天災魔術師も女の子ですので!
リーゼロッテの話
微エロ注意
路地裏をいくつか通り、ぐるりと大きく迂回して、また西の目抜き通り近くまで戻ってきた。もう私たちを追う気配は感じられない。どうやら撒けたようだ。
早足から普通の歩き方に戻して、私とオズワルドは薄暗い路地裏を進む。
「なるほど。マルクス、トマス、ヘーゲルが、市井で使える貨幣になるんだな。確かに、言われてみればトマス7世とヘーゲル2世のときに貨幣鋳造があったな」
一通り説明を終えたことで、オズワルドは納得したようだった。
「だが、トマス貨幣とヘーゲル貨幣に描かれているのはトマス7世でもヘーゲル2世でもないぞ」
「へ?そ、そうなんですか?」
「このヘーゲル銀貨に刻まれているのは使徒ヤムダタロだな。で、こっちのトマス銀貨に刻まれているのは初代皇帝のアレクサンダー様だ」
全然知らなかった……。
「リゼ、全然知らなかったという顔をしているぞ。歴史の授業でやったはずなんだがな」
知ったことではない。私、帝国史嫌いだし。
「まあリゼは魔道が得意だから、そっちを極めれば問題はないだろう。もう宮廷から声はかかっているんじゃないか?」
「ええ。まあ、他にもいくつかいただいておりますが」
「へえ、どこから?」
「ランズヴルム騎士団とガリオテ騎士団とサンマルティア公爵様からです」
「……すごいな、リゼ……」
半ば呆れたようね。私だってそんな大企業みたいなところからいくつも声がかかるとは思ってもみなかったわ。前世とは大違い。
「じゃあ俺も立候補しようかな」
「何がですか?」
「だから、就職先にだよ」
ぐい、と腕を引っ張られ、壁に押し付けられた。えっ?なになに?
「俺のところに来い、リーゼロッテ」
か、壁ドン……だと……!?
なにこれ!どういう状況!?なんていってる間にオズワルドが顔を近付けてくる……って近い近い!近いですよオズワルド様!?
9万……10万……11万……バカな!まだ上昇するだと!?オズワルドの男子力のせいで私のスカウターが爆発する!
「お前がどれほどの魔術師でも、アシェット家には逆らえない」
く、くいって!くいーって顎!私のあごを!
「んん!?」
き、ききききき、きっ、き!?
「なっ、何するんですか!」
どん!とオズワルドを突き飛ばして、私は壁際から離れる。
唇が熱い。そこから毒が全身に回って、体中が熱くなる。顔なんか、たぶん真っ赤になってるに違いない。まともな思考回路が奪われて、頭の回転が現実の速度についていけない。
「リゼ、危機感なさすぎ」
突き飛ばされた肩をぱっと払って、オズワルドは微笑む。
「カロン伯爵家、か。いいだろう。たしか……そうか、あいつの派閥なんだよな」
ぺろり、とオズワルドが自分の唇を舐めて、い、いやらしい!セクシー!肌真っ白で、舌が真っ赤で扇情的……。
アシェット家の紋章は蛇だ。なるほど、蛇っぽい……なんて惚けたこと考えてる場合じゃない!
「き、キスされた!?」
「した」
オズワルドは悪びれもしない。それどころかニヤニヤ笑って勝ち誇ってるようだ。
「ふふふ、どうしてなかなか、リゼも女なんだな」
「は、はぁ!?」
「魔道にのめり込みすぎて、人間離れしているのかと思えば、やっぱりリゼはリゼだ……ってな」
「意味がわかりません」
「とにかく、決めた。リゼは我がアシェット家が貰い受ける。俺の嫁になれ」
「ま、マリア殿下の……」
「そんなもの、捨て置けばいい。あんな飾り物の皇帝にかかずらう理由もない」
オズワルドの青い目が、私を貫くように見据える。
「こ、皇帝反逆罪ですよ……!」
「知ったことか。誰がアシェット家に逆らえるんだ。リゼならわかるだろう?」
「そ、それは……」
それは事実だった。開戦派であるアシェット公爵家はエルフ大陸に巨大な領地を有している。エルフ大陸の領地の収入だけで、それまでのアシェット公爵家の収入の3倍にあたるほどで、すでにアシェット家の勢力は2大派閥であったアヴァリオンとサンマルティアと並ぼうとしていた。
さらに厄介なことに、アシェット家は未だに拡大を続けているのだ。要衝だけを抑えるやり方で拡大し、費用対効果を最大まで高めたやり方。それにより莫大な利益を上げている。
その利益で構成される軍もまた強大であり、すでにその規模は皇帝直属の軍の規模を越えている。七天騎士団にしても、他の貴族の息がかかっており、簡単に動かせるものではない。それに、私の推測が正しければ、七宝具というものは簡単に使い続けることのできるものではない。
「カロン伯爵については把握している。金の匂いに敏感であるが、それだけだ。農業に対して機知のある者ではない。あれはリゼがやったんだろう?」
「それが、どうかいたしましたか?」
「隠す気はないんだな。いや、それも想定内だ。叔父上から聞いている。肥溜め、というらしいな」
「オズワルド様の叔父上、ガトー侯爵……」
ガトー侯爵はすでに公爵を名乗れるほどの領地を有している。最小領地公爵であるイースリテ公爵より広い領地を、エルフ大陸に有し、さらにはそれをさらに広げようとするだけの兵力も有しているのだ。
ケチのつけようのない大貴族。金だけのカロン伯爵とは文字通り桁が違う正真正銘の大貴族だ。
「だが、肥溜めよりも有用なものがあるらしいじゃないか」
どきり、と私の心臓が跳ねる。それは私が肥溜めを作った時から画策していたこと。そしてカロン家の兵力不足を根本からひっくり返してみせる秘策中の秘策だった。
「それを知る者として、アシェット家はリゼが欲しい。叔父上にいつまでもアドバンテージを握らせておくわけにはいかないんだ」
「買い被りすぎですわ、オズワルド様……」
「酷い言い草じゃないか。少なくとも俺は、人を見る目を公爵家を継ぐ者として磨いてきたつもりだ」
獲物を追い詰めた目。それが私を捉えて離さない。魔性の色香を放つようなオズワルドの青い瞳は、まるで空色の宝石のよう。
「ここまでが、御託だ」
それから、オズワルドは雰囲気を急変させた。がらっと変わった雰囲気は、いつもの無邪気に高貴なオズワルドのものだ。さっきまでの狩人のような、爛々としたものではない。
「俺はリゼが好きだ」
へ?
「理屈なんてない。言ってみれば、さっきまでのは言い訳だ。俺が欲しいのはリゼだ。リゼの知識も、地位も、すべてリゼの添え物に過ぎない。アシェット家もカロン家も関係ない。俺はリゼが欲しいんだ」
え、えええええええ!?
「ま、待って、ちょっと、」
「待ってどうなる」
「あ、いや、その、さっきまでの話が」
「そんなものは、アシェット家のオズワルドとしてだ。公爵家の主になる者が、私心で動けるものか」
あっけらかんとオズワルドは言った。
「だが、俺はただのオズワルドとしてリゼが欲しい」
「え、えええ!?」
「今までの婚約の話も、すべて本気だ。だが、リゼには真正面からぶつかった方がいい……と、無様にも従姉妹から聞いてな」
自嘲気味に笑うオズワルドに、私は不覚にもキュンとしてしまった。
おい、どうした私の乙女心!相手は糞貴族だぞ!平民の敵だぞ!転生者としての役目はどうした!
「ま、まって、あなたにはもっと相応しい人が、ほら、あの、留学生の」
とっさに、言い訳をしてしまった。
でも、運命通りなら、サクラちゃんの方が可能性あるわけだし、むしろ留学生ちゃんと結ばれてくれないと後出しジャンケンで「やっぱサクラちゃんの方がいいや」ってなって、変態貴族に放り投げられても困るし!
「留学生……?ああ、あの平民の」
でもオズワルドの反応は悪い。
「……恥ずかしい話だが、俺は自分の心を疑っていた。心の何処かでは、強い魔術師に惹かれていたんじゃないか、ってな」
ああ、それでサクラちゃんに何度か話しかけてたのね。
「でも、違った。やっぱり俺の心はリゼにあった。魔術なんか抜きにしても、俺はリゼが好きだ。結婚してくれないか」
「え、あっ、そのっ」
とっさのことに言葉が出ない。たぶん、顔は真っ赤で、お世辞にも凛とした表情なんてしてないんだと思う。口なんか半開きで、あわあわと動いてるだけだ。なんだか目まで潤んできた。
「そ、その、あっ、あのあのっ、わ、私では、その、オズワルド様に釣り合わないというか」
「釣り合うさ。釣り合う理由は、さっき話したと思うけど」
あ……、と私はさっきのオズワルドの話を思い出した。私の知識、魔力、実績、そしてカロン伯爵家というカード。
「仮に釣り合わなくても、俺はアシェット公爵家だ。アシェットのモットーを知っているか?」
「て、敵を倒すは剣だけにあらず……です」
それは紋章に添えて書かれている。剣とは即ち武力だ。武力によらない勝利。つまり権力や外交や経済によって敵を圧倒し、血を流すことなく勢力を広げるアシェット公爵家の伝統的手段だ。
実は、エルフ大陸での勢力拡大も、そういう手段が使われていると聞く。
「それに続く言葉があるんだ」
オズワルドは蠱惑的な笑みをたたえて、まるで蛇みたいに口を歪めた。
「欲するもの、すべからく手に入れよ。……剣を用いてでも」
「あっ……!」
手首を取られ、くるりと捻り上げられる。オズワルドの長くしなやかな指が、まるで蛇みたいに私の手首に巻き付いた。優しくはあるが、力強く、私は逆らえない。怖くて、きゅっと目を閉じてしまう。
そのまま、私はまた壁に押し付けられてしまった。目を開けると、すぐそこにオズワルドの顔があった。
陶磁のような綺麗な肌に、魔性の赤い唇。黒髪と長い睫毛が目にかかって、憂うような影を作っている。その青い瞳は、真っ直ぐに私の目を、いや、目より下を捉えている。
「ふ、わ」
変な声が出た!
オズワルドは、私のぽかんと開いた口に唇を近付けて、下唇を啄むようにキスをした。それから、間髪入れずに上唇を同じように啄む。
背骨全部を溶かすような衝撃が、下から登ってきて頭に届いて、脳が痺れる。
「あぅ」
と思ってたら私の足の間に、オズワルドの太腿が滑り込むようにして入ってきた。まるで私の太腿を割り開くようにして、ぐいっとさらに壁に押し付けられる。
思考が追い付かない。逆らえない。
だ、だってこんなイケメンに迫られるなんて前世でもなかったんですもの!そりゃね、ゲームしててお前そんな無防備にならないだろクソビッチが!とか思ってましたよ!?
でもそれ間違ってたわ。そんなことされたことのない喪女の僻みでしたわ。完全に僻みでしたわ。
もうね、動けない。なんか動けないの。足がガクガクしてきて、全然力が入らない。思考が掻き乱されすぎて、魔力がまったく集まらない。
「あっ、やっ」
言葉が出ない。私の声帯はその仕事を放棄したのか、怯えて逃げ出したのか。まともな声を出すことができない。きゅっと閉じられた目からは、なんの情報も入ってこない。
そんな間にも、オズワルドは私にキスの雨を降らせる。唇。鼻先。まぶた。頬。耳。首筋。顎。
「ひゃ、やめ、ひぅ」
オズワルドの唇が音を立てる度、それに反応するように体が震えて声が漏れる。
どうした私!性欲が溜まりすぎて敏感になっているのか!?前世から通算50年も守り続けた処女のせいか!?処女だからか!?
「リゼ、かわいい」
ふっ、とオズワルドが顔を離した気配がする。それに合わせて恐る恐る目を開く、と同時に私の手は解放されて、私の太腿を割るようにしていたオズワルドの足も引かれた。
へなへなと力無く、私は重力に引かれてへたり込んでしまう。
「……すまない。少し本気になりすぎたようだ」
そういうオズワルドは、まったく悪いと思っていなそう。妖艶に、その赤い舌で自分の唇をぺろりと舐める。その姿はほんの少しの味見を終えた蛇を思わせた。
それから、オズワルドの体で魔力が練られるのを感じた。手元を見れば、そこにはビー玉みたいな光る球があった。淡く、青色に明滅している。
たしか、あれは通信明滅球。それ1つで屋敷が建つほどの超高級魔道具だ。
「今、迎えを呼んだ。立てるか?」
ぐっ、と足に力を入れようとするけど、私の体はいうことを聞いてくれない。腰が抜けるって、何気に初めての体験だ。
「腰が抜けたか?天災魔術師でも、腰は抜けるんだな」
ふわり、とオズワルドが私をお姫様抱っこ!お、おおお、お姫様抱っこ!?
こ、怖い!意外とお姫様抱っこって怖い!ふわふわして、あ、怖い……。
「おっ?案外重いものだと聞いていたが、軽いじゃないか」
そんなことを言いつつ、オズワルドは私をお姫様抱っこしながら、路地裏の出口に止まった馬車に向かうのであった。
イケメン貴族になんて絶対負けない!
イケメン貴族には勝てなかったよ…




