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貴族令嬢の戦列歩兵運用

「おいおい。話が違うじゃねえか」


そう言って威圧するのは、見目麗しい令嬢である。ランダルベルク辺境伯の長女、アリス・ロンド・ド・ランダルベルク子爵。彼女はその華奢な手に似合わないリボルバー拳銃を握り、その銃口を目の前の男に向けていた。


「まあまあ。落ち着いてください。私だって予想外のことなんですよ、これは」


リボルバー拳銃を向けられた男は、かつての銀髪を黒く染めたフリードリヒだ。対魔攻撃能力を持つ鉛を、火薬によって高速で撃ち出す武器を向けられても、稀代の魔導師は動揺しなかった。


「実を言いますと、うちの商会だって一枚岩じゃないんですよ。各地の商会をいくつも取り込んでいて、それぞれが利益拡大のために独自に動いているんです。だからこうした事態も起こりうる……。それは最初に申し上げましたとおりです。契約書にもあります」


フリードリヒは用意していた言葉を口にした。一枚岩?そんなことあるはずがない。アンジェリカ商会は正しくその名のとおりアンジェリカのためのアンジェリカによる商会だ。


彼女の意思無しでは動かないし、彼女の意図しないことは起こさない。


アンジェリカ商会の概念はただ一つだ。「この世の全てはアンジェリカ様のものであるため、この世の全てはアンジェリカ商会が管理しなくてはならない」


もちろん、誰もがそれを頭から信じているわけではない。大半の従業員は「十分な賃金が貰えるから」だし、一部の騎士たちは「隷属紋が刻まれているから」だ。


社交界に進出したアンジェリカ商会は、次々に「新商品」を武力を求める貴族たちに売り込んだ。


とはいうものの、いきなり「銃いりませんか?」と聞くわけではない。


まずは食料品の輸入を受け持ち、ジャガイモを格安で提供し始めた。


その手段はこうだ。関税の問題を現物で支払う。


これがすでに1つ目の仕掛けになっていた。関税としてジャガイモを受け取った側は受け取った側で、これを無駄にしまいとジャガイモを使う。これにより、ジャガイモを食料として受け入れやすい土壌を作った。


次に不当廉売だ。フリードリヒが地道に販路を広げていたとはいえ、効果は芳しく無く、まだまだ未知の食材であったジャガイモは、旧フルール領では豚に食わせるほど余っていた。


種芋さえ残しておけば、あとはアンジェリカとフリードリヒによる半無限の魔力でいくらでも開墾でき、また価値の低い痩せた土地でも育つのだから、捨て値同然で売ることに何のためらいもなかった。


トドメにアンジェリカ商会によるグループ営業だ。各地に拠点を構え、商店や宿屋や娼館や飲食店を展開するアンジェリカ商会は、ジャガイモを売る窓口に困らなかった。麦で作る黒パンより、圧倒的に廉価な蒸かし芋は、少しでも食費を抑えたい貧困層にウケた。


結果的に、ジャガイモは主食の1つとして食卓に躍り出た。ここまでは普通の食料事情改善だ。


アンジェリカ商会が商機を見出したのは、軍へ食糧を納入するところに漕ぎ着けてからだった。少しでも軍事費を抑えたい貴族……の家令や部下の思惑と、市場を開拓したいアンジェリカ商会の思惑の一致である。


そこからはトントン拍子で事は進んだ。少しでも知恵とコネがある者なら、アンジェリカ商会がどの領地から営業を初めており、その領地がどんな経歴を持っていたのかを知ることは容易い。


そこから推察すれば、アンジェリカ商会は、一度滅んだフルール子爵と関わりがあることに辿り着く。そうなれば話は早い。フルール製武器……と呼ばれるマスケット銃は、いまいち有用性を見い出せないものの、気になる一品ではあったのだ。


それを輸入するルートがあるなら、一度買ってみて性能や使い方を研究したいというのは、領地を預かる貴族としては自然な考えであった。


まさにマスケット銃の売り込みを目標としていたアンジェリカ商会の動きは巧みだった。最新の兵器。その維持費の安さ。訓練の容易さ。卑金属による対魔攻撃能力。あらゆる謳い文句を、さりげない言葉に変えて仄めかした。


そこではアンジェリカ商会の営業部門が真価を発揮した。ジェフヴァの腕とのマッチポンプで作り出した借金まみれの行商人による売り込み文句は、現場で鍛えられた確かな腕があった。


それに、現金でなくてもよいというのが効いた。営業許可。居住許可。漁業操業許可。宿場営業許可。組合設立許可。税軽減特権。販売税免除。輸送税特赦。人材派遣許可。風俗店営業許可。薬物販売許可。ありとあらゆる特権との引き換えで、極少量しか流通していないマスケット銃を融通してくれるアンジェリカ商会に対し、今後とも利用するというなら、予め恩を売っておくのもいいかという打算も効いた。


「だとしてもだ。向こうは部隊単位で運用できるほどマスケットを用意してやがるじゃねえか。こっちがどれだけ優遇してやったと思ってる」


「いえ。アリス様が一番のお客様だということは確かなことです。おそらく彼らの用意しているマスケット銃の数は、アリス様へと贈らせていただいた数より、遥かに劣るものと存じます」


それに……とフリードリヒが続ける。


「大砲をお買い上げになったのは、アリス様だけです。これは製造工場が1箇所にしかありませんので、確実な話です」


その話を聞いたアリスは、しばらくフリーズしたかのように考え、そして腰のホルスターにリボルバー拳銃をしまった。


「……つまり大砲でなんとかできるってことか。今度は何を買わされるんだ?」


「こちらです」


駄馬に牽かせて持ってきたものを指差す。それに合わせて、部下がかけられていた化粧布をとる。


そこにあったのは1つの砲弾だった。


「名をキャニスター弾。魔導砲弾に比べて非常に安価です。1つにつきエピクロス金貨で50枚以上もする魔導砲弾に比べ、こちらは1つでエピクロス金貨5枚と、10分の1で結構です。まあ詳細はお買い上げいただいてから、ということで」


「現金はない」


当然、というようにアリスは言った。


それもそのはず。ここは戦場なのだ。


ランダルベルク城に籠城したランダルベルク辺境伯軍は、バーグ侯爵軍との睨み合いに入っていた。すでに当主カルコスは亡き者となっていた。包囲され捕縛されるときの混乱で、カルコスは殺されたのだ。それが意図的ものだったのか、偶発的なものだったのか。その証拠はどこにもない。


ただ事実としては、長男のレンタス・ロンド・ド・ランダルベルクが中心となり、籠城戦に移行したこと。城周辺の畑や村をバーグ侯爵軍が荒らし回っていること。レンタス率いる残党はそれを座して見ているということがあった。


西からやってきたアリス率いる第二ランダルベルク辺境伯軍とも呼ぶべき軍隊は、南へ周りながら、敵軍を掃討していった。


この兵力は、降って湧いたわけではない。辺境伯領内の村々を練り歩き、徴兵していったものだ。


その始まりは地道なものだった。村の家のドアを1つ1つを叩き、こう告げる。


「兵役免除税か、兵役か」


その2択は実質的に1択であった。兵役免除税はエピクロス金貨5枚。とても農民の払える額ではない。税を払わなければ、脱税だ。そのときは奴隷として徴用する。


組織化された略奪集団は、各村々を経るごとに肥大化し、その数2万を数えるほどに膨れ上がった。それを食わせる食糧を提供するのも、アンジェリカ商会だ。先述のとおり、ジャガイモは豚に食わせるほど余っているし、略奪する畑は腐るほどあった。


現金がない。という言も正しく、食糧代は徴用した農民をアンジェリカ商会に売り払って手に入れていた。


飯が欲しいなら人を売れ。そう徴兵してきた農民に言って差し出された人員は、そりゃ質の低いものだった。ガリガリだったり、身体が弱かったり、まだ年端もいかない者だったり。それでも人は人と、アンジェリカ商会は喜んで取引に応じた。


「存じております。代金としましては、ランダルベルク辺境伯領内においての鍛冶ギルドの役員の座を頂きたくあります」


「鍛冶ギルド……ね」


アリスは思うところがあった。鍛冶ギルドは要するに武器生産工場である。剣を打ち、槍を打ち、鎧を打ち、盾を打つ。その鍛冶ギルドの役員の座を寄越せというのだ。


それも、ただの役員ではない。領主からの客人としての役員だ。その発言力は計り知れない。


つまりフリードリヒの要求は自分の武力のリソースを譲れと言っているのだ。


「それはできん話だ」


新兵器は魅力的だ。だが、アリスにとって鍛冶ギルドを手放すことはできない。領内のギルドに役員をねじ込めば反発は必至。


そうなれば継続的な戦力維持は難しくなってくる。むしろいつかはアンジェリカ商会を切り捨てようと画策しているアリスにとって、兵站を奪われるような真似はこれ以上したくなかった。


「まあこちらにもいくつか策はある。寡兵を嬲ることくらい容易い。被害は抑えたいが、すでに財布に余裕がないのでな。今回は買わない」


「そうですか。ではまたのご利用をお待ちしております」


フリードリヒにがっかりした様子はない。それがまたアリスにとっては気に食わなかった。


アリスにとって、この世は気に食わないことだらけだ。


生まれた時から何不自由なく暮らしていたアリスは、幼い頃から様々な教育を受けていた。礼儀作法から始まり、領地経営やお茶会などの社交についてのあれこれ。貴族の令嬢として不足のない教育を受け、またこれをしっかりと会得した。


だが、学べば学ぶほどに、アリスの中のなぜこんなことを学ばねばならんのか、という疑問は膨らんでいった。むしろそれは子供なら抱く当然の感情であった。


鬱陶しい。


その感情の手綱を握りつつ、アリスは自らの道を探した。この煩わしさから解放されるにはどうすればいいのか。


アリスに教育を強いているのは両親とその取り巻きだ。まず、この時点でアリスは倒すべき敵として親を掲げた。


両親がなぜアリスに熱心な教育を施しているのかというと、それは貴族と貴族社会がそれを必要としているからだ。アリスは次に倒すべき敵として、貴族とその社会体制を掲げた。


その貴族と貴族社会を根底から成しているのは、皇帝と貴族たち、そして支配者を支配者たらしめている武力と金だ。アリスは最終目標として、帝国そのものの打倒を掲げた。


心の奥底から湧き上がる破壊衝動が、アリスを突き動かしていた。アリスは自分の頭上にいるありとあらゆるものが嫌いだった。自分こそが支配者に相応しく、自分だけが唯一無二の崇高なる存在だと信じて疑わなかった。


結果は、怒涛の破裂音と断末魔の叫び声の木霊するランダルベルク辺境伯城周辺の地獄絵図だ。


2万のマスケット兵を擁するアリス軍は、その低い練度にも関わらず、圧倒的な火力でバーグ侯爵軍を駆逐していった。


果敢にも斬り込んでくる騎士たちも、横殴りの鉛の雨が魔導装甲ごと抉り殺す。引きつけて集中砲火するだけで、長い訓練を経た下級貴族である騎士がいとも簡単に死体と成り下がるのだ。


交戦する度に、アリス軍の士気は上がる。なにせ被支配階級が、支配者である貴族をいとも簡単に蜂の巣にできるのだ。そのカタルシスは何物にも変え難い。


数の暴力が、バーグ侯爵軍を圧殺していった。


距離をとって、マスケットに勝る飛距離で対抗しようとした弓兵には、容赦なく砲弾が陣を穿つ。弓兵がマスケットの射程外から攻撃するのなら、こちらは弓の射程外から大砲で攻撃するまでだった。


陣を抉られて混乱する弓兵に、マスケット兵が襲いかかる。白煙をたなびかせながら、鉛の雨が吹き荒ぶ。


圧倒的な数によって、バーグ侯爵軍を撃ち減らし、遂にアリスは敵をランダルベルク城周辺から追い散らした。


「アリス!これはなんだ!?」


そう声を荒げるのは、アリスの兄レンタスだった。


敵勢力を駆逐したアリスは、一部兵力を率いて悠々と入城した。


レンタスはそれを複雑な感情で、しかし表面上は歓迎した。


妹であり、今までは大人しく可憐で、お淑やかだったアリスが、野盗と区別の付かない農民に見たこともない敵の新兵器を持たせ、圧倒的な援軍として戦場に舞い降りたのだ。レンタスが我が目を疑うのは、当然であった。


アリスが入城し、レンタスに謁見するやいなや、レンタスの護衛騎士たちは彼を取り押さえた。


わけがわからず、レンタスは声を荒げて誰に抗議するでもなく、ただ妹に状況の説明を求めた。


「お兄様……。いや、レンタス・ロンド・ド・ランダルベルク」


妹の、イースリテ公爵領の極寒の地に吹く地吹雪よりも低温の瞳が、レンタスの目を焼くようだった。


「お前は戦火のどさくさに紛れ、当主カルコス・ロンド・ド・ランダルベルクを亡き者にし、その座を簒奪した。さらに奪った当主の責務を全うするでもなく、城に立て籠もり、守るべき領地を侵略者の自由にさせ、陛下の恩寵を無碍にした……。言い残すことはないか?」


「ま、待て!どういうことだ!わ、私は、潰走する軍をまとめ、籠城によって援軍の到着を待っただけだ!現にこうしてアリスが援軍としてきたではないか!」


「……なるほど。アリス嬢の推測したとおりの言い訳ですな」


アリスの魔導兵装である黒衣とは、また違った意匠の黒衣を着る眼鏡の男が言った。禿頭で、頬は痩せこけ、目が眼鏡の奥で獲物を狙って輝いている様は、ハゲタカを思わせた。


「だ、誰だ貴様は!」


見てわからないはずがなかったが、レンタスは喚いた。貴族なら誰でも知っている、法務官の制服だ。高等法院の法服貴族。貴族を取り締まるための法執行機関である。


怠惰と職務放棄によって、ほとんど有名無実化した機関ではあるものの、その権力が無くなったわけではない。貴族の襲爵などには必ず高等法院の認可が必要であるし、反乱などがあり、調査を依頼されればこうして現地へ赴くこともある。


もちろん、アリスが高等法院を引っ張り出してきたのはタダではない。高価な銀食器や宝飾品をいくつか渡してのことだった。


「ふむ。それは皇帝陛下の代理機関でもある高等法院への侮辱ですかな?」


「ふ、ふざけるな!私は無実だ!アリスが!妹が誰かに操られているのだ!いや、違う!化けている!誰かが妹に化けているのだ!」


レンタスの主張は荒唐無稽であった。古来より洗脳したり変化したりというのは、高等魔術の部類だ。高位の魔物が使うとも言われている。


洗脳魔術や変身魔術による被害は果てしなく、また証拠も残りづらく、帝国の歴史の中でもいくつか名を残す事件もある。それ故に、それを検知したり無効化したりする魔術も研究が進んでおり、比較的簡単な魔術によって解除が可能となっている。


それは魔術師にとって常識であり、また貴族社会にとっても常識だった。


「法務官殿」


「うむ」


アリスの声に、ハゲタカの法務官が頷く。


「レンタス・ロンド・ド・ランダルベルク。略式ではあるが判決を言い渡す。汝は皇帝陛下の臣下であるカルコス・ロンド・ド・ランダルベルク辺境伯を殺害し、その爵位を簒奪。領地間の問題を放置して帝国の地を荒廃させた。よって、皇帝陛下の名においてレンタスには極刑を言い渡す」


黒衣のハゲタカが、死刑を言い渡した。


レンタスは顔を青くし、事態が飲み込めていないかのように呆然としていた。口だけがあわあわと動いて言葉を成さない。


「……お兄様、せめてもの情けです。どうぞ自らで進退をお決めください」


アリスが、一杯のグラスを差し出した。金の縁取りがされたガラス製のそれは、内側に血のように赤いワインが注がれていた。


それを持つアリスの指にある指輪が、明るく輝いている。貴族なら誰でも持っている、毒検知の付呪がされた装飾品。それが激しく反応している。


跪かされたレンタスの前に、そのグラスを近付ければ、彼の指輪も毒に反応して輝き出した。その輝きの強さは明らかに致死量であった。


レンタスはしばらく呆然と輝く毒検知の指輪とグラスを見ていた。


「飲ませろ」


法務官が、鬱陶しげに言った。皇帝陛下の代理人である法務官には逆らえず、レンタスを取り押さえていた騎士たちが、無理矢理飲ませようとする。


「い、嫌だ!飲みたくない!やめろ!」


「見苦しい……」


それがレンタスの聞いた最期の言葉だった。

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