転生オークと転生エルフ
説明回くさい……かな?
イクトール、アリムをはじめとするアリム軍幹部は、そこそこの地位に見えるリョスアルヴ……エルフに案内された。
伝統的な衣装らしい草色の貫頭衣に身を包んでいる彼、いや、彼女かもしれない。案内役を務めるエルフは、中性的で、性別の判断がつかない。胸がないので、男だろうとイクトールは見当をつけるが、それでも超貧乳の女エルフという可能性はないわけではない。
しかも、着ているのが貫頭衣のため、横サイドからは白い陶磁のような肌が丸見えだ。ある程度胸のある女エルフなら、夢の横乳が見れたのに!とイクトールは奥歯を食いしばった。
ちなみにアリム軍のエルフは、全員アンジェリカから与えられた迷彩柄の上下を着ている。ゆくゆくはレンジャー部隊を作りたいアンジェリカの意向だったが、イクトールはエルフたちの性質を見るに、たぶん無理だろうなと思い始めていた。
イクトールたちを案内する中性的なエルフは、それはそれで妙な魅力があった。いやいや、それは生物としては不健全だぞ!と理性が心に何度訴えても、湧き上がる妙な気持ちは抑えきれなかった。
「いて」
アリムの腰の入ったローキックが、イクトールの筋骨隆々の膝裏に入る。膝カックンの要領だ。
まだまだ未成熟なアリムの蹴りを食らっても、イケメン(オーク基準)のイクトールは痛くもないし、バランスを崩しもしない。それでも口からはリアクションが飛び出た。
「どうした?」
「ほほほ。ちょっと虫が」
「おいおい、俺の足で潰すなよ」
じゃれ合いながらも、エルフの案内についていく。
集落、といっていいほどの質素な森の中の住処。砂か土を固めて作った、お椀をひっくり返した家に、エルフたちは住んでいた。建築技術なんて、進化の果てに置いてきたみたいだった。
オークだってまだマシな家造りをする、とイクトールはほんの少しだけ誇りに思った。
トーチカみたいな家々の間を縫うようにして歩いていく。来訪者が珍しいのか、家にぽかんと開いた窓代わりの丸穴から、エルフたちが顔をのぞかせている。右を見てもエルフ。左を見てもエルフ。オークはイクトールただ1人だった。
急に、開けた場所に出た。裏道だったのだろう。目の前には広場があった。中心には白い大きな平べったい岩があって、祭壇のようになっていた。
(原始部族は岩がないとダメなのか……?)
イクトールがそう思ってしまうほど、その位置関係はイクトールの故郷であるブルナーガの集落に似ていた。
しかし、次の物に目を向けた瞬間、イクトールは完全に目を奪われた。ひそひそと言葉を交わすエルフたちの喧騒すら消え失せて、その光景はイクトールの全神経を奪い去った。
赤い2本の柱に支えられた、2本の赤い横板。2本の支柱に吊橋のようにかかっている、太い紐を撚り合わせたような大きく太い綱。
「嘘……だろ……?」
この世界にはないはずの、鳥居が、そこには存在していた。
「どうしました?」
アリムが下から覗き込むように、イクトールの表情を伺う。
「あー…、えーと、案内の人」
どう呼びかけていいものかと思いつつ、イクトールは案内のエルフを呼び止めた。
「どうかしましたか?」
「あれ、あれは、その、何だ?」
案内のエルフはイクトールの太い指が示す先を見た。
「あれの名を知っているのですか?」
「知ってるも何も鳥居だろ?」
「……事情が変わりました。少々ここでお待ちください」
そう言って案内のエルフは手を徐ろに上げた。するとそこに小鳥が飛んできて、細いしなやかそうな人差し指に止まった。
エルフがぼそぼそと小鳥に一言二言呟くと、小鳥はそれを聞き届けたように飛んでいった。魔術版伝書鳩だろうとイクトールは見当をつけた。
「なんですの?何がありましたの?」
アリムがキョロキョロと案内のエルフとイクトールを交互に見る。向こうがピリピリきた雰囲気を放つので、アリム軍幹部もピリピリとした雰囲気を放つ。
魔素を孕んだ嫌な風が、ふんわりと周囲に流れる。
不意に、それを吹き飛ばすような突風が吹いた。一瞬、突風に目を閉じたイクトールたちの前に、優美な出で立ちのエルフが立っていた。
冷たい目をしたエルフだった。エルフの特徴である金髪金眼で、真っ白な肌。そして何より、貫頭衣ではなく、ヒト族の着るような服を着ていた。
「……オークですか」
イクトールは耳を疑った。その言葉の内容な特別変わったものではない。エルフ大陸にいるオークとなれば、傭兵団のオークと決まっているからだ。警戒心を抱くのは間違ってはいない。
だが、それよりその言葉は、イクトールには驚くべきものであった。
目の前のエルフが喋ったのは日本語だったのだ。
現に、周りのエルフたちはこれっぽっちも言葉を理解した様子はなく、眉を寄せて何かを疑うような顔をしていた。まるで「今の言葉は何だ?」というように。
「お前はエルフか」
イクトールの口から出たのも、日本語だった。長らく使っていなかった言語だが、魂に染み付いた言霊は、自然と言の葉を紡いだ。
「……私は、男神ユングヴィの使徒、エシュル・ラムダ・リマーユ」
「女神アンジェリカの使徒、イクトール」
「オークに姓はないのか」
「俺に姓を名乗る資格はない」
「訳あり、か。俺も似たようなものだ。前世の記憶はどれくらいある?」
「死ぬ直前までくっきりと。そっちは?」
「霞掛かってる……。断片的には覚えてるんだが……」
「あ、あの、イクトール様?」
「ラムダ様、何を話されているのですか?」
日本語で会話するイクトールとラムダの言葉は、アリムにも翻訳されていなかった。
それもそのはずで、そもそも言霊共鳴の術式を通さず、自分の魂に染み付いた言葉で話しているのだから当然であった。ラムダの方も同じだった。
「ああ、神の使徒だけが使える言葉だ。向こうもリョスアルヴの神ユングヴィの使徒らしい」
イクトールは自信満々に嘘をついた。
「その設定いいな。使わせてもらうぞ」
「好きにしてくれ」
*
案内されたのは族長の、ラムダの家だった。一際大きな半球のドームで、中は大きな円を描く一部屋を贅沢に使ったものだった。
族長の家に入れたのはイクトールだけで、他の者は外の広場で宴会の最中だった。
その宴会の料理が、テーブルに並べられている。精進料理みたいな品揃えだったが、空腹の境地にいたイクトールにとっては、腹に入れば何でも良かった。
「で、話っていうのは?」
イクトールが食事に一心地ついてから、ラムダが話題を切り出した。金の瞳は冷ややかに油断なくイクトールを見据えている。
「それは今は置いておかないか?状況を確認し合いたい」
「……そうだな。いろいろと聞きたいことがある」
そうして、イクトールとラムダは、同じ転生者として状況を確認することにした。
「俺はオークの集落に産まれた。イケメンで、貴族の息子に転生させてやるって言うから、意気込んでいたら……これだ」
イクトールは自分の顔を指差した。ラムダは思わず苦笑する。
「これでもオークからすればイケメンらしいし、一応小部族の父の、ええと、とにかく兄弟姉妹が40人いた」
「ほとんど詐欺じゃないか」
「俺もそう思う」
互いに苦笑しつつ、料理をつつく。がんもどきのような食べ物が、イクトールは一番美味いと感じた。
「それで、女神様からは何か言われてるか?」
「何かって、何を?」
イクトールの方が要領を得なかったので、ラムダは自分のことについて話すことにした。
「……俺は、エシュル族の長男として産まれた。エルフは子をあまり成さない。なんというか、性欲が湧いてこないんだ。下品な話になるが、精子も貯まるのがとても遅い」
食事中に聞くことではないな、とイクトールは思いながらも、がんもどきのようなものを口に運ぶ。じんわりと優しい味が口の中に広がって美味い。悪く言えば薄味だが、塩まみれの干し肉に飽きた舌には嬉しい味だ。
「だから兄弟はいない。俺一人だけだ。初めはびっくりしたよ。たしかに俺は日本人で、普通の高校生だったんだけど、まあ身体は小さくなってるわ、親はエルフだわ……」
「産まれたときから意識があったのか」
「お前はなかったのか?」
「なかった。3歳くらいのときにすべて思い出した感じだった」
「そうか。個人差があるのか、それとも神の差なのか……」
そう言ってラムダは顎に手を当てて考え込む仕草をした。美しい顔をしているので、その仕草は非常によく似合っていた。
「こっちには、もう1人転生者がいる。日本人だった。ヒト族だが、味方にした」
「……何だか言葉が怪しいぞ」
「いろいろあったんだ。できれば本人から聞いてくれ」
「複数人の転生者がいるってことか」
「そうなると、デックアルヴやキュオーンや、別の種族にも1人づつ転生者がいると考えた方がいいな」
「しかも3人とも日本人か……。これは偶然ってわけではないよな」
「アンジェリカ様は、波長が合うとか言ってた。日本人がこの世界に合いやすかったってことじゃないのか?」
「そんなに都合よく波長が合うか?」
「それこそ、無限にある可能性世界ってことで説明がつかないか?つまり、どこかの別の次元にはアメリカ人だけに波長の合う転生世界があるとか」
「……なるほどね」
ラムダはその件について考えるのをやめた。キリがないし、結論が出たところで何がどうなるわけでもなかった。
「話は変わるが、本題に近付くとしよう」
ラムダは前置きをして話し出した。
「俺はユングヴィから、リョスアルヴという種族を滅亡の運命から救うように言われている。イクトールはどうなんだ?」
「俺はアンジェリカ様からは、今はリョスアルヴと渡りをつけるように言われている」
「渡りを?なぜ?」
「ここから北西にしばらく行ったところに、クルシアンという拠点がある」
「クルシアン?クルシアンだと!?」
突然、ラムダが声を荒げる。テーブルに両手をドンと突いて、椅子から立ち上がる。
「どうした!?」
「どうしたもこうしたも、そこは元々俺たちの土地だ。返してもらおうか……」
室内に烈風が吹き荒れる。ラムダから漏れ出した魔素が、精霊と融和して風となって顕現する。
「そうは言っても、すぐには無理だ。ゆくゆくは返すつもりだが、こっちにも都合がある」
イクトールはまったく動じなかった。テーブルを挟んでいても、間合いは拳の間合いだ。殺そうと思えば、いつでも拳を振り抜ける距離だ。
「……その都合ってのは、俺たちに関係あるのか?」
「ある」
挑戦的に言うラムダに、イクトールは自信満々に言い切った。その断言っぷりは、ラムダの怒りを霧散させるに十分だった。
毒気を抜かれたラムダは、どっかりと椅子に座り直した。
「その都合とやらを、聞かせてもらおうか」




