待ちぼうけオーク
短めです。ごめんなさい。
森の境目、とエルフは言ったが、イクトールにはどこがどう境目なのかわからなかった。鬱蒼と茂った森は、日の光を覆い隠すようにぼんやりと暗い。
エルフたちは「族長は忙しい。少し待て」と言った。だが、少しと言われて1週間が経とうとしていた。食糧は底を見せ始め、食事を計画の半分の量で済ませるよう指示していた。
イクトール、いや、アリムが率いる200のエルフ解放軍の先遣隊は、敵よりもまず飢えと戦っていた。
「……腹減った」
天幕の中、2日前から茹でたジャガイモとタマネギしか食べていないイクトールは、掠れるような声で言った。体力を消耗しないように、鎧はすべて脱ぎ去って、横になっている。
「お腹空きましたね……」
わざわざ丁寧な言い方に直して、アリムが言う。アリムも横になっている。
待てと言われたので待つが、それもそろそろ限界だ。水は離れた場所に小川があるので確保できているが、食糧だけは何ともできない。
狩りをしようにも、それができない。なぜならここはエシュル族の縄張りであり、この森のものは彼らと共に生きるものだからだ。
だから友好的に接したいイクトール側からすれば、木を切ることもできないし、獲物を取ることもできない。持ってきた食い物で飢えを凌ぐしかないのだ。
イクトールはフリードリヒが保存の効く作物をかき集めて栽培していてよかったと、心の底から感謝した。
「リョスアルヴたちの作法的にはアリなのか、この放置プレイは」
「む、難しいところです……。招かれざる客への、迂遠な拒絶……という意味もあるかと……」
だが、とイクトールは考える。ヒト族に押し入られ、戦況は押されに押されている。戦線が伸び切ることを警戒さえしなければ、ヒト族の勢力は簡単にリョスアルヴ……エルフ族を駆逐するだろう。
ヒト族の変化は早い。もはや、その流れは止められない。先月、ついに気球が出現したという話を、イクトールはアンジェリカから伝え聞いていた。何処かに転生した者が作用していることは間違いない。
話によれば、アシェット公爵領の港町エルゲンから、帝都を結ぶ気球によるルートが開拓されたらしい。
西に港町エルゲン、東に帝都という位置関係で、海から吹く潮風を利用するルートらしく、まだ一報通行のルートで、その日の天候にもよるルートだそうだ。だが、物流は劇的に変化しつつあることには変わりない。
さらに噂レベルだが、馬によらず、ひとりでに動く馬車を、魔法学園を有するアヴァリオン公爵家が密かに開発を進めているとかいう話も来ている。間違いなく、これは自動車だろうとイクトールはあたりをつけていた。
機関車ではなく、自動車という点がイクトールの疑問を大きくしたが、フリードリヒ曰く「動かない鉄のレールは盗みやすいしな」という言葉で氷解した。すっかり馬賊としての生活が板についてきているようだった。
レールを盗んで、そのまま鉄として横流しをすればいいのだ。事実、貴族と繋がった賊は多いのだという。ジェフヴァの腕と小競り合いになった賊を捕らえてみると、どこぞの侯爵家の手勢だったり、どこぞの子爵家から食い扶持にあぶれて賊となったり、と貴族絡みでない賊の方が少なかった。逆に言えば、バックのない賊は潰されたということだ。
なるほど。そういう見方をするのなら、レールのない自動車の方が効率的なのかもしれない。とイクトールは感心した。
それを見過ごすアンジェリカでもなく、ベーティエ公爵家からできた繋がりを使って、アヴァリオン公爵家に渡りをつけたのは流石だった。
そのような目覚ましい発展を超高速で遂げるヒト族に対し、リョスアルヴたちは何の警戒も抱いていないのが、目下の問題であった。アリムとその臣下というわかりやすいケースから見れば、彼らはヒト族をかなり下に見ていたフシがあった。
ヒトは寿命も短く、無計画に繁殖し、自然を食い物にしてのさばる下等な種族。そういう偏見が蔓延していた。敵を侮るとは、完全な負けフラグだ。まさにリョスアルヴたちは負けるべくして負けたのだ。
さらに詳しくヒアリングを行っていくと、彼らにはそもそも戦術という概念がなかった。まず魔術ありきで、有能な魔術師が全てという意見すらあったほどだった。
確かに魔導技術が進んでおらず、対魔術防御の薄い数百年前なら、それでよかっただろう。稀有な力を有した大魔術師同士が、天を裂き、地を割る大魔術で暴れ回る神話の中の戦争だ。
だが、それは個人の資質によるところだ。例えばそれだけ強大な力を持つ大魔術師がいたとして、敵国に勝った後はどうなるだろう。 罪をでっち上げられ、狡兎死して走狗烹らる、という言葉を体現するだけだ。
そうでなければ、その莫大な魔力による暴力で僭主となるか、逃げて落ち延びて隠遁生活に身をやつして「死んではいない」状態になる以外に道はない。
とにかく、それでは勝てない。たった1人が強くても、組織としての勝利はない。
だからこそ、エルフたちは戦術を知らなければならない。そうでなくても、協力者を得なくては、イクトールはアンジェリカの元に帰れない。
イクトールの任務は、エルフとの協力である。使者と言い換えてもいい。
表向きはアリムをヌーマ族の長として擁立し、支援してもらうだけでいい。エルフという脅威が手を組むという恐怖感を、もっと明確に帝国に与えることが、必要だった。
アルヴス連合国は、その器ではない。そう判断したのはアンジェリカではなく、イクトールだった。アンジェリカはむしろ、中身より外見という意見で、最終的な実務……つまり戦場を掻き乱す部分はすべて我々だけでやるべきだという意見だった。
それに真っ向から反対意見を述べたのは、珍しくイクトールだった。イクトールとしての意見は、さらなる勢力拡充であった。
より勢力を広げるために、使えないエルフを使えるエルフたちで駆逐してしまう。より具体的に言えば、エルフの内部分裂を煽るという意味だ。
すでにいくつかの小部族にはヌーマ族の使者という形で、アリムの部下が向かっている。ヌーマ族は、すでに帝国の、ヒト族の恐怖を知っている。その口から語られるものは、説得力のあるものには違いなかった。
その話に食い付ける頭があるなら、味方。ないのなら、敵と判断する。状況が理解できていないということは、いとも簡単に倒せる相手だということだ。味方に引き入れるより話が早い。
だが悲しいことに、ほとんどの部族が敵と判断されてしまった。これにはイクトールも頭を抱えるしかなかった。リョスアルヴたちは、予想以上に頭が悪かった。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、を実践し、かなりのハズレ弾に、イクトールもアンジェリカも辟易し、ついには狙い撃ちに戦法を変えた。
そこで目を付けたのがエシュル族だ。アルヴス連合国の呼びかけ人であり、帝国に接する領域を有する大部族の1つ。彼らと接触することが第一目標だった。
アルヴス連合国のビジョンを確認し、族長の見識を確かめる。その上で、救いようがないなら、併呑してしまう。使えるようであれば、取り入る。
問題はその見極めすらできていないのだが……。
「どうしてこんな面倒なことをしますの?マスケットとヌーマ族だけで、北部の諸貴族など一掃してみせますのに」
アリムは自身ありげに言ってみせる。
「無茶を言うな」
イクトールは、未だにアリムにすらヒト族を侮るような考えが残っていることに、多少の危機感を覚えた。
「エルフ大陸北部にいるのは、ベーティエ公爵みたいな、どっちつかずの立ち位置にいるやつだけじゃない。馬鹿みたいな兵力を持ってるメギハードやアシェットやシェーンブルンみたいな開戦派が、ギラギラした出世欲しかない連中を率いてるんだ」
そう簡単に勝てやしないよ、とイクトールは結ぶ。そんなイクトールの様子に、アリムは不満げだった。
自分の命を救ってくれた黒騎士たるイクトールが、なんだかヘタレになったように感じたのだ。それと、空腹のせいでもある。
「そんな雑兵、各個撃破してしまえばよろしいですわ!森林を利用したゲリラ戦術で、継戦能力を削ぐのです!」
アリムが、エルフなら持っていないはずの、それもこの世界でもかなり先進的な軍事作戦を述べてみせる。
「エルフ大陸の欠点は、その防衛拠点となる各都市が離れ過ぎていることですわ!これを各個に包囲し、一つ一つを撃滅すれば――」
「今度はこっちが各個撃破に遭うだろうな」
イクトールは面倒くさそうに言う。空腹でイライラしているというのもある。
「で、では、各都市を占領後、物資を徴発した後に火を放てば」
「俺たちの補給線はどうなる。自分で自分に焦土作戦をしてどうするんだ」
「それは、少数精鋭のレンジャー部隊を」
「そんなもん養成してから言え。まだ訓練を始めてもいない構想段階だろう」
「で、ではどうすれば北部の貴族どもを駆逐できますの!?」
自分から言い出した無茶だったのだが、そんな判断をできる脳の余裕はなかった。腹が減ってそれどころではなかった。
焦燥感があった。こうしてエシュル族長を待っている間にも、エルフ大陸は帝国に蚕食されているのだ。
「それは」
「お話中、失礼します」
ムドヘルが天幕に入ってきた。その顔には喜びが見えた。良い知らせの予感に、イクトールもアリムもむくりと起き上がった。
「エシュル族長、エシュル・ラムダ・リマーユが戻りました。会食の用意もしてくれるそうですので、ご準備のほどを」
「やっとだ!それに会食!エシュル族長は見込みありそうじゃないか!」
イクトールはアリムと顔を見合わせて喜色満面。アリムも同じような顔だ。
「して、イクトール様。北部の侵略者を壊滅させる手はありますの?」
「それはエシュル族長が見込みのある男だったら教えてやるよ。今のところの流れじゃ、期待して損はなさそうだ」




