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オークと行商人


行商人の男は、それから間もなくやってきた。


荷馬車の御者台に乗った彼は、齢30に満たない若い商人だ。


オークの小さな集落にはこういった若い行商人がよく訪ねてくる。


主要なルートでの行商はすでに他人の手垢が嫌というほど着いているので、あまり利益が望めるものではない。


その分、安全と安定という副産物があるのだが、若く野心に満ちた行商人にとっては魅力的なものには見えないようだ。


この若い行商人も、このみすぼらしい小さなオークの集落で何か収穫物がないかと見に来たのであった。


そして、彼らの望むものをイクトールはしっかりと把握していた。


「やあ、君たち。私は行商の旅をしているもので、リーエスという。首長どのにご挨拶に伺いたいのだが、お屋敷へ案内してもらえないだろうか」


行商人の礼儀の1つとして、商売をするならまずその場の責任者に面会することがある。


元々不適切な、つまり禁制品とされるものがその地域内で流通するのを防ぐための検査だったが、今ではそれも形骸化して、首長へのみかじめ料の支払いとなっていた。


そのため、リーエスと名乗った行商人はまずその場の、この場合ブルナーガへのお目通りを願わなければならなかった。


「いいですよ。ついてきてください」


イクトールとカルアはリーエスの荷馬車を先導して、父ブルナーガの館まで案内した。


館につくまでの間に、イクトールはリーエスから情報を得られるだけ得ようと企んだ。


「リーエスさんはどこからいらしたのですか?」


「帝都アルファードからベーティエを目指している最中だよ」


帝都アルファードまではブルナーガの集落からだと2週間ほどかかる。


ここからベーティエまでだと、1週間以上は確実にかかるだろう。


帝都アルファードからベーティエまでは街道が整備されていて、ちゃんと税金を払って街道を利用したのなら1週間もかからない。


位置関係上、この3つの地点はちょうど三角形の頂点同士のようになっており、アルファードともベーティエともブルナーガの集落は距離がある。


むしろアルファードとベーティエの距離が10だとすると、アルファードからここまで30、ベーティエからここまでだと20はある。


それでもリーエスという若い行商人は、あまり整備されていない道を通ってわざわざオークの集落までやってきていたのであった。


その理由の1つとして、オークの集落がアルファードやベーティエの都市群と異なった政治形態に属しているということだ。


アルファードとベーティエは共に人間族の王が治める国、ヒュムランドのもので、ブルナーガの集落はオークの国のものだ。


オークの集落は、大首長によってまとめられているため、ブルナーガは形式的にその大首長の臣下ということになる。


その大首長は、実質的にオークの王であり、そしてその領地は独立自治権を有している。


オークの国に明確な呼び名はないが、オーク語で国を意味するブルゴフという名が便宜上用いられている。


ブルナーガの集落はつまり、ブルゴフ国ブルナーガ領ということになる。


そこに人間の法律が介入することはないため、人間の用いる税などの経済システムが介入する余地はほとんどない。


しかし、例外的に資本主義的自由経済を行っているオークが、ブルナーガの集落に1人だけ存在した。


それがイクトールである。


「それにしても君は人語が上手だね。まるで宮廷言葉のように話すじゃないか」


リーエスがイクトールの言葉を褒めた。


先述から推測できるように、リーエスたち人間とイクトールたちオークの用いる言語は違う。


それでもイクトールとリーエスが間断なくコミュニケーションをとれているのは、ひとえにイクトールが人語を用いているからだった。


イクトールの隣をぴょこぴょこと歩くカルアには、2人の交わす言語は理解できていない。


しかしそれでも彼女の表情が笑顔で明るいのは、自分の愛するイクトールが自分を遥かに凌駕する知能を持っていることが誇らしいからだった。


「それほどでもありませんよ。これも女神様の思し召しです」


だが、種を明かせばイクトールの言葉通り、「女神様の思し召し」だからである。


女神アンジェリカは慢性的な魔力不足によって面倒くさがりの性質を遺憾なく発揮しているが、イクトールが望めば翻訳の魔法を行使してやらないこともなかった。


女神にしてみればこれも信仰復活のためなので、人間と比べれば莫大であるが女神にしては残り少ない魔力を、渋々未来への投資と自分に言い聞かせて翻訳魔法に使っていた。


『さあ、早く交渉に入りなさい。こちらの魔力もタダではないんですよ!』


雑談をしているうちに女神アンジェリカが痺れを切らして言った。


彼女の言葉はその場のリーエスとカルアには聞こえないが、イクトールの脳内にうるさいほど響いた。


イクトールは女神には返事をせず、行動で示すことにした。


「そうだリーエスさん、父様にお目通りが終わったら、ぜひ見てもらいたいものがあるんです」


『お目通り?私への挨拶もなしに私の領土をズカズカと歩いているくせに私に敬意を払わないブルナーガにお目通り!?ぐぬぬぬ……!』


女神がイクトールの頭の中で喚くが、順序は順序である。


それに不可視の存在であり、高次元に存在する彼女にどうやってお目通りをするのだろう、とイクトールは考えた。


「へえ、なんだろう。楽しみにしているよ」


リーエスは満面の笑みを浮かべて言った。


それが演技であろうとなかろうと、イクトールはその第一段階に満足だった。


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