覚えてないけど、私はなんで知ってたの?


まあ、そんな疑問は置いて、サクラちゃんの手下が草木を持ってきた。それを糞尿の入ったバケツに入れて、木のヘラで混ぜる。


「このあと2、3年待ちます」


「「えっ」」


私の渾身のボケが炸裂した。


……しばらく待ったけど何のツッコミもないので、続けましょう。


「……が、今回は時間がないので錬成魔術で作ります」


ほい、と魔術を使えば、はい完成。白い結晶が糞尿の上に浮かび上がってきた。魔術ってすごい。硝石がこんなに簡単に作れたよ。


「これが火薬の材料になります」


「…………」


歓声を期待したのだけど、まったく反応がない。


え?なんで?どうして?


「じゃ、じゃあ実際に火薬を作りましょう!」


気を取り直して黒色火薬作りに取り掛かる。用意していた硫黄、磨り潰した木炭、そして硝石を混ぜて作る。


硫黄はなんとサクラちゃんが確保していた。やっぱり転生したらそれだよね……。定番だもんね。


この辺は全部魔術でやってしまう。風の方向を調節しながら、撹拌の魔術と拘束の魔術で座標を固定して混ぜ合わせる。比率は10:2:1ね。なんでこんな知識を知ってるんだろう……?


「「おおーっ!」」


ここにきて初めて歓声が上がった。え、なんでここで歓声?


「え、えーと、次にこれに圧をかけます」


座標固定したまま、中央に向けて圧をかける。ぐいぐいと押せば、黒色火薬が小さくなっていく。


「さすがリゼ」


「見事ですわね」


……うん?


あっ!まさかこの人たち、私の魔術しか見てないな!?


そうだった。忘れがちだけど、異なる魔術の二重発動なんかは凄く難しいことのはずだった……!


「今は私の魔術なんかどうでもいいんです!火薬を見てください!火薬を!」


出来上がった火薬を見せても、反応はいまいちだ。簡単な鉄パイプと弾丸を錬成して、銃を作ってみせても感心は薄い。


「ふーん。これが皇帝陛下に献上されたという武器か」


「礫を飛ばすだけなら誰でもできるんじゃないの?」


「ねえ。この火薬で何をしますの?」


駄目だ……。まったく反応が薄い。というかみんな比較対象が魔術だからまったく興味がなさそうだ。だよね……。魔術で何とかなっちゃうもんね……。


でも、そんな中でオズワルドだけは真剣な表情だったのが印象的だった。


な、何よ。ドキッとするじゃない……!





カロン城に戻った私たちは、明日の旅程に備えて休息をとっていた。


公爵家の客人用の部屋に比べたら数段下がるだろうけど、そこは我慢してもらうしかない。


私は自室に篭って黒色火薬の有用性を何とか認めさせようと頭を捻っているところだった。マスケット銃は存在してるんだから、そこから戦列歩兵という戦術が生まれ、平民にしても徴兵から常備軍という考えに移行して……。


という流れを画策していただけに、私の精神的ダメージは大きい。


私が頭を捻っていると、ドアがノックされてローラが入ってきた。


「お嬢様、セドリック様がお話があると」


「セドリック様が……?こんな時間に何かしら?」


夕食を終え、陽は傾いて夕焼けが輝く時間だ。あとはすぐに暗くなる。


「とりあえず客間にお通ししておいて。すぐに着替えて行くわ」


「かしこまりました」


ローラに指示して、さっと着替える。洗練されてもないが、野暮ったくもない淡い水色のドレスにしておく。


客間に行くと、セドリックが座って紅茶を楽しんでいた。


「こんな時間にすまない」


開口一番、セドリックは謝った。謝るなら初めからするな、と言いたいけれど、ここは笑顔で受け取っておく。


「あの黒色……?火薬のことで話をしたかったんだ」


「はぁ……」


さっきの反応の悪さからして、あまりいい返事は期待できない。それだけに、私の返事も気の抜けたものだ。少なくともシェーンブルン公爵家様に向けていい声色ではない。


「リゼ。君はどこであの作り方を知ったんだい?」


「どこで、と言われましても、魔道理論のままですわ」


「というと?」


「少し講義のようになりますが、ご容赦くださいませ」


私はそう前置きをして、用意していた言葉を思い出す。


「火を助ける硝石。火を保つ木炭。火山の結晶の硫黄。これらはすべて火にまつわる物質です。これらを合わせればちょっとした種火を大きなものにする薬ができると考えました」


「硫黄と木炭は知っている。だが、硝石というのは何なんだ?」


「木は火を助けます。また木は土より生まれます。農業の本質とは、土より木を生み、人を助けることにあります。最新の魔道理論によりますと、魔素とは巡ることによりその力を新しくし、また強大にしています。ここまではよろしいですか?」


「……うん。巡らせる、というのは聞いたことがある。あの肥溜めとやらも、土から吸い上げた恵みを返すということだったな」


セドリックの答えを聞いて、私は満足そうに頷いてみせる。やはり公爵家のご令息は、頭の回転も早く、聡明でいらっしゃる。


「その恵みは、土から来たものです。土から生まれるもの。つまりは木の属性……、火を助けるものになる……」


セドリックは熱心そうに聞いている。


「そして、あの……、ふ、糞尿に、草木を混ぜ、木の属性の方向を与えてやることで、硝石という火を助ける結晶が生まれるのです」


「なるほど。それで、フルール製武器の真理に辿り着いた……と」


「はい。この世界の根幹を成す理が1つなら、辿り着く所も1つかと」


私の締めの言葉を聞いて、セドリックは顎に手を当てて足を組んで、目を閉じて眉間に皺を寄せて、しばらく考え込んだ。


うーん。絵になるイケメンだ。


「……アンネローゼ・ミルネラ・ド・カロン伯爵夫人」


セドリックが呟いた。私はたっぷり1分ほど、その言葉を頭の中で咀嚼した。何度考えても私の母の名前だ。


ヴィンハラール・マルクル・ド・カロン伯爵の第1夫人で、私の実の母親で、金髪縦ロールの浪費家だけど、母様は夫人ネットワークに凄い力を持っている……。


何か要素を思い出そうとしても、パッとは思いつかない。


だって私を育てたのは乳母のエリーゼだし、ある程度大きくなってからはその子供で2年年上のローラが身の回りのことはやってくれていた。


母と接した記憶は、ほとんどない。


「はい?」


なので、セドリックにそんなことを言われても、私の反応はこんなものしか出てこない。


「君はいつだったか……冬の前だったかに、僕に行ったよね。襲爵する気はあるか?と」


……えーと……。はい。言ったような覚えがあります。はい。ええ。なんかイケメンをからかってみたくて言いました。


……はい。次男の心を傷付けるような言葉であったと、今では反省しています……。


でもそれがお母様と何か関係があるのかしら……?


「うん……。悪くない。兄アーノルドを倒す。それ自体は非常に魅力的な話だ」


えっ、なになに?なんだか不穏な話にシフトしていってるんだけど……?


「でも話はそう簡単にはいかない。アーノルドは今エルフ大陸にいて、さらには大兵力を率いている。いくら僕が足掻いても追いつけないほどだよ」


「え、ええ。それは私も聞き及んでおりますわ」


「でも、由緒正しき公爵家を、婢女(はしため)の血で穢すことを許さない。いや、許してはならないんだ……」


アーノルドはセドリックの兄で、シェーンブルン公爵家の長男にして嫡男。エルフ大陸で版図を広げる先鋭。七天騎士団の1つアーキオス騎士団を伴って、積極的にエルフ大陸を攻めたてている。


なんでも、アーキオス騎士団の団長、つまり七天騎士のミーシャ様とアーノルド様は仲が良いらしい。……というか、聞き及んだ噂では、元々ミーシャ様は農奴で、その美貌からシェーンブルン公爵家に召し上げられたとか。


社交界に出たことのある令嬢なら誰でも一度は聞いたことのあるロマンチックな恋愛話だ。そして公爵家嫡男が婢女に心を奪われたという醜聞でもある。


個人的には自由恋愛なんて素敵ね、なんて思うのだが、貴族としては落第ものだろう。七天騎士へと宝具に選ばれたからこそよかったものの、そのままなら酷いスキャンダルだ。


もしかしたらセドリックはそこを狙っていたけど、ミーシャ様が七天騎士になっちゃったから打つ手が無くなった……とか?


「そうですわね」


思う所はたくさんあるけど、私は飲み込んだ。まだ話の筋は見えない。


「……いや、話が迂遠に過ぎたね。単刀直入に言おう。リゼはマスケット銃と火薬を、バーグ侯爵家にいくらで売った?」


「……はい?」


「シェーンブルン公爵家ではなく、僕が買おう。いくら出せばいい?」


「え、あの、ちょっと待ってください。話がまだ見えてこないんですが……」


「エルフ大陸のベーティエ公爵家の領地であり、交易港のグランマルナの街で、大規模なエルフの反乱があった」


「はぁ。そんなことが……」


それは知らなかった。私の利用しているのはシェーンブルン公爵家の港エンリケと、エルフ大陸のアシェット公爵家の領地メーテラを結ぶ航路だ。


ちなみにアシェット公爵家しかゴムを扱っていないから、という悲しい事情がある。


公爵家間の貿易になるので、便数は少ないし、税金もたくさん取られる。まあ関所で多重課税されるよりマシなのでこの航路しかないんだけど……。


「エルフは街の食料を奪い、南のアウジラを半包囲した。食料を奪われ、反乱の地となったグランマルナは、近隣アウジラからの援軍はなく、治安は急速に悪化した」


反乱を御せなかった、というだけで、治安機構に疑問を抱く人もいただろうしね。その辺の心理はわからないでもない。誰かが暴徒になって略奪を始めれば、略奪されるより略奪する側になったほうが得だから。少なくとも損はしない。


「それを制圧したのは七天騎士エクスリーガ卿にして、トランフルール伯爵の率いる軍だったんだ。その軍はマスケット銃で武装していて、あっという間にグランマルナの街を占拠した。元々、飛び地のクルシアンという開拓地への労働兼防衛ってことだったらしいんだけどね」


もしかしたら、トランフルール伯爵としても、復興のための利益を考えてエルフ大陸を開拓したかったのかもしれないし、王命に従うことで旧フルール子爵の汚名を少しでもそそごうとしたのかもしれない。


結果的にベーティエ公爵に借りを作ることができたのだから、大手柄よね。


「トランフルール伯爵がマスケットを持っているということは理解できる。なぜならフルール子爵が持っていた技術なのだから、当然といえば当然だ」


「……そうですわね。大逆人フリードリヒはエクスリーガ卿と並々ならぬ関係だったと聞いておりますもの」


これも貴族の醜聞の1つだ。魔道の才能に溺れ、サンマルティア公爵家とアヴァリオン公爵家に唾を吐き、七天騎士団を私物化し、皇帝の権を侵した。


一族を皆殺しにするには、十分すぎるほど足りる案件だ。


だけど、私はそこではないところに引っかかる。マスケットで武装していた……?弓より射程が短く、集団運用しないと意味のないマスケットで武装……?


「だが、同様の兵種がメギハード公爵家に連なる者の軍から現れ始めた。高等法院が武器の流通を洗ったが、ルートが通常の商業ルートしか出てこない。それに、複数の商業ギルドが噛んでいて、詳しいことが出てこないんだ」


商業ギルド。立場の弱い商人たちが互いを守るために組む互助会であり、一定の流通価格を守ることで市場を貴族の管理しやすいものにする統治機構でもある。


サクラちゃんの属するデュオクリーム行商組合も、商業ギルドの1つだ。


弱い立場なので、商業ギルドは厳重な管理のされた超秘密主義だ。製法の1つで生活を保っている人もいるのだから、その管理は徹底されている。というか徹底されてなければたくさんの人が死ぬ。


だから、いくら高等法院とはいえその秘密は解禁されない。それに無理に聞き出そうと催眠魔術や洗脳魔術があるからといっても、そんな危険な魔術は対策もされ尽くしている。


平民でも買える安い魔道具で解除ができるようになっているし、商業ギルドの秘密を知るクラスの大商人ともなれば、小貴族には真似できないほどの魔道具まみれになって防御を固めている。


「トランフルール伯爵はシロだった。フルール領の武器工房はすべて事件の際に破壊され尽くされていたし、出ていった帳簿もなければ不自然な金銭の授与があった形跡がなかった」


謀反の疑いが未だに晴れないトランフルール伯爵は立場が低い。高等法院に出張られれば、その調査を拒むこともできないだろう。


「同じく、ヴァーミリオン伯爵もシロだった。彼の魔導銃は原理こそ同じだが、魔力無しには起動できないし、量産は不可能とのことだ」


護身用の魔導銃を貴族向けに売り出しているヴァーミリオン伯爵も、銃に関与している大貴族の1人だ。


彼の場合、遺跡から発掘したものに改良を加えているだけというので、嫌疑は薄かったのだろうか。痛くない腹を探られるのを避けることもできたのかもしれないけれど、大人しくあの無粋極まりない高等法院の調査を受けるというのも、また逆に怪しい気がするんだけれども……。


「残る出処は、もう君だけだ。火薬とやらは、魔力無しに発動する爆裂魔術のようなものと聞いている。となれば、通常の魔術では感知不能の上に、平民ですら爆裂魔術を使うことができることになる」


厳密に言えば空気中の酸素を直接反応させる爆裂魔術とはまた違うんですけどねー、とは言えず、真剣な表情で肯定にしておく。


「……その脅威性を、君は理解しているようだった」


「ええ。それについては理解しています」


「ではなぜ、バーグ侯爵にマスケットを売った?」


セドリックの目が、キラリと光る。獲物を射抜くような、狩人の目だ。


「売っていません。私の方法では、火薬が量産体制に移行するまで、あと2年はかかります。私がバーグ侯爵に火薬やマスケットを売ることは不可能です」


「高等法院がそれを信じるかな?」


「……脅しですか」


「リゼがそう捉えたなら、そうなるね」


脅しながら、セドリックは優雅に微笑んでみせた。攻めの顔だ……ってそんなこと考えてる場合じゃない!


燕雀(えんじゃく)鴻鵠(こうこく)の志を知らずと言われますわ。畏れ多くも、どうかこの卑賤の身にご教授賜りたいものです」


「うん。そういう態度は嫌いじゃない。何事にも形式というのは大切だからね」


セドリックは上機嫌に言った。


「つい先日、バーグ侯爵が、戦列歩兵という兵種を伴って、ダルシアン公爵派のランダルベルク辺境伯領へ攻め入った」


「戦列歩兵!?そ、それは……、本当ですか!?」


かかった。……セドリックはそういう顔をしていた。


「戦列歩兵、というものに思い当たるフシがあるみたいだね。不思議なことに、これを迎え討ったランダルベルク辺境伯も戦列歩兵を有していた。これはどういうことだい?」


「わ、私は、何も……」


「その言い訳が通じるかどうかは、僕が決める」


セドリックの顔にあった表情は、どこまでも柔和な微笑みだった。

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