表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/96

戦乱の気配とそれぞれの思惑

アウジラの街へ進む最中、4度の交戦があった。交戦とはいっても小規模なもので、その全てが隊商程度のものだった。


大自然の中、魔物が我が物顔で闊歩するエルフ大陸において、護衛を伴わない行商は自殺行為そのものである。何人もの行商人が集まり、何頭もの馬と馬車でグランマルナとアウジラを結ぶ交易路。それを南下しているのだから、アリム軍とぶつかるのは自然なことだった。


アリム軍のエルフたちは、これを何の良心の呵責もなしに略奪した。これにイクトールは驚いたが、アリムの説明は、


「私たちエルフにとって、狩りは自然の掟によるものです」


とのことだった。恨みが溜まっているのだろうか。


哀れな行商人から得たものは、3000の兵に振る舞うには少ない量だったが、それ以上に収穫はあった。


エルフたちは段々とヒトに怯えなくなっていた。警戒はする。用心もする。だが、無意味に恐怖することがなくなったことは、良い傾向だった。


「さて、そろそろ会敵する可能性があるな……」


小川で休憩を挟み、イクトールたちは作戦を練っていた。


ここまで4日をかけ、アウジラへの道中を3分の2まで進んだ。自然の恵みに溢れたエルフ大陸は、小川がいたるところを流れているため、容易に水の確保ができていたのが幸いだった。


アウジラは製鉄の街で、アウジラ山と、その横を東西に流れる巨大なバールティ川に面した街だ。大量の水に恵まれ、製鉄の街として栄えており、物流の中心的位置にある。


バールティ川から西に上れば、ヨルマン川とバールティ川の合流点にセルマという街がある。セルマはベーティエ公爵の土地ではなく、アシェット公爵の土地で、林業を目的とした街だ。セルマで切り出された木材は、バールティ川を下って流通する。その木材を消費するのはまずアウジラの製鉄で、大量に燃料として木材が消費される。


さらにそこから東に下ると、クルシアンの村を華麗にスルー。河口の街スルシルへ出る。スルシルでは造船業が盛んで、セルマで切り出された木材を使って船を作っている。こちらはセルマとは違い、ベーティエ公爵の土地だ。


つまりアウジラはバールティ川を用いた交易路を2つ、セルマとスルシルへ持っている。このままでは、アウジラを落とすのはほとんど不可能だった。


アウジラに確認されている兵力は6000で、アリム軍3000の倍だ。攻めるのに3倍の兵力が必要だとする定石に照らし合わせると、これはもう絶望的な差であった。さらに、そこには川を利用した円滑な援軍が見込めるわけで、これはもう攻城戦という選択肢がまるっきり消えてしまう。


「だからこそ敵は打って出る」


小川の付近で休憩中。イクトールは堅パンをボリボリと食いながら言った。強靭な顎は暴力的なまでに硬い堅パンを易々と砕いていた。他のエルフたちは小川から組んだ水でふやかして食べている。


「なぜですか?勝っているなら、手をこまねいている我々をそのまま放置しておけば、干し上がるのは我々の方でしょう?」


なぜわざわざ敵はリスクを犯すのか、と言いたげな表情で、カフィドが尋ねる。


「それではグランマルナの街に救援に行けないだろう」


そう、そのためにグランマルナを混乱の渦に叩き込んだのだ。このまま救援物資が届かなければ、グランマルナの軍や住民合わせて約1万人が飢え死ぬことになる。本土へ輸送船を要求しようにも、通信手段がない。伝書鳩を使おうにも、グランマルナからベーティエの街までは飛べず、定期便である輸送船を2週間先まで待たなければならなかった。


そして住民は暴徒と化す。飢えを克服できない苛立ちが、理由なき暴力となって襲い掛かるのだ。


そんな事態を回避するため、アウジラから救援隊が向かうとイクトールとアンジェリカは読んでいた。


「そこまで読んでいらっしゃったとは……」


ムドヘルが感嘆の声を上げる。ぽかんと呆けた顔は、さすがに締まりがなさすぎるように思えたが。


「まずは森に軍を隠そう。幸い、この辺は自然が残っていることだしな」


イクトールの目線の先には、鬱蒼と生い茂る森があった。その森に名前はないが、そこで起きた出来事は、帝国の歴史に大きく刻まれることになる。


アウジラ会戦。その一幕目はエルフ解放軍の一方的な勝利に終わる。


救援に向かうアウジラから出立したアメデオ軍は、行軍中に晒した横腹をエルフ解放軍の魔術攻撃に無防備に晒したツケを払わされることとなった。アメデオ軍2500の将兵の命は、そのほとんどを名もない小川で散らした。


ほっそりと流れる小川は、真紅に染まったという。





グランマルナの街は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


まず、食料がない。自然溢れるエルフ大陸といえども、飢えた約一万人の人口を支えることはできない。全員が森に分け入ったとしても不可能だ。リソースには限界がある。


次の問題は、意外にも『被害を受けなかった』食料系ギルドだった。


当初、吹き飛んだ食料品への補填として炊き出し等を行っていたが、如何せんその量が少なかった。善意に基づいてやっているはずなのに、次第に住民からは不満と怨嗟の声が上がり始めた。


なぜ食料をもっと分け与えないのか。なぜお前たちは被害を受けていないのか。なぜ食料を独占するのか。


そんな悪意ある言い掛かりが噴出し始め、最終的には、


「お前たちが犯人じゃないのか」


そんな声まで出始め、ついには被害を受けていなかったギルドは憎悪の対象となり、テロから3日目には暴徒が支部長を襲い、4日目にはギルド商館のドアが破られて略奪に遭った。


治安は、最低レベルまで悪化していた。元々船着場であり、荷卸の場であり、そして新天地であるグランマルナの街には、冒険者がうようよしていたのだから、むしろ必然とまで言えた。


冒険者とは、要するにフリーターである。冒険者ギルドに登録して、仕事を斡旋してもらう。中には高額な仕事もあるが、危険だったり、人の道に外れることだったり、法を犯すものだったりと危険性が非常に高い。


そんなならず者たちぐらいしか、エルフ大陸の新天地で面白くもない荷卸の作業に従事することはないのだ。それに、彼ら冒険者は麻薬であるグラスムーンの、いわばエンドユーザーでもある。


キツイ荷卸で稼いだちっぽけな金を、麻薬につぎ込んでしまう。もちろん、蓄えがないから食うのにも困る。特に、食料品の大半が樽一杯に詰められた爆薬で消し飛んだグランマルナの街においては、それは致命的であった。高騰する食料品を、一欠片も食うことのできない彼らは、略奪を行うしかなかった。


略奪しなかった冒険者は、何も考えずに買ってしまったグラスムーンを空腹と幻覚から食って死んだ。それが死因の冒険者は200人にも上ったというのだから、救いようがなかった。


治安維持組織も瓦解寸前だった。彼らとて生き物であるから、食わねばやっていけない。しかし、食うものがない。そんな状況で、指揮官たる上司はすべて何者かによって殺されてしまっていた。


数人の目撃者が、高級そうな黒い甲冑に全身を包んだ騎士が犯人であると供述していたが、その犯人を追う組織力も残っていなかった。守備隊を兼ねていた衛兵隊の指揮権は、代理執政官、代理執政官補佐官、衛兵隊隊長、衛兵隊副隊長が、衛兵隊隊長補佐官、衛兵隊副隊長補佐官の順で継ぐことになっていた。だが、その6つのポストにいた全員が殺されたのだ。それ以降の事態への対処マニュアルは存在しなかった。


こうなると後は騎兵隊、歩兵隊、弓兵隊と分けられている部隊間と、さらに文官たちの権力争いである。その権力争いにいち早く動いた騎兵隊は、グランマルナ追撃戦で手痛い失敗を犯した。最終的には歩兵隊の隊長が指揮権を握った。弓兵隊は文官に取られるくらいならと歩兵隊を援護し、文官については食料関係の仕事に忙殺された結果である。


それでも火種が完全に消えたわけではなく、互いに半ば職務放棄している状態であった。


そんな状況だからこそ、暴力を振るう側に立ったほうが得であった。むしろ略奪しない者は自助努力が足りないとも言えた。


その凄惨な状況は、小型の快速船によって本土のベーティエ公爵に届けられた。


それはベーティエ公爵家次男アメデオにとって、最も避けねばならない事態であった。


それは同時に、ベーティエ公爵家長男ブランシュにとって、両手を上げて歓迎するべき事態であった。


ここに、長男ブランシュが、次男アメデオの持つ領地に介入する絶好の口実が出来上がったのであった。事実、グランマルナでテロが起きてから1週間が経った今、遠く離れた本土でブランシュが使いの者から報告を受け、嬉々として軍を動かし始めていた。


「最悪だ……!エルフ共の反乱を許したどころか、グランマルナが……!」


アウジラの執政官の住む館の執務室で、アメデオ・トリスタン・ド・ベーティエは頭を抱えると同時に掻き毟っていた。赤銅色の髪がボサボサになって、その目には狂気に近いものが宿っていた。


しかしそれも、兄であるブランシュ・トリスタン・ド・ベーティエが、彼から何もかもを奪おうと動く最高の機会を提供してしまったのだから、仕方がないことであろう。誰だって自分が殺されるかもしれない事態は避けたいし、それが避けれないこととなれば狂いもする。


日当たりのよく、煙を吐く製鉄所が見える執務室で、窓に背を向けて執務机に突っ伏すように赤銅色の頭を抱えるアメデオ。その後ろでは執事が心配そうにしていた。


「落ち着いてくださいませ、アメデオ様」


「くそっ、ブランシュは何人連れてくる……?勝てるのか?アウジラとスルシル、ニューザンクの兵でブランシュに……。いや、父様の兵を借りて……、クソ、そうなるとセルヴィに頼んで調停してもらうことを考えるべきか……、あいつの黒山羊騎士団なら、あるいは……」


「アメデオ様、お茶を淹れました。こちらを飲まれて、一旦落ち着かれては……」


「黙れ!」


執事が差し出した茶の入ったカップを払い除け、アメデオが吠えた。カップは宙を舞い、壁に当たって砕け散った。執事は呆然とアメデオを見る。アメデオに仕えて10年になるが、ここまで取り乱した彼を見るのは初めてだった。


しばらくの沈黙の後、自己嫌悪に陥ったのか、アメデオはまた執務机に突っ伏して頭を抱えて掻き毟る。


「くそっ……、終わった……。エルフ共はグランマルナとの間に立ち塞がってやがるし、折角兵力を裂いたのに兵はやられるし、……くそ、どうしたらいいんだ……」


今や、アメデオの目からは涙が溢れ出していた。ポロポロと零れた涙は、執務机に落ちてほんの小さな水音を立てた。


「兵力だ……。兵力がいるんだ……。どこか……兵力は……」


そこで、はたと気付いた。


「クルシアンだ」


それからアメデオは執事に振り返った。そのときの笑顔は、まさに地獄に神を見たようなものだった。


「クルシアンにはエクスリーガ騎士団がいる!あいつだ!トラン子爵、いや、トランフルール伯爵だ!」


慌てて執務机をひっくり返すように探り、引き出しから羊皮紙とインクとペンを取り出すと、猛烈な勢いでペンを走らせる。


「……そうだ……エルフに……エクスリーガ騎士団を……当てるんだ……そうすれば……ブランシュに……全力を注げる……」


ぶつぶつと呟きながら一心不乱に羊皮紙に書き入れる姿は、狂気の一言だ。だが、その顔は希望に満ち溢れていた。


書き上げた文章に簡単な封印の魔術をかけて、アメデオは執事に渡した。糊付け程度の強度しかない封印魔術だが、だからこそ手で破れる封印であり、破れば封印は元には戻らない。途中で中身を見られないように、というものである。


「最速でクルシアンのエクスリーガ騎士団に届けろ」


そして、その手紙は届けられた。





『よしよし。計画はすべて順調のようですね』


大きな団長用の天幕で、マリアンヌはアンジェリカに通信を行っていた。内容はもちろん、今届いた手紙についてであった。


手紙にあった内容は、


「グランマルナで大規模なエルフの反乱あり。やつらはアウジラに迫ってきている。ベーティエ家に縁あるトランフルール家なれば、必ずやこの反乱鎮圧に協力してくれることと信じている」


と、要約すればこういうものだった。


『ふふふ。ベーティエの街では、すでに軍が動き出しているようですよ。とはいっても、それだけの数を輸送できる船がないので、グランマルナに兵が行くのは1ヶ月は先でしょう』


『ではこちらはいかがいたしましょうか。エクスリーガ騎士団は、まともな兵力とは……』


そうだ。確かにエクスリーガ騎士団はまともな兵力ではない。今エルフ大陸にいるエクスリーガ騎士団は200人しかいない。


以前の、宝具エクスリーガが健在であったなら、たった200人でも1万程度の雑兵であれば蹂躙できただろう。しかし今、宝具エクスリーガはアンジェリカの体内で、その姿を顕現させるための1部品となっている。


『今は呼び掛けに応じることはありません。トランフルール伯爵……つまりあなたがエルフ大陸にいると踏んで、援軍を依頼したのでしょう。ですが、今回は静観を決め込みましょう』


意外だった。マリアンヌからしてみれば、アンジェリカのような悪魔の権化は、すぐさま戦乱の渦に戦力を投下してすべてを薙ぎ払うものだと思っていたからだ。


そんなアンジェリカが静観という、言わば受け身の姿勢を取るなど思っても見なかった。それだけに、恐ろしい。自分の想像していた、戦禍の血に染まった大地に、半死半生で立つという光景よりも、もっと恐ろしいものがアンジェリカの脳内で渦巻いているのだ。脳があればの話だが。


『もっとそれより美味しいところを取りましょう?うふふ。すでに動員は完了しています。フルール製の武器、マスケット銃1万丁。それを有した、ただの農民。うふ、ふふふ。下賤と見下していた農民の手で殺される気分はどんなものでしょうね』


まさに悪魔の笑い声を通信球から、マリアンヌの脳内で響かせるアンジェリカ。やめてくれ、とマリアンヌは心から願う。魂まで汚されそうな、邪悪な魅力。そう、魅力なのだ。


アンジェリカにさえついていけば、死ぬことはない。跪いてさえいれば、恵みが降り注ぐ。彼女の知識は偉大だ。フリードリヒがもたらした知識も凄いが、それを魔術を用いた奇跡まで昇華するような魔導技術。


糞と草木灰により大地を富ませ、死体から黒く硬い大地を作り、木から服を生み出し、空気から爆発する粉を生む。彼女が腕を振るたびに、未知なる物が産み出されるようだった。


それが、マリアンヌは恐ろしい。人を超える化け物が、自分の主人であること。もはや魂にまで手を加えられ、逆らうことも許されないこと。


それはまるで飼い犬のようだった。従っている限りは、身の安全も、衣食住も保証される。首輪を嵌め、そして頭を下げていれば不自由がない。


『マスケット兵1万に、衛兵隊2000』


馬鹿な、とマリアンヌは思った。強い思念ではなかったので、通信球は反応しなかったのが救いだ。


衛兵は少なくともある程度の――自分の名前を書ける程度の知能がなければなることはできない。それが2000人。数ヶ月で揃えられる人数ではない。


『ふふふ。これもフリードリヒがフルールの民にある程度の教育を施していたからですよ。あなたの男はどうしてなかなか、準備が戦を予期していたのでしょうね』


マリアンヌの考えを読み取ったように、アンジェリカが説明する。説明好きなアンジェリカの性格からして、おそらく嫌味ではないとマリアンヌは考えた。フリードリヒを褒めているのだ。


『……では、こちらは動かなくてもよろしいのですか』


「あなたの男」という言葉を聞かなかったことにして、マリアンヌは指示を仰いだ。


『いいえ。形だけは鎮圧に協力するように動きなさい。あなたと、あと10人ほどでアウジラに行きなさい。10人ほどなら、その偽物でも大丈夫でしょう』


偽物、とはマリアンヌの手にある宝具エクスリーガによく似た武器のことだ。宝具たる無限の魔力は失われたが、代わりに膨大な魔力を貯めておけるようになっていた。マリアンヌは暇さえあればそれに魔力を注ぎ、いざという時に備えているのだ。


『はっ。かしこまりました』


『アウジラに行き、ある程度街を見ておきなさい。そこは遠からず手中に収めるつもりですので』


そうして、アンジェリカから通信は切られた。


大きく、物事が動き出す気配があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ