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オーク、エルフ大陸に立つ

エルフ大陸のベーティエ公爵領港町グランマルナ。エルフ大征伐に伴ってベーティエ公爵が得た新領地だ。人口のほとんどがエルフであるが、支配しているのはヒトである。


エルフの伝統的な建物である、コンクリートのような材料でできた砂色の家が立ち並んでいるものの、その光景はエルフからすれば異質なものだ。エルフの家は基本的にお椀を伏せたような半球型で作られる平屋だ。しかしこの街の家は全て直方体で、それも二階建や三階建になっている。


イクトールはその光景を見て、前世の砂漠のオアシスにあるムザブの谷という世界遺産を思い出していた。


「見渡す限りヒトだらけだな」


そう呟いたイクトールの傍らには、何人ものエルフが控えていた。そのほとんどが奴隷の首輪を装備していて、その身分を明らかにしている。


「……ええ」


イクトールの腰あたりまでしかない身長のアリムは、尖った耳をピコピコさせている。久しぶりのエルフ大陸が嬉しくて仕方がないようだった。


だが、様子がおかしい。人口の割合的には、エルフの方が圧倒的に多いはずなのに、港町にはエルフがあまり見当たらなかった。輸送船が何隻も並ぶ港には、人夫としてのアイエルロが、そしてその雇い主としてのヒトやデックアルヴ……ダークエルフがよく見られた。


「イクトール様、暑くはありませんか?」


アリムがイクトールを見上げながら、心配そうに言う。閲兵式などで騎士がぶっ倒れる原因が、全身鎧の中で蒸し焼き状態からの熱中症である。イクトールの鎧は熱を吸収すると評判の黒色で、アリムが心配するのも無理ないことだった。


イクトールは漆黒の鎧を着込んだままだ。それもそのはずで、さっきまでエクスリーガ騎士団員として輸送船に乗っていたのだから仕方がなかった。書面上はオークを雇ったということになっていても、それを敢えて見せびらかすことはないし、その書面というのもエクスリーガ騎士団が上に提出する内部資料であって、外に向けて大々的に発表したわけではない。


「暑くはない。アンジェリカ様のご慈悲がよく効いている」


鎧に刻まれた術式が周囲の魔素を吸収して魔力に変えて、主に消費されるのが冷却術式だった。早い話がクーラーである。これによってイクトールは鎧の中で蒸し焼きにならなくて済んでいる。


今回の任務に着いてきたのは、購入した奴隷エルフの内、アリム、カフィド、ムドヘル、アリー、ハフィーズ、ジャリール、ハーミッド、ラウフの以上8名。全員、アリムの父の部下であったらしく、アリムについていくことを熱望したためだ。


残りのエルフは、トランフルール領でロザリーから帝国語教育を受けているか、クルシアン村にエクスリーガ騎士団を隠れ蓑にして潜入しているか、もしくはジェフヴァの腕の構成員としてフリードリヒの元で燃え盛る復讐心に薪を追加しているか、だ。


アンジェリカにとって何に使う駒なのか、イクトールの想像は及ばなかったがどうせ碌でもないことだろう。


「さて、まずはエルフを見つけないとな……」


イクトールの中の段取りでは、次はエルフと接触することになっていた。


占領されたとはいえ、エルフ全てが奴隷にされているわけでもなければ、エルフ絶滅計画として強制収容所やガス室が作られているわけでもない。となると、エルフ大陸にはヒトに対して憎悪を抱き、破壊活動に従事しているエルフもいるはずである。そしてそのような組織も然り。


(と思って探したものの……)


街をウロウロしてみたものの、一向にエルフたちを見かけることはなかった。それどころか、イクトールたちは厄介事に絡まれることになった。


「おいそこのエルフ!止まれ!おとなしくこっちへ来い!」


声高に叫ばれた帝国語は、2人組の衛兵からだった。衛兵は常に2人組で行動している。衛兵の両方共がヒトだ。剣を抜き、盾を構えて警戒態勢をとっている。


絡まれて、イクトールが進み出る。2メートルを超える巨体の黒騎士。そのマントにはエクスリーガ騎士団の紋章が縫い付けられている。それを見せつけるように靡かせながら、エルフを守るように前に進み出た。


「私の奴隷たちに何用かな?」


殺意を込めた地獄の底から響くような声。威圧の意味も込めて、腰の剣の柄に手をかけることも忘れない。カチャリと音を立てる鎧と剣に、衛兵は一瞬で頭の中から職務を吹き飛ばされた。


次の瞬間には剣を足元に投げ捨て、五体投地で平伏する。額を擦り付け、まさに土下座である。


「申し訳ありませんでした!騎士様の奴隷とは露知らず!」


「まさかこれだけの奴隷をお一人で管理なさっているとは……、身分低き我々には想像も及びませんでした!」


騎士の身分は貴族としては最下級にあたる。しかし騎士の大半は、貴族の次男以降と決まっている。大抵の平民は字が書けないのだから、入団試験のための記名で落ちるのだ。つまり試験すら受けさせてもらえない。


そして騎士の家柄は鎧を見れば大体検討がつく。使い込まれた傷の目立つものなら、一代貴族である男爵か騎士かで、先代の武勲を立てたときに着られていたものと想像がつく。


また鎧が新しくも、その部位ごとに意匠が違ったり、傷の有無が違う場合には、大体子爵の次男か三男、もしくは伯爵家の四男以降あたりだ。


しかしイクトールの着ている漆黒の鎧のように、装飾に凝った目立つもので、傷のない新品同様の一揃ものを着ている騎士は、高位の貴族の次男あたりと相場が決まっている。


中古の鎧を各部バラバラに購入して、マルクス金貨で100枚前後。ただの鎧を新品一揃でマルクス金貨で300から500枚。装飾に凝ればマルクス金貨1000枚は越え、そこに付呪をつければ術式によるものの簡単な防御術式や軽量化術式でも5000枚は下らない。


イクトールの鎧は、100人が100人超高級品であろうと判断するものだった。甲虫のように光を反射する漆黒の鎧は、よく見れば、その(ふち)という(ふち)に黄金の輝きが見て取れた。これは魔導率の高い金をふんだんに使った術式が描かれていることを意味する。


漆黒の鎧を走る細い黄金の術式は、幾重にも複雑に絡み合って闇夜に黄金の大河を流しているようだ。遠くから見ればただの金の縁取りであるが、近くからよく目を凝らせばそれが緻密に絡み合った超高度な術式だとわかるだろう。


衛兵は、イクトールを侯爵家の次男あたりと踏んでいた。それならば新品同様の鎧にも、大量の奴隷にも説明がつく。


エルフの奴隷を集めるのに執心していて、今回のエクスリーガ騎士団派遣に託つけて、エルフ大陸で奴隷を物色しにやってきた……。そんなふうに推測できる。


妙な趣味に傾倒する貴族は掃いて捨てるほど存在する。女のキュオーン族を集め、ハーレムを作る者。純白の毛を持つアイエルロ族を側室に迎え、愛を注ぐ者。ダークエルフを買い、高価な霊薬を与え、外道と呼ばれる魔道に踏み込む者。果ては美しい奴隷を買い、拷問の末に殺し、そしてその肉を食らう者。


趣味嗜好は異なるものの、彼らには1つの共通点があった。それは趣味の対象に害を為すものに容赦がないことだ。


純白のアイエルロを第2側室に迎えたとある伯爵は、寵愛を妬んだ第1側室が嫌がらせをしたことを彼女から聞くと、ただちに第1側室の部屋のドアの前に立つと持てる魔力をすべて注ぎ込んだ爆裂魔術で部屋ごと粉々にした。遺体をいくら探しても半分しか集まらなかった。


女キュオーンのハーレムを作っていた侯爵は、ハーレムの1人に側近が手を付けていたことを知るやいなや、2人まとめて氷漬けにして自らの居城の中庭に飾った。


目の前にいる黒騎士は、そんな悪趣味にして悪辣非道な貴族の1人ではないか。そんな想像が衛兵2人の脳裏を(よぎ)る。


(なんだかなぁ……)


相対的に、イクトールは申し訳なくなる。アンジェリカの意図は完全に的中していた。奴隷をたくさん所有しているということは、それだけ裕福であるということだ。そしてこの世界だけならず、裕福さとは権力と密接に関わっている。


だがここで下手(したて)に出ても、事態は好転しない。なのでイクトールはあくまでも傲慢な態度を崩さない。


「貴様、白エルフの居場所は知っているか?」


「はい!もちろんでございます騎士様!」


「やつら、いえ!エルフたち、は、森の方にいます!」


森の方、ということは港町からは離れたところにいるのだろう。北に海を臨んでいるので、森は必然的に南の方向になる。衛兵が指差した先も南だった。


「エルフはそこで何をしている?そこに住んでいるのか?」


「エルフは、その、……」


衛兵が言い淀む。その言葉に、イクトールの頭の中はエッチなことでいっぱいになった。


(間違いない……!森のはずれに公衆便所のパターンだ……!前世のエロ漫画で死ぬほど見た……!)


実際に死んだ郁人であるからして、説得力は高い。


しかし問題として、この世界のエルフは言うほど美男美女というわけでもないという点があった。かといって不細工だらけというわけでもない。あくまでも普通なのだ。美人のエルフもいれば、不細工なエルフもいた。


不細工なエルフは、鼻は古典的な魔女のように伸びた鈎鼻で、目はつり上がって細く、口は傲慢そうにひん曲がってきゅっと結ばれて、病的に白い肌には皺が刻まれている。


……とイクトールは自分の奴隷のムドヘルを見た。アリムの盾を名乗るカフィドとムドヘルの不細工な方だった。カフィドはイケメンだった。


とにかく、興奮したイクトールは続きを促すためにも剣を鞘から少し抜いて、そして戻した。脅しとしてはこの上なく効果的だった。


「そこで木材の切り出しに従事しております!」


瞬間、アリムが大きく息を飲んだ。


「アリム、どうした?」


「き、木を、私たちに切らせる、と?」


アリムの口から出たのは帝国語である。イクトールの魂に刻まれた言霊共鳴の術式が、アリムを救った時に流れ込んでいたのだ。それ故に彼女は帝国語もエルフ語も、言葉と呼べるすべてを解することができた。


「どういうことだ?」


今度は衛兵2人が息を飲んだ。イクトールの言葉はどう聞いても苛立っていたからだ。妙な趣味に傾倒した侯爵クラスの貴族の次男とは、すなわち時間の表示されていない時限爆弾である。


「私たちリョスアルヴは生まれてから森と共にあります。森を守り、育て、そこに住む生き物と共に在り、調和をもって森を1つの生命と成す……。それが私たちの教えです……」


「踏み絵か……。いや、精神的な拷問とも言えるな」


イクトールが衛兵を見やった。手は剣の柄にある。


「ひ」


顔全てを覆い隠す甲冑の面頬の奥で、イクトールの目が獲物を捉えて光った。もちろん、それは衛兵の錯覚なのだが。


エルフを愛する侯爵家次男。その怒りに触れた瞬間、首が胴体と繋がっている保証はどこにもない。思い込みと恐怖で、衛兵の片方は失禁して気絶し、その場に倒れた。


「案内せよ」


その言葉に逆らえる度胸を、気絶も失禁もしていない衛兵は持っていなかった。

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