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アンジェリカ商会

どこかの転生者の話

冒険者ギルドは、大きな街ならだいたい存在している。そこに行きたいのなら、暗く、治安の悪そうな場所に行けばいい。


メレアグロス公爵が治める領都メレアグロス。3重の城壁よりも外。北の目抜き通りから城門をくぐり、レモンエンペラーという城外で1番大きな宿屋の横の路地を進んだところに、メレアグロス冒険者ギルドはあった。


そこを目指して、1人の禿頭の男が歩く。大きなリュックを背負い、革の鎧を身に纏い、腰には剣を下げている。兵士でない以上、帯刀は認められていないはずだが、この男はそんな規則などどこ吹く風といった様子だった。


「よう、サムエル。いいグラスムーンが入ったんだ。買ってけよ。お前さんならまとめ買いしてくれりゃあ、もう1箱おまけしてもいいぜ」


サムエルと呼ばれた筋骨隆々の禿頭の男を呼び止めたのは、メレアグロス冒険者ギルドの向かいで露店を広げているダークエルフだった。グラスムーンとは、エルフ大陸から密輸入される麻薬である。エルフ大陸への輸送船乗組員が、小遣い稼ぎに仕入れてくるので、需要にしっかりと応えられるだけの量が本土でも流通している。


「いや、いい。これから仕事なんだ」


「そうかい。じゃあ稼いだらよろしく頼むよ!」


その隣では密造酒が堂々と樽で売られている。琥珀色の発泡する液体から、エールだと見てとれる。


冒険者ギルドの建物の隣はこじんまりとした宿屋に繋がっていて、娼婦が何人も暇そうにキセルでふかしていた。その口から吐かれる煙は金色の輝きの混じるピンク色で、グラスムーンをやっていることがわかった。


そこから冒険者ギルドに入れば、内部は酒屋と何も変わらない内装だ。大きな丸テーブルがあり、喧嘩で投げられて足の欠けた椅子が無造作に散らばっている。まだ足が3本ある椅子に座っている男たちは、ちまちまと酒を飲んでいる。トンカチを振るって椅子を修理している男は、酒を飲みながらピンクの煙を吐いている。また、グラスムーンだ。


「どこを見てもグラスムーンか」


ぼそりと呟いたサムエルは、人の疎らな冒険者ギルドの中を一直線に進んでいく。昼間から酒を飲んで麻薬をやる連中には興味がないかのように、サムエルは受付に向かう。


受付のカウンターには、2人の女性がいた。1人は中年の化粧の濃い女で、もう1人はまだ齢20ほどの若い女だった。


「いらっしゃいませ、サムエル様。お待ちしておりました」


受付についたサムエルを笑顔で迎えたのは若い方の女だった。中年の女の方はまったく愛想がなく、サムエルを睨むように見ていた。


「…………」


陰気臭そうに、サムエルは受付嬢とは目を合わせない。居心地の悪そうに禿頭を撫で付けるだけだ。


それから、意を決したように息を吐いて、サムエルは背負っていたリュックを受付台に置いた。


「お疲れ様でした。それでは確認させていただきます」


受付嬢はそういうとリュックを徐ろに開けてみせた。そこにあったのは、人の首であった。生前は精悍な顔付きであったであろう雰囲気を持つが、今の顔は恐怖に歪み、苦悶の表情を浮かべているだけだ。


それを見て、若い女は悲鳴を上げなかっただけ褒められるべきだろう、とサムエルは思った。その直後、顔を真っ青にしてその場に吐いたことも、サムエルの持ってきた生首に吐きかけなかっただけマシだ。


「……新人か?」


「隣で病気もらっちまってね」


隣とは娼館である。この辺りでは性病はよくあることで、治療している間をこうして冒険者ギルドの受付で働くのだ。でなければ治療のためのポーションを買うこともできないし、借金を返すこともできない。


「……そうか」


それに対して、サムエルは何の感想も持たなかった。そんな悲劇なんてどこにでも転がっていた。


今、サムエルの後ろの方で椅子を修理している男だって、2年前までは冒険者として活躍していたのだ。だが、手を出した仕事が悪かったおかげで、利き腕が切り落とされてしまったのだ。


それに、このベテラン受付嬢にしても同じような経緯で今そこに立っている。彼女も元娼婦であった。


「まあどうでもいいことさ。ちょっと待ちな」


そう言ってベテラン受付嬢は、厳重な金庫から片眼鏡(モノクル)を取り出した。片眼鏡(モノクル)をつけた受付嬢は、じっくりと生首を観察する。


高度な付呪がされた《鑑定の片眼鏡》は、これ1つで屋敷が建つほどの高級品である。1日に一度だけ、溜めた魔力を放出して、跳ね返ってきた魔力を測定することで、その物の在り方を判別する効果を持つ。


ベテラン受付嬢の目には、その生首の名が映し出されていた。


「たしかに、こいつは標的の首だね」


「こいつは何をしたんだ?大して強くなかったし、警備も皆無だったぞ」


サムエルはこの仕事に気味の悪い後味を感じていた。依頼内容は単なる復讐ということだったが、報酬がマルクス金貨300枚という破格のものだった。


その高額報酬に釣られ、サムエルはその依頼を受けたのだった。前回の輸送依頼失敗による補填金マルクス金貨120枚の期限が迫っていて、焦ってしまったこともあって、その依頼を受けたことを多少後悔したが、いざこなしてみると拍子抜けするほど簡単な仕事だった。


標的は驚くほど無防備で、経営する萬屋から出てきて人通りの少ない道を歩いているところを、路地裏に引きずり込んで簡単に殺せてしまった。影武者かと思ったが、いざ鑑定してみると本物だということだ。


「なに、お前さんは知らなくていいことさ。ほら、報酬だ」


革袋がカウンターに置かれた。だが、サムエルが想像していたよりずっと小さい。その場で中身を(あらた)めてみると、そこには120枚のマルクス金貨があるばかりだった。


「おいババア。金が足りねえぞ」


「補填金の利子だよ。120枚の50%で全部で180枚さね」


「……そうかい」


ここで「ふざけんな!」と声を荒げることはできる。だが、その先には何もない。ギルドが払わないと言っているのだからそれは覆せない。冒険者ギルドに逆らえば、次はサムエルの名が書かれた討伐依頼書が、誰かの手に渡るだけだ。


「すまないね。これも上からの指示なんだ。お詫びと言っちゃなんだが、隣に女を用意してるから寄っていきな。酒もあるからさ」


ドン、とカウンターに置かれたのは酒瓶であった。栓がされていて、中身は一杯入っている。


「……いや、こっちこそすまねえな。ありがたくいただくとする」


サムエルは酒瓶を受け取り、その場は素直に引き下がる。その酒瓶を見せれば、娼館でサービスを受けることができる。彼女が元娼婦だからこそ持つコネのおかげだった。


だがそのサービスにしても精々がマルクス金貨で5枚程度で、50枚のマルクス金貨には届かない。


サムエルは心の中で自分を宥めながらギルドの隣の娼館へと足を向けた。


娼館の内装は、一見すると宿屋のものと何の変わりもないものだ。足を踏み入れれば、4人用テーブルがあり、カウンター席があり、2階に続く階段があった。


カウンターの男に酒瓶を渡すと、炒り豆とエールを出され、席に座るように促された。促されるまま腰掛け、炒り豆をポリポリやりながら、エールを喉に流し込んでしばらく待つ。


すると奥から女が出てきた。体臭を消すために大量の香水の降り掛かった、娼婦の見本みたいな女だった。薄い布地のキャミソールは、乳首が透けて見えて扇情的だ。


金貨50枚!それだけの価値がある女とは思えなかった。だが、それだけ楽しまなければ損というものだ。サムエルは意気込んで女の腰を引き寄せるようにして並び、2階へと歩を進める。


サムエルは商売女が嫌いではない。仲間には演技くさいのが気に食わないなどという者もいるが、その意見とは合致しなかった。


従軍して村を襲ったとき、無理矢理組み敷いた村娘は、うーうーと唸るだけで何の楽しみもなかった。征服感と達成感はあったが、そこに悦楽はなかった。


革の鎧や剣やなにやらをすべて脱ぎ捨てて、サムエルは生まれたままの姿になってベッドに腰掛けた。


娼婦を横に座らせ、キャミソールの上から乳房を弄ぶ。程よい弾力が手のひらを楽しませる。時折、くすぐるように乳首が手のひらを撫でる。


それに呼応するように娼婦もサムエルの股間に手を伸ばす。だが、愚息はまだ気分が乗ってこない。


何かがおかしい。サムエルの本能が何かを訴えた。


瞬間、視界がブレた。目が、自分の意思に反して動く。ぐるんと反転した眼球は、ただ上を向くだけだ。呼吸ができなくなって、鼓動が早鐘を打つ。浅い呼吸が繰り返されて、意識が遠のく。吐き気がこみ上げてきて、胃が痙攣する。


サムエルの死因は、毒だった。


どれほど毒の検知魔術が発達していようとも、その方法を持ち合わせていなければあっけないものだった。


冒険者ギルド。元々は傭兵の斡旋所だったのが、安価な労働力の提供を兼ねるようになり、それがさらに範囲を広げて非合法な仕事も請け負うようになった。


今や浮浪者の行き着く先。奴隷に身を落としたくないちっぽけなプライドを持った負け組が、さらなる地獄に一歩足を踏み入れる場所。それが冒険者ギルドだった。


そしてそれはギルド間の調停役として働くこともあった。談合価格を無視して、ギルドにも加入せずに商売を行う者への始末。どういう手段を用いたのか、数々の専有技術を盗み、特許商品の販売を行っていた男は始末された。


「裏向き」は、そうだった。


殺された萬屋の男の名はライル。前世の名は三上ハルキ。天与(ギフト)『器用』を持つ転生者であった。


彼の作った庶民用の石鹸は飛ぶように売れ、そしてその噂は飛ぶように広まり、そして反感も飛ぶように集まった。ギルドに加入していなかった彼は、奴隷の少女1人と小さな店を残して死んだ。


その奴隷の少女を身請けして、店の権利書を驚くべき早さで買い付けた、これまたギルドに依らない商会が現れたのは、偶然ではなかったのかもしれない。


その商会の名は、異種族の女神の名を冠する商会だった。

どこかの転生者の(死後の)話

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