グランマルナ占拠とアウジラ事変
キュオーン族はヒト中心の帝国において、2番手ともいえる地位にある。ルシフル大公領という、帝国の北東にある国があり、形式上だけ帝国に従っているものの、実態は独立国家と何も変わらない土地を有している。ルシフル大公はキュオーンの王である。銀の毛を伸ばし、さらさらと輝きながら雪国であるルシフル領を闊歩する。そんな姿がルシフル大公の肖像画として、キュオーンの有力者の屋敷には大抵飾られている。
そんなキュオーンは、当然ヒトから見下されるばかりではない。膂力があり、忠誠心があり、頭もいいとなれば重用される。衛兵隊長や100人隊長はキュオーンが務めることも多い。
ベーティエの街から出港した30隻の巨大輸送船に乗る人員のうち、衛兵2000人を率いるのは、キュオーン族の男だった。名は、グルオン・ルショフ。
前職である衛兵という経歴から、トランフルール領で仕官した。ということになっている。
グルオンは甲板に出ていた。潮風で毛がごわつくが、ベーティエの街で暮らしていた彼は気にもとめない。それより船室で篭もりっきりになって船酔いをすることを避けたかった。
グルオンは、アンジェリカに命令されて2000人を率いていた。巨大な力に従うという種族の性もあり、グルオンは素直にアンジェリカに従っていた。しかしそれより大きな要因となっているのは、命の恩人たるイクトールが彼女に従っていたからだろう。
それに、彼女に従っていれば飢えることはない。
それは旧フルール領の農民にも言えることだった。
旧フルール領は、今や農村とは呼べない代物である。田畑は荒らし尽くされ、資源と呼べる資源が破壊されていた。そうして焼き出された領民たちを、旧トラン子爵が助けたという形になっている。ただの農民は、そう認識していた。
だが、その旧フルール領も、急速に回復した。アンジェリカの半無限の魔力を、フリードリヒの魔力操作で好き放題に扱う。その結果、たった2ヶ月で旧フルール領は回復した。
回復したのだが、ただ回復させるだけでアンジェリカが終わらせるわけはなかった。
アンジェリカは先進的な農具を次々と生み出し、それを農民たちに下賜した。その農具は木製のそれより軽く、丈夫で、そして何より無料で与えられた。強化プラスチック、と言われても、グルオンにはさっぱりわからなかった。
その上、まるで本物の魔法のように布を生み出して、衣服を配った。ポリエステルと言われてもグルオンにはさっぱりわからなかった。
様々な農具がアンジェリカから――農民たちから見ればトランフルール伯爵から――与えられた結果、生産性は大きく増した。つまり、労働力がいらなくなったのだ。
そして職にあぶれた農民を、兵隊へと徴用した。その方法も、グルオンからすれば画期的なものに思えた。
兵士になれば、税を払わないでいい。その上、食事も、寝るところも、着るものも無料で提供される。衣食住が保障された上で、さらに賃金まで貰えるのだ。当然、志願者は殺到した。
そして殺到した兵士となって、お揃いの服――制服というらしい――に身を包んだ新兵が目にしたのは、見たことのない兵器だった。
フルール製武器マスケット。マッチロック式の、マスケットだ。
皇帝とベーティエ公爵に100丁づつを献上しただけで、あとはさらに1000丁ほどが皇帝の兵により略奪された。流通量はそれだけだ。
そんなマスケットが、惜しげもなく並べられ、そして爆音を轟かせていた。
新兵がまず教わったのは、そのマスケットの扱い方だった。火薬、と呼ばれる黒い粉を先端から詰め、次に鉛の玉を詰め込む。それから火皿に火薬を入れて、火縄を差し込む。すると轟音と共に銃口から鉛玉が飛び出す。飛距離は、弓矢に届かないくらいだが、問題になるような距離ではない。
大きな利点は、鎧すら貫通する威力と、鉛による術式破壊力だ。これで撃たれれば、魔導装甲に身を包んだ騎士ですら無事ではすまない。
新兵は戦慄した。平民である彼らが、貴族であり、魔術師の末席でもある騎士を、いとも簡単に殺せてしまうことに戦慄したのだ。
訓練はあっという間に終わり、こうして戦地へと向かっている。訓練が簡単なのも銃の利点である。何も特別な技術はいらない。ただ弾を込めて、銃口を敵に向けて引き金を引けばいい。
入れ違いになるように入港する快速船を、出港した輸送船の甲板からグルオンは見た。それから慌ただしくベーティエの軍が動き出すのは、さらに1週間後となる。
ベーティエの街に、トランフルール軍12000が到着した時は歓迎されるより先に恐怖された。揃いの制服、というだけで恐ろしいまでの経済力を有しているということである。さらには、12000を裂いて、なお兵力には領地を守る分の余裕があることが読み取れたのだ。
それぞれ400人ほどを載せて、30隻の輸送船はベーティエの港を出発した。輸送系のギルドからの借り物で、1ヶ月契約の1隻につき2000エピクロス金貨で半年セットの契約だ。明らかに払える値段ではないが、アンジェリカは、いや、トランフルール伯爵としてのマリアンヌはゴーサインを出した。
この後、それをベーティエ公爵に又貸しする形で、トランフルール伯爵は何も消費することなく莫大な富を稼ぐこととなったのは、余談である。
出港してから2、3日かけてグランマルナの街に着いた。グランマルナの街でテロがあってから1週間後のことだった。
グランマルナの住民は歓喜した。2週間後と思われていた船団が、その半分の期間でやってきたのだ。飢えから解放される!そういう喜びに満ちていた。
そのとき、グランマルナの人口は約半数まで減じていた。
ここで戦慄したのは冒険者たちだった。今まで略奪を行ったのは誰だったのか。罪の無い者を殺して回ったのは誰だったのか。それを思い出し、彼らは迎撃の体制をとった。
港に待ち構え、彼らを襲おうと考えた。港の収容能力は高くない。半数以上は湾外で待つことになる。それなら、勝つ見込みはある。冒険者だけでなく、略奪する側に回っていた衛兵たちですら、迎撃に回ったのだからさらに救いようがなかった。
水平線の向こうに船団が見えてから、犯罪者と治安維持組織は手を組んだ。もはやグランマルナの街にまともな法は存在しなかったのだ。
そして、彼らは全滅した。
そんなことをすべて読んでいたトランフルール軍は、船から凄まじい射撃を加えてみせた。雷のような轟音と火薬の白い煙が上がり、血煙がパッと散った。この交戦でおよそ50人の被害を被っただけで、トランフルール軍はグランマルナの街を制圧した。
グランマルナにテロを仕掛け、治安を悪化させ、内乱を招き、そして鎮圧した。すべてアンジェリカの手の者によるのだから、まったくつまらない人形劇だといえよう。
そうして、グルオンはエルフ大陸に降り立った。
冬が訪れようとする季節のことだった。
*
アメデオの元に援軍が到着したのは、グランマルナの街が制圧されてから3日後であった。
七天騎士マリアンヌ率いるエクスリーガ騎士団の精鋭がやってきていた。馬を軽やかに歩ませ、紅蓮の長髪を風に揺らしながら、美しい顔に微笑みを浮かべる姿は、まさに神話の戦乙女であった。白銀の色に輝く戦鎧が、町娘のちょっとしたお洒落に見えるような着こなしで、マリアンヌは悠々と部下を引き連れて、また悠々とアウジラの城壁をくぐった。
だが、その数はアメデオの瞳から光を消すほどであった。
ヒトが18人に、馬が13頭。そのうち2頭は馬車を牽いていて、その馬車も荷馬車であった。そこに積まれていたのは彼らの武器防具と食料であり、まったく頼りになりそうなものは何一つなかったのだった。おまけに騎士の格好をしているのはマリアンヌ含めて11人で、残りは平民の格好をしている。明らかに小間使いであろう。
「エクスリーガ卿、これは……」
「反乱の鎮圧に参りました。なあに、大規模といっても精々100を数える程度でしょう?まあ宝具エクスリーガを持つ我々にとっては雑魚も同然です。安心してくだされアメデオ殿」
確かに、アメデオは大規模と書いただけだった。誰が数千人規模の大反乱を予想できるだろうか。しかもそれは組織立った反乱で、もはや軍隊と言っても差し支えない。手紙が途中で長男のブランシュ派の手に渡ることを恐れ、手紙の内容を言い訳の余地を残して書いてしまった結果だ。
それに、さらに厄介なことに、そのエルフたちはグランマルナからアウジラまでの、各地の開拓村を襲撃して食料を得ているのだ。もはや侵略者と変わらない。元々侵略者であったのは帝国側なのだが、それはすでに忘れられたか、誰も気にしていない事実だった。
そういう旨を、絶望してほとんど声も出ないアメデオに代わり、執事がいくらか説明を行った。
「なるほど。不可能ですな」
マリアンヌの口から放たれた言葉は、音が明るいものだっただけに、不思議な響きを有していた。
「不可能、とは何がでしょうか」
恐る恐るという感じで、執事が聞く。
「反乱の鎮圧が、我々では不可能ということです」
マリアンヌは淡々と事実を述べる。
「残念ながら、エクスリーガ騎士団のほとんどは、私のトランフルール伯爵としての新しい領地の……つまり、俗に言う旧フルール領の警備や訓練にあたっているものですから、エルフ大陸に十全な兵力はありません。また、こちらに連れてきた騎士団もクルシアンの村を拠点とした先遣隊に過ぎず、戦闘を行えるほどの十分な食糧がないのです。そちらでいくらか工面していただけるのでしたら、我々も動けますが、それでもこちらに来ている騎士団先遣隊は総勢200人。数千人規模の反乱の鎮圧はとてもではありません」
そして、マリアンヌは更に付け加える。
「エルフ共を殺し尽くすことはできましょう。しかし、それでも数千人のエルフ相手ではざっと100人……部下の半数は死にましょう。申し訳ありませぬが、陛下から預かっている騎士団員を死地に追いやることはできません」
つまり、「エクスリーガ騎士団の所在はあくまでも皇帝直属であり、公爵家といえども地方領主のお前たちの反乱鎮圧に、そこまで全力は注げないんです。ごめりんこ。てめえのケツはてめえで拭け」ということである。
「ですが、臣民を守るのも騎士団の務めでしょう」
そう言われることは予想していたのか、執事は冷静に言い返す。アメデオはまだ呆然と馬を数えている。何度数えても13頭だ。
「そう言われても困ります。アメデオ様もその領民も等しく陛下の臣民であり、それを救うべきは騎士団の務め。それは重々承知しております。ですが、いない兵は出せません。こればっかりは、私の不徳の致すところで、いろいろとありまして……」
ここでマリアンヌは強いカードを切った。
元フルール子爵の話は、貴族間、特に開戦派の間ではほとんど禁句であった。それこそフルール子爵はベーティエ公爵派の一家門であったから、余計に気まずい雰囲気が流れる。
「ゴーレムは……」
執事は、一度戦場で見たことのある魔導兵器の名をとりあえず口にしてみた。執事が見たことのあるゴーレムは、一度パレードで見た帝都の城壁に手が届きそうな大きさのものだった。
「それこそ頼む相手を間違えています。ゴーレムを作れるのは宮廷魔導師連中と宝具ダイアロンくらいなものです」
執事の願いも虚しく却下される。ゴーレムは魔導兵器の中でも費用対効果がかなり低いものというのが、ベテラン魔術師のほとんどの意見である。中には、その大きさによって威圧する効果がある、とゴーレムの有用性を主張する土魔術師もいるが、その意見にしたって根本の戦闘能力を宣伝文句から外していることに、ゴーレムの立ち位置がわかるというものである。
マリアンヌの記憶している限りでは、ゴーレムを活用できていたのは、先代の宝具ダイアロンの使い手であった。今代の使い手であるアレクサンドラは、そういう魔術が苦手なのか、宝具の力を引き出せていないように思えた。
「で、では、援軍は……望めぬ……と?」
「エクスリーガ騎士団からの援軍は、これだけです」
マリアンヌはそう言って総勢18人の増援を手で示した。騎士が10人、雑用係が7人、そしてそこにマリアンヌが加わるのだ。
「……?」
そこで、執事は違和感に気付いた。ほんの小さな違和感を、どうにも言葉にできない。そんなもどかしさを感じて、言葉に詰まる。
「エクスリーガ卿としての援軍は、これだけです」
「ま、まさか!」
喉につっかえていた疑問が、するりと胃に落ちる。マリアンヌは、さっきからエクスリーガ騎士団のことしか述べていないのだ。
「トランフルール伯爵としての援軍は、ただいまこちらに向かってきております」
アメデオと執事の顔が喜びに変わる。だが、その表情も次の言葉で別のものになると思うと、マリアンヌの心に暗い愉悦が湧き出てくる。
「グランマルナの港は、我がトランフルール伯爵軍12000が、すでに鎮圧いたしました」
「は?」
気の抜けた声だった。ぽかん、という表現が1番しっくりくるリアクションで、彼らは呆然としてみせた。
今までトラン子爵やエクスリーガ騎士団長という肩書より、さらに上にいた者の惚ける顔がこれほどまでに愉快なものだとは思ってもみなかった。
マリアンヌは偽エクスリーガを抜き放ち、アメデオの首に刃を突き立てて人質にとった。騎士団員もそれに習うように、アメデオの背後にいた高官数名を人質にとり、それから見事な連携で人質を囲い込み、外に向けた円の陣形をとった。
外に向けて円陣を組むエクスリーガ騎士団に、勇気ある衛兵が剣を抜いて飛びかかる。しかし、騎士の剣戟は本物である。一太刀で、衛兵が振り下ろしてきた剣ごと胴に一閃。びっ、と腹が切れ、毒々しいピンク色の臓物が飛び散った。
「動くな!動けば貴様らのアメデオ様の命は無いぞ!」
切り払った騎士が怒鳴り散らす。
「宝具エクスリーガよ、その輝きですべてを照らせ」
偽エクスリーガが本物のように輝き、炎が実体を持って、騎士団員たちの手の中にハルバードの形で顕現する。偽者と疑われては困るので、本物ですよとアピールする意味を込めての行動だ。もっとも、その手にあるのは偽物のエクスリーガなのだが。
マリアンヌの腕に捕らえられ、ハルバードの形をした偽エクスリーガの刃を首元に添えられて、アメデオは呆けた顔をただただマリアンヌに向けていた。そんな彼に、マリアンヌは優しく語りかける。
「ご安心ください、アメデオ殿。ブランシュ殿はあと2週間もすればアウジラまで来ましょう。たったそれまでの間、冷めたご飯を召し上がって、冷たい石畳で寝起きされればよろしいのですよ」
そこでようやく事態を飲み込めたアメデオは、今度こそ絶望の表情を浮かべた。目は驚愕に見開かれ、歯はカチカチと鳴り、喉は息も絶え絶えに喘ぐように音を立てる。
「伝令!でんれーい!グランマルナの街が、正体不明の軍に占拠されました!」
門の向こうで、大きな声が響く。それはマリアンヌにとっての勝利の声であり、アメデオにとって死刑宣告の声であった。
完全にテロ集団と化したアンジェリカ一行




