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貴族御用達のオークの商会

ベーティエ公爵家長男のブランシュの行動は素早かった。トランフルール伯爵軍による、エルフ反乱に伴ったアメデオの「保護」を知るやいなや、大慌てで保有する黄金稲穂騎士団の精鋭500人を率いて海を渡った。


言うまでもなく、その移動手段たる船はトランフルール伯爵の船である。ここでも小さくポイントを稼ぐことで、トランフルール伯爵への疑惑の目を遠ざける目的があった。


グランマルナの地に降りて、ブランシュはアメデオと面会した。


「保護」とはいうものの、要するに人質である。さらに言えば、ブランシュへの贈り物である。自分の統治すべき土地に反乱を許し、自分の家だけの問題とせずに帝国の騎士団に救援を乞うた。これだけの弾劾する材料を並べられていては、もはやブランシュのすることといえば、アメデオを修道院送りにするか、騎士団入りさせるくらいしか残っていない。唯一の救いは、これがまだ表沙汰になっていないことで、これから握り潰すことは可能だということだ。


そんなまな板の上の鯉状態のアメデオは、貴族の人質らしい待遇で、グランマルナの屋敷の一室に囚われていた。元々グランマルナの街を統治するための屋敷で、執務室として使われていた一室だった。天井からはエルフ大陸の鉱山から取れた大粒の発光魔導水晶が下がり、エルフ大陸の北に生える白亜樹から作られた真っ白なチェストが鎮座し、床にはエルフ大陸西方に棲む緋色羊の毛から作った高級絨毯が敷き詰められていた。調度品の数々はかなりの高品質で、エルフ大陸から吸い上げた富の結晶とも言える内装だ。


部屋の中には、丸テーブルがあり、そこに一対の椅子が備えられていた。各所に柔らかなクッションが詰められた椅子の1つに、アメデオが座っていた。赤銅色の髪はぐしゃぐしゃで、顔色は真っ青だった。


その部屋のドアが、がちゃりと音を立てて来訪者の存在を告げる。


「やあ、アメデオ。元気にしてたかい?」


部屋に入るやいなや、陽気な様子で話しかけたのはブランシュだった。宮廷の夜会で着るような華美な服に身を包み、その所作は優雅である。遺伝なのかアメデオと同じ赤銅の髪は、弟の髪がツンツンしている――もっとも今はぐしゃぐしゃだが――のと対比するように、ふわふわと優雅に歩に合わせて揺れている。


ニコニコと笑みを浮かべる様は、好青年といった雰囲気で、また顔立ちも整っているので見ていて清々しい気持ちになるほどだ。


その後ろに、騎士の礼装をしたマリアンヌが続く。いつものように、背中に真っ赤なエクスリーガを背負って、それにかかる長髪もまた真っ赤である。白銀色の装飾重視の甲冑と白い肌に、紅蓮の対比が美しく、室内の赤い絨毯すら霞むほどだ。


アメデオも憔悴しきっているが、それでも美しい顔立ちがなくなるわけではない。むしろ落ち窪んだ目が怪しい魅力を放っているようでもある。


貴族が容姿端麗な者ばかりなのは、偏に自然淘汰の結果である。美しい者ばかりを嫁に婿にと求めていった結果、生まれてくる子もまた美しい遺伝子を濃く残すこととなったのだ。


「いやいやぁ、エルフの反乱と聞いた時は驚いたよ。30000人だって?そりゃさすがのアメデオでも手玉に取られるよ、ね」


そんな美青年のブランシュが、親しげにアメデオの肩に手を置く。置かれたアメデオの方は、ビクッと全身を硬直させた。


(3000人では……?)


マリアンヌは不思議に思ったが、口を挟むことはない。


「…………」


アメデオは悔しそうに、そして恐ろしそうに俯いて震えている。


「兵力が足りなかったよね。ごめんねぇ、僕がもっと早くに援軍を送ってさえいれば、むざむざと5000人の将兵を失うことにはならなかったのにね」


「…………」


アメデオが消費した戦力は、5000にも上っていた。アウジラからグランマルナへ送った2500の兵はすべて殺されるか逃げるかで失われた。挙句、グランマルナに残していた守備兵のほとんどが、暴動やその後の略奪、そしてトランフルール軍による制圧戦で失われた。


「そりゃ3万を率いるアメデオからしたら、5000なんて屁でもないかもしれないけど、それでも大切なベーティエ公爵家の臣民なんだよね。だから大事に扱ってもらわないといけないと僕は思うんだ。アメデオもそう思うでしょ?」


「…………」


「そう思うだろって聞いてんだよ!!」


ブランシュがアメデオの椅子を蹴り倒した。俗に喧嘩キックと言われる足の裏を突き出すような蹴りで、椅子ごと横から蹴り倒された。アメデオは、柔らかい絨毯にキスすることになった。後ろから前に蹴り倒さなかったのは、ブランシュの良心からだった。


「ふー…っ」


細く息を吐きながら、倒れた椅子に足をかけて、ブランシュはアメデオを見下ろすような姿勢をとる。


「ったく、高々3000の蛮族の反乱に手間かけさせやがって。あのアホ親父が帝都にいて本当に助かったぜ。じゃなきゃ学園を卒業したてのセルヴィにまた声がかかるところだったからなぁ。てめえもそれは望んじゃいないんだろ?あ?」


(セルヴィ……。たしかベーティエの七男だったか……)


マリアンヌは、出てきた名を頭の中の名簿と照らし合わせる。セルヴィ・トリスタン・ド・ベーティエ。ベーティエ公爵の後妻の子で、上の兄たちが側室の子であるため、継承権は3位であったはずだ。


(いや、今から2位になるのかな……)


マリアンヌは、心底冷めた目で2人のやり取りを聞いていた。この後の展開次第で、マリアンヌだけでなくフリードリヒがどう動くかも変わってくる。


フリードリヒが打倒皇帝を掲げるなら、マリアンヌもまた、その夢を支えたいと思っていた。


「あのアホ親父は穏健派なんて気取ってやがるが、だからといってエルフ大陸の利権がいらねえわけじゃねえ。てめえはある程度期待されてんだよ。しっかり務めを果たせ。今回は見逃すが次は無いぞ。迅速に動いてくれたトランフルール伯の足にキスでもするんだな」


そう吐き捨てて、ブランシュの雰囲気がまたガラリと変わる。


「いやぁ不肖の弟が失礼をいたしました。トランフルール伯には礼を言っても足りませんな」


「いえ、私の忠義を通しただけのこと。クルシアンの村に向かうときに、グランマルナで不穏な空気を感じましたので、用心をとったまでです。私の臆病風がお役に立てたのでしたら僥倖でございます」


さっと跪いて、マリアンヌは服従の姿勢を見せる。心に思っていなくてもやるのとやらないのでは大きく違う。


「うんうん。特に僕に最初に教えてくれたのがいいね。あの糞弟に……あ、セルヴィの方ね……あいつに情報が渡らないようにしてくれて本当に助かったよ」


「はっ。有り難き言葉にございます」


「しかしトランフルール伯も忠義で腹は膨れないだろう。何がほしい?忠義には報いる物が必要なのは理解しているし、お前のような協力者はこちらとしても惜しいんだよね」


来た。とマリアンヌは思った。


事前に仕入れていた情報通りなら、ブランシュもアメデオも、七男のセルヴィに地位を脅かされているのだという。後妻の子というだけで当主から寵愛を受けるのが面白くないだけではなく、継承すら怪しくなってきては命の危機すら感じるのだろう。


そうなれば握っているエルフ大陸というカードを切れるうちに、その餌で味方を増やしておきたいと思うのは当然だ。


それに、これだけのお膳立てをしておいて、利益を求めないのは怪しい。


「では、陛下より賜ったクルシアンの地よりさらに周囲5リューを頂きたく存じます」


安い、とブランシュは思った。言ってみればグランマルナの制圧もタダではない。それを手放してまでクルシアンの権利拡大をしたところで、得られるものといえばより広い範囲の河川通行権くらいなものだ。


「他には?」


だから、きっとそれ以上の欲しいものが何かあるだろうと思って、ブランシュは尋ねた。クルシアンの件は、言うなれば前菜であり、これから本当の欲しいものを述べるのが交渉の進め方である。


「望めるのでしたら、エルフたちを頂きたく存じます」


「エルフ……?その心は?」


そこでブランシュは少し引っかかった。捕らえたエルフたちは3000人と聞いていた。そのまま市場価格に直せば、けして安くはない。だが、一度反乱を起こしたエルフたちをそのままセットにして……となると話は変わってくる。そんな不穏分子を抱え込むような真似は、誰もしたくないはずなのだ。


殺すしかないと思っていたものに買い手がついて、ブランシュは面食らった。


「はっ。これよりクルシアンを開拓するとなれば、人手も、地理に詳しい者も必要かと愚考した次第でございます」


「よし。さっそく家令にそうさせよう。クルシアンの件は、手続きと触れに1月は待ってもらうよ」


「はっ。閣下の格別のご配慮、感謝の極みにございます」


傅きながら、マリアンヌは内心舌を巻いていた。ブランシュはなかなか優秀である。このまま褒章を先延ばしにしていては、マリアンヌに裏切る隙を与えてしまうからだ。


セルヴィのところに、「苦心して反乱を起こした街を平定したのに、ブランシュはそこに報いることがなかった」と駆け込めば、間違いなく彼らにとって面白くないことになる。


なので、ここで手早く褒美を与え、「報いた」という形をとる方が、長々と交渉して安く済ませるより、最終的な利益に繋がるのだ。特に、一度首輪をつけた、という事実を作れるのはブランシュにとって大きいことになる。


「して、これからトランフルール伯はどうなさるおつもりなので?」


「エクスリーガ卿としましては、皇帝の命に従い、エルフ征伐に向かおうかと思いますが、如何せん、前線基地(クルシアン)の開拓が終わりませんことにはどうにも……」


「もし(けい)がよければ、こちらで食料の支援をしてもいいよ。何なら、石材の工面もするけど?」


マリアンヌの心臓が跳ねた。ここだ。会話の流れが望む方向に近付いて、マリアンヌはその興奮を白い肌の1枚下の血潮に潜める。


「有り難き幸せ。しかし、わたくしめのところにも懇意にしている商会がございまして、義理を通さねば曲がるヘソもありましょう」


「へえ。トランフルール伯にしてエクスリーガ卿が懇意にしている商会?」


食い付いた。いや、食い付かざるを得ない。公爵家の援助を断ってまで繋ぎ止めたい商会。それも、悪い噂と比例して魅力の大きかったフルール子爵家を併呑したトランフルール伯爵が繋ぎ止めたいと思う商会だ。


「ええ。オーク族の女神の名を冠する商会なのですがね。彼らの戦に長けた技術を売ってくれるのです。此度の遠征軍に持たせている武器もまた、その商会から買い付けたものなのです」


「……なるほど、得心がいったよ。領内であったオーク族の集落の一件だ。フルール事件の。そこからの繋がりだね?」


「ご慧眼、流石でございます」


そういう解釈の仕方もあるのか、とマリアンヌは感心し、直ちにその話に合わせるようなシナリオを頭の中で組み上げる。褒め言葉――またの名を時間稼ぎ――は基本中の基本だ。


「ある若いオークと秘密裏に交渉し、騎士団のある程度の地位と引き換えに、情報を買ったのです。まあ、結果は知ってのとおりでしょう」


少し憮然とした態度を装って、マリアンヌは言葉を結ぶ。結果としては騎士団の精鋭が本当に死に絶えたのであるから、本心からの態度と言えなくもなかったが。


「へえ。僕も仲良くしたいものだね。その、異種族の女神を冠したという商会の名は?」


「その商会の名は、アンジェリカ商会と申します」

マリアンヌも、皇帝と宝具に人生を狂わされた1人ですので、それ相応に憎しみと恨みを持っています。

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