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港町グランマルナでのテロと追撃戦

その日の朝。グランマルナの街は爆音によって叩き起こされた。


1度目の爆音は港の食料庫からで、そこには本土から運び込まれた食料があった。量としては、ベーティエ公爵の配下の手勢を3ヶ月は食わせることのできるほどだった。


だが、その小麦や干し肉や乾パンや葡萄酒などは、すべて燃え盛る火の中で灰に変わっていった。


2度目の爆音は、食料品系の行商ギルドの支部からで、こちらもエルフ大陸全土に輸送計画を立てられていた、およそ1700エピクロス金貨ほどの量の食料品が天高く打ち上げられた。


3度目の爆音は城門からで、複数人の衛兵が粉微塵に吹き飛び、巨大な木製の城門にヒトが悠々と通れるほどの穴が開いた。


4度目以降の爆音は森からで、次々と森のあちこちから爆音が轟き、巨大な赤い炎があちこちから踊りだした。


その破壊の爪痕は、いざ混乱が収まってみるとかなり酷いものだった。


エルフ大陸は自然豊かな土地である。言い方を変えてみれば、人間が住み着くのに十分な開拓がされていないのだ。あるのは広大な森と、森の恵だ。


そんな土地で、食料を失った。たしかに、森の果実などを得れば、生き残ることは可能だろう。だが、グランマルナの街だけで人口は1万人を越える。


それに加えて、グランマルナは港町である。ただ1万の生物が飯を消費していくわけではない。港に降ろされた食料のほとんどは内陸に送られるはずだったものだ。


特に、アメデオのいるアウジラという街には、兵とエルフを含めて3万の人口を数える。アウジラは、そのままアウジラと呼ばれている山の麓の街で、アウジラ山から採取できる鉄鉱石から、製鉄の街として『作られた』街である。


故に、アウジラには食料を確保する手段はほとんどない。


もっと簡単に言うなら、アメデオ・デルサンテ・ド・ベーティエ公子は、軍と奴隷を抱えたまま飢え死ぬことを、予定表に書き加えられたのである。


「すごいです!イクトール様はやっぱりすごいです!」


そういうことを説明すると、アリムはキラキラした目でイクトールを見つめた。いや、アリムだけではない。その場にいたエルフたち3000人が、まるで救世主が天から遣わされたかのような表情をしていたのだ。


「すごいって何がだ」


褒め称えられたイクトールの方は困惑した。何が褒め称えられているかがわからなかったからだ。


「だって、たったおひとりでヒトの軍2万人を相手取って翻弄し、それを滅びの手前まで追い込むとは……!」


「あぁ……」


たしかにエルフたちから見れば、突然やってきた黒騎士1人の手によって、ベーティエ軍が壊滅寸前の打撃を受けたようにしか見えない。


それに、奴隷として働かされていたエルフたち3000人を解放し、さらには慰み物にされていた人質たちを救出したのだ。


イクトールから言わせれば、奴隷として働かされていたエルフたちは、逃げようと思えばすぐに逃げ出せたのである。元々奴隷の首輪はつけていなかったのだから、当然といえば当然だ。


逃げなかったのは、逃げれば残された仲間に被害が及ぶからだ。それがすべてそっくりそのまま逃げおおせられたのだから、もはや苦痛に耐えながら木を切る必要はない。


それに人質となっていたエルフのほとんどは、すでに帝国本土に連れて行かれた後だという。その説明はすでに接触した日に、アリムたちが奴隷たちに説明済みだった。


そして人質となっていた女エルフたちは、すぐに救出できた。城門は爆破してもはや役に立たない。衛兵たちは1発目の爆音で叩き起こされてから、ずっと激務に追われている。さらに森で起きた火災に、軍が対応を追われていた。


結果的にほとんど空になった軍関係施設から、女エルフ25人を救い出すのは、簡単な仕事だった。


騎士の格好をしたイクトールが詰め所に駆け込み、こう言う。


「おい!人質のエルフたちはどうした!これはエルフたちの大規模な反乱行為だ!責任者を出せ!」


そうして出てきた衛兵隊長に、女エルフの居場所まで案内させ、重要人物と人質をすべて1室に集めさせた。


「エルフたちの反乱行為を鎮圧し、その後、奴らに反乱を起こさばどうなるかを見せつけるのだ。人質たちを(はりつけ)にして、少しでも奴らの攻撃を止めろ!」


完全に勢い任せの命令だった。なぜならイクトールは全くの無関係者で、むしろこのテロ行為の主犯者であった。


にも関わらず、衛兵隊長たちがイクトールの命令を素直に聞いたのは、その全身鎧の輝きからであった。超高級品にしか見えない全身一揃の新品の鎧を着ているのだから、高位の貴族の子弟だろうと勝手に思い込んだのだ。


「これで責任者と人質は全てか?」


「はい。この部屋に全員集めました」


「閣下、これはどういうことですか」


「エルフの反乱と聞きましたが……」


「ああ、これはエルフの反乱だ」


そして、剣が抜かれ、部屋は血に溢れた。


アンジェリカ謹製の日本刀には、不壊の術式が刻まれていた。折れず、曲がらず、刃毀れせず、そのままの切れ味を保ち続ける日本刀。未だに直刀を使う軽装のヒトが、曲刀を持った重武装のオークに勝てる理由はどこにもなかった。


1分もしないうちに指揮官クラスを皆殺しにし、イクトールはエルフたちの首輪を日本刀で斬ってみせた。鉛と並んで、最悪の魔導率を持つ鉄は、魔を受け付けない性質を持つ。


一方で、爆破に使われた火薬は、フリードリヒによるものだ。フルール領で人糞を集め、草木と混ぜたものを小屋に放り込んでおく。つまり硝石丘を作って、製造していたのだ。


さらに、空気中の魔力を利用できるフリードリヒは、半無限と言える魔力を有しており、研究を重ねた魔術によって硝石丘に急激な反応を起こさせることで、短期間に大量の硝石を得ることができていた。また、硫黄も黄鉄鉱から魔術によって抽出していた。


黄鉄鉱には鉄が混在しており、そこから硫黄を抽出する膨大な魔力を必要とする魔術で、実質的にフリードリヒ以外には扱えない魔術であった。


アンジェリカとフリードリヒの力がなくては、この作戦は遂行できなかったに違いない。


「これくらい、女神アンジェリカ様の使徒たる俺にとっては、簡単な仕事だ」


だが、ここで手柄を誇らなければ彼らの心を掴むことはできない。魂の繋がっているアリムが、イクトールの心の機微に気づかないわけはない。


「さすがですわイクトール様!」


つまり、アリムはイクトールがそうするようにと演技をしているのだ。


(アリムは本当に少女なのか……?)


そうイクトールが疑問を持つのは仕方のないことだった。それほどにまで、アリムが時折見せる行動の意味の深さは、若さからかけ離れたものだった。


「これより、我らは南を目指す。幸いにして、食料は十分に確保されている」


イクトールの目線の先には、エルフ用として保存されていた大量の乾パンがあった。エルフたちはたったこれだけの食料を与えられて、森林伐採の労役に就けられていたのだった。保存が効く安い食べ物としての乾パンであったが、それが今は何よりもエルフたちの武器になっていた。


また、開拓のために持ち込んだ家畜たちによって、輸送手段は確保できていた。街外れの牧場に、牛が何十頭もいたからだ。牛たちに荷馬車を括り付ければ、輸送能力に問題はない。


動物を使役するということに嫌悪感を示したエルフも多数いたが、


「我々は彼ら生き物の護り手であるのか!ヒトに滅ぼされるような弱者が、そのように傲慢であるものか!一方的な使役ではない!これは森に生きる者の助け合いだ!」


と、アリムの強引な説得によって、エルフたちは渋々従った。従った要因としては、彼らもすでに掟がどうこう言っている場合ではないということを自覚し始めていたことにもあるだろう。


いずれにせよ、ここに戦力は整い、イクトール率いる軍勢が出来上がったが、名目上は族長代理としてアリムが率いる軍である。


アリム軍3000。そのうちのほとんどが非戦闘員であったが、エルフはほとんどすべてが魔術師である。独立して行動さえしなければ、強力な軍隊たりうるのだ。彼らに戦術を与えることこそ、イクトールの使命だった。


そうしてアリム軍が一路南を目指して動き始めたところで、北から炎弾が2発打ち上げられた。それは遥か向こうから各ポイントごとが中継して伝えたものだ。


初めから決められていた信号。意味は敵襲。


「敵襲!各員隊伍を組んで!」


アリムが叫ぶ。その言葉はエルフ語であり、戦術を知らないエルフたちに意味を正しく伝えた。だが、とっさのことに彼らは動けない。ヒトに対する恐怖。敗北の恐怖が、彼らの足を捕らえて離さない。


「貴様ら!それでも誇りあるエルフ族か!」


アリムがさらに叫んだ。


「戦え!略奪者から奪われたものを取り戻せ!戦え!侵略者から奪われた森を取り戻せ!戦え!陵辱者から誇りを取り戻せ!」


拳を振り、アリムは顔を真っ赤にして叫ぶ。心が叫ぶまま、叫ぶ。


「我らが森から解き放たれる時が来たのだ!変革のときが来たのだ!我らは森によって立たない!この2本の足で立つのだ!」


そしてアリムは燃える森を指差した。


「見よ!我らの帰る場所は失われた!侵略者によって失われたのだ!精霊は、我らを護らなかった!我らが護った精霊は、我らを護らなかった!なぜか!」


小さな身体から、途方もない熱量が溢れ出す。それは情熱の温度だった。悔しさから溢れ出る情熱だった。


その幼い身に、幾人ものヒトの精を受け、陵辱され、尊厳を踏み躙られ、唾を吐き掛けられた屈辱。その記憶が、アリムの腕を震わせた。足を震わせた。


彼女も恐怖を感じている。ヒトの恐怖。敗北の恐怖。奪われる恐怖を思い出しているのだ。


「なぜか!精霊などなかった!我らに精霊の加護などなかった!あったのは森だけだ!自然は、あるだけだ!縋るな!求めるな!欲しければ足掻け!勝ち取れ!戦って勝ち取れ!貴様らの自由は、敵の屍の上にある!戦え!」


アリムが目配せをする。それに合わせて、アリムの盾であるカフィドとムドヘルが、同じく拳を振り上げて叫ぶ。


「戦え!戦え!戦え!戦え!」


「戦え!戦え!戦え!戦え!」


それは巨大な渦となる。感情の流れが、噴出する。誇りを踏み躙られた怒りが、獲物を見つけて襲い掛かる。


「「戦え!戦え!戦え!戦え!」」


エルフ3000人。それが大合唱を上げる。早朝の中、怒りの声が立ち上がる。感情に任せ、彼らは拳を振り上げる。


「取り戻せ!我らの地を取り戻すのだ!」


「殺せ!ヒトを殺せ!侵略者を根絶やしにしろ!」


「殺せ!殺せ!」


怒りが殺意に変わるのに、そう時間はいらなかった。


だが、怒りに任せるだけでは、侵略されたときの二の舞いだ。そこには、戦術というエッセンスが加わらなければならない。


「3列横隊!3列横隊を作れ!」


イクトールが叫ぶ。その言葉はエルフ語だ。呆気にとられる彼らをカフィドとムドヘルが纏め上げる。


「みんな並べ!迎撃するぞ!」


アリムの盾を自称する分には、問題ないくらいに武については敏感だ。


アリム軍3000に対し、追撃にあたる攻撃を仕掛けてきたのは、たった200の人数だった。森林火災、相次ぐ爆破事件、そして指揮官クラスが皆殺しにされたことが重なり、ほとんど組織的な動きができていない200人だったが、騎兵であった。


ヒトには慢心があった。エルフたちがヒト相手に慢心していたように、奴隷として扱っているうちに慢心が生まれていたのだ。


騎兵だからといって、隊伍を組んだ3000のエルフを打ち破れるわけがなかった。


長篠の戦いであったような3段撃ちを意識して、3列横隊を組ませたイクトールだったが、あまりに一方的な戦いだった。無謀にも突っ込んできた者は、隊伍を組んだ魔術攻撃であっという間に木っ端微塵になった。


それを見て怖気づいて、残った者は大慌てで街へと帰っていく。


「追うな!」


隊伍が崩れ去る直前。絶妙のタイミングでアリムが声をかけた。拡声魔術による大声は、エルフたちをびくりと驚かせるには十分だった。


「我々は殺戮者ではない。我々の目的は解放だ。進むのは南だ!行こう!同胞の待つアウジラへ!」


結果だけを見れば、イクトールは何もしていなかった。ただ指示をして、そして勝った。イクトールは不満であったが、それは指揮官としての役目を十二分に果たしていた。


蜂の巣にされた騎兵はそのまま捨て置かれ、アリム軍3000のエルフたちは、南下を開始した。

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