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アリス・ロンド・ド・ランダルベルク

波乱と戦乱の物語


豪華という言葉の権化。巨大な屋敷で開かれた夜会は、夜にあっても絢爛豪華で闇を照らしている。


カルコス・ロンド・ド・ランダルベルク辺境伯の主催する今宵のパーティは、カルコスの娘、アリスの誕生パーティであった。


一皿で平民が一年間何不自由なく生活できるほどの金額になる料理が、惜しげもなく並べられ、そして参加者がそれにほとんど手を付けないままパーティは進んでいた。


「ごきげんよう、アリス。この度は17歳の誕生日、おめでとうございます」


「ごきげんよう、ハリル様。ハリル様にお祝いいただき、とても嬉しく思いますわ」


今宵の主役、アリス・ロンド・ド・ランダルベルク子爵はカルコスの一人娘である。濃い藍色にも、淡い漆黒にも見えるブルネット髪にランダルベルク家の血を色濃く映すその姿は社交界の花の一輪だ。


そんな彼女に恭しく話しかけたのは、アリスの婚約者であるハリル・フォード・ド・エンデナ子爵で、エンデナ伯爵家の長男坊である。19歳の彼はウェーブがかったブロンド髪を後ろに撫で付けた美男子といったところで、アリスのブルネットと並ぶと余計に印象的である。


「アリス、今日はどこか浮かない顔をしているね」


ハリルが整った眉を心配そうに下げて言った。見ればアリスはどことなくパーティ会場を所在なそうに見つめていて、表情に変化がない。


「ええ。少し思うところがありまして」


「どうしたんだい?僕でよければ話を聞くよ」


ハリルの言葉に少しだけ迷ったような表情を浮かべたアリスは、それから決意したような顔に表情を変えた。


「……ハリル様は、もしわたくしがランダルベルクの娘でなくなっても愛して下さいますか?」


それを聞いたハリルは目を丸くして驚いた。ランダルベルク家の現状は聞き及んでいるし、このパーティで助力嘆願が行われるかもしれないというのは貴族たちの間でも噂になっていたからだ。


その言葉を予想していたハリルは、用意していた言葉を紡いだ。


「何を言っているんだい?僕が好きなのはアリス・ロンドであって、ランダルベルクは関係ないよ。……こんなことが父上たちに聞かれれば間違いなく怒られるけどね」


いたずらっぽく微笑んだハリルを見て、アリスも微笑んでみせた。それからウェイターを呼んでシャンパンを持ってこさせる。ほっそりとしたシャンパングラスの中で金色の泡が弾けて美しい。このシャンパングラス一つだけで、平民は半年間の間、食事に困ることはなくなるほどの価値を持つ。


「ハリル様、アリス様、ごきげんようございます」


シャンパンで喉を潤していると、二人に挨拶する者が現れはじめ、二人は挨拶を熟すことに力を傾けた。


パーティが進んでいくにつれ、話題はエルフ大征伐へと移り変わっていった。


「メギハード公爵がまた領地を広げられたそうですね」


「ええ。これから武具の売れ行きはまだまだ上向きになるでしょうね」


「帝都の鍛冶ギルドはほとんど我々の影響下にありますからね。あとは関税でいくらか締め付けてやれば……」


「そういえばアシェット公爵はエルフの大森林地帯を得たとか」


「木工ギルドはパーキン伯にツテがあったと記憶しておりますが、あれは中立派でしたね……」


「デカリオ公爵派では協力を仰ぐのはそこまで難しいことではないのでは?」


「拝金主義の彼らに頼み事をするなら屋敷を売り払う覚悟が必要ですぞ」


「シェーンブルン公爵は西側の港を得て、珍しい貿易品を集めているとか聞きましたよ」


「ほほう、貿易品ですか」


「そういえばエルフの地からガトー侯の持ち帰ったあのカカオとかいう……」


「ああ、あのチョコレイトというやつですな」


「製菓ギルドの者も知らなかった新作だとか」


「そうなるとこちらでは口出しができませんな……」


「やはり我々もエルフ大征伐へ向かうのがよろしいのでは?」


「まあ落ち着かれよラカス伯。今更になって彼らの後を追ったところで大きな利益は得られないでしょう?」


「エンデナ伯の言うとおり。ですから我々がこうして帝都をお護りしているのです」


「そうそう。彼らは未だに自らの状況を理解していないのですよ」


ここは帝都の雲海地区と呼ばれる貴族たちの住む屋敷が集まる場所。その一画に、ランダルベルクの屋敷はあった。辺境伯でありながら、ランダルベルク家は中央に屋敷を構え、領地のことはほったらかしである。一応の言い訳としては、そのような貴族は掃いて捨てるほどいて、領地の管理は部下がつつがなく熟しているというところだろうか。


穏健派と称される彼らの目的は、開戦派が帝都の権謀術数から離れている間、自分たちが帝国の実権を握ってしまおうという魂胆である。


その穏健派の企みを薄々感じているのか、開戦派の貴族たちは戦地に次男以下の者を武勲を立てる機会として送り出し、長男と娘たちを中央で温存している。他にも、いずれ爵位を継がせるために武勲を立てさせようとエルフの地へと敢えて長男を送り出す者もいた。


今宵のパーティに集まったのは、ヒュムランド帝国の選帝十三公爵家のうち、穏健派に属するダルシアン公爵、レウキソス公爵、メレアグロス公爵、ルタリア公爵、イースリテ公爵、ペリアス公爵、そしてサンマルティア公爵らの派閥の貴族たちだ。


彼らはエルフ大征伐という皇帝の決定に反対こそしないものの、消極的抵抗ともいうべき活動を行っていた。国外への食料や武器などの軍事物資に大幅な関税を課し、開戦派の公爵領との間にも「戦時中である」という理由で様々な物に税を課した。


穏健派の貴族たちが織り成す二重三重課税のハーモニーは、開戦派の貴族からじわじわと利益を吸い上げていた。いち早く街道整備に取り掛かり、利益独占を図った貴族は、今や皇帝の次女との婚約まで漕ぎ着けたほどだ。


だが開戦派が産み出す今後の利益を考えれば、彼らの顔色も暗くなる部分があった。穏健派が得ている物は所詮副次的なものであるのだ。第一次産業に分類される開戦派の利益は、第二次産業や第三次産業に分類される穏健派を支えている形だ。それに開戦派にもギルドに通じている者も、穏健派より少ないものの未だ多数存在している。それどころか、木工ギルドや宝飾品ギルドなどは、原材料目当てに開戦派に近付いてしまう始末だ。


それに、今帝都には様々な問題が跳梁跋扈の様子であった。


「あまり大きな声では言えませんが、また強盗事件だとか?」


「ええ。今度はノトン子爵の馬車が襲われたと聞きました」


「ノトン子爵が?襲われたのはテナンス伯爵の長男と聞きましたが……」


「いえ、リルルーサ侯もアングル侯も正しい情報でございます」


「なんと!では両方が……」


「ええ。権謀術数と言いましても毒の刃には勝てないご様子で」


「何と恐ろしい……」


「しかしこのままでは帝都の治安が危ぶまれますな」


「衛兵の数を増やすべきでは?」


「しかしこちらから派兵するとなると皇帝陛下が良い顔をしないだろう」


「フルール子爵の、おっと、フルール元子爵の件がありますからな」


「しかし有用な手では」


「それは口にしてはなりません。仮に実行するのなら数が」


「そのへんにしておけ。皇帝派の耳に入ればどういうことになるかわからんぞ」


「ドラム侯!これはこれはご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」


「よい。それはそれとして、今のは私でなければ大逆罪にもとらえられかねない発言だぞ」


「ご忠告痛み入ります」


「だが私とて昨今の帝都の治安には不安を覚えているのだ。権謀術数が跳梁跋扈……。聞こえはいいが、なりふり構わぬ暗殺とその報復合戦を陛下のお膝元でやらかすのは、穏健派も望んでいることでもあるまい?リルルーサ侯?」


「ええ、そのとおりですドラム侯。ですからその賊らをどうしようかという話でね」


「……卿は相変わらずだな」


これ以上有用な話は聞けまい。と結論付けて、アリスは「少し酔ったみたいですわ」と言ってハリルを連れてテラスへと出た。


「パーティの花が不在になったらみんな悲しむだろうね」


ハリルが甘ったるい言葉を言う。アリスは頬をほんのりと赤くして、艶めかしく夜風に髪を遊ばせている。


「わたくしはハリル様の花瓶で咲く花のほうが羨ましいですわ。恋とは総じてそういうものでしょう?」


「ふふ、ぜひとも大事に飾りたいものだよ」


甘い言葉を交わしながら、アリスの手摺に置いている手に、ハリルは自分の手を重ねた。


そのときだった。


「旦那様!」


荒々しく開け放たれた両開きの扉から飛び込んできたのは、ランダルベルク家の家令であった。肩で息をしており、如何にも慌てている様子である。


初老の彼がそういう様子なので、ウェイターであるランダルベルク家の使用人が慌てて水を渡して息を整えさせようとするが、彼は片手を上げて制する。


家令は使用人の中でも最も地位の高い者である。領主の代行人として、また良き相談相手として領主の右腕となる。ウェイターを務める木っ端使用人とは天と地ほどの差がある。


「どうしたのだチャールズ」


「ば、バーグ侯爵が……!」


その名を聞いた瞬間、その場にいた貴族たちの顔が豹変した。


「此度の楽しいひと時を提供してくださってありがとうございました。それではカルコス卿、ごきげんよう」


真っ先に動いたのは、フーモ子爵だった。ランダルベルク辺境伯領と接する彼は、真っ先にどういう事態かを把握して、真っ先に逃げ出そうと試みたのである。もはや吐き捨てたと表現していいほど簡潔に礼を述べたあと、さっさと屋敷を後にした。これから彼は馬を夜通し駆けて、自分の領地へ戻るのだろう。


それからほとんどの貴族がカルコスへの挨拶もそこそこに、屋敷を抜け出していった。各々の屋敷で旅の準備を整えることだろう。


真っ先に逃げたフーモ子爵の予想通り、家令がカルコスに告げたのはバーグ侯爵が多数の兵を連れて境界線を越えてきたということだった。


「そんな……バーグ侯爵が……」


カルコスが信じられないといった様子で立ち尽くす。


「さあ旦那様、領地へ戻りましょう!準備は整ってございます!今から急げば8日で城まで辿り着きましょう!」


「し、しかし……」


未だに渋るカルコスを無理矢理引っ張るようにして、家令が屋敷の外へと連れて行く。外には馬車が用意されていて、それで領地まで連れて行くのだろう。帝都からランダルベルク辺境伯領までは120リューほど離れている。馬車で行くと言ったが、おそらく馬を変えつつ、ほとんど休みのない旅程になるのだろう。


「あー…、アリス。どうやら混み合った事情のようだが、とにかく今日はこれでパーティはお開きということにして事態を収集しないか?」


「そう……ですわね」


ハリルが見たところ、アリスの顔は蒼白で、何が起きたかあまり理解できていないようであった。ランダルベルク家に連なる者で、この事態を収集できる者はアリス以外にいない。だがそのアリスが自失呆然としているのだから、仕方なくハリルは婚約者としてパーティの閉会を宣言して事態の収集にあたった。


貴族たちが慌てたような、それでいて自らに火の粉が降りかからなかったことを安堵するような、そんな表情でランダルベルクの屋敷を後にする。その様子を横目で見ながら、アリスは口角を上げた。


「……さて。そろそろ動く時ですわね」

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