魔術師リーゼロッテのストレス解消法
リーゼロッテの話
実践魔道。
魔道とは、元を辿れば魔素利用法という創世の奇跡を、矮小な人の身で稚拙に再現し、生命や世界そのものの謎を解明しようというものだ。前世の科学がこれにあたるかもしれない。
それがいつしか手段であった魔術が目的に代わっていき、魔術は道具になった。魔術師は戦場において大砲のように扱われ、魔道は世界の深奥を暴く手段ではなく、敵を葬るためのものと認識されるようになった。
そこから、実践魔道という考え方が発生した。初期の魔道の目的がどうあれ、時代は変化し、否応なく私たちに決断を迫る。貴族たるもの、領地領民を守る責任から逃れることはできない。自らの身に降りかかる火の粉を払えないようでは、貴族として失格である。
実践魔道の最初の授業で述べられた内容だ。ヨゼフという名前のヨボヨボのおじいちゃん先生は、そういうふうに私たちに実践魔道を学ぶ意味をオリエンテーションとして語った。
要するに「貴族が魔術を実戦レベルで使えないとダセえんだよ」ということだ。
私たち2年生は実践魔道の授業ということで、敷地内にある旧決闘場に来ていた。破壊された煉瓦の壁の跡みたいなものがポツポツあるくらいで、ここにはほとんど何もない。
クラスの男子たちは、非常にワクワクしてソワソワしている。男子って格闘技とか好きよね。私も見る分にはいいけど、いざその場に放り込まれるとなるのは話が別だ。
彼らとは対照的に、女子は「どうしましょう」「決闘なんてやだわ」「野蛮よ」なんて囁きあっている。しかし、その中でもエリザお姉様に匹敵するほどの魔力を持つ者も、私でも出来ない系統外魔術を使う者もいる。要は好戦的かそうでないかの違いだった。
とか言いつつ、たぶんこの子ら普通に男子ボコるよね。弱い殿方には興味ありませんもの、って言いそう。というか言う。
「まずは、二人組を作ってください」
はい出ましたぼっち殺害案件10年連続売上ナンバーワン今一番選ばれてる孤独死因「二人組作ってー」である。死にそう。死んだ。
「リゼ。やりましょう」
蘇生した。ありがとうございますエリザお姉様!一生付いてきます!
「よろしくお願いしますわ、エリザお姉様」
ああ、美しき友情。エリザお姉様大好き。これエリザお姉様がガチレズで私と肉体関係を迫ってきても、今の勢いなら頷いちゃいそう。ヴァージンなので、優しくお願いしますね、エリザお姉様……。
「といっても毎年皆さん授業時間内に決め終わらないので、クジを用意してあります」
ファーック!!
*
まあね、こうなることはわかってましたよ。というか薄々「あー、このイベントだろうなぁー」と思ってましたよ。
無駄にご親切にヨゼフジジイの用意しやがったクジが導き出した答えは、もはや運命通りであった。
リーゼロッテ・マルクル・ド・カロン
VS
サクラ・グリーン
そら(主人公とそのライバルなんだから)そう(なるに決まってる)よ。
イベント来るかなーと思ってたけど本当に来たよ。転入だか入学だかした直後、イベントとしてリーゼロッテとの戦闘イベントがあるのだ。
装備も不十分、資金も心もとなく、アイテムはレッサーポーションがいくつか。そんな状態で初めての戦闘。
どう見てもチュートリアルです本当にありがとうございました。という戦闘イベントが初めての対リーゼロッテ戦。
突風と小治癒しか覚えてない主人公ちゃんは、突風しか覚えてないリーゼロッテと戦う。
回復魔法なんていう反則技が使えるのは主人公ちゃんだけで、しかもリーゼロッテには素早さで勝ってるから先手がとれるので、実質ボケーッと突風連打で勝てる。2回目のリーゼロッテの突風で、「回復しなくちゃ」とかテキストが出るけど、回復しなくてもいいし、逆に回復と防御ばかりやっていてもいい。
ちなみに、3回目の突風以降、息切れするリーゼロッテや、素手で殴りかかってくるリーゼロッテが見れる。見たくない。
「よろしくお願いします、リーゼロッテ様」
サクラ・グリーン。私の予測が正しいのなら、彼女の中身は転生者だ。シナリオに逆らおうとする意志。天上人にも等しい公爵家の人間と会話しても物怖じしない胆力。
そして何より、その身から感じる桁違いの魔力の量と質。
すべてが彼女を異物だと告げている。主人公ちゃんは初めは魔力は高くない。たまたま治癒魔術に秀でているだけで、魔力そのものは低い……という設定なのだ。その設定を覆す力は、リーゼロッテは初歩中の初歩魔術を3発撃てばガス欠になる、という設定を覆す私に重なる。
「こちらこそよろしくお願いしますわ」
私は、警戒しながらサクラちゃんを見やる。
実践魔術はルールに基づいて行われる。
互いに10メートルほど離れた位置にある円の中から、魔術師は魔術を撃ち合う。円の周りには3つの魔術による光球が浮いていて、互いに相手の光球を撃ち落とすように魔術を撃つ。
円は魔法陣であり、魔術師が中に入ると円柱状のバリアみたいな魔力干渉障壁が勝手に展開される。術者から魔力を吸い取って自動展開する方式のようだ。
要するに、バリアの中から相手の光球を3つ先に破壊したほうが勝ち。というわけだ。バリアの内側に隠れておいて、決闘だのなんだのは流石に失笑を禁じ得ない。
旧決闘場は、その円がちゃんとした数が残っておらず、まともに動くのは5つだけだった。その5つに振り分けられて、それぞれが位置に付く。
円の中に入ると、光球が3つ現れた。それは私の周囲をふわふわ不規則に動き回っている。やっぱり勝手に魔力を吸い取る方式のやつね。
私とサクラちゃんは1番おじいちゃん先生から離れた位置だ。そりゃそうだ。おじいちゃん先生も老い先短いとはいえ、今死にたくはないだろう。生徒たちは戦々恐々といったふうに私たちを見ている。
「はじめえ!」
おじいちゃん先生がふがふがと試合開始の宣言をした。
うーん、まずは様子見かなぁ。と思って私は土系統の魔力を練るだけに留める。
「旋風の刃、我が手に宿りて敵を討て……」
サクラちゃんが詠唱するのは風刃だ。しかもこの詠み方は溜めができる詠み方になる。あとは「疾走れ」で結んで、術式が発動する。
うーん。迎撃するタイミングの読み合い、かな?
「疾走れ!」
読み合いじゃなかった。普通にすぐに撃ってきた。
サクラちゃんの手から風の刃が放たれる。風刃は透明な風の刃を飛ばす魔術で、圧縮された回転する空気が真空を作り出して標的を斬りつけるのだ。不自然に圧縮された空気はそれだけ屈折するので、よく目を凝らせば見える。……見えた!
風刃に、私は無詠唱で石壁を地中から出して防ぐ。
「む、無詠唱!?」
サクラちゃんが驚いた声を上げる。だろうね。たぶん君の想像しているリーゼロッテは、突風3発でガス欠になる悪役令嬢だもんね。
でも、ここにいるのは物語のリーゼロッテじゃない。サクラちゃんと同じ転生者で、意志を持って運命に抗う者だ。
またも無詠唱で、私は目の前にいくつもの氷の弾丸を作り出して浮かべる。雹弾。
それを撃ち出して、石壁ごと撃ち抜く。壁の向こう側は見えないけど、障壁あるし大丈夫でしょ。
……撃ってから気付いたけど、私が天災と呼ばれている理由は、だいたい授業で「まあ大丈夫でしょ」と思って規格外の魔力を注ぎ込んだからだった。
やばい!
「我が身防ぎ給え!」
短縮詠唱による魔力障壁。
無詠唱へのステップとして覚える短縮詠唱に、あらゆる魔術攻撃に干渉できる万能防御魔術である魔力障壁。この2つが使えるということは、サクラちゃんはかなり高位の魔術師ということだ。
たぶん、エリザお姉様と同格くらいかな。
私の放った雹弾は、放射状に私の手元から飛んでいって……他の生徒の光球も撃ち抜いて破壊の嵐を撒き散らしていた。
あ、ああ……、大惨事……。
だけど私の相手であるサクラちゃんは、光球も魔力障壁の範囲内にしっかり収めていて、しっかり3つすべてが輝いている。
「今のが雹弾……?まるで散弾銃みたい……」
サクラちゃんが呆然と辺りを見回して言う。
はい、サクラちゃんダウトー。呆然とした時に人間の素が出るっていうのは本当みたいね。
散弾銃なんてものは、この世界に存在しない。狩りはまだ弓矢で行われるし、前装式滑腔銃は戦の主流ではない。だって魔術のほうが早いんだもん。
まあアイスクリームやレアチーズケーキを思いつくってところで、ほんのちょっと疑ってはいたんだよね。だってあんなもんポンとは思い付かないよ。それこそ、そういうお菓子が存在するという知識がない限り。
それを確信まで至ったのは留学してきてからの言動だ。達観しているかのような落ち着きぶりは、プリステの主人公ちゃんのキャラではない。間違いなく、私と同じく「中の人」がいる。そう確信していた。
そしてそれは今の散弾銃発言で揺るぎないものとなった。この世界になくて、前世に存在するものの名を口にするということは、もう言い逃れはできない。
「よく、防ぎましたわね。さすがは実力を認められた留学生、といったところかしら」
そんなカードを握りながら、私はあくまでも登場人物を演じてみる。
まだ、サクラちゃんの人格がわからない。
彼女は、私にとって有益な人間なのか、どうか。
「サクラ・グリーンさん、ここまでは小手調べです。徐々に威力を強めていきますわよ。次は、そうね、落雷にしましょうか。無詠唱や短縮詠唱ではなく、ちゃんと詠唱しますわ」
完全な挑発。魔術合戦において、次の手を示すということは舐めているか、指導してやっているのと同じである。
私は悪役令嬢リーゼロッテ。
多少人柄が変わっていようとも、サクラちゃんによるバタフライエフェクトでも言い訳はできる。ならば、大筋を変えなければいい。傲慢な貴族の振る舞い方なら、お手本はそこら中にいる。
どのルートにしても、彼女は貴族の嫁となる。つまり、私の敵だ。
「我が目が捉える空を越え、大地を天へと登らせるは力の証!」
サクラちゃんが詠唱する。なるほど、石工ね。たしかにゲームでも雷撃系魔術の命中率を下げる避雷針効果があったはずだ。
「天空より降り立つ者。その威光は怒涛となりて我が示すところに降り注ぐ」
対する私は悠々と唱える。威圧感も十分だ。
「今この地より我が示す大地の躯よ、現れ出いでよ!」
「閃きと共に天の怒りよ、迸れ」
サクラちゃんの石工は、避雷針ではなかった。単純に彼女を囲うようにかまくらを石が作る。
それに阻まれ、私の落とした雷は周囲に破壊を撒き散らすだけに留まった。
「次は風槌ですわよ」
「我が身を纏え、天上の息吹!」
「不可視たる怒涛よ、我が声に答え、敵を薙ぎ倒せ……」
早い、とサクラちゃんの顔が歪む。仕方ない。間に合うようにちょっとだけ溜めてあげよう。
「其が祝福は我が盾とありて衣なり!」
「吹き荒べ」
はい、発動。サクラちゃんの風衣は間に合った。風魔術の操作を掻き消すための魔術だ。暴風雨のときとか便利だよね。ちょっと田んぼの様子が気になるときとか。……この世界に田んぼはないけど。
私の風槌は防がれた。ふふふ。久しぶりに全力が出せそうですわ。
「次は中級でいきますわ。まずは炎槍」
「5つ目の属性!?」
サクラちゃんが文句をつけるような口調で言う。私がこれまで見せたのは土の石壁、氷の雹弾、雷の落雷、風の風槌だ。これで系統分けすると既に4つの属性を操っていることになる。
「詠唱はしなくてよろしいの?我が手の中に現れよ、焦がす炎神の槍」
私の手の中に燃え盛る槍が現れる。炎槍や氷槍などの具現化系の魔術は、詠唱途中で魔術現象が起きる。
ちなみに私の炎槍は身長の2倍くらいあり、刃の部分もかなり巨大だ。いつだったかのオズやエリザお姉様のものと比べて3倍ほどの大きさになる。
「虚空より現れよ、我が身を守る水の盾!」
「我が眼前の敵を討て」
「防げ!」
莫大な熱量が水の盾にぶつかって、互いに打ち消しあった。水蒸気となることはない。魔素で作り出した水は、術者が水でないと認識しているものには姿を変えない。
「次は水系統……、そうね、濁流にしましょうか。冥府の河よ、我が呼び声に応え」
「冥府の河よ!我が呼び声に応え、その力を今こそ示せ!」
おっと、サクラちゃんは反撃に転じるつもりらしい。それに早口だ。
「その力を今こそ示せ」
「解き放て!」
「解き放て」
超局地的な大洪水。濁流と濁流がぶつかり合い、周囲に被害を撒き散らす。
周囲の生徒たちに被害が及ぶけど、それはおじいちゃん先生が防いでくれてる。
「し、死ぬ……」
おじいちゃん先生は辛そうね。
見学者がそこそこ集まってきていて、守るのも大変そう。
「次は二重発動でいくわ。詠唱できないからヒントはあげられないけど、がんばることね」
「虚空よ、爆ぜろ!」
短縮詠唱による爆裂。私の目の前の空間が爆ぜる。
しかし、それより早く私の魔術が発動していた。同じく爆裂の魔術。
爆風は相殺されて、光球には影響はない。だがそれに紛れて放たれた風刃は、確実にサクラちゃん側の光球を1つ破壊した。
実体はないはずの魔術光なのに、陶器が粉々になるような派手な音が響いた。決闘用だからかしら。
「爆裂は失敗ね。敵の手がわからないのだから、視界を殺すような魔術はナンセンス。さ、次も二重発動よ。まだ壊れないでね」
「我が身防ぎ給え!」
魔力障壁、ね。まあ悪手ではないけど、正解でもないわ。
私の魔術は竜巻と石雨。魔力で作った石を降らせ、それを竜巻で舞い上げて振り回す。石の洗濯機の中に放り込まれたような暴力の嵐だ。
2つ目の光球が割れた。
「無詠唱を相手にするのは苦手なようね。最上級魔術はどうかしら。久遠なるかの地、冥府の果て、罪人の住まう苦痛満ちる場所」
「旋風の刃よ、疾走れ!」
短縮詠唱による風刃。最上級魔術の詠唱を妨害するにはもってこいの戦術だ。
だけど、それを予想しない私じゃない。無詠唱による風刃で迎撃。しかも一度サクラちゃんの風刃は見ているので、それよりも強い威力で、風刃ごと斬り裂いて光球を狙う。
「我が身防ぎ給え!」
そうなると防御せざるをえなくなる。残り光球はあと1つ。これを破壊されると負けてしまうのだから。
「奈落の火の粉よ、我が呼び声に応え、罪に汚れたこの地を浄化し、神を讃え給え」
「げ、ゲヘ……ナ……!」
「焼き尽くせ」
私の身体から迸る魔力が、世界に干渉して事象を書き換える。複雑な式を構成する音に乗り、意味を成して世界に顕現する。
魔導率の低い卑金属すら溶かす最上級魔術の炎が、雲を焦がし、天に向かって立ち昇る。あまりの熱量に、私の足元の魔法陣が砕けた。
まあね、さすがにね、最上級魔術を人に向けるなんてことはしませんよ?
燔祭の火は余波だけで凄まじい破壊の爪痕を残していた。
私の足元の魔法陣は砕け散り、砂が焼き尽くされて灰のようなサラサラした何かになっている。キラキラしてて綺麗……なんて呑気なことはこれっぽっちも思ってませんよ?
防御魔術を使っていたおじいちゃん先生は魔素量が足りなくなって、荒い息をしながらその場にへたり込んでいる。他にもおじいちゃん先生が防ぎきれなかった生徒たちを守るために、エリザお姉様や他の魔術が得意な生徒たちが防御魔術を使ったみたいだ。
みんな怯えたような目で私を見ている。
また、やりすぎたー!
タイトルにあるとおり、リーゼロッテちゃんはストレスが溜まり過ぎて毎回やりすぎてます。
ゲームの世界に閉じ込められて、変態貴族に売られることが運命づけられていたら、誰だってまともな精神状態ではいられませんよね。
あと無詠唱にサクラちゃんが反応できているのは、無詠唱も体内で魔力を練り上げるので、その気配を察知しているからです。




