悪役伯爵令嬢と公爵家長男とのデートですって!?
リーゼロッテのお話です。
「パンが焼き上がったよー!ウィーテン産の特上小麦で焼いた白パンだよー!」
「そこのお姉さん!どうだいこの新鮮な肉!まだ血が滴るようだろ?今なら美人割引があるよ!」
「新商品!エルフ大陸からの新商品だよー!」
「ペガサス新聞!ペガサス新聞でーす!この時代、新聞読まなきゃみんなに置いて行かれるよー!」
喧騒。そう表現するのがピッタリの帝都商業地区。ここは行政の手がほとんど入らない半無法地帯となっている。
なぜなら、奴隷市場が西の目抜き通りに点在しており、道に迫り出すように奴隷の入った檻が出ているからだ。道路に商品や棚を出すことは法で禁じられているが、衛兵たちは見向きもしない。奴隷商人ギルドに目を付けられれば、自らが商品になるか、もしくは新聞ギルドの発行する新聞一面をスプラッタな写真で飾って売上に貢献することになる。
ちなみに東の目抜き通りは、正門ということもあって、そんなことはないのだが……。
「おお、エルフだ。本物は初めて見た」
「珍しくもないですわ。あと、エルフではなく、リョスアルヴです」
「どっちでも同じだろ。耳が長くて色が白い」
「彼らも同じ知的生命体です。魔道に生き、固有の文化や言語を有しています」
「じゃあゴブリンはどうなんだ?あいつらも何か喋ってるし、変な箱を祀ってるじゃないか」
「あれは積荷信仰というもので、箱ではなく荷馬車です。ゴブリンは……未だに研究中らしいですが、彼らと我々の大きな差は神を持つか持たないかです」
「リゼは何でも知ってるんだな」
「何でもは知りません。知っていることだけです」
とにかく、私とオズワルドは西の目抜き通りを連れ立って歩いていた。
……どうしてこうなった!
*
——4時間前
「お嬢様、ご来客でございます」
冬休暇に入り、私は帝都雲海地区の屋敷に帰っていた。
収穫祭?そんなものに出席するとややこしいことになるので欠席させていただいております。
ただでさえ、次期当主にリーゼロッテ様を!という声が領民の間で大きくなりつつるのだ。ここで領地に戻ってしまえば兄様2人と険悪ムードになるのは決まっている。
ちなみに長い休みに宿題はない。というか宿題という発想自体が存在しないようで、これまで一度も宿題を課されたことはない。呑気なものだ。
私が実験レポートを書いたりしているのは、出席日数を稼ぐためだ。あんな5年前に通り過ぎた勉強を復習するくらいなら、早めに魔導機関車を完成させたいのだ。
魔導機関車と飛行船のアイデアはすでにエリザお姉様に渡している。あとはこの冬の間にアヴァリオン公爵家の力で何とかしてしまうだろう。
だからこそ私は休日をエンジョイしまくっていた。今日も朝から商業地区に出てブラブラとするつもりでいた。もちろん、何の目的もなく彷徨くのではない。この前エリザベータ様のメモ帳から盗み、いや、得た情報を元に、エルフ大陸の魔道具や魔導素材を探すという目的があった。
まあ、結局見つからなくて食べ歩きになったりしてるんだけどね。
それに加えて諸般のやんごとなき事情により、冬休み真っ最中の何の予定もない日に来客とは、非常に珍しいことだった。カロン伯爵家への来客なら珍しくもなんともないが、私リーゼロッテ個人への来客はよく思い出してみれば初めてである。
「だ、誰かしら?」
本心から言わせてもらおう。嬉しい!
ぼっちだからといっても、一人が好きなわけではない。普通に寂しいし、友達が必要ないわけない。なのでサプライズという効果もあり、私はとってもときめいていた。
誰だろう!同室のクリスティーナ?それともマリーネル?まさかエリザベータ様かしら!
「オズワルド様でございます」
満開の笑顔の花が、一瞬にして萎れるどころか灰と化した。
「チッ、……客間に通しておいて」
「かしこまりました」
舌打ちを我慢できなかった私は、素早く姿見で自分の眉間を見た。最近、この辺に皺が寄っているのが自分でもわかるくらいにストレスが溜まっているのだ。それもこれもセドとオズのせいだ。
どうしてセドとオズの双王子(プリステではそう呼ばれていた)のせいかというと、それにはちゃんとした理由があるのだ。私がぼっちなのはどう考えても双王子が悪い!
学園において、私は栄誉ある孤立を達成していた。かの大英帝国だって日英同盟結ぶ前までは孤立してたんだし、大丈夫。何がどう大丈夫なのかは私にもわからない。この世はわからないことだらけである。
孤立した原因はいくつかある。まず単純にカロン伯爵家が嫌われていたからだ。伯爵家でありながら社交界での影響力や領地以外の財力が侯爵にも並ばんとするものであることから、カロン伯爵家は他の貴族たちからあまりよく思われていなかった。
前世の記憶では、たしか王様にまでなった伯爵なんてたくさんいたような……。ううん。なにせ魂年齢ではアラフィフだもんなぁ……。大学時代の講義なんて忘れちゃったよ。
まあ前世がどうあれ、この世界では王公侯伯子男の順番はかなり厳密に定められていて、式典などでの席順なんかは滅多なことでは逆転しない。
次にセドリックとオズワルドだ。公爵家の嫡男ということで、長男であるオズワルドはもちろんのこと、次男であるセドリックにも継承のチャンスはある。
それにセドリックの兄、アーノルドはエルフ大陸で武勲を立てている最中で、戦死する可能性がないわけではない。でも、未だエルフ大陸で局地的な敗北は一度しかなく、ヒュムランド勢力は快勝を続けているため可能性としては限りなく低い。だが、その「まさか」をセドリック派の家臣たちが願っていることは想像に難くない。
うーん。そんな血生臭い家督争いはしたくないものである。うちもその問題を抱えてるんだよなぁ。アル兄様は外交、ベル兄様は軍事を担当しているから、もしベル兄様が本気になればかなり有利な状態で継承戦争を起こすこともできる。幸いなのはベル兄様にあまり軍事の才能がないらしいことで、もっぱら「学園に戻りたい……。魔法大学でもいい……」と零しているらしい。ベル兄様……。
とにかく、そんな次期当主が視界に入っている2人が、なぜか私に執拗に絡んでくるのだ。これが運命の修正力というやつだろう。まあリーゼロッテは、主人公が選んだルートのキャラと婚約しなければならないのだ。そういうシナリオなのだから仕方がない。
そしてゲームが進み、主人公にとってのグッドエンドによって、リーゼロッテにとってのバッドエンドが訪れるのだ。そういうシナリオなのだから仕方がない。
そんな公爵嫡男に気に入られた小娘を、同級生はまだしも、上級生はどう思うだろうか。事実、寮の私のいる居室には一週間に一枚の恨みの手紙が送られてくる。紙代だってタダではないのにご苦労なことである。そして上級生に目を付けられた同級生と仲良くしたいと誰が思うだろうか。
最後に私個人の問題。
ゲームでのリーゼロッテはあまりに魔力が低かったし、才能がないと言い切ってよいものだった。突風3発で空になる保有魔素量に、初期攻撃魔法1つっきりの鶏頭っぷりは我ながら情けないばかりである。
「雀の涙の私の魔力じゃ、死ぬ気でやっても発動しそうにないな」と思って私は、授業で用意された火炎弾の魔法陣に全力の魔力を注ぎ込んだ。
結論から言うと対熱加工がされた教室の壁が吹き飛び、隣の隣の教室までの風通しが非常に良くなった。防犯上、見通しの悪いということはよろしくない。うん。そうだよね。
それもただの一例だ。それからも私は授業で色々な問題をやらかし、暴走魔術師の異名を有り難く頂戴した私は、クラスメイトから怖れられる存在になっていた。クラスメイトからすれば、権力を縦にし、公爵家の嫡男2人を侍らし、強力な魔術で脅迫することも厭わない悪の伯爵家令嬢。といったところだろう。うん。そんなやつと友達なんて、頼まれたって嫌だ。
そんなわけで双王子が私に関わらなければ、もう少し私はクラスメイトと仲良くなれるのだ。
魔術の件は魔力コントロールがちゃんとできるところを見せればいいだけであるし、カロン伯爵家の件については……伯爵家の権力を笠に着るのは癪だが、明確なメリットを提示すればむしろプラスに働く。
つまり双王子がぼっちの原因と言っても差し支えないのだ。盛大な責任転嫁にも思えるが、差し支えないはずだ。うん。
けして、サクラちゃんを決闘でぼっこぼこにして、最上級魔術をぶっ放して旧決闘場を完全に使い物にならなくし、余波でヨゼフおじいちゃん先生を治癒室送りにして、帝国魔術研究会から「宮廷魔導師としての仕事を体験するように」とのお達しが来るのと同時に、七天騎士団のランズヴルム騎士団とガリオテ騎士団から幹部待遇での声がかかって、サンマルティア公爵家からお抱えの魔導師として仕官のお誘いがあり、それから学園内での上級魔術以上の魔術使用制限が言い渡され、完成した試作魔導自動車が後進の制御に失敗して学園の壁をぶち破ったからでも、気球を真似しようとした学生が2人墜落死したからではない。
話が長くなったが、そういう背景があって私は双王子のことはあまり好きではない。というか、私を変態貴族に売り払うような男にどうやって好意を抱けばいいのか!
とはいえ、まだやっていないことに怒るわけにはいかないので、私は苛立ちを隠しながら客間に向かう。
「お嬢様、その格好でオズワルド様にお会いされるのですか?」
私の姿を見たローラが「こいつ正気か?」というすごく失礼な表情を隠しもせずに聞く。表情筋の豊かなメイドに愛される私はつくづく幸せ者だと思う。
「この格好を見ればさすがに空気を読んで帰るでしょ」
私の格好は町娘が着るような、地味で粗末なものだった。ついでに言うなら「これから出掛けます」っていうタスキを掛けるところまでやってやりたい。というかそこまでやらなければオズワルドは帰らないように思う。
公爵家の嫡男であるせいか、断られるという概念がそもそも無いように思う。簡単に言えば甘やかされ過ぎたのだろう。どっか行ってくれ!というオーラを放っても、ガンガン話し掛けてくるのは勘弁してほしい。
「ようこそお越し下さいました、オズワルド様。本日はどのようなご用件でしょうか」
客間に入って、私は最高の無表情でオズワルドを迎えた。オズワルドは客間のソファに座って紅茶を飲んでいるところであった。
客間は私の私室より広く、そして豪華だ。カロン伯爵家の屋敷の中でも最も豪華な部屋だから当たり前なんだけど。超高級なわけわかんない壷とかあって、それが何万エピクロス金とか、風景画が何千エピクロス金とかするわけで。この馬鹿みたいな芸術品を売り払えば……と考えた回数は数え切れない。
「お前……、その格好はなんだ?」
オズワルドは驚いた様子で目を見開いて、紅茶のカップを少し乱暴にソーサーに置いた。そのカップセット、マルクス金貨で150枚もするんだぞ!もうちょっと丁寧に扱え!
「なんだと言われましても、服でございますが……」
「違う、そういうことじゃない。なんでそんな物乞いみたいな格好をしてるんだという意味だ」
物乞いとはまた酷い表現だ。オズワルドは町娘の格好も物乞いの格好も知らないのだろうけど。
クリーム色の麻のワンピースに、草色の麻のズボンを合わせ、足元はカリガに似たサンダルという夏を感じさせるファッション。少しばかりのオシャレに木の御守が揺れる革紐のネックレス。
前世なら森ガールっぽくて安牌なファッションだ。と思う。いやそんなに前世ではファッションに興味なかったし、テレビで見るくらいだったし……とかアラサー喪女がぼそぼそ言い訳してみる。いや、今の魂年齢的にはアラフィフ……いや、それ以上は考えまい。
「物乞いではありません。これが町娘の服装ですわ」
「ふーん。そういうものか」
どちらも同じようなもんだろ、というのが顔に書いてある。まあ公爵家嫡男なんてそんなものだ。大貴族と平民では、太陽と蟻ほども違う。そりゃ太陽から地球の蟻は見えませんよね。
「では聞き直すが、なんで町娘の格好をしているんだ?」
「それはこれから出掛けるからですわ」
これにはオズワルドが片眉を上げた。端正な顔が歪む。イケメンがすごい睨んでくるけど、負けはしない。だって本気出せばオズなんてあっという間に消し炭にしてやれるんだから!に、睨んでも怖くありませんわ……!
「わざわざ出向いてやったのに何だその態度は」
「別に呼んでませんし」
「くくくっ、お前は本当に可愛げがないな」
オズワルドは妙に満足したような顔をして笑った。何だその態度は。
「どこに行くんだ?」
「オズワルド様の興味の向かないところですわ」
「よし、案内しろ。俺も行こう」
「……へ?」
*
——現在
一目で貴族とわかるような服装だったオズワルドに町人の服を着てもらい、目的の西の目抜き通りに辿り着くまで、たっぷり4時間もかかってしまった。下々の者の暮らしが珍しいのか、オズワルドはついつい何に対しても興味を示して立ち止まったからだ。
商業地区まで来る頃には、時刻はすでに昼食時を過ぎたころであった。
「しかしうるさいな……。どうにかならないのか……」
勝手についてきたくせに。うるさいのはお前だ!とも言えず、私は精々無視するくらいだ。
石畳の目抜き通りには出店がこれでもかと軒を連ね、果物や野菜や屋台料理などの魅力で誘惑している。その中の1つに目をつけて、私は声をかける。
「おじさん、コロッケ2つ」
「あいよ!トマス銀1枚だ!」
「えー、私ヘーゲルしか持ってなーい」
「じゃあヘーゲルでいいよ!おまけしといてやる!」
「ありがと!」
あっという間に値段交渉を終わらせて、私は巾着袋からヘーゲル銀貨1枚を取り出して、紙に包まれたコロッケと交換する。
きっとオズワルドはこんな交渉したことないだろうから、さぞ鮮やかな手腕に見えたことだろう。と思ってドヤ顔でオズワルドを見ると、どうもピンときていない様子だった。
ちょっと外した気もするけど、私としてはいい買い物だったと思う。トマスとヘーゲルは1.5倍くらいの差があるわけだから、3割引くらいのお得さがあるのだ。
「……ちょっと見せろ」
「え、ええ。いいですけれど」
オズワルドが妙に真剣な表情で言うので、私は不覚にもドキッとしてしまった。やっぱりどうしてもイケメンに真剣な表情をされるとドキドキしてしまうのは、何歳になっても乙女は乙女なのよってことね。
意外に食いしん坊なところもあるのねと思ってコロッケを差し出す。元々2人で食べるつもりで2つ買ったのだから、何の問題もない。そんなに大食いに思われているのか、それともドケチに思われているのかしら。それともコロッケが珍しいのかしら。
「違う。こっちだ」
私がコロッケを渡そうとすると、オズワルドは私の持つ巾着袋を指さした。何?どういうこと?私の金銭チェックでもするつもり?カツアゲ?
そういえば主人公が入学してきて、カツアゲまがいのクラスメイトからオズが助けるのが最初のオズイベントだったっけ。え、でもちょっと待って。今度はオズがカツアゲする側なの?
とか混乱していたら、オズワルドは私の巾着袋をひったくった。まあ普通の伯爵家令嬢からすれば、その中に入っているのは端金かもしれないが、お金はお金である。その失礼さを注意しようとすると、それより先にオズワルドがとんでもないことを言い出した。
「これは何だ?」
「はい?」
オズワルドが持ち出したのは第15代皇帝ヘーゲル2世の横顔が刻印されたヘーゲル銀貨だ。今は59代目だから、かなり昔の銀貨である。かなりすり減っていて、ヘーゲル銀貨でなければ、これを見てヘーゲル2世だと判断できる人間が果たして何人いることだろうか。
「だから、これは何だと聞いている。偽銀貨か?」
「はあ?」
「こんな銀貨見たことがない。ヘーゲル?もしかしてエルフの貨幣か?あいつらは葉っぱで取引するんじゃなかったのか?」
まさか、とは思ったが、一円玉を見て「これはおもちゃですか?」と聞く大金持ちはやはり実在したようだ。まあ一円玉よりは格段に価値のあるものだろうけど。……いや、アルミの製造技術は前世でもかなり最近のことだったから、ヘタすると銀貨よりも価値があるんじゃ?
って、そんなどうでもいいことは本当にどうでもよくて……。
「ちょっとこっちへ」
怪しまれる前に、私は紙に包まれたコロッケを左手に、オズワルドの手を右手に持って、人混みの中に潜る。こんな金持ちボンボンの中でも究極に金持ちですよアピールが始まるとは思っていなかった。
現に何人かが怪しい動きをしていた。
私はちょっと焦りながら石畳の上を歩く。この喧騒の中では、きっと誰も追っては来れないだろう。それに私たちにはいざとなれば魔術がある。商業地区は治安が悪い。どれくらい悪いかというと、私もこの前巾着をスられたくらい治安が悪い。警戒はしていて、ベルトに革紐でくくっていたのだけど、まさか切られるとは思っていなかった。くそ、マルクス金貨に換算すると2枚分くらいは入ってたのよ……。
そんなところにオズワルドみたいな右も左も分からない雛鳥を放置していては、命がいくつあっても死ぬより先にアシェット公爵家の金庫が空になってしまう。
「な、なんだ急に。いつも強引だなお前は……」
私に手を引かれて歩く雛鳥は何だか照れたよな表情だ。公爵家の坊っちゃんは呑気ですこと……。
(念話で失礼します、オズワルド様)
「うわっ、何だ?セバスか?」
(私です。リーゼロッテです。誰ですかセバスって……)
「セバスは俺の執事だ。こうして時々アドバイスをくれる。……すごいな、お前は念話も使えるのか」
(手を触れている間だけですけどね。それより……)
と、私はオズワルドに貨幣と平民の暮らしについていくらか教育するのであった。
もうちょっと甘くしたかったのに…




