表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/96

教会のお仕事を潰します

リーゼロッテの話

カロン伯爵領の片田舎の大きな村。ビルルクという名のその村には、大きな教会があった。孤児院の併設された教会は正教会だ。


天使も信仰対象に含める西方守護教会とは異なり、男神ジェフヴァのみを信仰する教会だ。


村の名前をそのままとったビルルク正教会は、今日もいつもと変わらない毎日が繰り返されていた。長閑な晴れの日の日常。


シスターが井戸の近くでシーツを洗い、隣の畑で男の子たちが畑仕事に勤しんでいる。鶏小屋に餌をやっているのは女の子だった。


そんな田舎の、あまり手入れのされていない道に、何台もの馬車が止まる。紋章は交差するペンと斧で、それが示すのはカロン伯爵の紋章だ。


ケイデンシーは長女を示すもので、その馬車の持ち主がリーゼロッテ・マルクル・ド・カロンだということがわかる。


馬車から、何人もの屈強そうな中年の男たちが飛び出すように降りてきた。揃いの編み上げの革靴に足を包み、馬車に印された紋章と同じものが染め抜かれたマントを纏っている。


胸や腕などの主要なところにだけ鋼が使われた、機動性重視の軽装鎧に身を包んだ男たちは、角灯騎士団だ。良く言えば貴族お抱えの騎士団。悪く言えばカロン伯爵家の私兵。


角灯騎士団の男たちは、馬車を降りると一目散に教会へと駆け出した。扉に辿り着く前に、腰に下げた剣を抜き放ち、戦闘態勢をとる。


他の貴族のお抱え騎士団からは数段劣るとはいえ、魔術師の末席に数えられ、日々を鍛錬に費やす魔導戦士は、平民からすれば脅威なのは変わらない。


「きゃー!」


と、悲鳴を上げたのは洗濯物を干していたシスターで、その悲鳴は芝居がかったものだった。


ただちに騎士団の男の一人が紐を投げて詠唱すると、紐は意思を持ったようにシスターを縛り上げた。


「ベリク、フラン、マークは裏へ回れ!一人たりとも逃がすな!」


指示された男たちは、表へ出ている子供たちを捕縛しつつ、建物を包囲する。


指示した男は、言葉と同時に扉を蹴破る。魔術によって強化された蹴りは、いとも簡単にドアを破壊した。


騎士団員がなだれ込んだ教会内は一般的な内装だった。司祭が立つ台があり、木製のベンチが均一に並んでいる。


そして一際目立つのが、男神ジェフヴァを模した石像が、規定の位置からずれていたことだ。そこから階段が伸びて地下へと繋がっていた。


「くそ、勘付かれたか」


「ジル、風の探知魔術だ!」


「了解!」


部隊長が、部隊内で唯一探知魔術を使える騎士を呼びつける。地下に伸びる通路を探り、どこに繋がっているかを捜索するのだ。


「ジル以外は孤児院に突入!ジルは探知魔術で抜け道がどこに繋がってるか探せ!」


それから、教会に併設されている孤児院の方にも、同じように扉を蹴破って突入した。


突入した騎士団が見たものは、凄惨な光景だった。


ガリガリに痩せた孤児たちは、糞尿にまみれて藁束の上に一纏めになっていた。息のあるものもいるかもしれないが、一目で生きているとわかるものはいなかった。


その光景は、上司たるカロン伯爵令嬢から予想として伝えられていた。「私の補助金を着服し、私腹を肥やしている愚か者に制裁を」という言葉とともに伝えられたのは、劣悪な孤児院の環境だった。


ヒトとしての尊厳を奪って吐き捨てたゴミ溜めから、精神力を振り絞って目線を外し、騎士たちは孤児院の建物を改めていく。彼らのほとんどが既婚者で、子供がいる者ばかりだ。心が傷まないわけがない。


地階部分の部屋を改めていけば、今回の突入の主要目標を見つけた。


うら若い女性が、でっぷりと肥えた男に組み敷かれていた。情事に飛び込んだ騎士たちに、予想されていたこととはいえ、動揺が走る。


男は、闖入者である騎士たちをぽかんと見つめる。組み敷かれている女も同様だった。


「跪け!我々は角灯騎士団だ!」


剣を構えた騎士とは別の騎士が名乗りを上げ、それとはまた別の騎士が加減した風槌エアハンマーの魔術で男だけを吹き飛ばす。全裸の男は、無様にも転がって床に昏倒した。


魔術を放った騎士は、自分がまだ冷静であったことに半ば驚いていた。怒りに任せて魔術を放っていれば、魔素抵抗力のない豚男はミンチになっていただろう。


程なくして角灯騎士団は教会と孤児院を制圧した。


地下に伸びる通路は、裏庭の畑の側の小屋に通じていたが、そこから出てきた神父5人とシスター8人は包囲していた騎士に捕縛された。


尋問は怒りに任せた騎士たちによって激しく行われた。尋問途中で神父2人、シスター1人が死亡するハプニングがあったものの、関係者は概ね順調に情報を吐いた。


その報告を受けたカロン伯爵家の次男であるベルハールは、満足げに頷いた。カロン伯爵家の軍務を担う彼を差し置いてまで、今回の騒動の首謀者たる少女が指揮を取ることはなかった。


しかし、その報告を受けた首謀者……カロン伯爵家の令嬢は、片手で頭を押さえてため息をつくばかりだった。





言われてみれば、当たり前のことだったのかもしれない。


私の前世の知識でも、孤児院の女の子がどういう扱いを受けていて、教会がどういう仕事をその女の子に斡旋していたのかについては知っていた。


いえ、知っていても無意識が記憶の隅へと追いやっていたのかもしれないわね。


とにかく、今回の件は私の落ち度。


正教会の不正の件は、ローラから噂ではあるが聞いてはいたのだ。それを裏を取ることができたのは最近のことだった。


そして、その不正を知ったとしても、私にできることはほとんどなかった。


正教会は中央に教皇という存在を抱えているし、彼ら神官の大半は元貴族である。爵位を継げなかったり、権力争いから抜け出すためだったり、その権力争いの結果だったりで、教会に転がり込む貴族は後を絶たないのだ。


そういうわけで、教会には様々なコネクションがあり、強大な権力を持つようになっていた。そう。それは私のような伯爵家の令嬢が、「1人では」どうこうできる問題ではなかったのだ。


でも、ようやくメスを入れることができたのは僥倖だ。


オズワルドに言われた言葉が頭の中を何回も駆け巡る。


「知ったことか。誰がアシェット家に逆らえる?」


教会といえども、私のコネクションに勝てる組織など存在し得ない。今回の件はすでにオズワルドとセドリックに伝達済みだ。ダメ押しにエリザお姉様にも伝えてある。


若い正義感に駆られた公爵家のご子息ご令嬢は、鼻息荒く正教会弾圧に踏み切った。


正教会の組織立った売春と収賄。正式な書面にて、作戦の決行とほとんど同じ時刻に、正教会の教皇にも通達済みだ。教皇は選帝十三公爵家に並ぶ発言力を持っているけれど、実質的な実行力は皆無だ。


教皇の鼻面に「これからあんたらの売春宿をぶっ壊します。費用はあんたら持ちでよろしく。それから、諸経費もあんたら持ちだから今から売る物を考えとけよ」という書面を叩き付けたのだ。ああ、私がその書面を叩きつけたかった。


別に教皇が私たちの喧嘩を買ってもいいんだけれど、その時は私の全身全霊の最上級魔術がおしげもなく振るわれることになるだけだし。


まあ私を戦力から除いたとしても、残るアシェット公爵軍、シェーンブルン公爵軍をはじめとする巨大な地方領主軍を相手に、儀式しかできない100人程度の聖光騎士団が刃向かえるわけがない。


正教会が穏健派を取り込んだとしても、未だに軍備の整わない穏健派貴族たちと、エルフ大陸で大暴れしている武闘派でもある開戦派貴族たちとでは、戦力に開きがありすぎる。


私は勝てる勝負しかしない主義ですの。ほら、孫子も言ってたしね。


【勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む】


私が動いた時にはすでに勝負はついていたのだ。


とにかく、これで1つ問題が片付いた。孤児院はそのままカロン伯爵家が管理し、正教会には私の領民にふざけた真似をしてくれたツケを払わせる。


うふふ。これでかなり私の懐は暖まった。同じような手段で、開戦派貴族は次々と寂しい財布を膨らませているころだろう。正教会よ、さらば。私は根っからの無宗教派なのだ。


これで自動車開発での借金を返せるよ……。


そして今からは平民お楽しみの断罪タイムだ。


プリステの中では、リーゼロッテが断罪を受けるルートもあった。そう思うと私の背筋にも薄ら寒いものが伝う。


大急ぎで作られた絞首台の上に、何人もの男が並んでいる。売春を斡旋した商人。それを受け入れた神官。買春を行った豪商や下級貴族。


その首には、奴隷用の首輪がかけられている。魔術を無効化するための措置だ。これがなくては、無手ですら並の兵士を余裕で凌駕する魔術師を捕らえておくことはできない。


魔術さえ使えれば、牢を破壊することもできるのだから。まあ、神官ごときがそんな魔術を使えるわけないけど、感情で魔力が増減するのは常識だからね。念の為ってやつだよ。


……もちろん、この処刑は無意味なものではない。処刑される下級貴族は穏健派に繋がる者で、私たちにとって目障りな存在だった。裏の取れなかった、単純に性欲で動いていた下級貴族たちは、それなりの罰を与えるだけで済んでいる。伯爵家の私財が投じられた施設の孤児に手を付けたのだから、処刑は免れない。


商人にしても、貴族への税を逃れていたり、買春以外にも余罪のある者たちだ。あと商売上鬱陶しい位置にいた者もついでに処分しておく。


ちなみに開戦派の下級貴族や、役に立ちそうなコネを持っていた商人なんかは、情状酌量の余地ありで無罪になった。私たちの手駒として、あくせく働いてもらおう。


神官にはほとんど例外がない。神官たちは元々貴族であり、働き口がないからということで教会へと放逐されていた者たちだ。


騎士のような体力もなく、文官のような頭脳も無く、魔導師のように魔力もなく、商人のように商才もない。


つまりはそんな役立たずの掃き溜めだ。もちろん、少しでも利用価値のありそうな者は、ちゃんと確保している。


例えば、買春に訪れる者たちを管理してた神官なんかは、名簿と引き換えに身柄の安全を交渉してきたので、こいつは使えると判断した。


他にも格上の侯爵家の血をひくレア神官も確保しておいた。後で継承戦争に使うと、カロン伯爵家の上司にあたるシェーンブルン公爵家からの御達しだ。……うん。いい人材が無料で手に入るというのは喜ぶべきことだよね。


「それでは略式ではあるが、神と皇帝陛下の名において裁判を開始する」


裁判長を務めるのは、アルハールお兄様だ。次期領主として、こういうお仕事は覚えていかなければならないらしい。


裁判は、私の前世の知識とは異なり、ありえないほどのスピードで進む。アル兄様が罪状を読み上げ、釈明を確認する。釈明というか、言い訳を喚き立てる罪人たちに、次第にヒートアップした民衆が石を投げ始めた。


衛兵が沈静化を試みて、やる気のない静止の声を上げる。彼らも平民である。貴族や豪商たちに恨みがないわけでもない。石がもう投げられなくなったころには、神官のデブと商人のデブが頭から血を流していた。デブだから狙われたのかしら。肥満は富の象徴だしね。


「では、刑を申し渡す。貴様らは絞首刑に処す!」


そりゃそうなる。絞首台まで作っておいて、その上に罪人たちをわざわざ並べているのだから、裁判なんて形だけだ。必要なのは裁きではなく、民衆のガス抜きなのだ。


罪人たちは台の(へり)に立たされ、麻縄を首に掛けられた。パカッと床が開くような上等なものはないので、紐がぶらんと垂れ下がれば、台の上にはこないようになっている。


絞首台に控えていた処刑人たちが、短槍を構えて罪人たちを追い立てていく。鋭い槍に押されて、罪人たちはどんどんと縁へと追いやられる。


槍を構えた処刑人たちは、容赦なく罪人たちを突き回す。浅い傷がいくつもできて、罪人たちは青い顔をしている。


そのまま罪人たちは台から追いやられ、ぶらんとてるてる坊主がいくつもできあがった。


苦しむ様子が見えたので、私は気分が悪くなった。多くを救うためとはいえ、そして彼らが不正をしていたとはいえ、彼らの命を奪っていい理由になるのだろうか。


でも、やらなければならない。改革を進めれば、こうして旧勢力は抵抗する。


それに私にも多数のしがらみがある。シェーンブルン公爵家の介入で無罪にして引き渡した者もいるし、サクラちゃんの商売の関係で無罪にせざるをえない者もいた。アシェット公爵家の血をひく神官も、アシェット公爵家に引き取られて裁くことはできなかった。


でも、私の目標は変わらない。


平民の解放。


この世界では魔術が強すぎる。魔術を使えない者と使える者では、信じられないほどの力の差がある。言ってみれば片方だけが拳銃を持っているのだ。


その力の不均衡が、平民を実質的に奴隷と同じような地位まで下げている。


孤児院の件だってそうだ。孤児たちはほとんど捨て置かれて、あの過酷な衛生状態で生き延びた者しか、まともな仕事や食事が貰えるものがいない。


売春宿は売春宿として営業許可が必要なのだけど、今回は正教会がそれを取っていなかったから捕まった。私的には商売としてそういうものがあるのは仕方がないと思うけど、孤児たちをそういう仕事に強制して就かせるのは間違っていると思う。


そんなの、奴隷と変わらない。


だから、平民は力を持たなくてはならない。前世世界で平民が発言力を持ち始めたのは、とある兵種が発明されてからだ。


その兵種の扱う武器を、私は見たことがある。とある子爵家から皇帝家に献上されたという武器。


それがあれば、魔術を使えない平民でも立派な戦力になる。常備軍を設定し、平民に武力を与え、一定の発言力を認めさせることもできる。


……今回の協力の件もあるし、オズワルドとセドリックからの半正式的な要請もあるし、そろそろアレを作っちゃわないとなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ