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転生者ラムダ

アルヴス連合国。エルフたちの国であるがその実情は国と呼べるものではない。そもそもエルフたちの生活様式は人間と大きく異なるのだ。


元々エルフたちは各地の各部族が自治しているだけで、統一された政府を持っていなかった。中央のビリオリアに大首長を頂くオークと比較すれば、エルフの政治は孤立性の高いものであった。


エルフ大陸は肥沃な土地である。森が茂り、山は緑に覆われ、野生動物でそこら中溢れ返っている。野生動物だけでなく、魔物も散見されるが、その凶暴性は低い。


帝国に魔物が現れることは少ない。すぐに狩られてしまうからだ。そして狩られない狡猾にして強力な魔物だけが生き残る。その歴史の結果、帝国の影響下にある土地では、強力な魔物しか出現しないし、その頭数もかなり少ない。


エルフ大陸ではそういった人為的な淘汰がなかったため、比較的弱い魔物も生存圏を確保できていた。むしろ大地が肥沃だからこそ、弱い魔物を許容出来るだけのリソースがあったともいえる。


そんな肥沃な土地だからこそ、エルフたちは政府を必要としなかった。族長がいて、最小限の統率……狩りなどの仕切り役さえあれば、彼らは生活できていたのだ。


その平穏はヒト族の侵攻によって破られた。


アルディギオンという名の皇帝の息子がエルフの魔術によって討たれた。そう聞いたとしても、エルフ族にとっては関係のないことだった。エルフの中にも悪人はいるし、ヒトの中にも悪人はいる。だが、そんな論理的な考えのできるヒトはいなかった。


そのまま雪崩込んできたヒトの群れは、瞬く間にエルフを駆逐していった。


エルフは自己の魔素と外界の魔素を混合させて魔力とする強力な術、精霊魔法に優れていたが、それは数の暴力と団結力によって無残にも敗れ去った。幾多もの部族が挑み、魔術の腕に自信のある者が挑み、そして散っていった。


どれほど強力な魔術を放とうとも、それを軽減する術式を付呪された盾で防がれ、また魔術師の対抗魔術で防がれ、また七天騎士による宝具の力で防がれた。


どれだけ個々の能力が高くとも、重装騎兵の突撃で食い破られ、弓兵の矢の雨で突き崩され、槍兵や重装歩兵の槍や剣で滅多打ちにされた。


部族同士の啀み合いや無関心は、エルフ大陸の北にあった大部族ヌーマ族が滅ぼし尽くされるまでだった。それまで、エルフの各部族たちは、他部族の勢力減衰に喜んでいるフシがあったのだ。


だが、すでに対岸まで火の手は回っていた。エルフ大陸の北側をたった2、3年で平らげた帝国は、未だに南下を続けている。


独立独歩のエルフ族は、共通のヒト族という敵を得たことで、ようやく集結したのである。


砂を押し固めて作られたドーム型の建物。転生者が前世の記憶から思い出せるなら、セメントでできたトーチカを思わせる建物が、森の奥に建っている。魔術で作られた建物で、内装は建物と同じく、押し固められた砂で作られたテーブルとイスしかない質素なものだ。


その中に十数名のエルフが集まっていた。テーブルに着くエルフが4人。壁際に立つエルフが10人。誰もがスラリとしたシルエットをしており、物憂げな表情を浮かべていた。


「またイスナは欠席ですか」


「ワヒド、サラサも欠席……。これでは八大部族が半分になってしまいますね」


トーチカの中は広く、耐久性はあまり考えられていないことから、この建物がエルフの一般的な建築物だということがわかる。トーチカの内部には外壁と同じ材料で作られた家具があった。中央には大きな丸テーブル。それを囲うように椅子があり、それが4つ空席になっていた。


「八大部族という呼び方は七大部族に変えるということに決まったであろう。ザマニ殿」


ニヤニヤしながら1人のエルフが言った。その笑みは邪悪で、その発言が悪意に基づくものだということが聞き手に用意に伝わった。


イスナ、ワヒド、サラサ、アハド、エシュル、ヤタン、ザマニ、そしてアルバ。


エルフの部族の中でも規模の上位8つの部族が八大部族と先月までは呼ばれていた。その内のアルバ族がシェーンブルン公爵軍とアーキオス騎士団に攻め落とされたのだ。ちなみにその更に前にはヌーマ族を合わせて九大部族と呼ばれていた。


「笑っている余裕があればいいですがね。ヤタン殿?」


エシュル族の若い族長が言った。テーブルに着くエルフたちの中でも、最も冷たい目をしたエルフだった。エシュル族こそが、単独でありながら一部では人間に勝利したエルフたちだ。


彼以外の今テーブルに着く族長は、人間との戦を経験したことはない。未だ、危機感からは遠い表情を浮かべている。それどころか、どこか嬉しそうな表情なのだ。


それもそのはず。今、この場にいないイスナ、ワヒド、サラサの部族は、傘下の部族がヒトの攻撃に遭っていて、こんな会議に悠長に参加していられなかったのだ。こうして集まっても、未だにライバルが減る程度にしか感じていない。


そのことにエシュル族長は苛立ちを隠せなかった。


「どういう意味ですかな?」


ヤタン族の族長が、テーブルに肘をついて手を組んでそこに顎をのせる。余裕たっぷりといった仕草だ。


「こちらの大陸には今、人間共のいう七天騎士団が全て駐留しております。これはご存知でしたか?」


「ヤタン族を馬鹿にするのもいい加減にしたまえよ。一部でエシュルがどれほど勝とうとも人間共に母なる大地を奪われていることには変わりないのだぞ」


そう言いながら、ヤタン族長は驚いていた。七天騎士がおり、そのそれぞれの騎士団を有しているとは聞いていたが、そのうちの6つだけが上陸しているとしか聞いていなかったからだ。壁際に立つ側近を横目でちらりと睨みつけると、側近は白い肌を青くした。


七天騎士団最後の1つ、エクスリーガ騎士団がベーティエ公爵領グランマルナという港町に入り、エルフ大陸の地を踏んだのは1週間前のことだ。


「ええ。ですから、より強固なエルフの軍を作り、人間共を駆逐するのです。以前お伝えしたエルフ連合軍の案は検討していただけましたか?」


「案?……ああ、あれか」


アハド族長が鼻で笑いながら周囲を見渡した。エシュル族長だけが真剣な面持ちでいて、他のヤタン族長とザマニ族長は呆れたような顔をしていた。


「言っておくがな、小僧。こうして席を同じくしているが、我々はまだお前を認めたわけではない。齢二十になったばかりの貴様を族長とせねばならんエシュルの民が哀れでならんわ」


アハド族長の言葉に、エシュル族長の奥歯がぎりぎりと小さな音を立てた。前族長は人間との戦で死んだ。『前族長の命をかけた攻撃により、人間共は駆逐された』というのが、エルフたちの間では美談となっているが……。


「して、連合軍の件は……」


怒りを抑え込んで、エシュル族長は笑顔で再度問う。


「却下に決まっているだろう」


アハド族長が言うと、他の族長たちも同意とばかりに鼻を鳴らした。


「他の部族と肩を並べて戦うなど不可能だ。今はこうして席だけは並べているが、ヤタンとワヒドなど年中殺し合いをしていた仲だぞ。そんなものが実現できると思うか?」


「いやいやアハド殿、それは過去の話であって、今は協力関係にありますとも」


嫌らしい笑顔で言ったのは、ヤタン族長であった。敵がヒト族に蹂躙されているのが面白くてしょうがないようであった。


「ふふふ、ぜひそうあってほしいものだな」


そう言ってアハド族長はヤタン族長に意味有りげな笑みを浮かべ、翻ってエシュル族長には苦々しげな顔を向けた。


「肩を並べる……そういった偽善の言葉を信じる方もどうかと思うが、武力を背景に部族の娘を嫁がせるというのは、どうも気に食わんのだよ」


「あ、あれはレギンが勝手に……!」


レギンは彼の第一夫人の名だった。エシュル族より小さいが確かな実力を持つ部族の娘だ。


「ほう。やはり心当たりがあるとみられる。エシュル殿はさぞや討ち滅ぼされるエルフの未来を憂いておられるようだ」


「そう!だからこそ今こそ……」


「今こそ子作り!……というわけでしょう?」


ザマニ族長がエシュル族長の言葉のあとをとると、建物の中が笑いに満ちた。笑わなかったのはエシュル族長側のエルフだけだったが、壁際に立つエシュル族長の側近2人のうち1人は口元を歪めて笑っていた。エシュル族長の味方は少なかった。


「権力をほしいままにする魅力に、若い族長が耐えられるはずもない……か。黒い嫁まで貰って、エシュル族は繁栄するばかりですな」


「まあまあ、エシュルの問題はエシュルの問題であって、エルフ全体の問題ではない。好きにさせておけばいい」


デックアルヴ……ダークエルフの妻、第三夫人のヘルガのことを言及されて、エシュル族長は青筋を立てた。白エルフ……リョスアルヴからすれば、黒エルフ……デックアルヴは侮蔑の対象だった。人間に膝を折り、誇りを捨てて家畜の生き方を選んだ種族。もちろん全てのデックアルヴがそうではないのだが、リョスアルヴの一般的意見はそのようなものだった。


「今は、私の妻がどのような種族であるかは関係ありません。問題は、帝国という敵に対してどのように立ち向かうかということであり、それは協力なしには得られない成果であるということです」


「だがそれを我々にまで強要するのは筋違いだ」


「左様。我々はこれまで誰の力も借りずにやっていけた。これからもそれは変わらない」


そうしてアルヴス連合国の会議は幕を閉じた。今回で6回目となったその会議の次の7回目は、しばらくの間再び開かれることはなかった。


なぜなら、このときすでにワヒドの部族は滅んでいたからで、次に顔を青ざめさせるのはヤタン族長であったからだ。





6度目の会議が何の収穫もないまま終わり、エシュル族長は自分の部族の土地に帰った。


エルフは他の生き物を隷属させない。その教えを守っているが故に、移動は徒歩が基本になる。だが、精霊魔法を使って加速して走れば、馬より速く森を駆け巡ることが可能だ。木の枝から枝へと飛び移るそれは、ちょうどエシュル族長が前世で見たアニメに似ていた。


エシュル・ラムダ・リマーユ。族名、名前、姓名となる並びのエルフの名において、彼個人を表す呼び名はラムダである。金髪に金の瞳という、エルフの特徴を色濃く残す容姿。その姿は妖精と呼ばれるに相応しいものだ。端的に言えばイケメンである。


その端正な切れ長の目には、疲労の色が見て取れた。その疲労は、長距離を移動したからだけではない。


エシュル族の居住地は、他のエルフたちの例に漏れず、森の中の開けた場所にあった。そこには半球型のトーチカが立ち並んでいる。エルフの伝統的な建物だ。


ラムダが風の精霊に任せてふわりと着地して、集落の外縁部に降り立つと、トーチカの中からぞろぞろとエルフたちが出てきてラムダの姿を見た。外縁部には腕の立つ狩人が住む決まりになっている。


「ラムダ、どうだった?」


その中でも一際美しいエルフの女性が声をかけた。ラムダの第二夫人で、優秀な弓の使い手で、名をエレカという。


「駄目だった。あいつらは何も変わろうとしない……!俺たちがどれだけ苦しい思いをしたのかを理解しようともしない……!それに、次はあいつらの番だっていうのに!」


ラムダが怒りを静かに顕にすると、強い風が吹いてエルフたちの金髪を揺らした。


「ラムダ、落ち着いて。精霊がざわついているわ」


エレカが乱れる髪を抑える。その姿も絵になるな、と思うと、ラムダの心は自然と落ち着いた。


「ご、ごめん……」


「でもまあ、反対されるなんてわかりきってたことじゃない。前と変わらないだけで悪くはなってないわ」


あっけらかんと言う妻に、ラムダはあっけにとられた。幼馴染である彼女は、いつもそうやって彼を引っ張ってきたのだ。


「ありがとう。エレカにそう言ってもらえると嬉しいよ」


「ふふふ、どういたしまして。あ、そうそう」


妖精の微笑みを浮かべるエレカは、ふと思い出したように話題を変えた。


「ラムダにお客さんよ」


「客?」


「ええ。今、森の境目で待ってもらってるんだけどね。オークよ!オーク!私、オークなんて初めて見たわ!」

平和なエルフの村にオークが!!

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